新たなる時代の始まり。のその後(1)
日本で最初に出来たとされるダンジョンは、東京駅ダンジョンである。その日の正午ちょうどに激しい揺れが起こった。その時、東京駅の駅舎を含めた敷地がダンジョン化したのだ。その異変に巻き込まれた高崎親子の物語を、ここで少し語ろうと思う。本編がダンジョンが誕生して5年後の物語である関係上、あまり詳しく語る事の無かった話なので、幕間という形でお届けしようと思います。
駅舎ごと、何かにぶつかった様な衝撃の後。出口へと殺到していく人々の、狂乱を避けて廊下の壁際で、様子を伺っていた海慈親子だった。しかし地上の出口へと、向かう階段に殺到していた人波が、まるで何かから逃げて居る様に血相を変えて戻ってきたのだ。それこそ先程の狂乱が可愛く見えるほどの慌てぶりである。戻ってきた群衆を唖然として見送って居ると、その後ろで何やら蠢いて居る物がいた。
視力の良い海慈が、その光景を目の当たりにして、顔面が蒼白になる。慌てて食事をする予定の店舗へと避難すると、その時群衆に巻き込まれる事の無かった人達も一緒に付いて来ていた。
店舗の中で他の人達と協力しながら、入口をテーブルで塞ぎ終えた海慈が、青ざめた顔で話す。
「信じられん話だが、……蟻が人を襲っていた。体長1メートルは有ろうかという大きさだった、あんな物に襲われては助からん、ここに隠れて凌ぎ切るしかない」
「本当ですか! 現実世界にそんな化け物が居るとはしんじられませんが」
雫斗と変わらない歳の女の子を連れた壮年の夫婦、その男性がそう聞いてきた。確かに、いきなりそう言われても普通は信じられはしない。しかし此の状況が信じ得るだけの雰囲気を醸し出して居た。
海慈は店舗の入り口のある壁一面にバリケードを築き上げたあと、バックパックから愛用のサバイバルナイフを腰の後ろに装着して、いつも演習で使って居るグローブを着けながら答えた。
「もう直ぐ目の前に来ますよ。私も信じたく無いが、これは現実です。あんな物とは戦いたく無いですね、正直な話」
そう話した直後、海慈達の居る店舗前を二匹の蟻が通り過ぎていく。その巨大さに誰もが圧倒された。蟻は自分の体重の何倍もの重さを軽々と運ぶ生き物だ。例えるなら、小型の重機並みのパワーと敏捷性を併せ持つ化け物だ。
その蟻が体長1メートルと大化したのだ。その様な化け物と戦うとなると脅威以外の何者でも無い。
蟻達を無事に見送って安堵したのもつかの間、後ろの方で悲鳴が上がる。通路側だけに注意を払っていたことが裏目に出たのだ、当然バリケードから離れた所には、か弱い女子供を避難させて居たのだ。
慌てて駆けつけた海慈の目に、体長三十センチは有ろうかと言うダンゴムシが数匹、奥の厨房から出てくるのを目撃した。海慈は咄嗟に備えてあった消化器を手に取り、力任せに叩き潰す。
硬い甲皮に覆われているとはいえ、消化器の重量を力の限り振り下ろせば凄まじい衝撃になる。叩き潰されたダンゴムシは体液をまき散らして潰れた後、暫くすると光の粒となって消えていった、それこそ叩き潰された残骸は元より、巻き散らかした体液までも跡形も無く消えていったのだ。
そして後に残ったのは、宝石と言うには濁った色をした歪な丸い鉱物と、何かの液体の入った小瓶が残った。他のダンゴムシは、壮年の男が元はデッキブラシで有ったであろう木の棒を、気合と共に表皮の隙間に突き込んで倒して居た。
もう1匹はと見ると、若い女性が頑丈そうな大きな花瓶を振り下ろして居た、その花瓶と共に潰れたダンゴムシの化け物は、同じ様に暫くすると綺麗さっぱり消えていった。
「悠美、雫斗。怪我は無いか?」心配して聞いた海慈は。悠美の傍で、同じ年ごろの女の子に抱き着かれて、目を白黒させている息子に、おかしさがこみあげてきた。先ほどの悲鳴はその女の子が放ったらしい、厨房の奥から出てくる大きなダンゴムシに、思わず雫斗にしがみ付いて悲鳴を上げてしまったようだ。
取り敢えず被害が無かった事と、脅威は無くなって一安心したが、海慈はダンゴムシが出て来た店の奥の安全を確認しに向かった。
「ふむ!しかし面白い現象だね、まるで昔やっていたゲームの様に魔物を倒すと何らかのドロップ品が出てくるわけか。これは何かの宝石かな? おや、おおぉ……スクロールの様なものまであるとは」
自分の連れの無事を確認した壮年の男が、自分の倒したダンゴムシの戦利品の中から、巻物の様なものを拾い上げ、シゲシゲと眺めて居たが、おもむろに紐を解いて開き始めた。
するとその羊皮紙で出来た巻物の様な物が弾け、光の粒となってその男の体にまとわり付く。
「おおお……、何とファイヤーボールが撃てるとな? 魔法のスクロール? 成程、怪物を倒すと報酬が得られるわけか。・・・ステータスオープン」
