ジェニーの方舟
そのお墓にはお花が手向けられていました。ジェニーは僅か10歳にしてこの世を去ったのです。ガーラ屋敷の中をルドルフが恐る恐る覗くと、屋敷の中には誰も住んでおらず廃墟になっています。ルドルフが夢の世界で見た光景は既に過去の出来事だったのです。ルドルフはお墓に向けて手を合わせました。ルドルフはガーラ屋敷の階段を登り彼女が寝ていたと言う寝室に入りました。
「ここがジェニーが寝ていたという寝室か?もしかしてここに何かの手がかりが。」
ルドルフは引き出しの中を開けるとその引き出しにはノートが入っていました。ノートの中を開くとノートには日記が書かれていました。
『10月12日、今日は、楽しい舞踏会だった。パパやママがお客様や家族を呼んで盛大にパーティを開いたの。美味しい料理や楽器を演奏する演奏者の人も来て、私はワルツを踊ったわ。そこに猫のお友達も呼んで楽しかった。
でも、その日の夜、知らされたの。私はオオナマズの生贄になるんだって。だから、これは最後のパーティ。』
『10月13日、今日はママに沢山殴られた。私は死ぬのは嫌だ。死ぬのは嫌だって、ママに言った。ママは言うの。ごめんね。この村の因習だから、もう決まってしまった事だから、本当は私が死ねば良いのに。』
『10月14日、今日が最後の日記になる。私はこれから死ぬの。とっても怖い。死にたくない。私はまだ10歳しか生きていない。だから最後に言わせて下さい。ママ、パパ、私を育ててくれてありがとう。私の人生はとても、楽しかった。』
日記はここで途切れていたのです。ルドルフが見ていた夢の舞踏会はジェニーが死ぬ2日前に行われたのでした。それが彼女の最後の晩餐だったのでしょう。その日記を読んだルドルフは1人で呟きました。
「彼女はこの日記にしか自分の気持ちをぶつけられなかったのか?でも、何故ジェニーだったのだろう?」
ルドルフはジェニーの父親が住んでいたと思われる部屋へ入りました。そしてその机には村の因習について書かれた書物が置かれていたのです。毎年、村から1人10歳の誕生日を迎える女の子が1人ずつ生贄になっていたようです。村の古くからの因習でした。ルドルフは書物を読むとガーラ屋敷の外へと向かいました。そして叫びました。
「サスベルト!私の前に姿を現してくれないか?
オオナマズの事で話を聞きたいのだ!」
すると湖の水が湧き上がって行き中から水の妖精サスベルトが現れました。サスベルトはお辞儀をすると湖面を静かに歩き始めたのです。水の上を歩くと水面に足跡が浮かびます。サスベルトは湖面からガーラ屋敷の前に現れました。ルドルフにサスベルトは言います。
「これはこれは王子様、どうしたのです?何故私の名前を。」
「聞きたい事がある。お前の正体についてだ。今日、この村の因習についてガーラ屋敷の書物を読んだ。そこにはこう書かれていた。ナマズの姿を持つ湖の神、サスベルト様に生け贄を捧げるのがこの村の因習だとな!!」
次の瞬間、ルドルフは剣を持ちました。すると剣に氷が纏わりつき、サスベルトの身体に突き刺さったのです。だがサスベルトは身体を液状化させるとルドルフの前から姿を消しました。そして厳かな声で喋り出しました。
「私がオオナマズだと、そんな訳がないだろう。根拠を説明しろ。」
「このガーラ屋敷にはジェニーという女の子が住んでいた。その女の子はナマズの生贄となって死亡した。この屋敷に住んでいた一家の主の書物に、オオナマズのサスベルト様と書かれていた。そこで私は分かったのだ。ジェニーだけでなく、何人もの生贄を食い尽くした貴様の姿をな!」
「なるほど、流石は王子様だ!だが、私を倒せるだろうか?」
するとサスベルトの姿がみるみる変わっていきます。サスベルトは湖の中へと姿を消すと巨大なオオナマズに姿を変えました。湖の水が一気に吹き上がると渦潮が発生していきます。そしてオオナマズはルドルフを食い尽くそうとして襲い掛かって来ました。ルドルフは氷の盾を生成してオオナマズの攻撃を交わします。するとオオナマズは口から火を吐くと、ガーラ屋敷を焼き払おうとしました。だが、ルドルフの放った氷の造形魔法により炎は弾き返されたのです。
「何故だ?何故貴様は、この屋敷を守る?この屋敷など何の価値もない。この屋敷が燃えて仕舞えば、私の正体は誰も分からない。私は少女の肉や生き血を欲して来た。その為に、ジェニーは犠牲にした。」
