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夢だけど、夢、じゃなかった




 ――俺は死んだ。

 元々身体が弱く病弱であったから他の人よりも早く死ぬんだろうなとは思っていたが、まさか二十四で逝くとは。ちと早過ぎだろ。

 まあでも、病弱のせいでまともに遊べず友達はいなかったし、俺の死を悔やんでくれるのは親とか親戚くらいなものだ。それがいいのか悪いのかはわからないけどな。

 ただ、俺はずっと後悔して生きてきた。

 普通に生きたかった。少数でもいいから仲が良い友達とかいて。高校で彼女とかつくったりして。大学に行ってリア充しながら経験積んで社会人になって。それから大人になって結婚して。なんやかんやいいながらも子供が出来ていっぱしな家庭築いて。歳とって老後になったら孫の成長を楽しんだりして。そして最後は「ああ、良い人生だったな……」とか言って幕を閉じる。

 そんな普通な人生を歩みたかった。

 金持ちでなくていい。サクセスストーリーでなくてもいい。ごく普通な人生を満喫したかった。自分という存在をもっとたくさんの人の記憶に刻みたかった。

 第二の人生があるのなら、今度は悔いのない生き方をしたい。

 今のこの状況が夢なんかじゃなく、第二の人生だったらどんなにいいか。

 ――それにしても、だ。神様は中々面白いことをしてくれる。


「――っな!」


 なんじゃこりゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!


「よ、幼女になっとる……」


 いくら夢だからといって、幼女はないだろ幼女はよぅ……。

 何度目の前の鏡を見直しても、そこには銀髪美幼女の姿がある。

 髪とかサラッサラだし、目はパチクリしてるし、顔は思わず撫でたいレベルの可愛さだし……。

 声と髪から女だろうとは思っていたが、まさかこげなめんこい幼女だったとは。実際に見てみると実感するものがあるな。


「何がどうなって……」


 自分の身体を触る。

 絹のような心地い触り心地に、これが自分の体なのかと困惑する。

 髪の色は銀。

 健康的な身体は、色が白い。

 背は……どれくらいだろうか。判るのは、明らかに子供の背丈だということだ。


「しかし、これが俺なのか……。口調の違和感がヤバいなこれ……」


 ロリ声で素の喋り方はまずい。

 最初の時みたく丁寧な口調でいくか。そっちの方が見た目にマッチしてるだろ。

 コホン、と予想外に可愛い咳払いに自分でも戸惑いながら、俺は発声する。


「俺……じゃなくて私か。人前なら普通に丁寧に喋れそうだけど、一人の時だと素がでそうだな」


 それから鏡に向かって変顔をしてみた。

 いくら美幼女であっても、変顔はやはり変であった。

 ……虚しくなった。そりゃそうだ。


「はぁ……。にしても随分とリアルな夢だな」


 俺は今、ウルリカという魔法使いの少女の家にいる。

 で、そのウルリカさんは今地下に行っている。地下というのはついさっき俺が目覚めた場所だ。どうやら何かし忘れていたらしい。だからここには俺しかいない。

 部屋の中は、なんというか異世界にある住居っぽかった。中世のヨーロッパっぽいというのかな。ファンタジー世界かなんかに出てきそうな住宅だ。 見渡すと部屋の中に暖炉とか煙突とかがある。それ以外だと本棚がやたらと多い。魔法使いの家だし、魔道書か何かなのだろうか。