丁度海慈が奥の部屋から出てきたタイミングで、そう言った男は、手の中に出てきたカードの様なものを見て顔を顰めた、
「どうしました?」 おかしな事をしているなと気になった海慈が声を掛ける。
「見たまえ。名前とレベルしか書かれておらん。それをステータスと言って良いものかどうか」
そう言いながら、海慈にカードを見せてきた。確かにカードには名前の欄に「田中 浩平」と書かれて居て何か分からないが、下の欄に「レベル 10」と書かれた数字だけだった。
「田中さんとおっしゃるのですか? 私は高崎と申します、取り敢えず奥の部屋の安全は確認してきました。其れから、これからの事を相談したいのですがよろしいですか?」
海慈は田中の出したカードを、手品か何かで出した出来の良い名刺と勘違いして居た、しかしそれは無理からぬ話である、そういった動画は世にいくらでも出回っているのだから。
「おお、そうであったな。ダンジョン攻略の基本は安全の確保であったな」
田中は納得したように言って、海慈と向き合った。
全員を前にして、海慈は絶望に似た感情を胸の内に隠して居た。顔には出さなかったが、これから未知の怪物を倒しながら脱出をするとなると、女性や子供、高齢者が多すぎるのだ。
確かにダンゴムシを倒した女性や田中さんなどは期待できるのだが、他に数人の男性がいるだけだった。
この人数で、移動中にさっきの蟻の化け物と遭遇したとしたら、悲惨な結果になるのは目に見えている。
「私は陸上自衛隊に勤務している高崎です、私の意見としては、走る事のできない妊婦や高齢者、子供が居ますので、此処を拠点に、先程の蟻の怪物から身を隠しつつ救助を待つ事を提案します。他にご意見のある方はいらっしゃいますか?」
海慈が、此処を拠点に救助を待つ案を提示したのだが、否を唱える人が出て来た。親子には見えない年配の男性と若い女性のカップルと。そして若い学生のグループのリーダをして居た男性が同じ様な事を言って来たのだ。
「待ちたまえ。救助と言うが、当てはあるのか? この様な状況で、悠長に救助を待つと言うのは納得が出来ん。そもそも君に命令される謂れはないぞ」と年配の男性がそう言うと。
「そうです。僕達のことは僕達で決めます、貴方にとやかく言われる筋合いはありません」 学生のリーダーの青年も追従する。
海慈は決して自分の意見を強要している訳ではない、状況から考えて最善な策を示して、他に良い案は無いかと聞いているだけなのだが、しかし、自衛隊のという肩書が命令されたと誤解を招いたらしかった。
「落ち着いて下さい。高崎さんも別に意見を述べているだけで、君達をどうこうするつもりではあるまい。しかし怪物が徘徊している現状では、全員で動き回るのは愚策だと素人でもわかる。私は、此処で救助を待つ案に賛成するね」
そう言ったのは、先程海慈にカードの様なものを見せた壮年の男だ。結局此処で「救助を待つ派」と、「今すぐ脱出する派」で分かれる事になった。
海慈も自分の意見を強要するつもりでは無いので、出て行く人達を見送る事になる。興味深い事に、歳の離れたカップルは当然出て行くのだが、若いグループの中からダンゴムシを花瓶で叩き潰した女性とその友達は残る事にした様だ。
「良いのかね、一緒に行かなくて」
海慈が残った女性に声を掛ける。大学生だと予想はして居ても確信はない、ただ雰囲気が大学のサークルの仲間の様な感じがしたので聞いてみたのだ。
「別に仲間という訳でもないですし、此の状況は命の選択ですよね? なら勝率の良い方に賭けた方が良い気がしただけですから、気にしないで下さい」と花瓶でダンゴムシを倒した子が言う。
「優ちゃんはこういう時、頼りになるもんねー、この状況で優ちゃんと一緒に行動しないなんて考えられないわ」
その友達が当然だと言う。優ちゃんと言う子はだいぶ信頼されている様だ、しかし名前が分からなければどうにも不便だ、改めて海慈が名前を聞いてみた。
「あっ! ごめんなさい。私は荒川 優子と言います、この子は友達の坂倉 美奈子。小学校からの腐れ縁の友だちです」荒川が、自己紹介と板倉の紹介を一言で済ませた。
「腐れた縁なんて今にも崩れて無くなりそうな言い方はやめて。私は墓場までまとわり付く気でいるんだから」
坂倉が荒川に生涯に渡って寄生する事を宣言した、しかし底抜けに明るいからなのか、人徳なのか悪びれた感が全く無い、不思議な人ではある。
「私は、田中 浩平と言う。ところで君達こういうカードを持ち合わせて居ないかな?」
そう言って板倉の補足説明に、多少苦笑しながら田中が、先程海慈に見せたカードを手に持って示した。
