大会初日の終わり
ミハエルさんの試合は、一方的なものだった。
槍を操るミハエルさんと、体術のみで戦うライナーさんとでは、リーチの差が圧倒的だ。案の定、ミハエルさんは余裕をもって立ち回っていた。
「やっぱり体術のみじゃ相性が悪そうですね……」
ライナーさんは苦しそうだ。
懐に潜り込めないでいる。
俺も似たような戦い方をする手前、ライナーさんのもどかしさは多少なりとも共感できるつもりだ。
「まああれは相性っていうよりかは実力の差が大きすぎるわね」
ウルリカさんの言う通り、相性も悪ければそもそもの腕の差も顕著だった。あのままではすぐに場外へ吹き飛ばされてしまいそうだ。
「さすがは【ウルスラグナ】の冒険者だ。動きに無駄がない」
「あれが大陸最強のクランのメンバーの実力――」
カイゼルさんと試合した時は向こうが本気じゃなかったから本当の実力測りかねたけど、ミハエルさんは見ているだけで凄いことが分かる。巧みな槍術に鋭い戦況判断。常に最適な間合いを確保し続ける冷静な立ち回り。どう見ても一流の冒険者だった。
「なんかまだ隠し玉も持っていそうよね。動きに余裕が見えるし。アタシのステルス魔術を見破っただけはある、か」
「ミハエルさん、優勝候補かもしれませんね」
「それはそれでなんだかつまらないわね。エリスだっていい線行きそうだけど」
「そうですね。エリスさんなら全然あると思います」
俺との試合では勝ちを譲ってもらったが、本当のルールありきの試合ならきっとエリスさんの方が上手だ。闘技大会でなら今のところ優勝の可能性は十二分にある。
「でもまだ全員の試合を見たわけじゃないからなんともいえないね。残り12人も残ってるんだからさ」
「確かにそうですね。まだ全員の試合を見たわけじゃないから決めつけるのは早計でした」
それに、あの手品師も気になる。
陽気な性格だったけど、どこか奥に強いモノが宿っている感じだった。
「お、ライナー選手仕掛けたよ」
ステージを見ると、丁度ライナーさんが捨て身の接近を試みる瞬間だった。格闘術士なら、相手の懐に潜り込めなければ歯が立たない。どうやって相手に攻撃があたる距離まで近づけるかが実力の出るところだろう。
「ちょ、あいつ槍捨てたわよ!」
「ミハエルさん、なにを……」
ライナー選手の捨て身に、付き合おうというのだろうか。
それとも、槍などなくとも捌き切る自信があるのか。
それも、次の一瞬で全てがわかった。
「そんな……!」
会場がざわめきだす。
今までずっと槍での攻防を繰り返していたミハエルさんが、体術でライナーさんを圧倒している。
これが隠し玉ってやつだろうか。
いや、まだ底がありそうだ。それくらいの余裕をミハエルさんは持っている。
「舐めた真似してるわねあいつ。アタシが対戦相手だったらキレてるわよ。でも、あっちはそうじゃなさそうね」
「ライナー選手、戦意喪失しかけてるね。こりゃ降参かな」
と、ディーンさんが呟くと、その通りになっていた。
ライナーさんは両手を上げて、降参のポーズだ。
やり方としては性格が悪いと言わざるを得ないが、勝ち方としてはスマートだったのかもしれないな。
『な、な、ななんと! ミハエル選手体術でもライナー選手を圧倒したー!! この試合、ライナー選手降参のため、勝者――ミハエル選手!!』
会場がドッと湧いた。
まあ、あんな勝ち方をしたのだから仕方がない。
どれだけ強いのだろうか、と、会場の観客皆が思ったことだろう。
だが、それも次の試合で皆の意識は逸れることになる。
それからすぐに行われた第4試合。勝者は手品師ルージュ選手であった。
試合開始の合図からわずか5秒。対戦相手を魔術のようなもので場外へ吹き飛ばした。あまりの決着の早さに会場は騒然となり、ウルリカさんも怪訝な表情でルージュさんを見ていた。
そして、闘技大会の一日目は幕を閉じた。
結果、敵の動きはなく、何も起こることはなかった。
何も起きなかったことはよかったけれど、なんだか不穏な感じであまりいい気分ではない。相手が何をしてくるかわからない状態って、こんなにも気持ちの悪い物なんだとわからされた。
明日の闘技大会二日目も、今日と同じく警戒をし続けなければならない。
そろそろ何かアクションが起きてもいいような気もするが、敵も慎重なんだろう。商人達から情報が漏れていることは承知しているだろうし、なおのこと入念に準備しているのかもしれない。
「――明日も引き続き警戒ってわけね。ええ、了解」
ウルリカさんがミハエルさんと通話をしている。
さっきの試合について文句もほどほどに、通話は終了したようだ。
コロシアムを出て、俺達はパークスの宿屋へ移動した。
今日は色んな人の戦い方を観戦出来て、いい刺激になった。
皆戦い方は十人十色で、見ていて参考になる。
「それじゃまた明日ね、ディーン」
「おやすみなさい、ディーンさん」
「ああ、おやすみ。また明日ね」
男であるディーンさんとは部屋が分かれているため、ここでお別れである。こういう大きな都市での宿泊は、部屋を分けるように決めていた。ディーンさんも1人でさびしいかもしれないが、こればっかりはウルリカさんの判断に従わざるを得ない。
「あのルージュってやつ――、なんだか妙な感じだったわね」
「そうですね。あれって、風の魔術だったんでしょうか?」
敵を場外へ吹き飛ばした魔術。
でも、吹き飛ばしたにしては観客席には風は吹いていなかった。
まるで手品かのように相手を場外にしてしまった。
「――枠組みから外れた力。かもしれないわね」
「え――」
どういう意味だ?
枠組みから外れた力っていうと、ウルリカさんの空間魔術のようなものだろうか。
「ま、世の中広いってことね。まだまだ強者はたくさんいるかもしれないわ。ワクワクするってもんよ」
「そ、そうですね……!」
未知への渇望。ウルリカさんが旅をしている理由の一つだ。
知らないもの、想定外なことに直面すると普通なら危険を感じるだろうけど、ウルリカさんの場合は違う。自分から積極的に関わろうとしていくのだ。これが賢者の素質なのかもしれない。