裏通りでの一幕
コビンの酒場を後にし、俺達は煙突を目印に管理人の家へ急いでいた。
クラーケンや他の海賊に見付からないよう、裏通りを走る。
早く向かわなければコビンの管理人が海賊に連れさらわれてしまう。
「こっちよ!」
「はい!」
ウルリカさんの指示に従い、クネクネと曲がりくねった裏通りを進んでいく。幸い、海賊にもクラーケンにも見付からずに中央広場を抜ける事が出来たため、このまま順調に進めば管理人の家にそろそろ着くはずだ。
煙突も間近に見えてきた。
海賊達はいない。
これなら、すぐさま管理人の家に突入できる。
「待って!」
「――!?」
ウルリカさんの制止の声に、俺は高速で動かしていた足に急ブレーキをかけた。
「嫌な予感がするわ。ちょっと待っていてね」
「は、はい」
「少しアタシから離れてて。――ふ……っ」
短く息を吐くと、ウルリカさんの周りに魔法陣が展開された。
その数約10。それぞれ違う方向を向いており、まるでウルリカさんを守る盾のようだ。
「賊というのは基本的に卑怯な連中。まともに戦ったりしないわよ、ねッ!」
激しい爆音が響き渡る。
ウルリカさんが展開した魔法陣から、魔術が放たれた。
属性は電光のようだ。雷のようなカクカクした雷電が、あらゆる方向へと向けて疾走した。
電光はガラスや窓を突き破り、建物の中に進入していく。中に人がいるかもしれないのに、容赦のない攻撃だ。
「う、ウルリカさん! 町の人が攻撃した建物に残っていたらどうするんですか!?」
「大丈夫よ。アタシには見えるわ。ここらの建物に海賊が潜んでるってね」
そうウルリカさんが言った数秒後、建物の中から海賊達が飛び出してきた。
数は……さっきのクラーケンにいた連中より多い。
やっぱり、ウルリカさんの言う通りこっちが本隊だったんだ。
「ね。アタシの言った通りでしょ?」
「でででですけど! あ、あわわわわわわ……」
ちょっと敵の人数が多すぎやしませんか!?
これでは俺一人じゃ対処出来ないかもしれない。
「派手にやってくれるじゃねえの嬢ちゃん!!」
一番目立つ格好をした男が笑いながらウルリカさんに話しかけてきた。
その男は、海賊らしくパイレーツハットを被り、腰にはサーベルと銃を装備している。
恐らくこの男が海賊のお頭なんだろう。他の連中はさっきのクラーケンのところにいた船員と同じで頭にバンダナを締めていて、明らかにこの男だけ別格だ。
船員達は俺達を囲むようにして展開した。
お頭はというと、威風堂々と腕を組み俺達の真正面に構えている。
逃げ場は背後だけ。管理人の家の方に進もうにも、海賊達が邪魔して進める状態ではない。
「丸焦げになるところだったぜ!」
お頭が笑うと、周りの船員たちも便乗して笑いだした。
陽気な連中だが、やってる事はただの人さらいだ。
「それで、打ち消しの呪文を唱えたヤツは誰かしら?」
「クク、教えると思うか?」
「ふん、まあいいわ。もう一度魔術で確認するだけだから」
「魔術、ねぇ!」
再び海賊のお頭が笑いだした。
魔術という単語に反応したが、魔術の何がおかしいんだろうか。
「この俺が引き金を引くのと、お前の魔術が発動するのは……一体どっちが早いんだろうな?」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、お頭は腰の銃に手を伸ばした。
言われてみれば、銃と魔術、どちらが早いんだろう。
基本的に、魔術は引き金を引くという一瞬の動作では発動できない。体内の魔力を属性変換させ、火力を調節し、放出位置を決める。その他にも言葉にすれば色々な工程が必要なんだが、俺自身が魔術はさっぱりだから上手く説明できない。
とにかく、魔術には格闘技でいう予備動作が必要なのだ。
「ふ、ふふふ……」
「なんだテメェ……。何がおかしい」
「いや、なんというか確かにそうだなと思って。魔術を発動させるのよりも、引き金を引く方が多分早いでしょうね。そうなると、アタシは銃相手に勝つ事は出来ないワケだ」
「ハッ! 自分で認めてんじゃねえか! その通りだ。魔法使い、お前じゃ俺達に勝てねぇよ!」
「……」
「はは、ビビって声もでねえか!」
黙るウルリカさん。
まさか、本当に魔術の弱点は銃だとでもいうのだろうか。
にわかには信じられない。あのウルリカさんの魔法が他の何かに負けるなんて。
「……イオ」
「は、はい」
小声でウルリカさんは話しかけてきた。
その声から恐れは感じられない。
「さっきやつらの向こう側、奥の角を小さな子を担いだ男が走っていったわ。多分その子がフィオだと思う」
「え……?」
すでに管理人さんは連れ去られていたのか?
