探知魔法
コロシアムに到着すると、会場内は熱気で溢れかえっていた。
観客席には空きはなく、一番上の段からの立ち見しかできない状況だ。
俺達はとりあえず立ち見で本戦の一回戦が始まるの待つことになった。
「あれがトーナメント表みたいね。ひいふうみい……全部で16人か。どんなやつが出てくるのか楽しみねぇ」
ウルリカさんはポールに肘を乗せ、観客気分である。
さすがの余裕というか、そのどっしり構える姿勢は見習いたいところだ。
「まだ開始1時間前だっていうのに凄い人の量だね。皆いい席で試合を見たいってことかな」
「そうでしょうね。私もできれば最前列で見てみたかったですし」
近い方が臨場感は増すだろう。
その分、危険も増しそうだけども。
「ここからでも十分見えるじゃない。というか、多分上の段の方が状況の把握はしやすいと思うわよ。ほら――」
言って、ウルリカさんは最上段にいる冒険者風の一団に視線を向けた。
そこにはクランの仲間なのか、5人の冒険者がいた。
「あれは――まさか、あの【レギンレイヴ】の――! 強豪クランも見学に来ていたんだね、さすがはパークスの闘技大会」
そう口にしたのはディーンさんだった。
にしても【レギンレイヴ】か。初めて聞く名前だ。
【ウルスラグナ】以外にももちろん冒険者クランというのはたくさんあると知っていたが、こうして名前を聞くのは初めてかもしれない。
「【レギンレイヴ】は【ウルスラグナ】レベルで規模のでかいクランね。そんな猛者達があの場所から観戦していることの意味を理解するべきだわ。そう、戦局の把握がしやすいのは高い位置であるここ。本当に戦いを見て何かを学ぶには、ここは絶好の場所ってことなのよ!」
「なるほど……! さすがウルリカさんです! 私はただ近くで見たいだけのミーハーでしたね……」
ただの一般客精神じゃダメってっことか。
見るだけではなく、見て学ぶためには、この最上段が最適、と。
「別にそれでいいじゃない。近くには近くの醍醐味がある。でも、アタシ達は今この場所から見ている。ならそのことに意味を持たせた方がいい。ただそれだけのことよ」
「それにしては【レギンレイヴ】の存在は出来過ぎたねウルリカ……」
「ああん? たまたまいたんだからいいじゃないの。何か文句でもあるっていうの?」
「い、いや、ないけどさ……はは……」
ウルリカさんの圧に押されるディーンさん。
まあいつものことか。いつかは逆の立場になっているところを見てみたいものだ。
「――で、ミハエルとかエリスの試合は何試合目なのかしら」
言いつつ、ウルリカさんは会場の上に設置された電光ボードを見る。
ミハエルさんの名前は左から6番目だ。ということは恐らく第3試合だろう。
エリスさんは――
「――あ、エリスさんは第1試合ですね」
「そうみたいね。早く来れてよかったわ」
「ですね。エリスさんの試合、私も見てみたかったので」
同じアルカナドールがどこまで行けるのか、純粋に気になる。
エルーさんも会場のどこかで見守っているのだろうか。
「――開始まであと50分くらいか。そろそろアタシも会場内の調査でもしておこうかしら。始まるまでに戻ってきたいしね」
「でしたら私も一緒に行きます」
「ええ。イオも一緒に行きましょ。それと、ディーンはここで場所取りしててくれる?」
「わ、わかった。僕も同行したかったけど、場所はとっておかないと観戦できる場所がなくなるかもしれないか。うん、僕はここで待っておくよ」
「わるいけどお願いね」
「ああ」
ディーンさんに告げて、俺とウルリカさんは会場内の調査へと向かった。
恐らく選手しか入れない場所はミハエルさんが事前に調べているだろう。となると、俺達がするべきは一般客が出入りできるフロアということになる。
「結構広い会場だから、どこかに潜伏していても判らないわね。そもそもシーグルの場合、事前に座標さえ記しておけば空間魔法で飛んでいけるし、近くにはいない可能性の方が高いわ」
「なら、例の仕掛けとやらが発動して、計画が始まる瞬間に姿を現しそうですね……」
「ええ。一番怪しいのはステージでしょうけど、一般のアタシ達じゃ入れないし、そこはミハエルに任せるしかないわね。と、なると――」
ウルリカさんは顎に手を当て、思考している。
一般入場者の俺達でも探れる場所。ステージ以外全部となると範囲が広すぎて難しそうだ。ある程度は場所も絞らないと効率が悪い。
「あ~、考えるのも面倒になってきたわ。こうなったら魔具を使って広範囲に探知をかけるか」
「で、ですけどどうやって……」
「いい場所があるじゃない」
「いい場所……?」
広範囲に探知魔法をかけるいい場所とはどこだろう。