「何か作りの良い名刺かと思いましたが、それが何か?」 海慈が勘違いしたのも頷ける、本当にどこにでもある様な名刺大のカードなのだ。
「いや何ね、このカードが出て来たのは先程倒したダンゴムシの影響の様な気がしてね、其れならば君達にも出す事が出来るのでは無いかと思ってね」そう言って手に持つカードを出したり消したりして見せる田中さん。
それを見た荒川が「面白そうですね」と言いながらカードを手に持つ仕草をするとあっさりカードくが出て来て、カードを出した本人が驚いて居た、ちなみに板倉は出す事が出来ずに悔しそうな顔をしていた。
海慈も半分は疑いながらも手の中にカードを連想すると、あっさり出て来て驚く事になる。
「どういう事なんでしょうか?」 海慈は山田に聞いてみる。
「私もハッキリした事は言えないが、どうやら世界のルールが変わって来ていのかも知れない。……これを見たまえ」
青いガラスの容器に入っている液体の様なものを2本と、2個の淡い紫色の鉱石の様なものを海慈に見せた。。
「液体の入っているこの瓶はポーションと認識できる。効能も知らない筈なのに裂傷や傷程度なら即座に修復できると分かる。しかし同じ造りのこの瓶はさっぱり分からない。この鉱石もワラジモドキの魔昌石だと分かるしかしもう一つは、やはりさっぱり分から無い、不思議に思って居たが合点がいったよ。認識出来ないこの瓶と魔昌石は君が倒したダンゴムシのドロップ品なんだ」
そう言うと、認識できないと言っていた鉱物と液体の入った瓶を海慈に渡した。受けとった海慈は不思議な感覚に眉をひそめた。
「確かに、この鉱物がワラジモドキの魔晶石だと認識できますね。しかもポーション? 傷や体力の回復に効果がある? 何故知らない物の効能を知ることが出来るのでしょうか?」
海慈の疑問はもっともだ、知りえない筈の物質を触っただけで認知してしまう感覚に、戸惑っていると山田が予測をたてる。
「怪物が徘徊している事や、その怪物を倒すと褒美として何某かのドロップ品が出る事といい、まるでひと昔前のゲームやファンタジー小説の物語の世界観が、そのまま現生に顕現したかの様な有様でね、死傷者が出ている事を思えば悪い事だとは思うが、若い頃の様に胸が高鳴っている事は事実だよ」
そう言って、剣を模したように、かつてはデッキブラシだった棒を掲げて見せる田中。
「そうはいっても、無事脱出できればの話だがね。 勝算はどの程度だとみているかね高崎さん」
そう聞かれてもこの様な事態を経験した事がない、この後の展開なんて予測など出来ようはずも無い。しかし、周りを見渡せば不安そうな顔をしたご婦人方の視線に晒される。何らかの見通しを立てなければ、この先不安が募り、精神的に持ち堪える事などできそうに無い。
「私にも此れからの予測はできません。しかし取り敢えず怪物も常時徘徊している訳ではなさそうなので、交代で食事と休息を取りましょう。救助が来るまで時間が掛かると思われます、あまり思い詰めずに気長にいきましょう」
海慈はそう言って、出来るだけ横になって身体を休める様にとアドバイスをする、長丁場の戦闘や行軍では休息が肝になる、幾ら命懸けとは言っても絶えず緊張の糸を張り詰めていては神経が参ってしまうのだ。
中華料理の店舗を使っての、籠城生活が始まった。救助を期待して待つ間、魔物から隠れて過ごさなければならないのだが、食事処の此の店舗には食糧や水の心配は無かった。調理済みのパッケージを解凍して温めて提供するだけのお店では在るが、冷凍庫内の食品に関しては暫くは持ちそうではある。食糧を温めるにしても、電力は無い為電子レンジは使えないが、温めるだけなら固形燃料で事足りる。
飲み物に関してもペットボトルがそのまま冷蔵庫に保管されていて、数日とは言え生活する分には十分すぎた物資が供えられていた。電力か落ちているとはいっても非常灯は生きていて、見る分には十分な明かりも確保できていた。
極めつけはトイレ事情だ。何と水洗式のトイレが使えるのには驚いた、普通は災害の発生時ライフラインが寸断される事は珍しく無いのだが、このダンジョンでは事情が違う様だ。
とにもかくにも、助けが来ると信じて自分で戦う事の出来ないお年寄りやご婦人、子供や幼児を守るための海慈の戦いが始まったのだった。
ダンジョンを探索すると、色々な事が分かるかも。の本編冒頭の書き出しは、本来この作品の冒頭部分でした。改訂版を投稿するにあったって、いきなり遠足では分かりずらいかと思って、その部分を掲載した次第です。
ぶちゃけると。この物語も完成して居ません。文字数にして一万を超えても終わりが見えないので分ける事にしたのですが、取り敢えず週一での掲載を目指しています。
一 止




