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Egoism of princess

「……はじめまして、エリス・ラウフェンエッカーといいます。よろしく……おねがいします」

 退院して初めての登校日。

 それは、彼女の初めての登校日でもあった。

「よォーし、エリスゥ。趣味や特技とかあるかァ?」

「趣味ですか……特に」

 クール、といえばクール。

 いや、ただの無表情。

 金髪碧眼と相まって、まるで西洋人形のようだった。

 身長も低いせいか、なおさら大きな人形のように見える。

「そっ、そうかァ。じゃあ、得意な科目とかはあるかァ? ちなみに先生は体育が大好きだァ!」

 誰もお前のことなんて聞いてないだろ。

 つーか、そういう質問も――。

「……特に」

 案の定といえば、案の定。

 担任の気づかいは追撃にしかならなかった。

 頬をひくつかせている担任をよそに、彼女の冷たい無表情は変わらない。

 彼女のクールさが伝染したのか、クラス全体が寒くなった気がした。

「まァ、好きなことなんて学校の中で見つけていけばいいさァ。……えーと、じゃあ後ろのあいている席に座ってくれェ」

 ――後ろのあいている席。

 要するに、僕、こと森林太郎の真隣だった。


      ************


「あの……教科書貸してくれませんか?」

 ずっと隣にいたエリスに声をかけられたのは、これが初めてだった。

 ちなみに、エリスの衝撃的デビューから二週間後のこと。

「……貸せる訳ないだろ。君と僕は同じクラスだ」

 エリスは不思議なことを聞いたように目を細めた。

「……知ってるよ?」

「だから、僕も次の授業で必要だということだよ!」

 そして驚いたように目を丸くする。

「そっか! 森君は頭いいんだね。じゃあ、授業があっても教科書はいらないねっ」

「な……」

 予想外の切り返しに言葉がでない。

 というか、そんな切り返しをしてくる奴は頭がおかしいか、頭が足りないかのどちらかだろう。

「お、面白い冗談だな、それは」

 しかし、さすがは僕。

 ひきつっているかもしれないが、笑顔で応対するところに大人の余裕が見てとれる。

 だが、目の前の幼稚な同級生は小首を傾げ、

「……? 面白い冗談を言えるほど、エリス頭よくないよ?」

 と、のたまった。

 たとえ大人の余裕がある人間が、全員子供の世話をできるかといったらそうでもないことに今さらながら気づかされる。

 などと、なかば放心状態で教訓じみたことを思っていたら、

「ありがとね! 森君っ」

 すでに机の上に用意してあった古典の教科書を、横からかっさらわれてしまった。

 そして――

 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。

 タイミング良く乾いた鐘の鳴る音がする。

「は~い。鐘が鳴りましたよ~、授業始めますよ~」

 タイミング良く若くて美人な古典マドンナ……教師の登場。

 この時点で、すでに教科書を取り返すタイミングは失ってしまっていた。

 全身から嫌な汗が噴き出してきた。だが、今さらどうすることもできまい。

 こうなった以上、最後まで教師に教科書を持っていないことを悟られないように大人しく時間が過ぎるのを待つしか……

「あれ~? りんたろー君、教科書はどうしました~?」

 速攻かよッ!

 ってかお前、教室入ってきた瞬間に僕を見るとかなんの嫌がらせだ!

 そんなに僕が好きか、このやろう!

「もぅ……。教科書を忘れたのなら別のクラスに借りに行っておいてくださいよ~。それとも、私の授業をうける気がないのかな~?」

 あきれているのか怒っているのかわからない声色で、古典教師は話しかけてくる。

 授業を始める様子がないのでこちらの返事を待っているのだろう。

 正直、いろいろと隣の西洋人形のせいで迷惑をこうむっているので、全部ぶちまけてやろうかとも思った。

 しかし、大人の余裕を持っていると自負している以上、少女のために身をていすのも大人というものだろう。

 正義の味方の第一条件、自己犠牲の精神にのっとり、僕は立ち上がり告げる。

「すみません。教科書を忘れたことに気づいたのが今さっきでして。次から気をつけ――」

「あの、森君は教科書を持ってきてますよ? ほら」

 隣を見やると、エリスも立ち上がり、古典の教科書を胸の前にかかげていた。

 教科書にはでかでかと書かれた『森林太郎』の文字。

 今まで興味なさげに自らの用事に勤しんでいたクラスメイトの目が、いっせいにこちらへと向けられた。

 まさに、好奇の目。

「森君は頭がいいので授業があっても教科書がいらないらしいんです。だから、教科書忘れちゃったエリスに貸してくれるって……」

 ……嘘だろ?

