第二作 愛とは思考を阻む優雅な毒
本当ならプログラマーの子を出そうと思ったけど、リアル時間でバレンタインとかいう催しがあるから思いついて書いちゃった
「愛してるゲームをしよう!」
ホワイトボードを力強く叩き、低身長で強調するかのようにない胸を張る部長こと川崎翠。
RPGから離れてくれたのは嬉しいが、題材が題材なだけに反応に困る。恋愛沙汰に疎いわけではないが、さすがにハードルが高いのだ。
「こっち見てどうしたの?」
部長は、別にそうでもなさそう。というか、部長とやることになったら何も感じない気がする。なんか、こう、近所の幼子に慕われてる感があるというか。
「ねぇ、今失礼なこと考えなかった?」
「いえ、何も」
「はぁ、アンタと話してるとつくづく疲れる」
「それはこっちのセリフでは……」
「何か言った?」
「いえ何も」
疑り深い部長の相手を一々するのは面倒。こういう時は適当にあしらっておけば問題ないのだ。
それにしても、愛してるゲームなんて聞くのは久々かもしれない。一時期有名だったものの、どんどん廃れていって、気付けば耳にしない時の方が多くなった。
「で、愛してるゲームをこのメンツでやるんですか」
部室を見渡す。
俺と、ホワイトボードの前に立つ部長と、寝ている椿のみ。前回、『ラスボスしかいないRPG』を作ったメンバーと同じである。
代わり映えの何もない。
「ねぇ莉空、私って部長としての威厳ないのかしら……」
あ、これダメだ。目が死んでる。
「き、きっとアイツらにも何かしら事情があるんですよ。だから、大丈夫ですって」
「そ、そうよね! そうだよね! 私に人望がないわけがないのよね!」
たぶん、ないと思う。口にはしないけど、みんな思ってるはず。
「な、なによその、生暖かい目は……」
「いえ、なんでも」
「お二方、うるさいですよぉ」
寝ぼけ眼のまま、椿が顔を上げる。椿はあくびを一つかき、机の上にへばりついていた身体を起こした。
「それで、なんでしたっけ……?」
「あ、今回はガチ寝だったのか」
「いぬ先輩、わたしのことなんだと思ってるんですかぁ」
「寝魔」
「なにそれ」
「文字通り、寝る魔物」
「わたし、魔物ではないですよ」
「否定するのそっち!? すべてを否定しなさいよ!」
「寝るのは、事実ですから……」
眠そうに言いつつ、椿は再び寝る姿勢に。
「いや起きなさいって! 愛してるゲームやるんだから!」
「本当にやるんですか」
「なに莉空、恥ずかしいのかしら」
「いえ別に」
部長だしなー。うん、部長が相手だと、なんか子ども相手にしてるみたいで、なんか違う気がするんだよな。
「絶対に莉空を照れさせてみせるんだから! ほら、最初は私とよ!」
「わかりました。それじゃあ始めましょうか」
俺と部長は互いに向き合い、見つめ合う。どっちから言うかは決めていなかったが、ひとまずここは流れに身を任せよう。
……というか、始めて早々だけど、部長めっちゃ顔赤いんすけど。え、これもう照れてるの? それともそういう作戦? 最初から赤くしとけば照れてもバレないだろうっていう姑息な手段?
