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民芸品の呪い

作者: 御田文人

しいなここみ様「冬のホラー企画」参加作品

 これは、私が2回目の大学3年生をやっていた時の話だ。


 私は炬燵に入りながら、正月番組の再放送を眺めていた。もう2月だったと記憶しているが、地方の日曜は再放送がやたらと多かったのだ。


 時間は昼を随分過ぎていた。私は何度も昼食にしようかと思いつつ、炬燵から出るのが億劫で、近場にある菓子で凌いでいた。


 当時、私が住んでいたT県は雪国である。

 雪国に一人暮らしをしたことがある人は分かると思うが、炬燵周辺が自然と機能的になってくる。

 まず、傍らには電気式の沸騰ポット。炬燵の上にはマグカップとインスタントコーヒーの瓶、そして柿ピーなどのスナック類とチョコレートやクッキー等の甘い物。

 TVやビデオ、エアコンのリモン類や、よく読む本、使用頻度の高いゲームソフトも平積みにされている。

 そして大学のレポートを書くための筆記用具と教科書類等も置かれている。


 後は指先を切った軍手なんかも置いていたな。

 それは何の道具かって?普通の防寒用だよ。エアコンと炬燵両方使うと電気代がバカにならないので、極力エアコンは付けてなかったんだ。そうすると室内でも手を出していたら(かじか)んで指が動かなくなる。だから安い軍手を室内用の手袋にし、細かい作業も出来るように指先を切っていたんだ。

 

 ともかく、そんな機能的な炬燵基地の中におり、動くか否か数時間葛藤していると、玄関の呼び鈴が鳴った。


 ピポピポピポピポピポピポピポピポーーーンと、凄まじい連打。


 これはおそらく友人だ。大学近くの学生マンションは、新聞や宗教他様々な勧誘が多い。だから呼び鈴は基本居留守を決め込むんだが、それを知っている友人はこういう押し方をする。