「敵の勝利はそのフィオを手に入れる事。だから、こいつらを倒す事を優先するんじゃなくて、フィオを取り返す事を優先しましょう」
「で、でも……」
この局面、どうやって切り抜ければいい?
俺の力じゃ広範囲に影響を及ぼす事が出来ない。敵がこの人数ではここで足止めする事も出来やしない。
それにウルリカさんは銃に勝てないみたいな事を言っているし……。
ど、どうすれば……っ。
「ここでアタシが敵を引きつけるから、イオにはフィオを奪還して欲しいの」
「でもそしたらウルリカさんが……っ」
俺一人で行ってしまっては、この大人数の敵とウルリカさんが戦うことになってしまう。
俺を行かせて、自分は囮になるというのか。
「大丈夫。アタシがこんな連中に遅れをとると思う?」
「そ、それは……」
「こんなとこで負けるアタシじゃないわ。アタシを信じて、イオ」
真剣な眼差し。
そこまで言われては、もうウルリカさんを信じるしかない。
俺は、小さく頷いた。
ここには大量の船員と敵の頭がいる。どう考えても、ここが一番の修羅場だ。
それでもウルリカさんがやると言っているのだ。なら、俺は主人を信じるのみ。
「ここにいる船員とクラーケンと共に陽動している船員。二か所の船員を足せば、30を超えるわ。もう敵の船にはほとんど船員は残っていないはずよ」
「はい……っ」
「いい? アタシが合図したら真っ直ぐ進みなさい」
「え、真っ直ぐ?」
目の前には大量の船員達がいる。
確かに、敵の奥に行かなければ管理人さんは取り戻せないが、そんな真っ直ぐ行くなんて無謀だ。
「アタシを信じて、イオ」
「ウルリカさん……」
……そうだ。
ウルリカさんを信じるんだ。
きっと、何か策があるに違いない。
やってやる。連れ去られた管理人さんを取り戻すんだ。
「コソコソと何話してやがんだ!」
「――今よ!」
「ッ!!」
ウルリカさんに言われたとおりに、真っ直ぐ走った。
すると、目の前に混沌空間へのゲートのようなモノが展開された。
「真っ直ぐよ!」
「はい!」
ウルリカさんを信じ、俺は真っすぐに突き進んだ。
ゲートの中に入る。一瞬後、俺は海賊達の向こう側へと躍り出ていた。
このゲート、物だけじゃなくて人も入れたのか!
いつもウルリカさんがポイポイ物を放っていたから、そういう用途なのだとばかり思っていたが……。
「な!? あのチビどこに消えやがった!?」
お頭が慌てて叫ぶ。
だが、すぐにウルリカさんが魔術で目くらましを行った。
閃光が辺りを包み込む。
背を向けていた俺は、その目くらましの影響を受けなかった。
俺が閃光に巻き込まれないようなゲートの位置取り。ここまでウルリカさんは考えていたのか。
さすがは俺のマスター、頼りになる!
海賊達が慌てふためいている隙に、俺は裏通りの角の先へと全力疾走した。