地下での邂逅
俺達はエリスさんの案内の元、廃居住区へとやってきた。
見たところ、人っ子一人いない。確かに、ここに人の出入りがあったら不審に思うのは無理もない。
「こっちだ」
エリスさんが先導し、俺達は例の廃屋に足を踏み入れた。
中は埃臭く、明らかに誰も住んでいない。
だが、最近できたような足跡がいくつかあった。
「ここらにだけ不自然に埃がないですね。何者かが出入りしていたのは間違いないようです」
「そのようね。にしても、どうしてこんな廃屋に地下への入り口があるのかしら」
「それは私にも判らない。気になりはしたが、中まで調べてはいないからな」
「魔物も住み着いているかもしれないし、賢明な判断ね」
そして、廃屋の一角に、それはあった。
足跡も、こっちへ来て消えている。
「ここだ」
「……本当にこんなところに地下への入り口があるなんてびっくりだね」
「にしてはしっかりとした造りじゃない。廃屋にしては広いし、ここは昔貴族の屋敷だったのかもしれないわね」
「その可能性はあるんだろうな。それで、行くのか?」
「もちろん。そのために来たんだから」
言って、ウルリカさんは手に松明代わりの火球を出現させた。
そして、一同階段を下り、地下へと進む。
地下は薄暗いが、ウルリカさんの火球のおかげである程度は視認できる。
「ここからは平地みたいね」
下りの階段区間は終わり、その先は地下空間が広がっていた。
それも、結構広い。水路もあって、昔に何かのために作られたであろうことが伺えた。
「灯りがついてるね。やっぱり最近も誰かがここを行き来してたみたいだ」
「慎重に進みましょう」
辺りを確認しながら、一行は先へと進む。
しかし、進んでいると分かれ道にぶつかってしまった。
「分かれ道か。どうしよう、ウルリカ」
「そうね……。二手に分かれて探索した方が効率はいいんでしょうけど、その先にもまた道が分かれていたら意味がない。なら、ここはコロシアムの下目指してみんなで進む方がよさそうね」
「ですが、方向はわかるんですか?」
「それは心配ないわ。方角を指し示す魔具があるからね」
「ほう、それは便利だな」
エリスさんは感心したように言った。
「そうでしょう? 魔法使いには何かと便利アイテムが多いのよ」
ウルリカさんは混沌空間からそのコンパスのような魔具を取り出した。
「本当に便利そうだな……」
ぼそっと呟くエリスさん。
今の便利そう発言は、恐らく魔具ではなく混沌空間のことだろうな。あれは一緒に旅をしている俺からしてみてもかなり便利だ。まさしく四次元ポケットだからな。
それからしばらく地下を進んだ。
南へ向かって歩いていくと、道中で奇妙なものを発見した。
「これは……魔物の死骸ですね」
足元に横たわっていたのは植物系の魔物の死骸だった。
しかし、どうしてこんな場所に植物系の魔物がいるのだろうか。
「本来生息していないはずの場所に死骸が落ちている、か。これはやはりなにかありそうだな」
エリスさんは死骸を眺めながら考察する。
「デスプラントの死骸ね。エリスの言う通り、こんな地下に生息しているような魔物じゃないわ。もっと木々が生い茂った森林とかそんな場所に生息している魔物ね」
「やはり、何者かがここで何かを企んでいる可能性は高そうですね」
「ええ。それがアタシ達の追っている連中だとなおいいんだけど」
そして、俺達はさらに奥へと進んだ。
距離的にはそろそろコロシアムの足元へとたどり着くはずだ。
すると、水路の脇から、灯りのようなものが見えた。
薄暗い地下に灯りが灯っている時点で、異質以外のなにものでもない。
「冒険者ギルドの受付嬢が知らない地下。そしてここに生息するはずのない魔物の死骸。コロシアム地下付近の空間に灯り、か。これはもう何もない方がおかしいわね」
「どうします? このまま様子を見に行きますか?」
「ここまで来たんだし、挨拶くらいはしておきたいわね」
言って、ウルリカさんは歩みを再開した。
それについていき、身長に広間の空間を覗き見る。
「誰かいるみたいだ」
「あれは……」
広い地下空間には、数多の柱と、暗闇に蠢く影があった。
そして、その場にいる怪しい人物。その人物に、俺達は見覚えがあった。
「――おや、お客さんのようだね」
中性的な声音。
そして、見間違うわけもない派手な道化師衣装。
昨日、本戦で試合を一瞬で終わらせたあのルージュという名の手品師がそこに立っていた。
「あなたは、あの時の……!」
「ああ、キミは昨日ボクのマジックショーに参加してくれたアルカナドールくんじゃないか。ということはそちらのお嬢さんがマスターかな?」
妖しく笑い、ルージュさんはウルリカさんの方を見た。
何もかも見透かしているような眼だ。ここにいるという事実もそうだが、あの人からは何か底知れぬものを感じる。
「ええ、そうよ。そう言うアンタは大会参加者のルージュよね。どうしてこんな場所にいるのかしら?」
「はは、単刀直入に聞くんだね。そういうの、嫌いじゃないよ。ボク達いい友達になれそうじゃない?」
「御託はいいから答えなさい。こっちはどうしてアンタが地下にいるのって聞いてるの」
「やれやれ、困った女性だ。まあ、そんなところもキミのいい所かもしれないね」
言いつつ、ルージュさんはこちらへ歩み寄ってきた。
俺達は一斉に身構える。あの人は、恐らくかなりの使い手だ。油断をすれば一瞬でやられるかもしれない。
