表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/110

旅立ちの前に⑤



「色々と突っ込みたいとこがあるんだけど……」


 家に戻ってきて、ウルリカさんの第一声がこれだった。しかももれなくジト目つきである。


「あ、あのですねっ、この猫、なんだか私に懐いちゃったみたいでここまでついて来ちゃったんですよ。だから……」


 今、俺の足元には一匹の黒猫が。

 ウルリカさんの言う突っ込みたいところというのはまずこの子で間違いないだろう。

 ちなみに名前をミィという。エウィンさんの家にいた猫の一匹だ。

 ついて来た、とは言ったが、俺もミィを追い返さなかった。だって可愛いんだもの。こんな可愛い生き物をしっしっとか出来るはずがない。


「はぁ……。その猫も旅に連れていくのかしら?」

「うぅ……。ダメ、ですか……?」


 ミィも一緒に行けたら、と思っていたけど、ウルリカさんが許してくれないと連れていけない、よなぁ。

 寂しいが、旅に連れていけないのならミィはエウィンさんの家に返さなければならないだろう。無人のウルリカさんの家においておく事も出来ないからな。


「――別に構わないわ」

「えっ?」

「その黒猫を旅に連れていく分には構わないと言ったのよ。でも、ちゃんと世話するのよ?」

「……っ! はいっ!」


 まさか許可を頂けるとは!

 これで寂しくならずに済む!


「よかったね、ミィ!」

「にゃぁ~」

「そっか、お前も嬉しいんだな~」

「にゃにゃ!」

「こら、くすぐったいって!」


 抱き上げたミィが俺の頬をペロペロと舐めてくる。嬉しいけどくすぐったい。


「……初めて見たわ。イオが普通に喋るところ」

「あ。……へ、変、でした?」


 やば。つい人前で素の喋り方をしてしまった。

 少しだけ驚きを顔に表し、ウルリカさんは続ける。


「でもそっか。猫にまで丁寧語じゃ変だものね。イオの新たな一面を見れたって事で、この子には感謝しておくわ」


 そう言って、ウルリカさんは俺が抱いていたミィを抱き上げた。

 撫でたりこちょこちょされたりしているが、ミィも特に嫌がる事なく、ウルリカさんにされるがままにしている。


「よしよーし。ミィ、だっけ? イオの事ちゃんと守りなさいよ?」

「にゃ!」

「ふふ、良い返事だわ」


 すっ、とミィを下ろし、ウルリカさんは俺の方に向き直った。

 ミィはトコトコと俺の足元にまで戻って来た。

 ……しっかし躾けもしてないのに、ここまで懐かれるとはなぁ。俺、猫に好かれるフェロモンでも出てるのかな。出てたら、それはとっても嬉しいなって。


「――で、よ。アタシが突っ込みたいのは猫じゃないワケ」

「へ……?」


 猫じゃない、だと?

 じゃあ、何だというんだ?


「その髪……。切ったのはエウィンね?」

「あ、はい。エウィンさんに切ってもらいました」


 おかげでサッパリだぜ。

 やはり髪型はショートに限る。ロングはうざったいことこの上なかったからな。これで少しは頭も洗いやすくなったってもんだ。

 てか、髪がどうしたんだろう。もしかして似合ってないとか? でも、エウィンさんは「すっごく似合ってるぜ!」 とか言ってたけどなぁ。個人的にも、似合わないとは思わないんだけど。


「あの、この髪型、似合ってない、ですか?」

「いや、似合ってはいるんだけどね……。なんというか、アタシの許可なく髪を切られたのが悔しいというか、エウィンに先越された気がして腹立たしいというか……――ええい! アタシはロングの方が好みだったけど存外ショートもいいわねっ! なんだかエウィンに負けた気がして嫌だわ!」


 頭を抱えながら、ウルリカさんは一人悶絶し始めた。

 でも、ちゃんとショートも似合っているみたいで良かった。これで似合わないとか言われた日にはもうどうしようかと。


「――ふぅ。ま、いいか。似合ってるんだから、文句言えないわ」


 ため息をつきつつも、ウルリカさんは納得してくれたようだ。

 しかし、ウルリカさん髪は長い方が好きだったのか。だからあんなに丁寧に手入れとかしてくれてたんだな。

 でも、ウルリカさん自身はセミロングなんだよな。

 自分のじゃなくて他人の髪はロングがいいのかな。

 ……まあ、人それぞれか。


「それにしても、やっぱりエウィンは髪を切るのが上手いわね……」


 ウルリカさんは俺の髪に手を伸ばして、恨めしそうに呟いた。

 確かに、エウィンさんは髪を切るのが上手かった。なんでだろう。


「あいつ、獣人だからね。毛並みを整える事に関してはこだわりがあるみたい。それに関係するからカットのテクニックもあるらしいわ」

「へえ……。どうりで上手なわけですね。なら、ウルリカさんも旅立つ前に頼んでみたらどうですか?」

「嫌よ。エウィンが喜ぶだけじゃない。それにアタシのプライドが許さないわ」

「は、はは……」

 

 どうやらエウィンさんのカットの技術はウルリカさんも認めているようだ。

 にしてもだ。生前の世界では髪なんて適当に切っていたが、これからは女なんだしちょっとは気を使わないといけなくなるのかな。正直面倒でしかないんだけど。

 ……いや、俺は幼女だから適当で許されるはずだ。うん。そうに違いない。


「とりあえず、今日はもう夕飯にしましょう。明日は旅立ちの日だし、今日は早く寝ましょうか」

「はい」


 いよいよ明日だ。

 この数ヶ月間、様々な事を学んできた。

 戦闘訓練。魔法、魔術訓練。歴史……。

 特に、モンスターと戦えるようになったのは大きいと思う。こっちに来たばかりの俺じゃ多分ビビってまともに戦えなかっただろうしな。精神的にも成長できた。それもこれも自分がアルカナドールという特異な存在という裏付けがあったからだろう。それが自信に繋がった気がする。

 心機一転。新たな人生を歩むのだ。俺の新しい一歩が明日、始まる。

 この旅で、俺は何を得る事が出来るのか。

 とにもかくにも、生前のような人生は歩まないと決めたのだ。今度こそ、悔いのない人生を。

 ……歩める、かなぁ。

 幼女の姿で若干弱気になる俺なのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