宿屋にて
海賊の一件にかたがつき、俺とウルリカさんとミィはコビンの宿屋に泊っていた。
本来なら船の中で一泊する予定だったのだが、海賊襲来のおかげで時間を食ってしまったから、ウルリカさんはコビンで一夜を過ごす事を決めたのだ。
窓から見える空はもう暗い。
日が暮れたからか、町の喧騒も聞こえなくなったきた。
海賊騒動なんてなかったかのようにコビンの夜は静かだ。
そんな中、宿屋のベッドの上で、俺はミィと戯れていた。
「船の中でお泊りしたかったね、ミィ」
「にゃあぁぁぁ……」
「でも、ただで泊まれたからラッキーだったよ。管理人さんに感謝しないと」
そうなのだ。
管理人さんが助けに来てくれたお礼にと、宿にただで宿泊出来るようにしてくれたのだ。感謝感激雨霰である。
ちなみに、海賊達は管理人さんの計らいでコビンの村で働くという軽い処罰で済んだ。村人達はやれ終身刑だの、やれ死刑だのと騒いだが、この村の管理人はフィオさんだ。全て彼女の一存で海賊達の罰は決まった。海賊達もフィオさんの寛大さに心を打たれ、お頭を筆頭に改心する事を宣言していた。
元々、あのシーグルとかいう魔法使いに唆されてフィオさんをさらおうとしていたらしい。シーグルが消えたから、海賊達はフィオさんにこだわる必要がなくなったようだ。
「シーグル・セルシェル……」
窓際でぼんやり外を眺めていたウルリカさんが小さく呟いた。
シーグル・セルシェル。ウルリカさんと同じ師の元で魔法を学んだ男。
ウルリカさんの魔術もシーグルには通じなかった。俺も、あいつが召喚したクラーケンに一方的にやられてしまった。
彼は言っていた。いずれまた相まみえる事もあるだろうと。
次に会った時は勝てるだろうか。
今のままでは多分無理だ。もっと俺が強くなってウルリカさんを助けないと。
「イオの服を破かずに凌辱しようとするなんて、マニアックな男だわ……」
「ウルリカさんー!?」
落ち込んでるかと思いきや何て事言ってんですかこの人は!?
いやでも確かに服を破られなかったから色々助かりはしたけど……ってそういう問題じゃない!
「ごめんごめん。でも、あんな男が同じ師の弟子だったとしても、アタシは落ち込んだりしないわ。むしろあの男をぶっ飛ばすって目標も出来たし、旅の初日にしては悪くないわね」
「そ、そうでしたか……」
俺は初日からモンスターに犯されそうになって最悪なんだけどな。
まあ、それも自分の弱さが招いた惨事か。
次からはあんなモンスター倒せるように頑張らないと。
もう二度とあんな思いは御免だ。思い出すだけでも反吐が出る。
「そういえば、あれだけいた海賊達を倒せるなんてやっぱりウルリカさんは凄いです。どうやったんですか?」
「ん? そんなの広範囲魔術で一発よ」
「でも敵は皆銃を持ってましたし……」
「銃なんて魔障壁で防げば怖くなんてないわ」
「魔障壁……?」
「あのシールドの事よ。シーグルが使ってたでしょ?」
「あ、ああ……」
魔術やらなんやらを防ぐあのシールドか。
あれ魔障壁って言うんだな。
「打ち消しの呪文とは違って瞬時に展開出来るから、上級者には必須の魔法ね。それに、物理技も防げるから習得して損はない……というか、覚えてないと辛いわね」
「その魔障壁って強度はどれくらいなんですか?」
「それは術者の力によるけれど、あの男のは相当固いシールドだったわ。アタシの魔術をことごとく防いでくれちゃったわけだしね。ただ、魔障壁には耐久力があるからいつかは壊れるの。その点、打ち消しの呪文は耐久力とかないから優秀よね。でも打ち消しの呪文には発動まで時間がかかるし物理技は防げないから実戦では中々活用し辛いってワケ。どっちがいいかは場合によるとしか言えないわ」
「色々あるんですね」
魔法の世界は奥が深そうだ。
俺もいつかはウルリカさんのように魔法を扱ってみたいものだ。
ま、簡単にはいかないだろうけどさ。
「シーグルの魔障壁を一撃で破壊出来たら相当なものよ。あれさえなければ少しはダメージも通るんだけど、そう簡単にはいかないわよね」
「厄介なシールドでしたもんねぇ」
ウルリカさんの魔術攻撃から術者を完全に守り切ったもんなぁ。
物理技も防がれるんじゃ、俺も手の出しようが……――ん?
「あれ、じゃあなんであの時一撃で壊れたのかな……」
船長室で俺はシーグルの魔障壁を砕いた。
あの時は物理技に弱いと思っていたけど、今ウルリカさんは物理技も防ぐと言った。耐久力があるにしても、一発で壊れるだろうか。
物理技も防ぐ。ウルリカさんの魔術ですら破壊できない。そんなシールドがどうして俺の蹴り一発で壊れたんだ?
「それどういう事?」
「あ、はい。私がシーグルの魔障壁を蹴ったらすぐ壊れちゃって……。大して威力も高めじゃなかったのにどうしてかなぁって思いまして」
「シーグルの魔障壁を一撃で……?」
「は、はい」
「それは……ちょっと変ね」
ウルリカさんは難しい顔をして考え事を始めた。
ウルリカさんに理由が判らないなら俺にも判らない。
シールドを壊せたの単なる偶然かもしれないし、特にこだわる必要もないかもしれないけど、ウルリカさんは何やら真剣な表情だ。
「……でも、それならおかしいし……――どうなってるのかしら……」
ぶつぶつと何事か呟くウルリカさん。
何か心当たりでもあるのだろうか。
「なぁぁぁ」
「はいはいよしよし」
俺は再びミィと戯れ始めた。
俺がいない間ミィの面倒を見てくれてた酒場の店主にあとでお礼を言っておかないとな。おかげで助かった。
ミィを撫でていると、唐突に扉がノックされた。
「フィオです。今よろしいですか?」
扉越しから管理人さんの声が聞こえてきた。
そんな管理人さんにウルリカさんが対応する。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
入ってきたのは緑色の髪に長い耳を持つエルフ族のフィオさんだ。
背丈は俺と変わらないくらいだけど、俺なんかより全然しっかりしている人だ。
「どうかしたのかしら?」
「あの、ちゃんとお礼を言っておきたかったんです」
「お礼ならもう貰ったけど……。そういう事じゃなさそうね」
「はい。イオさんに――」
そう言って、フィオさんは俺の方へとやってきた。
「助けに来て下さって、本当にありがとうございました」
「あ、い、いえ私は何も……。海賊達を懲らしめたのもウルリカさんと冒険者の方々だし、私はお礼を言われるほどじゃあ……――」
「それでも、嬉しかったんです。私のために敵地に乗り込んで来てくれたイオさんが、私にはすごくかっこよく見えました」
「う……」
かっこいいって言われてしまった。
どうしよう。嬉しくて顔が熱い。
「海賊を恐れずに船内へ突入する勇気。常人には真似できない事だと思います。ほんとうにありがとう……っ」
ぎゅっと手を握られてしまった。
やばい。すごく照れる。
でも、フィオさんがこう言ってくれるのなら、俺も頑張った甲斐があった。
「では、私はこれで。明日、船で中央大陸へ行かれるんですよね?」
「ええ。そのつもりよ」
「そういうことなら、お見送りさせていただきますね」
「別にいいのに。ま、好きにして頂戴」
「はい。では、失礼します」
最後に俺に微笑みかけてフィオさんは出て行った。