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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第一章
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酒場で一休み




 港町コビン。

 ベスタ大陸の最北端に位置する町で、海側には名前の通り港がある。

 ベスタ大陸唯一の交易の町らしく、人もかなり多い。通りゆく人の恰好も様々で、大きな荷物や荷台を引く商人風の人もいれば、武器や防具を装備した冒険者風な人もいた。忘れ去られた大陸といっても、やって来る人は結構いるようだ。まあ、自由な土地だし、商売や冒険には向いているかもしれない。


「ようやく着いたわね。はぁ、歩くのにはもう疲れたわ」

「はい~」

「にゃあ~」

「てなわけで、酒場で休憩しましょうか」


 コビンについた俺達は、早速近くにあった酒場へと向かった。

 そこで一休みして船に乗り込む予定だ。さすがに連続して先頭をこなしてきたから、体力的にも限界だ。ここらで休まないとキツイ。

 コビンの町に入ってから数分歩き、俺達は酒場に入った。

 その酒場は、俺の想像していたものと結構近いものがあった。

 カウンター席があって、丸テーブルが店内にいくつか設けられている。酒場は木で造られた建物で、温かい雰囲気だ。


「適当に座りましょ」

「はい」


 近くにあった丸テーブルを陣取り、ようやく腰を落ち着ける事が出来た。

 数時間歩いたり戦ったりとハードな道程だったから、座れるだけで大分楽だ。ちなみにミィは俺の膝の上で丸くなっている。

 ミィを撫でていると、ウルリカさんが店主を呼び付け飲み物を注文していた。お酒ではなく軽めのドリンクを二人分頼んだようだ。

 店主は注文を聞くと、軽く一礼してからカウンターの向こうへと消えていった。


「そういえばお酒って何歳からでも飲めるんですか?」

「お酒? 特に決まってないんじゃない? 年齢制限のある国はあるかもしれないけどね」

「へ~、そうなんですか」


 生前の世界ではお酒は二十歳からだったのになぁ。

 つまりあれか。幼女でもお酒飲めるのか。すごい世界だな。

 生前の俺はお酒まったく飲めなかった。でも、この幼女の身体ならお酒も飲めるかもしれない。ま、飲もうとは思わないけど。


「イオったら変な事をきくのね」

「あっ、いえ、なんとなく気になってですね……」


 マズイ。前世の記憶があるからつい訊いてしまった。

 よくよく考えてみればおかしな質問だよな。

 前世が二十歳からしかお酒を飲めない世界だったから、この世界でもそうなのか気になるのは俺に記憶があるからだ。それを尋ねる時点で、ウルリカさんからしてみれば変な質問になるんだろう。しかもこの世界では特にそういった決まりはないみたいだし。


「ふ~ん。あ、でもアタシはあまり飲めないわよ? イオはどうかしらね」


 気にしてなさげなウルリカさん。

 よかった。あまり不審に思われなかったようだ。


「私は……まだちょっと分からないです」

「それもそっか。試しにお酒、頼んでみる?」

「え!? い、いえ遠慮します!」


 お酒は苦手だったので、酔うイメージが強い。

 身体はこうして変わっているが、精神的にお酒は苦手なままだ。弱いと自分が思っているのだから、実際に口にしたら速攻で酔ってしまいそうだ。


「冗談よ。――っと、きたみたいね」


 店主がトレーにグラスを二つ乗せてやってきた。

 丸テーブルの上にグラスを置き、店主は去っていった。

 しかしこれ、ホントにジュースだろうな……?


「警戒してるわねぇ。でも、心配しなくてもそれはジュースよ。お酒じゃないわ」

「そ、それは分かってますけど……」


 ちょっと心配になってテーブルの上のグラスをマジマジと見つめてしまった。そんな俺を見て、ウルリカさんはそう言ったのだろう。

 

「い、いただきます」


 グラスを手に取り、中に入ってるジュースを飲む。

 うん。甘いオレンジ味のジュースだ。生前の世界にもあったオレンジジュースの味とほとんど同じだ。色もオレンジで、こういうところは生前と変わらないんだなと思う。

 世界が変わっても、多少は常識が通用する。海も似ていたし、植物や動物も生前のものと似ている。何もかもが違う世界だったら、今頃もっと混乱していた事だろう。


「ふぅ。生き返るわ。やっぱり疲れた身体に甘いものはいいわね~」

「ほんとですね~」

「チョコレートとか食べたいわね」

「チョコ、レート……?」


 なん……だと……?

 この世界にもチョコレートが存在するのか!


