第九十一話
若干の時間がかかったが、エドワードや冒険者達の尽力によりマリール村を覆っていた霧の結界を作り上げていた魔道具を発見する事が出来た。
魔道具があったのは村長の家の地下で、そこには盗み出されていた聖法具も一緒に置かれていた。
そして魔道具の直ぐ側には、村長の手帳が落ちていた。
手帳の内容は、村長もダレンと同じくソラヤと契約した協力者であると言う事が綴られていた。
村長は妻と子を事故で亡くしていたので、生き返らせて欲しいと契約したのだそうだ。
だが、途中で村長は自分のしている事が恐ろしくなり、全てをフェルナンに話そうとしていたようだ。
しかし、村長は外でリビングデッドになっていた。
この事から、裏切りに気が付いたソラヤかダレンが村長を殺害したのだろう。
手帳が魔道具の直ぐ側に置かれていた理由は、魔道具を起動させ、そして止める為のキーワードを書いてあったからだ。
村長は最後の良心で手帳に心境を綴り、殺されるかもしれない事を覚悟してここに手帳を置いて行ったのだろう。
エドワードの手により魔道具の結界は解かれ、魔道具と聖法具は神殿で厳重に保管される事となったのであった。
結界が消えてからエドワードは即座に使い魔をジーンダームへと飛ばし、現状の報告をし始めた。
その間にフェルナン率いるヴァルディル神官と、ナディア率いるエルシル神官たちは村中を浄化して歩いた。
結界が解けた事で依頼は達成された訳なのだが、報告自体は後にして志希達は暫くマリール村に滞在する事にした。
何せ教会の周りには無残な姿になった村人達の死体が無造作に転がされている状態だ。
生き残った村人の大半は女子供、老人だ。男性の数が少ないので、死体を弔ったり村の中を片付ける為にはどう考えても人手が足りない。
志希達と同じくバラン達も村に滞在し、ジーンダームから物資や応援が来るまで村に滞在する事にしたらしい。
ちなみに、悪質と判断された銀位のパーティーは強制滞在となっている。
志希に対する暴行と、依頼人に対する暴言等のペナルティとして、フェルナンが出立を許可するまで村の片付けや復興を手伝う事となったらしい。
ジーンダームのギルドマスターからフェルナンのペナルティを正式に受理する書状が届き、彼等は拒否する事が出来なかったのである。
本来であればこの様なペナルティは受理されないのだが、恐らく他にも色々とやらかしていたのでギルドマスターが許可をしたのだろうと推測できる。
このペナルティを無視した場合は更なるペナルティが課せられるか、冒険者証を剥奪される。
冒険者証剥奪は非常に不名誉であると認識されている為、基本的に皆それを回避しようとする。
銀位のパーティーメンバーもまた冒険者証剥奪を恐れ、大人しくペナルティを受け入れたのであろう事は想像に難くない。
志希としては気分は良くないが、再び他のパーティーに暴行を加えた場合更なるペナルティの対象になるとフェルナンが事前に説明していたので関わってくる事はないだろう。
そう結論付けた事で、志希は安心して復興作業に携わることができるようになった。
今現在は村に散らばる亡骸を教会の裏手にある墓地に、浮遊の魔術で集める仕事をしている。
その間に精霊使い達は、集められた亡骸を埋める墓穴を作る作業中だ。
志希が精霊使いとして動いていないのは、エドワードから魔力の運用と魔術構築を素早く出来るよう訓練するようにと言われたからだ。
同時に、志希の異常さを隠すためでもある。
特に、志希に突っかかってきた精霊使いがいる以上下手な事はさせられないという判断を、事情を知る神官達とエドワードが下したのだ。
また、普通の精霊使いがどの様に精霊を使役しているのかを学ばせるため、シャーナと組むように言われたのでる。
志希としては、ありとあらゆる意味で鋭いシャーナに内心戦々恐々としているわけなのだが、駄々を捏ねずに素直に指示に従う事にした。
嫌だと言った所でどうにもならないし、何より志希自身が精霊使いたちがどの様に精霊を使役しているのかを見たかったのだ。
クルトと一緒にいるとき、もっときちんと彼のことを観察しておくべきであったと志希は激しく後悔したくらいである。