「魔法のある世界、か。といっても、まだ実際に魔法とか見たことないから、現実味ないけどさ」


 そもそも夢である。現実味があったらまずい。

 とりあえず、イスにでも座ってウルリカさんの帰りを待とう。俺一人じゃこの世界のこともさっぱり分からない。


「……いや、待てよ」


 しばらくして、俺は考え直した。

 今の俺は幼女である。可愛らしい幼女である。

 幼女も一応女である。ならば身体も女である。

 ……つまり、である。


「……ゴクリ」


 生唾を飲み込み、俺は服に手を伸ばした。

 幼女の裸体。何者もその神秘を脅かすことは出来ないミラクルボディ。

 そうであるが故に、だ。

 見なければ、と。

 確認しなければならないと、ガイアが囁いている。


「――ええと、あれだ。自分の身体を確認するだけだ。別にやましい気持ちがあるわけじゃない。うん。変じゃない。変じゃない」


 自分にそう言い聞かせ、服を脱ごうとした瞬間。

 背後にある扉が思いっきり開いた。


「おまたせ! ――って、なにやってるの?」

「いえ、何もしていません気にしないでください……」

「着替えでもしようとしてた? でも、まだあなたの服とか用意できてないんだけど……」

「違います違います。お……じゃなくて私はただ自分の身体を確認しようとしただけで別にやましい気持ちはなくてですね」

「ふ、ふーん? まあいいわ。とりあえずそのバンザイやめたら?」

「……はぃ」


 ウルリカさんに言われ、俺は服を脱ぐために上げていた両手を下ろした。

 悲しいかな、結局自分の姿を鏡で見ることは叶わなかった。服で視界が塞がっていたのだ。無念である。


「今日はもう遅いから、アタシが明日あなた用の洋服を街で買ってきてあげるわ。一緒に行きたいとこだけど、さすがにそのワンピースだけっていう恰好じゃあれだしね」


 そう言ってウルリカさんは俺の頭を撫でてきた。

 人に頭撫でられるとか初めての経験だ。


「ふへぇ……」


 気持ちよすぎて変な声が出てしまった。

 きっと、俺は今すっごいだらしのない顔をしているんだろうな。

 まさかなでなでにここまでの癒され魔力があるなんて思いもしなかった。


「ふふ。なんだか妹ができたみたい。――あ、そういえば名前……」

「あ、名前はいぶぉ――っと、なんでもありませんです」


 危ない。俺は記憶が無い設定だったぜ。咄嗟にイブキナオトって言うところだった。


「イブオ? まあ、なんでもないならいいんだけど。それで、あなたの名前だけど、どうしようかしら」

「私の名前、ですか」

「うん。色々説明する前にあなたの名前を決めなくちゃね」


 言って、ウルリカさんは椅子に座った。

 俺もウルリカさんの方に向き直る。


「名前……名前ね……。考えてはいたんだけど、中々決まらないのよね。はぁ、悩むなぁ。――イブオ……イブオ……」

「……イブオはやめてください」


 イブオて。なんだその変な名前は。イブキナオトっていう俺の名前の略か。


「わ、わかってるわよっ。でも、イブオって名前面白いわよね。なんか弱そうだけど」

「そうですよ弱いですよ。やめましょーよー」

「そうね。ならええっと……イブオ……イブオ……」


 一人でウルリカさんはぶつぶつ呟きだした。

 てかそのイブオから離れてくれ。なんかマジでイブオになりそうで怖いんだが。


「――いぶお、いぶいぶ……――イヴオ、イヴオ、イ、オ……イオ……イオ……」

「……」

「……決めた。あなたの名前はイオよ!」

「イオ……」


 ま、まあイブオよりは大分マシだな。


「どう? 気に入ってくれた?」

「イブオよりはマシです」


 イブオから取られた名前というのが若干気に食わないが。それでもまともな名前だし、俺の名前にも絡んでるし、問題はないか。


「よかった! さすがにイブオじゃ変だものね」

「まったくです」


 夢の中とはいえ、イブオという名前で暮らしたくはない。全国のイブオさん、ごめんなさい。


「ふう。名前も決まったわけだし、色々とあなたに説明しないといけないわね。でも、どこから説明しようかしら……」


 人差し指を顎にあて、ウルリカさんは唸った。


「とりあえず、あなたの存在から説明した方がよさそうね」

「私の存在ですか」

「そ。単刀直入に言うけど、実はあなた、人間じゃないのよ」

「……へ?」


 人間じゃない、だと?


「これ、見てみて」


 先程ウルリカさんが大事そうにしまっていたカードが机の上に置かれた。

 やはりタロットカードっぽい。なんかよく分からない紋章とかが描かれている。

 だが、異様なことに枠の中には何も描かれていなかった。何か理由でもあるのだろうか。


「これはね、アルカナカードっていうの。こんなへんてこなものだけど、世界に二十二枚しかなくてね。そこらのお宝よりも貴重かもしれない代物よ」

 

 そう言うウルリカさんは少し自慢げだ。

 それにしてもアルカナカードか。聞いたことないな。

 アルカナって言ったらあの占いとかで使うやつのことだと思うけど、何か関係しているのだろうか。


「で、どうしてアタシがそんなものを持っているかだけど、これは元々アタシのお師匠様のものだったの。お師匠様は偉大な賢者だったけど、少し前に死んでしまって、それをアタシが譲り受けた」


 そう言うウルリカさんは少しだけ寂しそうな顔を見せた。

 師匠の死。そしてその形見であるカード。きっと様々な想いがあるのだろう。ウルリカさんに会ったばかりの俺では、詳しく追求することはし辛いが。


「それでね、このアルカナカードは特殊な力を秘めているの。それが魂を肉体に憑依させる力。空っぽの肉体に漂流した魂を繋ぎ合せる力があるってワケ」

「魂を憑依……」


 なんと非現実的な行いだろうか。

 漫画やアニメには、ネクロマンサーという職業が死者を生き返らせる力を持ってたりするが、ウルリカさんは魔法使い。違う職業だ。


「そ。だからあなた、多分一度死んでいるのよね。で、その死後の魂が消えてなくなる前にこのカードが回収した。魂は再び肉体を取り戻すけど、残念ながら生前の世界での記憶は全て失ってしまうわ。だから今のあなたは何も覚えていないのよ」

「全て、失う……」


 なん、だと……?

 つまりあれか。本来なら俺のまっさらな魂だけがこの幼女に憑依していたはずなのか。だというのに、何故か俺の魂の場合は記憶が残ったままになってしまったのか。

 なんたることだ。だからさっきウルリカさんは俺の記憶が無いと勝手に決め付けたのか。

 ……いやちょっと待て? 魂が憑依……?

 それってまさか――。


「――って、ええぇ!?」

「ど、どうしたのよいきなり?」

「い、いえちょっといきなり驚いてみたくなりましてなははははは……」


 なはははははじゃねーよ!