「おっす。寝てた?」

 玄関のドアを開けるなり同期のサトルが言った。男子大学生は家にいる時はだいたい寝ているので、これは挨拶みたいなもんだ。

「いや、ダラダラしてた。なんか焼けてない?」

 私はサトルの顔を見て言った。外は雪が舞っているのに、それに似つかわしくない赤い顔をしていたからだ。

「卒業旅行行ってたんだ」

 そう、同期入学ではあるが、まっとうに進級した連中はもう卒業なのだ。。。

「ああ、そうか。どこ行ってきたん?」

 私は、極力劣等感を声に出さないよう聞いた。

「バヌアツ」

 サトルは含み笑いを浮かべて言った。

「また、変わった所行ったな」

 空気を読んで話題を掘ってやる。

「うん。ハワイとかメジャーな所より面白そうだろ」

 そこで土産話を幾つか聞いた。真っ当に卒業するヤツの充実した話なんて聞きたくも無かったが、そこは出さずに興味ありそうに聞いてやった。


「寒いだろ、入る?」

 気が付けば玄関で長話をしていたので私は言った。

「いや、これから色々回るんだ。土産周りしててさ。はいこれ!」

 サトルは思い出したように言って、大きな紙袋から木彫りの人形を差し出した。


「なんだよこれ!呪われそうじゃん!はははははっ!いらねぇーーー!」

「要望通りだろ」

 サトルはウケたのを見てニヤニヤしながら言う。

 土産は何が良いか聞かれた際に、『絶対いらなそうなヤツ買ってきて』と言ってたのだ。


「うん、バッチリ!ありがとう」

 土産は実用よりもウケ狙い。親しい間柄では当時、そんな風習があった。

 最初からいらない物をリクエストすれば、買う方も貰う方も気を使わなくて済むので、みなこの風習を気に入っていたように思う。


 しかし、その人形は本当にいらなかった。

 高さ30cm,直径10cmほどの丸木にノミで顔を掘ったような人形で、要はコケシのような造形だ。


 ただし、顔の作りはコケシのように上品ではない。巨大な目に、歯をむき出して口を開けて、舌を出している。人というより狛犬を連想させる。

 表情は怒っているようにも笑っているようにも見えるが、どちらにせよ愛嬌は欠片も無く、禍々しい印象だった。


 貰った瞬間は笑いのネタになったが、サトルが帰り、玄関のドアを閉めた瞬間から私はそれを持て余した。


「こっち見んなよ!」

 私はわざと声に出して、人形を茶化すように言った。


「せっかく炬燵から出たんだから、メシでも食うか」

 そう言って冷蔵庫の上に並べた買い置きのカップ麺を取り出し、常備している沸騰ポットのお湯を入れた。

「おっ、ちょうどいいのがあるじゃん!」

 と、バヌアツの木彫人形を横にして蓋抑えにした。


「だから、こっち見んなよ」

 腰を下ろして炬燵に入ると人形と目があったので、私は人形を反転させて背中を向けさせた。


 普段こんなに独り言は言わないのだが、この時は何か喋らずにはいられなかった。


 3分が経ち、カップ麺を啜る際も、私はその人形の背中を自分に向けた。

 

 しかし、その背中がどうも気になる。

 背中の裏でどんな表情をしているのだろう?


 私は気になって、一度人形を手に取った。


「痛っ!」

 持ち上げた瞬間、私は人形を落としてしまう。

 何かが指に刺さった感触があったからだ。かなり荒い木彫なので、あちこち尖っていたり、ササクレ立っている。その何処かが触れたのだろう。


「噛むんじゃねぇよ」

 私はあえて一番嫌な想像を、冗談めかして口に出し、人形を軽く小突いた。

 人形は、相変わらずよく分からない表情をしている。


 私は軽く身震いした。

 酷く寒かった。

 昼から冷え込むなんて天気予報はあっただろうか?


 熱いカップ麺を食べつつも手が震え出したので、テーブルの上にある軍手を嵌めて残りを食べきった。


 スープまで飲み切ってもまだ寒いので、マグカップにインスタントコーヒーを入れる。

 トポトポとお湯を入れ、カチャカチャとスプーンで掻き回すと、その後は全くの無音になった。


 窓の外からも何も音がしない。

 こういう時は、大粒で綿状の雪が降っているのだろう。そろそろ積もっているかもしれない。

 そう思いつつも、外を見に行く気力は全くなく、再びTVを付けて、両手を炬燵に入れた。


 サトルが来る前に眺めていた正月番組の再放送は、もう終わっていた。

 その後にやっていた競馬中継は、あまり興味が無かったので、いくつかチャンネルを変え、一番無難なグルメ番組に合わせた。


 ただ、番組には全然集中出来ない。

 寒さが耐え難くなって来る。

 背中に筋肉痛のような疲労感を感じ、座っているのもダルくなった。


 私は寝転がって炬燵に潜り、頭だけ出した。


 それでも寒い。。。


 これは風邪の引き始めかもしれない。

 そう思うと、私は風呂で汗をかいて、もう寝てしまおうと思った。


 さっきまでカップ麺を取りに行くのも葛藤していたのに、私は何かに追われるように炬燵から出て、服を脱ぎ、極寒の風呂場に入る。


 お湯なんて当然張ってない。

 空の湯船に入り、熱いシャワーを浴びながら、それが溜まるのを待った。

 お湯が踝ぐらいまで溜まると湯船に胡座をかく。

 引き続きシャワーに当たりながら、腹の辺りまでお湯が溜まると、ようやく震えずに済む様になった。

 ただ、それも長くは続かない。


 触れるぐらいに冷えた空気の中では、お湯もすぐ冷める。肩まで湯が届いても私はすぐに肌寒さを感じていた。

 安い学生マンションの簡素なユニットバスで、追い焚き機能なんてない。

 時折底の栓を抜きつつ、蛇口から熱いお湯を追加し続けなければいけなかった。

 

 蛇口に近い右半身だけは温かいが、やはり寒い。足先は水に浸かっているような冷たさを感じた。

 それで蛇口のお湯の温度をどんどん上げて行く。


(こんなことしてたらガス代がバカにならない)