 庇った奴を庇われた奴が庇い返しちゃったら、庇った奴の立つ瀬がなくなるだろ。

 しかも、その言い分だと僕、スゲー古典教師のこと舐めくさってない?

 つーか、顔がメッチャ熱いんだけど。

「なるほどね~。エリスちゃんは、りんたろー君に教科書見せてもらってね~」

「わかりましたっ」

 元気よく返事をすると、エリスは僕の机と自分の机をくっつけてきた。

 そして、僕の方に、恥ずかしそうに笑いかけてくる。

 エリスがはにかんだ笑顔を見せてきたので、僕は大人の余裕でパーフェクトな笑顔を……あれ? 顔がひきつるだけで笑顔になってないような気がするぞ?

「それからりんたろー君は~、次の休み時間職員室きてね~」

 ……次の休み時間、昼休みじゃん。

 なげーよ。説教時間。

 膝から力が抜けるように椅子に座りこみ、頭をかかえると、なにやらクラス中からエリスと僕の仲を勘ぐるようなヒソヒソ話が聞こえてくる。

 いたたまれなくなって顔を上げると――

 ――甘くていい香りがした。

 真横だ。

 首を向けると、エリスの顔が目の前にあった。

 距離およそ十センチ。

 白く、キメの細かい白磁の様な肌と、サラサラで、日の光を浴びキラキラと輝くブロンドの髪。

 いつぞやの一件があったので西洋人形のことは嫌いになっていた。

 ……でも西洋人形もそう悪いものでもないかもしれない。

「あの……森君?」

「へっ………………エッッッ!!!」

 エリスの声に我に返る。

 電光石火の勢いでエリスと離れた。

 結果、後ろにあった掃除用具入れに、ピ○チュウ並のリアル電光石火をかますことになってしまった。

「……りんたろーく~ん。さすがに私、怒っちゃうよ~?」

「す、すみません……」

 教室の注目が再び集まる。

 授業中に掃除用具入れに電光石火をキメる男。

 掃除用具入れもびっくりの、新たなレジェンドをこの学校に作ってしまったが、そんなことはどうでもいい。

 問題は、嘲笑や迷惑がっているような表情が多分を占める教室の中でただ一人。廊下側の一番前の席。

 その席に座るポニテが可愛い……ゲフンゲフン、活発そうな髪型の女子の顔が赤かったことだ。

 ……どこから見られてた?

 事と次第によってはとんでもない噂が飛び交うことになる。

 なぜなら、はた目から見ると僕とエリスは、ほぼゼロ距離で、見つめ合っている構図になっていたのだから……。


      ************


 どうやら一足遅かったようだ。

 病院で『森』の名を出し、見舞いにきたと伝えたら、あいつはすでに退院した後だと言われた。

 でも、せっかくここまできたので、少しでも多くの情報を仕入れるために聞き込みをしてみることにした。

「……ねぇ、おねえさんさ、森林太郎について知っていることない? 先日まで入院していたらしいんだけど」

「森さん? ……ああ、あの人についてなら進藤さんに聞くといいよ」

 それだけ言うと、この看護士は嫌な感じの笑みを残して歩き去った。

 ……ということで。

「森っていう奴と仲良かった、って聞いたんだけど。本当?」

 号泣された。

 ~~~三分後~~~

「……落ち着いた?」

 ようやく泣きやんだ進藤に尋問再開。

「うん……ヒック……あなた、りん君の友達かなにか?」

 どうやらずいぶん森と親しそうだ。

 こいつは当たりかもしれない。

「まぁそんな感じ。ねえちゃんはそんなに森と仲良かったの?」

「仲が良かったなんてもんじゃない……将来を約束しあったのに……」

「マジで!?」

 これは予想外だ。

 シモンの話では、森という奴は見るからにネクラという感じだった、と聞いたのに。

「ってか……のに?」

「……退院してから一度も連絡がこないの……どうして? やっぱり、人妻だから?」

「ねえちゃん結婚してるの!?」

 つーか森、そんな女に手を出したの!?

 そこで再び進藤は泣き始め、整えていた患者のベッドにつっぷしてしまった。

「えーと……なんか悪かったな。じゃ、俺はこれで」

 ――ズボンの裾を掴まれた。

「……あなた、りん君の居場所知ってるの……?」

 なんか怖―よ。

 ドス黒いオーラみたいのが見えるんだが……

「……つれてって……」

「……え?」

「私を、りん君のところに、つれてって」

 な、なんか修羅場の臭いがするぞ……?


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