部長のことだから、きっと前者な気がする。
「んん……莉空、その。愛して、いるわ……」
部長は上目遣いになり、指先をちょんちょん合わせながら口をぱくぱくさせている。ちらりと部長の八重歯が顔を覗かせ、しおらしい態度にいつもの元気はつらつな感じとは違った乙女の一面を垣間見た気分だ。
思わぬ部長の態度に、可愛いと思ってしまったが、これはゲームなのだ。部長の策略に乗っかってたまるか。
「じゃあこっちからも。部長……」
「え、ちょっ。莉空、ちかっ……!」
顔を部長の耳元まで近づけ、そっと囁くそうに言葉を紡ぐ。
「愛しているよ、翆」
「……っ! あ、あああああ! 無理無理! なんか背中ぞくぞくして、全身ぶわっと鳥肌立って、なんかこう、むず痒くて恥ずかしくなる!」
部長は耳元を抑え、俺から距離を取る。元々赤く染まっていた顔は、耳まで染まり上げたのを見逃さない。
……完全に照れたな。
「莉空、わ、私はその……」
「部長、負けですよ」
「……え?」
「部長さん、負けぇ」
「……あ、あああああああああ!」
どうやら部長は愛してるゲームをしていたことを忘れていたみたいで、思い出した瞬間膝から崩れ落ちた。部長はチョロい、はっきりわかんだね。
「いぬ先輩、次はわたしと」
「ちょ、椿。本気なの?」
「部長ばかりいい思い、ズルい」
「あんたにとってはいい思いかもね。私には一生ものの恥だけど」
「えっと、次は椿とでいいのか?」
「そう言ってる。いぬ先輩、準備いい?」
椿の覚悟が決まった瞳を見て、不安が募り言葉を出せず頷いてしまう。
ここまで椿がやる気を出すのは珍しいが、如何せん俺が関わってるとなると仕方ない。なにせ、椿は入部初日、俺に告白してきたのだから。まぁ、後から俺の作品が好きだったということで片付いたけれど。
だから彼女にとって、これほど美味しい機会というのはないのだろう。
「それじゃあ俺から……椿、愛しているよ」
「ふふ、わたしも。愛しています、莉空先輩」
心臓が大きく跳ね、身体中を駆け巡る血液が熱くなるのを感じる。普段の呼び方と変わるだけで、心中のざわつきが異常だ。
俺と部長の時は遊びという感覚が強かったのに、椿相手だとこの言葉がどれほど本気なのか伝わってきてしまう。
喉が冬の空気のように乾いていく。俺はただ、口を呆然と開けて次の言葉を出せず、硬直する。
椿はここぞとばかりに俺に近づき、そっと俺の手を掴んで視線を合わせ、いつもなら気怠げな表情ばかりを浮かべている顔は笑っていた。
「わたし、これでも先輩には感謝しているんです。ほら、わたしっていつも寝ているじゃないですか。だから、友達とかあまり出来なかったんですよ。でも、先輩はわたしのこと突き放さないでいてくれて、体験入部の時だって根気よく構ってくれたじゃないですか。結構あれ、嬉しかったんですよ? 口下手だからこういう事しか言えないですけど、わたしは先輩の優しさを知っています。先輩の温かさを知っています。そういう先輩が、莉空先輩がわたしは好きです。愛しています」
椿がひとしきり言い終えると、部室内は静寂に包まれた。誰も、何も言わない。言えない。
頭の中では、これが愛してるゲームだと訴えるけど、感情が、心が否定する。
椿の言葉はゲームだから出てくるものじゃない。日頃から思っていないと伝えられない、真摯な想いだ。
一つ、俺は入部初日の告白を断っている。俺は彼女のことをよく知らないし、そもそもとして作家になりたいという欲の方が強い。
なのに、日が過ぎて椿という人物を知っていくと、感情というのは移ろいでしまい。返事をするのに躊躇ってしまう。
どうするべきか戸惑っていると、ずっとアワアワしていた部長が動き出し、俺と椿の間に割って入る。
「ストップストップ! こ、これはゲームだから! だから、その……」
「そうだね、これはゲームでした。今の、わたしの負けで良いですよ。いぬ先輩から愛してると言ってもらえて満足なので」
椿はいつもの眠そうな感じに戻り、スタスタと自席に戻って寝る準備をした。
部長が止めてくれなかったら、一体どうなっていたことか。
「ありがとうございます、部長。正直助かりました」
「全くもう。ゲームはガチでやるから面白いけど、こういったものは遊び感覚の方が楽しめるでしょ? あんたも、あの子の先輩なんだから少しは気をつけなさい」
「ですね。まぁ、このゲームは今後無しという方向で」
「そうね。タイミングを見計らって、またやろうかしら」
「人の話聞いてました?」
俺と部長が会話している間に、椿が顔を上げて俺たちの方を見てくる。
「いぬ先輩。さっきの言葉、嘘じゃないので。では、おやすみなさい」
最後に爆弾だけを投下して、椿は夢の世界に旅立ってしまった。
後日談
「そういえば部長、なんで急に愛してるゲームをしたんですか?」
「そうね。なんか、周りが恋に浮かれている雰囲気がしたからかな」
「バレンタインまでまだ先ですよ」
「あんた、そういう偏見はやめなさい」
『いぬ先輩に愛してるって言われた……ふふ、録音しとけば良かった』
by矢倉椿