 魂が憑依してこの身体に俺が宿ったのだとしたら、これ、夢じゃないじゃん! 現実じゃん!

 やたらリアルだなと思ったよ! だって夢だったらウルリカさんの手の温もり感じれないし、頭撫でられて気持ちよくなったりとかしないだろ! 冷静に考えたら現実味ありまくりだっての!

 ありえない話だと思って勝手に夢だと決めつけていたのか俺は……。

 だけど、物語とかではよくあるよな……。

 多分俺は、転生ってやつをしてしまったんじゃなかろうか。しかも、本来なら全て記憶を無くした状態でするものを何故か俺は全部の記憶を持ち込んでやっちまったワケだ……。


「あ、アカン……です……。夢だけど、夢、じゃなかった……です」

「ちょ、どうしたのよいきなり!? 顔真っ青になってるわよ!? っていうか夢って何!?」

「たははははは気にしないでくださいー……」


 仮にここで記憶があるとウルリカさんに伝えたら、俺どうなるんだろう。

 きっとこうなるに違いない。

 ――ここに記憶のある魂があるじゃろ? それをこうして、こうして、こうじゃ。――記憶の無い無垢な魂の出来あがり。完。

 ……げにまっこと恐ろしきかな。俺が切に願った第二の人生。それが一瞬にしてグランドフィナーレを迎えてしまう。その可能性がある限り、記憶のことは黙っておこう。うん。それがいいに違いない。


「な、なら、この肉体ってどこから持ってきたんですか……?」

「……それは――まだあなたには教えられないわ。ごめんね」

「そう、ですか……」

「いつかきっと、話せる時がくるとは思う。でも、今はまだ無理だわ。本当にごめんなさい……」


 複雑な表情でウルリカさんは言った。

 教えられない事情でもあるのだろうか。

 俺のこの幼女の身体のこと、気になるけど――無理に訊くのも憚れるな。いつか教えてくれるらしいし、今はいいか。


「話を戻すけど、一般的にあなたのことはこう呼ばれているの。『アルカナドール』。それは二十二あるアルカナの化身となる特別な存在でね、それぞれ固有の異能を持ってたりするわ」

「アルカナ、ドール……」


 それが、俺という存在の名称。

 確かに、人間っぽい名前ではないな。ドールっていったら、人形って意味だし。

 それもそうか。一度は死んだ魂。もう一度まっとうな人間として生きれるはずがない。


「でも安心して。本当の人間ではないけれど、やれることは普通の人間と一緒よ。アタシは、あなたのことを一人の人間として見るからね。他人だって、外から見たらあなたがアルカナドールだなんて絶対わからないわ」

「そ、それなら……わ、私も、人間として生きてもいいんですか……?」


 伊吹直人の第二の人生を、もう一度人間として生きたい。

 それを認めてくれるのなら、俺は……。


「当然よ! むしろそうしてくれないと困るわ!」

「ウルリカさん……」


 普通の人間らしく過ごしていい。アルカナドールとかいう特異な存在であっても、人として暮らせるなら、それだけで十分だ。もう一度人生をやり直せるなら、アルカナドールでもなんでも関係ない。

 これは夢じゃないんだ。俺の魂が地球とは違う世界で顕現し、実態を持っている。俺の意思で俺自身の未来を選択できる。手だって足だって俺の意思で動く。きっと、生前の人生よりもマシなものに出来るはずだ。

 もう一度人生をやり直せる……。

 人間としてではなく、魂を肉体に憑依させたアルカナドールとしてだが、それでも構わない。俺はもう一度やり直せるんだ。人生ってやつを。

 俺が今いるこの場所はどう考えても地球ではない。世界観も違うし恐らく文化なんかも違うだろう。それでもやってやる。第二の人生を俺の意思で歩んでやるんだ。もう引きこもったりなんかするもんか。あんな後悔だらけの人生、まっぴらごめんだ。


「それでさ、イオ」

「は、はい」


 なんかウルリカさんの顔が赤い。なぜに?

 俺の決心とは裏腹に、ウルリカさんは恥ずかしそうにもじもじしている。

 ……一体何が始まるんです?


「あの、ほら、そういうわけだから、アタシと、その……キス、しましょ?」

「……はい?」


 キス?

 KISS?

 接吻?

 口づけ?

 HAHAHA! 童貞の俺だってキスくらい知ってるぜ。あれだろ。あの好き合う男女が唇と唇重ねるやつだろ?

 ……ってぇぇ! 今の俺は幼女だぞ! 女だぞ! 女同士でキスぅ!?

 てかいきなり何言ってんのこの美少女は!? てんぱってまうやろ!


「あ、あわわわわわわわわわわわ……」

「お、落ち着いてイオ! これはその……あれよ! 必要なことなの!」

「ひ、必要なことって言われても……」

「覚悟を決めなさい! 行くわよ!」

「っていきなりぃぃぃぃぃいいいい――!?」


 ――ぶちゅうっと。

 それはもう誰がどう見ても雰囲気の欠片もないようなキスの入り方だった。

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