旅立ちの前に④
パラス森林にあるエウィンさんが住む木の家。
前も来たが、やはり何度見てもこの木はでかい。
エウィンさんの家はこのでかい木の中らしく、入り口はなんと数十メートル上の高い所にある。そんな場所に入り口があったんじゃ、一般人ではまず家の中に入る事すら出来ないだろう。
俺も一番最初来た時はどう考えてもエウィンさんの家の中に入る事は無理だろうと思っていたが……。まさか入り口まで上る事が出来ようとは。俺も成長したものである。
少しずつではあったが、エウィンさんの家の入り口がある高さにまで上る事が出来た。エウィンさん程スマートではなかったが、それでも転生したての頃と比べれば全然違う。
あの時はこの高さまで上る事は不可能だと思っていた。やはりアルカナドールの力は凄まじい。
「わぁ……ホントに木の中ですねっ!」
「当り前だろ。木の幹に玄関があるってのによ」
「それはそうですけど……」
木の中にある居住は、想像以上に心躍るものだった。
中も無骨な造りじゃなく、綺麗に整えられている。机や椅子、棚や階段など全てのものが木を削って造ってあるのだ。表面も特殊な加工をしているようで、手触りはすべすべだ。
「とりあえずそこに座ってな」
「あ、はい」
キョロキョロしていたら、エウィンさんに指示された。
言われたとおり木で造られた椅子に座り、上に階に上がっていたエウィンさんを見上げる。階段は螺旋状になっていて、家の周りを囲むようにして造られていた。
見るに、この階は居間のようだ。どう見ても寝室とかではない。
「下への階段もある……」
もしかしたら、結構階数があるのかもしれない。
というか、下にも部屋があるなら一番下の階に玄関を設ければよかったのに。毎回木上りするの面倒じゃないのかな。
「――おう、待たせたな」
「あ、エウィンさん」
エウィンさんはすぐに戻ってきた。その右手には何やら丸まった紙が握られている。
「それ、何ですか?」
「これか? これはな――」
机の上にその紙を広げるエウィンさん。
紙は結構でかく、幅が一メートル程あった。
「これは……」
地図だった。
見た事のない地図だ。どう見ても生前の世界地図ではない。大陸の形も大きさも全然違う。
「この世界の地図さ。これから旅立つお前に少しばかりこの世界の地理を教えておこうと思ってな。でだ、ここ見てみな」
異世界の地図。エウィンさんに指差された場所を見る。
その位置はあまり大きくはない大陸が示されていた。最南端にある大陸だ。
「ここが今俺様達がいる場所だ」
「ここが、私達のいる場所……」
「そうだ。最南端のベスタ大陸。初めて会った時も言ったと思うが、ここがどんな場所か覚えてるか?」
「はい。確かこの大陸はどの国にも所属していない地なのだとか」
「ああ。だからこの大陸はこう呼ばれているのさ。『忘れ去られた大陸』ってな」
「忘れ去られた大陸……。なんだか、おとぎ話にでも出てきそうな名前ですね」
「まあな。忘れ去られたっつっても人間はいるし、俺様みたいな土地の管理人もいる。ただまあ、他の国のやつらと違ってベスタ大陸は鎖国的だからな。今、世界がどういう風になっているのか情報があまり入って来ねえんだ」
申し訳なさそうにエウィンさんは言った。
しかし、世界の情報があまり入ってこないとなると、やはりこのベスタ大陸は独立しているのだろうか。
「ここの連中はいわば世界から取り残されてるのさ。だから、このベスタ大陸から出れば、世界はがらりと変わる。異世界に行くようなもんかもしれねえ。どっかの国に行けば、その国のルールがある。法がある。それに従わなければ罰を喰らう。どこもかしこもこの大陸みたいに自由な場所じゃねえってことだ。それが良いのか悪いのかは別としてな」
「……」
国の法律。
生前の世界でも法律は国によって異なっていた。それはこの世界でも同じだということだろう。
「恐らくウルリカはまず初めにこの大陸の北にある港町コビンへ向かうだろう。そしてコビンから出てる船でこのベスタ大陸を出るはずだ。そしたらもう、このベスタ大陸の領域じゃなくなる。お前も、俺様達以外の人間と喋ったり、接したりするようになる。――……まあ、なんというか、だな……」
「……?」
なんだろう。エウィンさんの歯切れが悪い。
「お前、ほら、あれだろ」
「え、あれ、ですか?」
「なんつーか、えーと……あまり人と喋るの得意じゃないだろ」
「う……」
ばれていたか……。
引きこもりだった俺がコミュニケーション能力なんてあるはずがない。
まあ、数ヶ月も一緒に過ごせば分かるに決まってるか。
「そういうとこも俺様は好きだが……じゃなくてだな。これから旅するんだから、社交性はあった方がいいわけだ。もちろんいきなり社交性が身に付くはずがないが、第一印象は変えられる。お前、今の自分見てどう思うよ」
「今の自分、ですか」
置いてあった鏡に目を向ける。
そこにはやはり幼女の姿が。
「髪、結構伸びたんじゃねえか?」
「言われてみれば……」
最初からまあまあ長かったが、今はそれ以上に長くなっている。
長くなったこの髪はウルリカさんがお手入れしてくれるのだが、自分では全く出来ない。男だったのだから当然だ。
「髪が長いと何かと面倒だろうと思ってな。それに、そんなただ伸ばしただけの髪より、綺麗に整ってた方が印象も良くなる。――てなわけで、俺様が切ってやろう」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。お前がよければだけどな。どうする?」
「そう、ですね……」
個人的には短い方が良い。好みというのもあるが、何より動きやすいし手入れ要らずだし爽やかだし。それに、長いと邪魔だからな。エウィンさんとの戦闘訓練の時もひらひらして目障りだった。
あら、短い方が良いことづくしじゃないか。切らない理由が無かった。
「それじゃあ、お願いしてもいいですか?」
「おう。俺様に任せな。切る場所は下の階だ。下りるぞ」
「はい」
エウィンさんについて行き、俺は下の階へ移動した。
螺旋状の階段を下りると、そこは猫の楽園だった。
「わぁ……」
棚の上に猫。椅子の上に猫。机の上に猫。至る所に猫猫猫である。猫が三つでパラダイスという読みになりそう勢いだ。木が三つで森的な意味だな。
ちなみに俺は動物の中で猫が一番好きだ。なんというか、見ていて癒されるのだ。それに何といっても可愛い。これに尽きる。
「猫は好きか?」
「はいっ」
「皆俺様の仲間さ。可愛いだろ?」
「はいっ! あの、触ってもいいですか?」
「いいぜ。――っと、早くも人気者だな」
気付けば猫が俺の周りに集まってきていた。
何匹いるだろうか。軽く二十匹は超えている。
毛並みも様々だ。黒猫もいれば白猫もいるし、ぶち模様のやつもいる。
しかし、これだけは言える。――皆可愛いっ!
「そーれなでなでなで~」
よしよしよしと猫を撫でまくる。
猫がたくさん寄ってきて、猫の王様になった気分だ。
ああ、ここが天国だったんだ。来てよかった、異世界。
「ったく、節操のないやつらだぜ。ちっとは行儀よくしろってんだ」
「いいじゃないですかエウィンさん。こんなに可愛いんですよ?」
「……まあ、お前が嬉しいのならそれでいいか。堪能し終えたらそこの席に座ってくれや。髪はそこで切るからよ」
「分かりました」
へへへ、堪能しまくってやる。こんなに猫と戯れる機会滅多にないだろうしね。