新たなる時代の始まり。その後(2)
東京駅の構内にある、中華料理店の店舗内に避難して、丸二日が経過した。バリケードを破ってまで襲って来る魔物は居ないが、店舗内を物色しようとして近付いてくる魔物も時折現れてくるわけで、そうなるとバリケードの外で撃退しなければならなかった。
今までが幸運に恵まれていると思う。単体の魔物の撃退であれば、海慈と田中、それに荒川の三人で倒す事が出来ていた。店の奥で倒したダンゴムシは別にして、危険度の高いと思われる魔物が店舗の内部を探る様に近付いて来た時には、いよいよこれ迄かと肝を冷やしたが、それでも何とかしてしのぎ切れていたのは、運が良かったとしか言いようがない。
「交代しましょう田中さん」見張りをしていた田中に、海慈が言葉をかける。
この二日ほどで、蟻の魔物ほど驚異的ではないにせよ、バッタや蝶々の様な魔物と戦ってきていた。大きさも五十センチ程度の大きさなので、それほど危険度は無かったが。しかし、未知の魔物との戦闘という特殊な状況が、おかしな緊張感を生み出していて、最初はかなり苦戦したのだ。
しかし海慈が奇襲をかけて注意を惹き付けている間に、魔物の後ろから田中と荒川が畳みかけるというパターンが出来上がると、かなり楽に魔物を倒せることが分かってきた。
たまに厨房からバックヤードに至る経路の何処かしらから、ダンゴムシの魔物が現れては騒ぎになるくらいで、これ迄危機的な状況は起きてはいなかった。時折店舗前を巨大な昆虫に似た怪物が前を通り過ぎていくのが気にかかるが、おおむね全員無事に過ごせている。
此の中華料理店を避難場所にした事は幸運だった、食糧や飲み物が豊富な事に加えて、厨房には武器に成りそうなものが豊富にあるのがありがたかった。
其れはさて置き、外部との連絡手段がないのは、不安な要素の一つではある。瓦礫に埋まって身動きが取れないのならいざ知らず、この状況から逃れようと思えば移動する事に支障は無い。ただ徘徊している魔物に遭遇しなければの話ではあるが。取り敢えず今までは危険な状況ではないことが気持ちを大きくしていた。
「どうかしましたか、何か気になる事でも?」海慈が思案気に外を見つめているのが気になったのか、田中 が聞いてきた。
「ここが安全ならば構わないのですが、いつ何時、魔物に襲われるとも限らないので、自力での脱出を考えなければ成らないかも知れません。しかしいきなり全員での移動と為るとリスクが大きいので、取り敢えず周りの状況を知るために偵察では無いですが、此処の周辺だけでも確認してこようかと思いましてね。そこで田中さんに暫くここを任せる事に為りますがお願いできますか?」と海慈が聞いてみると、田中は承諾してくれた。
「それは構いませんが、一人で行くのは危険では有りませんか? 誰かもう一人連れて行った方が良いと思いますが」と田中からの提案に、荒川が名乗りを上げる。
「それなら私が行きますよ、というかそれ以外に選択肢は無いみたいなので、周辺の状況が分からなければ、如何しようも無いですからね。だから美奈ちゃんお願いね」とにこやかに板倉 美奈子に話すと。
「ええええ!!、 私が此処を守るの? むりむり私、運動音痴だし、第一怖いもの」と思いっきり首を振って、拒絶する。
「心配ないわ。剣聖の田中さんに任せておけば大丈夫だから、美奈ちゃんには田中さんのサポートをお願いするわ、あまり前に出過ぎて田中さんの迷惑になるのもいけないし。程々に田中さんを手伝ってくれたらいいから」と暗に出しゃばるなと警告する。
そうなのだ。板倉 美奈子は怖がりでは在るのだが、怖いもの見たさが勝ちすぎる、・・・いや好奇心から魔物を見て見たいという欲求に負けてしまうのだ。得てして魔物見たさに、魔物を倒すために対峙している人の前に出てしまうという、困った一面が在るのだ。
魔物は倒されて暫くすると消えてしまう、観察もしくは見るためには、討伐される前でなければ見る事はできない、しかし強い魔物ならさいざ知らず、弱い魔物はすぐに倒されてしまう為、なかなか見る機会が無かったのだ。
動きの遅いダンゴムシ程度なら問題ないが、そこそこ強い魔物と為ると、近くで見ていては危険度は跳ね上がる。事実、一度店舗外でバッタの魔物を海慈達が討伐している際に、思わず身を乗り出して見ていた板倉に向かって飛んできたのだ、間一髪店舗内に身を引いて難を逃れていたのだが、そんな怖い思いをしたにもかかわらず、店舗の正面に築いたバリケードの隙間から、魔物との戦闘をのぞき込んでいる板倉なのだった。
怖がりの彼女ではあるが、ついに魔物との邂逅を果たす事になる。ダンゴムシに目をつけたのだ、動きも遅く粘着性の糸を吐いて相手の動きを封じる事が脅威と言えばそうなのだが、其れは動かずに吐いた糸を受け続けたらの話で、糸を吐かれた時点で当然逃げるなり、糸を躱して動きの遅いダンゴムシを潰してしまえば、其れほど脅威となる事はなかった。
後方の守りを志願して居た板倉ではあるが、別にダンゴムシを倒そうとして居た訳では無い、魔物が侵入してきたら安全な距離でつぶさに観察して、頃合いを見て海慈や荒川を呼べば良いと安易に考えていたのだ。
しかし、店舗裏から侵入してきたダンゴムシを見つけるなりパニックに陥ってしまった。一瞬固まった板倉では有ったが、ダンゴムシが糸を吐いたタイミングで我に帰り、無我夢中でダンゴムシの唯一の攻撃を華麗に避けて、彼女が自衛の武器として拵えて居た、肉叩きとすり鉢に使う棒のコラボレート作品で叩き潰して、無事ダンジョンカードを取得して居た。