「この屋敷にはジェニーの思い出が詰まっている。彼女は夢の中で私に教えてくれた。生きる事の素晴らしさを。そんなジェニーの命を、お前は奪った」
「たかがオコジョに何が出来る?」
サスベルトはルドルフに噛み付こうとするのでした。ルドルフは自身の身体を氷の造形魔法を使用して必死に守ります。ルドルフの身体に氷の結界が纏わりつくとその氷は脅威の硬さを誇りました。それだけでなく鋭い氷柱が何本も生成されてオオナマズ(サスベルト)に突き刺さるのでした。オオナマズの身体にダメージが一気に加わります。オオナマズは必死に暴れ回りオオナマズの鋭い牙が一気にルドルフの氷を噛み砕こうとした時でした。辺りに、雪がしとしとと降り始めたのです。そして次の瞬間、オオナマズをもの凄い冷気が襲いかかります。そしてオオナマズの身体全体を一瞬にして凍らせると、ルドルフの凍結魔法によりオオナマズは氷毎粉々に砕かれてしまいました。こうして水の精サスベルトはルドルフの魔法により、一瞬にして氷の粉となりました。氷の粉となりサスベルトの魂と身体はダイヤモンドダストのように空気中に舞ったのです。
次の瞬間ルドルフの精神世界に入りました。目の前にはジェニーの姿がありました。ジェニーはルドルフの方に寄って来ます。ルドルフを抱きしめたのです。
「ありがとう、ルドルフ、お陰で、私は安心して成仏出来るわ。あのオオナマズを倒してくれたからこの村に住む女の子達も安心して暮らせるわ。あなたは英雄よ。あなたの事が好き。」
「私もだ。ジェニー。ジェニー?おい、行かないでくれ!
私はまだ君に思いを伝えられていないんだよ!君は、私を素敵な舞踏会へと招待してくれた。この恩は忘れないよ。」
「ええ、ありがとう。ルドルフ、元気でね。」
そしてジェニーの姿は静かに消えて行きました。その様子を見たルドルフは涙を流しました。そして現実世界に戻るとルドルフの目からは涙が止まりませんでした。
船がガーラ屋敷の方にやって来ました。船に乗っているのは、クルースです。クルースはルドルフの方を見て手を振っています。
「おーい、ルドルフ!大丈夫?なんか凄く大きなオオナマズが現れてね。そのナマズが暴れていたからもしかしてって思ったの。慌てて別荘から逃げ出したんだけど。」
クルースはボートから降りると、湖岸に上がりました。そして、ルドルフの方にやって来ました。
「クルース、君はもう別荘に行けないかもしれない。サスベルトの正体は、ジェニーを食い殺したオオナマズだったんだよ。そのオオナマズを僕は倒した。これでジェニーは、天国に成仏できるはずだよ。」
「そんな、サスベルトがオオナマズだっただなんて。あんなに私に優しくしてくれたのに。それで、ルドルフ、御伽話の舞踏会は終わった?もうもしかして、ジェニーの事を好きになってしまったのでしょう。でも可哀想。
村の因習とは言え、僅か10歳で。」
するとクルースは歌を歌い始めました。すると周囲の草木が一斉に生い茂って行きお花が咲き始めました。そして咲いたお花を取ると、クルースは魔法で花束へと変化させました。
白百合の花やカーネーションの綺麗な花が束ねられた花束をクルースはお墓に手向けました。ふと、ネルディアラ湖を見渡すと別荘があった島が無くなっています。
「そんな、島がない?じゃあ、私達の荷物は?」
その時ネルディアラ湖に向かって船が向かって来たのです。
その船に乗っているのはカウリスではありませんか?
カウリスはおーいと手を振ります。そしてボートから湖岸に上がりました。
「心配入りませんよ。全く、ルドルフ様は行動が先走ってしまわれるんですから、あのサスベルトがオオナマズだと私は知っていましたから、お荷物は無事ですよ。」
「カウリス、そなたが私の荷物を守ってくれたのか?すまない。さて、まだ旅は終わっていない。ネーデルラントの次は、グルータウンだ。」
そして、ルドルフとクルース、カウリスの3人を乗せた船はガーラ屋敷を後にしました。ふと、ルドルフがガーラ屋敷の方を見つめると誰かが手を振っていたのです。ルドルフにはそれが誰だかはっきり分かりました。ジェニーでした。ルドルフは笑顔でジェニーに手を降りました。そして再び振り返るとジェニーの姿は消えていました。ルドルフは笑顔を浮かべました。