普通に考えたらコロシアムの中央、ステージの真ん中だろうが、そこには俺達は入れない。となると、無理矢理探知範囲を広げて囲うのだろうか。
「上よ!」
言って、ウルリカさんは堂々と頭上を指さした。
しかし、上とはどういうことだろうか。まさか飛んで空にでもいくとでもいうのか。
「地上の中央が入れないなら上空から探知すればいいわ。それである程度はアタリがつくってもんよ」
「で、ですけどどうやって上空に……」
「方法ならあるわ。一旦外に出るわよ」
「は、はい」
ウルリカさんについていき、俺達はコロシアムの外へ出た。
外にも人は大勢いる。屋台なんかも所狭しと商いしている。
そんな中、何をとち狂ったのか、ウルリカさんは魔術を行使し始めた。
「う、ウルリカさん何を――!」
「いいから見てなさいって」
氷結属性の魔術を発動し、ウルリカさんはコロシアムの上空へ向けて氷の階段を精製し始めた。その右手には何やら丸い物体が握られている。
「氷結増幅器って魔具よ。これで普段よりも長く氷の階段を作れるわ」
「つ、つまりこの氷の階段を上ってコロシアムの上空……その中心から探知魔法を使うってことですか……」
「そゆこと。場所がなければ作ればいい。これなら手っ取り早く終わらせられるでしょ」
「た、確かにそうですけど……」
あまりのパワープレイに俺は開いた口が塞がらない。
ウルリカさんらしいと言えばらしいが、周りの人達も何事かと騒ぎ始めている。
「――ミハエル、聞こえる? 今からアタシが上空から探知魔法をかけるわ。外の観客が騒がないようにアンタの仲間に動いてもらえないかしら」
と、なにやら例のイヤホン型の魔具でウルリカさんは通話を始めた。
騒ぎになると面倒だから、ウルスラグナの団員にこのことを問題なしと説明してもらおうって魂胆だろう。
「――いいからいいから。その方が手っ取り早いのよ。――だって中に入れないんだからしょうがないじゃない。――そうそう。――ええ、よろしくね」
通話を終えたらしいウルリカさんだが、その最中にも魔術の行使は続けていた。氷の階段もコロシアムの上空まで伸びている。
そして、氷の階段が出来上がる頃には、ウルスラグナの団員と思しき人たちが周りの人々にこれは問題行為ではないと説明を始めた。ホント、ウルリカさんのわがままに付き合ってもらって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「じゃ、上りましょうか」
「あ、はい」
当の本人はというと、全く悪びれていない様子だ。
まあ、それもウルリカさんらしいか。
氷の階段は落ちないように手すりまで完備されている。
さすがの造形美だ。無駄に美しい。こだわりが垣間見えるな。
「手すりはあるけど、滑らないように気をつけてね」
「は、はい……!」
手すりはありがたいのだが、氷で作っているので当然冷たい。
ずっと触っておくのも辛いものがある。
「そろそろコロシアムの中心ね。少し高いかしら?」
「そうですね、階段は降りるように作れたり……?」
「もちろん。おちゃのこさいさいよ」
おちゃのこさいさいって今日日きかないな。
まあそれはいいとして、ウルリカさんは高度を落とすために下りの階段を作り始めた。その様子を普通に眺めていたが、魔術師ってこういう魔術を簡単に使えるものなのだろうか。俺の基準がウルリカさんだから、魔術師って全員凄いように思える。
「よし、こんなもんでしょ」
「おお、すごい……」
コロシアム中心へ延びる下り階段。
まだ大会は始まっていない。天井は空いているから、目立たないようにさっさと終わらせたいところだ。
「ここらでいいか。少し氷を広げるわよ」
ウルリカさんの魔術で、氷は平べったく精製された。
これなら落ちる心配はなさそうだ。あわよくば会場の人達に勘付かれないように祈るばかりである。騒ぎになるのはごめんだからな。ウルリカさんは気にしなさそうだけども。
氷の上で、ウルリカさんは再び魔具を取り出した。
今度は無色の玉だ。さっきのは氷結属性っぽく青かった。
「これはただの魔力増幅器。結構貴重なんだけどね。ま、使う機会もそうないし別にいいんだけど」
言って、ウルリカさんはその魔具を片手に探知魔法を発動する。
透明の波動がコロシアム全体を包み込み、そして消えた。
ものの数秒だ。今のだけで敵の魔術による仕掛けは発見できたのだろうか。
「……ま、そうなるわよね」
「ウルリカさん……?」
「仕掛けの場所は掴めたわ。ただ――」
「……?」
「ううん、なんでもない。――さ、会場に戻りましょ」
「はい」
なんだかウルリカさんの歯切れが悪かったような……。
少し気になるけど、本当に大事な事なら俺にも話してくれるだろう。今はウルリカさんを信じて時が来るのを待とう。