「あら、知らない? お菓子の一種でね、甘くて美味しいのよ」

「甘くて美味しい……チョコレート……」


 好きな食べ物はときかれたらトップ5には入るであろう程の好物チョコレート。それがこの世界でも食べられるなんて、まるで夢のようだ。

 前の世界では毎日のようにチョコレートを食べていた。母さんがいっつも買ってきてくれて、俺に食べさせてくれたのだ。

 思いだすだけで幸せな気持ちになれる。

 ――チョコレート、ああチョコレート、チョコレート。

 ついつい俳句が出来あがってしまう程だ。


「ちょっとイオ! よだれよだれ!」

「――はっ!? す、すみません……。甘くて美味しいチョコレートに気を取られてしまいました……」 

「そ、そんなに好きなら、あげるわよ?」

「ほ、ホントですか!?」

「ええ。混沌空間カオスゾーンには色々と保管してあるからね。よ――っと」


 周りのお客さん達に目立たないように、ウルリカさんはテーブルの下で混沌空間カオスゾーンのゲートを展開した。最小に展開されたゲートに手を突っ込み、ウルリカさんは中から薄い長方形のものを取りだした。


「はい。板チョコよ」

「板チョコ……っ」


 ああ、いつ以来だろうか。

 君を切望していた。この世界にあるなんて思いもしなかったよ。

 チョコレート。なんて甘美な響き。その名を聞いただけで俺の身も心も蕩けてしまいそうだ。

 だが、この素晴しい食べ物を一人占めなど出来るはずがない。

 俺は名残惜しい気持ちを残しながら口を開く。


「は、はんぶんこ……に、しますね」


 一人占めしたい衝動を抑え、俺はそう提案した。

 このチョコレートは元々ウルリカさんのモノだ。それに、主人の前で一人チョコレートを頬張るなんて出来ない。


「あら、いいの?」

「はい。元々はウルリカさんのものですし……。それに、一緒に食べた方がきっと美味しいですよ」

「……ふふ、そういうことならありがたく頂くわね」


 パキっと板チョコを割り、その半分をウルリカさんは口にした。

 俺も久しぶりのチョコレートを堪能する。

 うん。やっぱり味も同じだ。

 見た目も生前のモノと同じだし、製法とかも一緒なのだろうか。この世界にもチョコレート菓子を造ってるmei○iとかあるのかな。って、あるわけないか。


「やっぱり甘いわね~。でもこの甘さが癖になるわ」

「はいっ。美味しいです!」


 いつ食べても、チョコレートは美味しい。

 この世界でも変わらず甘くて美味しくて病みつきになりそうだ。

 ただ、オレンジジュースとは合わないな。どっちも甘いし。


「――ごちそうさまっ、と」


 ウルリカさんはチョコレートを食べ終え、ふぅ、と一息ついた。


「――さてと、酒場なんだし、ちょっと情報収集でもしてこようかしらね」

「あ、私も手伝います――」


 そこまで俺がいいかけた瞬間。

 酒場の外から悲鳴が聞こえてきた。

 それも一つや二つじゃない。たくさんの人が襲われているような悲鳴だ。

 物が割れる音や、人の叫び声がどんどん広がっていく。どう聞いてもただ事じゃない音に、俺は手に汗を握った。

 一体、何が起こったんだ……!?


「な、何事だ!?」

「何が起こった!?」


 酒場内にいた客たちがざわめきだした。それもそうだ。これだけ物騒な音が鳴り響けば驚いて当然だ。

 ウルリカさんも怪訝そうに酒場の外に目を向けている。

 とにかく、何が起きたのか確認するために外に出なければならない。怖いけど、ここでジッとしていても何にもならないんだ。

 行動を起こさなければ。何かよくないことが起こったんなら、俺に出来る事をしないと。生前のように臆病風に吹かれている場合じゃない。

 そう俺が考えていたら、酒場の扉が外から開いた。


「お、おい! 海賊が攻めてきたぞ!」


 酒場に入って来た若い男が、緊迫した表情で叫んだ。

 海賊が攻めてきた……って、この世界にも海賊なんて存在するのか。


「戦える冒険者を集わせるんだ! 相手はそこまで多くない!」

「海賊か! よし、行くぞ皆!」


 一つの丸テーブルに陣取っていた冒険者風のグループの人達が、武器を手に慌ただしく酒場から外に出ていった。

 続いて他のテーブルのグループもどんどん外に出ていく。

 皆、海賊と戦うつもりなんだろうか。


「ウルリカさん……」

「大丈夫よ。あなたはアタシが守るからね」


 本来なら俺が守る立場なんだが、優しいウルリカさんはそう言ってくれた。


「とりあえず、様子をみましょう」

「はい……っ」


 こんな時でもウルリカさんは冷静だ。

 それにしても海賊とは……。

 なんてタイミングの悪い時にやって来るのだろう。

 まだ休憩も済んでいないけど……。

 泣き言は言ってられないよな。

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