「大丈夫。ボクは今回の件に手出しをするつもりはないよ。ただ、ここを任されてただけなんだ。だから、キミ達とやりあうつもりもない」
こっちに来るだけでこの威圧感。
やはり彼はただ者じゃない。あのウルリカさんでさえも、警戒を解いていない。
「それと、これは忠告だ。大会に参加していないのなら明日の本戦3日目はコロシアムにいない方が良い。といっても、そこのキミは参加者だから素直に聞いてはもらえないだろうけどね」
「……っ。そういうお前も参加者だろう、ルージュとやら」
「そういえばそうだった。でもね、ボクは気まぐれで参加しただけさ。明日は棄権する予定だよ。でも、おかげでいい出会いもあった。出場したかいもあったってものさ」
ルージュさんが俺の方を見てくる。
その瞳には、いったい何が映っているのか。何もかも見透かされてそうで純粋に怖い。その笑顔の先で何を考えているのか全く分からない。
「アンタは、シーグルの仲間なのよね?」
「フフ、そうだね。一応仲間ってことになるのかな。向こうはそうは思っていないだろうけどね」
「組織ってやつにアンタも所属している。そういう認識でいいみたいね」
「組織のことも知っているのか。【レギンレイヴ】の入れ知恵かな。しかし、これは厄介な協力者だ。まあ……、そっちの方が面白くはあるかもしれないか」
「アンタ達が何を企んでるかは知らないけど、好き勝手はさせないわよ。――で、今回はその植物系の魔物を幻獣化するってとこかしら。クラーケンといいスケルトンといい何を求めてこんなことをしているのか気になるところだわ。背後のやつも、既に幻獣化してるようだし」
「ああ、やっぱりばれていたね。あれはデスプラントを幻獣化させたものさ。数も多いし、勝手に増殖してくれる優れものなんだよ。でも、それだけじゃない。あれの特性は――」
と、ルージュさんがその先を言おうとした矢先。
何者かが唐突に現れた。
あれは、ウルリカさんと同じ混沌空間。
ということは――。
「少し喋り過ぎではないですか? ルージュ殿」
魔法使いのローブに身を包んだ男。
シーグル・セルシェルが混沌空間から現れた。
「もう戻ってきたんだね、シーグル。なら、ボクの役目も終わりかな」
「ええ。ここは私と部下とでなんとかします」
シーグルはそう言った直後、背後から再び混沌空間が現れた。中から現れたのは小柄な少年だ。武器などは装備しておらず普通の格好で、そこら辺にいそうな男の子だった。
「あ、あれ……。お客さんですか、ご主人様……?」
戸惑った様子の少年は、俺たちの方を見てキョドっていた。
あれがシーグルの言う部下なのだろうか。にしてはやけにおどおどしていて場違いな感じだ。
「バカな事を言ってる場合じゃありませんよ、イニス。彼らは敵です。ここから追い出さなければいけません」
「は、はい……! 戦闘ですね……!」
「そうです。あなたの相手はあの――」
そう言って、シーグルは俺の方を指さした。
「あの子を狙いなさい。しかし、殺してはいけませんよ。ゼルマとの約束ですからね」
「わかりました! 頑張ります……!」
イニスと呼ばれた少年は、シーグルから指示を受け俺の方へとやってくる。
だが、その前にエリスさんが立ちふさがった。
「なんだかわからないが戦うというのなら私が相手しよう」
「あ、で、でも僕はそっちの女の子と戦えって言われてて……」
「私では不満だというのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
明らかに困った様子のイニスくん。
彼が何者か知らないが、あのシーグルが俺達にぶつけてきたのだから、ただの少年ではないことは確かだ。慎重にいくなら、俺とエリスさんで戦った方がいいまである。
「イニスはキミと同じアルカナドールさ。なんの化身だったっけ?」
「……月ですよ。まったく、ルージュ殿は口が軽い」
明らかに呆れた調子のシーグル。
だが、ここで俺達にそのことを明かしたということは別に困らないということなんだろうな。こっちもアルカナドールだとばれているんだし、これでおあいこだ。
「なら、ドール組は月の化身を任せたわよ。アタシとディーンはシーグルを叩く……!」
ウルリカさんも臨戦態勢だ。
だが、状況はシーグルの魔術によって一変する。
「イニス。例の場所に移します。そこで戦いなさい」
「は、はい……!」
唐突に、混沌空間が目の前に現れた。
そして、気づけばその中に飲み込まれてしまった。
肌寒い空間を一瞬で抜け、どこか知らない場所へと転移したようだ。
「ここは……」
地下には変わりなさそうだが、周りに皆がいない。
混沌空間で別のエリアに飛ばされたのだろう。ウルリカさんにも似たようなことを前にされたことがる。
「あなたが愚者のアルカナドールなんですよね……?」
「そうです。あなたは月の、でしたか」
俺は警戒を強める。
手は既に短剣に触れ、腰も落として戦闘態勢だ。
「ご主人様の命令なので、この場所であなたと戦います……!」
「……わかりました。戦いましょう」
どうせ逃げられない。ここの場所も判らないしな。
なら、あの子を倒して道を聞き出す方が早い。
にしても、またアルカナドールと戦うことになるとは。
二回目のドールとの対決。ずっと感じていた違和感にもっと近づけるかもしれない。