 適当で切り上げて出ようと思いつつ、なかなか踏ん切りが付かなかった。

 寒いというのもあるが、なんというか・・・いる気がしたのだ。

 風呂場のドアを開けたら、床にあの人形がいる気が。。。

 扉を隔てた浴室の中でも、何かに見られているような気配を感じる。

 ひょっとして、今感じている寒さは物理的な温度とは、また違う何かなのかもしれない。。。


「んなアホな!ッッ!」

 私はわざと声を出して立ち上がった瞬間、蛇口から注がれる熱湯を右肩にダイレクトに浴びてしまった。


 私は再度湯船にしゃがみ込みつつ、シャワーで冷水を右肩にかける。

 急速に湯船のお湯が水に変わって行き、耐えきれずに上がった。

 急いで体を拭き、部屋干ししている洗濯物から下着をもぎ取り、コタツの中で温めていた部屋着を羽織った。そしてコタツに首まで潜り込む。


 しばらくすると喉の乾きを感じた。いや、乾きというより痛い。

 そして息苦しい。鼻が詰まっている。特に右側の鼻は完全に塞がっていた。

 そして背骨に感じる倦怠感と悪寒、右肩の火傷のヒリつき。


「?!」


 目の前の床に木彫の人形が立っていた。

 バタついて着替えている時、何かの拍子で落ちたのだろう。


 私は無言でそれを炬燵の上に戻した。


「風呂は悪手だったな、湯冷めで風邪が悪化した」

 私は人形に聞こえるように声に出してそう言うと、厚手の上着を羽織り、ニット帽を耳まで被って玄関に向かった。

 早く寝てしまいたいのだが、息苦しくて眠れる気がしない。感冒薬でも買ってこようかと。


 しかし、玄関のドアが開かない。

 向こうから何かで、押さえつけられているようだ。


 私は二度三度ドアを蹴った。

 ミシりと音がして僅かに開いた。

 その隙間から冷気が入り込んで来る。


 ドアを抑えていたヤツの正体が分かった。

 雪だ。

 積もった雪がドアを抑えていたのだ。


 私は長靴を履き、何度もドアを蹴り、空いた隙間から外の雪を文字通り蹴散らして、なんとかドアを開けた。


「こりゃ、無理だ」

 外は一面、くすんだオレンジ色。

 分厚く暗い雲の隙間から差し込む夕焼けが、腰の高さまで積もった雪を照らしていた。

 どこに道があるかも分からない。

 

 私は観念してドアを閉めた。

 長靴を脱ぐと、右足がジンジンする。雪を蹴ったせいだろう。雪が柔らかいのは表層だけで、下の方は氷化して存外固いのだ。


 部屋に戻る際、私は痛む右足を引きずりながら、キッチンからバーボンとグラスを二つ手に取った。

 もう酒の力を借りて寝るしかない。

 

 部屋に入ると、消し忘れていたTVが砂嵐になっていた。リモコンを操作してみたが、どのチャンネルもつかない。

 おそらく雪がアンテナを覆ってしまったのだろうが、その時の私はそうは思わなかった。


「とりあえず、機嫌直してください」

 炬燵の上にグラスを二つ置き、それぞれ2フィンガーほど注ぐ。一つは木彫人形の前に置いて、一つは自分で飲んだ。


 バーボンの甘い香りが鼻腔を抜け、喉がジンワリと熱くなる。

 少し鼻が通った気がして、この隙にと布団に潜り込んだ。


 翌朝。


 悪寒は引いた。

 倦怠感は少しある。鼻と喉も調子は悪いが、とりあえず息は出来る。


 布団から出て炬燵の上を見た。

 木彫人形の目の前のグラスには、まだバーボンが残っている。


 さて、これから、これとどう付き合ったものか。。。

 とりあえず、もうカップ麺の蓋には使わないようにしよう。

 私はヒリヒリする右肩と右足をさすりつつ、そう心に誓ってグラスを片付けた。



「ホラーとは『不安を楽しませてくれるもの』」という定義で書いてみようと思ったのだけど、どうなんだろう?

相変わらずホラーは自分で良し悪しが分からない。。

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― 新着の感想 ―
いや〜ちゃんと怖かったです。怖かったですよ。 人形系は、昔からなんだか怖い気がしてしまう私です。 ぬいぐるみは好きで、ボロボロになるまで持っていたりしましたが。(それはそれで見た目結構怖いです。) …
呪いなど、なかった。 すべては『気のせい』なのだ。
 無碍に扱った罪悪感という感受性故の畏れでしょうか。それによる即席の付喪神の誕生なのかも知れませんね。  だとすると祀れば良い守り神となってくれる可能性も?
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