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悪魔の誘い

「でね~、その男ったら、『お前のそのしゃべり方が嫌なんだ』とか言っちゃって~。酷いと思わない~?」

「まったくもって、その通りですね」

 ……古典教師を振った、元彼の言い分が。

「だよね~。聞いてもないのにべらべらとしゃべりだす男の方が、よっぽど気持ち悪いっての~」

「ハハハ。ソウデスネ。……さて、宴もたけなわといったところですが、僕、お昼ごはんを食べていないので教室に戻りますね」

 じゃっかん演技がかった言い回しをして、そそくさと部屋から出ていこうとするが、

「りんたろーく~ん。まだ本題に入ってないんだけど~」

 すぐに呼び止められる。

 そう、ここは昼休みの職員室……ではなく図書室に併設された図書準備室。

 古典教師はいつもここでお昼を食べているらしく、目の前で手作りのサンドイッチにパクついていた。

 ってか先生。仮にも高校教師なら、スカートの丈をもう少し長くしたらどうですか?

 あと茶がかった髪に、緩いカールとかかけるのも、どうかと思うんですけど。

「ヤだな~、そんなに見つめないでよ~。本題ってそういう話じゃないよ~」

 キャーとか言いながら、なんだかとても嬉しそうにはしゃいでいる。

 ウザいと言って出ていった、彼氏の気持ちがわかる。

「てっきり世間話をするために、呼び出されたのかと思いましたよ」

「そんなわけないでしょ~。りんたろー君に聞きたいことがあって、呼んだんだよ~」

「聞きたいこと? 説教じゃなく?」

 古典教師の前にある椅子に腰かけると、サンドイッチを一つくれた。

「そうだよ~。というより、なにか怒られるようなことしたの~? あ、もしかして……」

 そして、もったいぶったように口元を隠した。

「なんですか……」

 どうせロクでもないことと思いつつ、相槌を打ってあげると――

「私のこと好きになっちゃた~? 確かに先生に恋しちゃうなんて、お説教ものだけど~、本気だって言うんだったら考えてあげなくもないよ~」

「……購買のパンまだあるかな」

「どこ行くのよ~」

 出ていこうとしたら、制服の裾を掴まれた。

「やっぱりロクでもないことじゃないですか!」

「ロクでもないとはなによ~。女の子が思わせぶりなこと言ってるんだから、もう少しマシな反応があるでしょう~」

「教師を女の子扱いする学生はいないでしょう……」

「失礼な~。私まだ二十五だよ~」

「マジで!?」

 まぁ、男子の間じゃ人気の先生だったから、若いだろうとは思っていたが、ここまで若いとは思ってなかったな。

「よく教師になれたな」

「うん~。なんかお父さんがコネとかいっぱい持ってた~」

「よく教師になれたな!」

 年齢が近いこともあってか、遠慮なしのツッコミがいれられる。若いって便利。

「あはは~、って、なんの話だっけ?」

 ゆるふわカールの髪で可愛く首をかしげる姿を見ていると、もはや教師には見えなくなってくる。

 照れ隠しのためにそっぽを向きながら、

「聞きたいことがあったんじゃないですか?」

 と答えたら、なんだかさらに恥ずかしくなってきた。

 いやいやいやいや、僕は教師相手に一体なにを考えているんだ?

 だって教師だぞ? お姉さん……じゃなかった年増だぞ?

 僕はどちらかというと、健全な方の年下好きのはずだ。決して、悪質な方の年下好きでは……じゃなくて! まずい! パニクってきた。落ち着け、僕!

 もはや古典教師を直視できないので視線を部屋中に巡らせていると、重大な事実に気づく。

 ――あれ? 誰もいない!?

 思い返すと入って来た時から誰も居なかった気がする。

 ってことはずっと二人きりだった、ってことかよ!

「そういえば、そうだったね~……って、なにきょろきょろしてるの?」

「いや……誰もいないな、と思って」

「えーと~……そうだね~……」

 沈黙。

 今、生まれて初めて窓からダイブしたくなった。

「ね~……りんたろー君?」

 よし。逃げよう。

 たとえ腐っていても、彼女は教師だ。

 生徒の赤っ恥の話を言いふらすようなことはしないだろう。いや、しないはずだ。

「私の名前、覚えてるかな~?」

 きびすを返そうとして、動きが止まる。

 なにを隠そう、僕はこの教師の名前を知らない。

 意外な話の展開に、面食らったのだ。

「……やっぱりね~。知らないと思ったよ~。知ってたら、私に手を出そうなんて思わないだろうからね~」

「えっ、と……すみません……」

 なんか謝ってばかりだな……今日。

 そんな場違いなことを思っていると、そんな考えを見事に吹き飛ばすような事実を知ることになる。

「私ね~、進藤奈々っていうんだ~。お姉ちゃんがいろいろお世話になったみたいだね~」

 ――野生の森林太郎は逃げ出した。


 P.S. 僕の名誉のために言っておくと、あのナースさんには指一本触れてません。


      ************


「教師のことを、好きになりそう? おおいに結構じゃあないか」

 走り続け、気がつくとここに至る。

 嫌いになっていたはずのラテン系の笑顔が目の前にあった。

「結構じゃないでしょっ」

 きらした息を整えながら、シモンに叫ぶ。

「どうしてだい? この前も言ったように、恋とは不可抗力なんだよ。抗えないのなら堕ちるところまで堕ちてみるのも、また一興だよ?」

「今の『おちる』は堕落の『堕』ですよね……絶対……」

 紅茶を入れながら、シモンは朗らかに笑う。

「まぁね。世間一般的には、教師に手を出す生徒はタラシ以外の何物でもないと思うからね」

「……ネクラがタラシとか、最悪の組み合わせじゃないですか……」

「あはは……なんで君はそうネガティブなんだろうね?」

 満たされたカップをわたしてきたので、ありがたく頂いておく。

 ミルクを注いでミルクティーにした。

「……うん。ところで林太郎君」

 自分で淹れた紅茶の味に満足したかのように頷き、僕に話しかける。

「なんでしょう?」

「金髪の少年に会わなかったかな? 年は十歳くらいで、活発そうな顔つきの子なんだけど」

「会ってないですけど……その子がなにか?」

「うーん……まぁ、いいや」

 シモンが歯切れ悪く会話をきった。

 なにかあるな。絶対。

「息子さんですか?」

「違う違う。その子と賭けをしていてね」

「賭け?」

 分かりやすく首を傾げてみる。

「そう、賭け。勝つためには、少し君に協力してもらわないといけないんだけど……どう? 手伝ってくれない?」

「まぁ……できる範囲なら」

 ……少しだけ、嫌な予感がした。

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