彼女自身が自主的にダンゴムシを倒そうと思った訳では無い、討伐して貰うつもりが、結果的に自分で倒したしまって居たのだが、その事が拠点を守る戦力が増える事になったのは尭孝だった。
無理やり説得されて、留守番を任された板倉と田中は、海慈に指導してもらいながら、ツーマンセルの要領で移動して行く二人を見送るのだった。
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さて数日時間はさかのぼるが、東京駅前交番に駅構内の異変が伝わったのは12時を少し回ったころだった。
駅の職員から”駅の構内に怪物が出て、けが人が多数出ている”との一報を受けて塚田 隆司警部補は部下の吉田 昇巡査を伴って急ぎ急行した。
最初”怪物”という言葉に、爬虫類(蛇とかトカゲ)が輸送中に逃げ出したぐらいに考えていたのだが、階下へ降りる階段近辺におびただしい人が傷つき横たわっているのを目のあたりにして、かつてどこかの教団が起こした鉄道テロを思い浮かべた。
とにかく、派出所の職員だけでは対応出来ないので、本部へと応援要請と救急車の多数の出動要請を終えると、駅員と共に横たわる人々の救助を始めた。最後の一人を駅舎外へと運び終えると、通りに面した広場は、さながら野戦病院の様な有様となっていた。
要救助者がまだいる可能性があるというので、とりあえず駅舎の中を怪我人が居ないか探してみる事にした。塚田警部補と同じように、用心しながらついてくる吉田巡査が聞いてきた。
「怪物と言っていましたけど、何がいるのでしょうね?」と不思議そうに聞いてきた、当然彼もかつてトカゲやヘビの輸送中の脱走事故を日報を通して目にしており、そのたぐいだと思っていたのだ。
「分からん。しかしあの怪我人の数だ、一匹や二匹でこの騒ぎは考えられん。一体何がどうなっているのやら」と派出所に常設されている大型の虫取り網と、ヘビを捕獲する棒を持って人の居ない一階部分を歩いていると、突然セミの鳴き声が聞こえて来た。
「なんだ? なぜ駅舎の中にセミが居る」と大合唱のセミの鳴き声に、思わず大声で叫び返す塚田警部補。
吉田巡査は目の前にいる巨大なセミの姿に唖然としていた。その大きさは優に10センチは超えていた。口を唖然と開けている、吉田巡査の指さす方を、思わず見てしまった塚田警部補は戦慄しながらも、虫取り網を構えてしまう。それを敵対行動と見なしたのか、飛び掛かって来るセミの化け物。咄嗟に網を振り回して捕獲すると地面に叩き付けて足で踏みつぶす。それを合図に周りのセミたちが襲い掛かってきた。
本能的に逃げる為に、出口を目指しながらの攻防戦となる。目の前に飛び込んでくる昆虫の怪物を虫取り網や蛇取り棒でけん制しながらようやく出入り口へとたどり着いた。報告を受けた警視庁では半信半疑ながらも後は機動隊による捜索に変わったが、階層を重ねる毎に強くなっていく怪物にポリカーボネイト程度の盾では防ぎきれないと、自衛隊による捜索へと変わって行った。
さて。海慈と優子は一階へと上がる階段下まで来ていた。そのまま一階へと行ければ何事も無いが、今日でまる二日になるが、誰も救助に来ていない事に一抹の不安がある。要するに上の階層にここ迄来ることが出来ない要因があるという事だ。
「どうします? 上がってみますか」と優子は聞いてみた。階段下から見上げた範囲では安全の様に見えるのだが、そこは演習とはいえ命を懸けて訓練している海慈の指示を待つ。
「とにかく、上がってみない事には分からない。私が先に行くから、荒川さんはここで待って居てくれ」そう言って慎重に階段を上がっていく海慈、上がる寸前に階段にめ身を伏せて床上に顔だけ出して周りの様子を伺う。
見える範囲に異常は感じないが当惑しながらも荒川さんに上がる様にと合図を送る。上がって来た彼女は信じられない面持ちで周りを見渡す。
今まさに上がって来たフロアーが、そこにみて取れる。間取りは同じなのだが、かなり古ぼけた感じがする。いや、古ぼけたというよりも荒廃して居ると表現した方がしっくり来る。まるであの日から数年は経って居るかの様だ。
「いやな予感が当たったよ。もう何階層か上がらなければ出口には行けそうにないな」と海慈は顔をしかめながら独りごちる。この階段の登り口は此処で止まっているのだ、もう一階層上がるとなれば、上り口のある階段を探さなければいけない、そうなると必然的に非戦闘員を大勢連れての移動となる。
それだけは避けたいが、このとんでもない空間に閉じ込められて二日になる、お年寄理と子供が大多数を占める中、よく耐えてはいるが、精神状態がそろそろ限界が近い。全員で脱出するにしろ、そのまま隠れているにしろ、どっちにしても帰って相談をしなければと。海慈と優子は来た道を引き返していくのだった。
隠れている拠点までの道中、徘徊している魔物をやり過ごしながらの帰順となったのだが、点在している店舗が良い隠れ家と成って居た。帰り着いた海慈と優子はその事を報告した、この階層のすぐ上が出入り口のある一階ではないと知ったご婦人方は大層気落ちしていた。もう助からないのでは無いかと思い始めて居たのだ。
「とにかく、上を目指しましょう。怪物にも何とか対応できていますし、そう頻繁に現れる訳でもないですから、避難できる店舗を足掛かりに上を目指しましょう」海慈の提案に、全員が承諾するしかなかった。此処に留まっていても、解決する道筋は見えないのだから。