「とりあえず、目の前の仕事を頑張ろう」
志希は小さく呟き、指に着けている指輪に意識を集中する。
小声で呪文を唱えつつ、数度手を揺らめかせて浮遊の魔術を構築し、発動させる。
志希の目の前にある臭気を発し始めている遺骸がふわりと浮き、空を滑るように動き志希が見つめる方向へと移動を始める。
シャーナが精霊達に特殊な言葉で呼びかけ、そして魔力を与えて土の精霊を使役している所である。
遠目ではあるが、志希はシャーナがどの様に精霊を使役しているのかがはっきりと見えている。
それを見た志希は、大分以前に抱いた精霊使いとして自分が異端であるという事を再認識し、眩暈を覚えた。
精霊語の存在をすっかり忘れ去っていた志希は、共通語で精霊を動かした自分を思い出し内心で頭を抱える。
通常の精霊使いを知っている人間たちにすれば、志希が共通語で精霊に指示を出す姿を見れば異常としか言いようがない。
フェルナンやナディアが志希の事を突っ込まない理由は、エドワードが何らかのフォローをしてくれたからだろう。
などと言う事を思いつつ、志希は取り敢えずシャーナの側に移動する。
シャーナは志希が近寄ってきたのに気が付き、顔を上げる。
「土の精霊がすごく騒ぐから、あなたが来るのすぐわかるわね」
くすくすと笑いながらシャーナが言い、志希は何とも言えない表情を浮かべる。
志希が側に来ると、シャーナに使役されている土の精霊は指示された仕事を物凄い速さでぐいぐいと進めていく。
亡骸を埋める墓穴はある程度の大きさと深さが必要なので、シャーナは精霊語で細かい指示を出す。
それが終わってから改めて、志希に話しかける。
「ここはもう終わったから、亡骸を入れてくれるかしら」
「はい」
志希は頷き、シャーナの指示通り亡骸を穴にゆっくりと降ろす。
手を組んだ亡骸が穴の底に着くと、シャーナが精霊語で土の精霊に穴を埋めるように指示する。
瞬く間に穴が土で埋まり、墓であると示された石が残される。
「はぁ~……意外に疲れるわね、この仕事」
シャーナはそう言いながら首を回し、深いため息をつく。
「ずっと精霊を使役しているから、大変ですよね」
「そうね……と普通なら言う所だけど、あなたが側にいると精霊達が少ない魔力で随分とがんばってくれるから、実はかなり楽なのよ」
苦笑しながらシャーナが言い、志希はひきつった表情を浮かべてしまう。
そんな志希に気が付かないのか、シャーナはああと声を上げる。
「シキがいるから、なのかしら」
シャーナの一言に、志希の背中に冷や汗が伝う。
「そ、そんなこと……」
「だって、精霊の揺り籠を持っているのでしょう?」
「あ、はい」
志希はいい感じにシャーナが勘違いしてくれた様子に、内心安堵しながら頷く。
だがしかし、シャーナは笑顔のままさらに言葉を続ける。
「大分昔に見た精霊の揺り籠は、そんな効果が無かったように思えるけれどね」
この言葉に、志希は表情と態度を取り繕う事も出来ず驚きを露わにしてしまう。
それを見たシャーナは若干意地の悪いような表情を浮かべ、くすくすと笑う。
「やっぱり、あなた自分が異常なの理解していたのね」
「うぅ……」
志希は小さく唸るが、態度の全てでシャーナの言葉を肯定している。
それを見たシャーナは若干跋の悪い表情を浮かべ、口を開く。
「からかったような形になって、ごめんなさい。でも、わたしも確信が欲しかったのよ」
「確信、ですか……」
「ええ、そう。そもそも、バランから話を聞いた時点でもしかしてって思っていたし」
「え?」
「あなたが今、わたし達の目の前で精霊を使役しないのは、精霊達があなたに対して好意的だからでしょう?」
ズバリと言い当てられ、志希は沈黙しかできない。
この状況での沈黙は肯定になると理解していても、とっさに上手い言い訳が思いつかなかったのだ。
そんな志希にシャーナは苦笑し、ちょいちょいと手招きをしてすぐ近くにある丸太を示す。
座って話をしようという誘いである事に気が付いた志希はどうするか逡巡し、頷く。
組んで仕事をしている以上、逃げる事が出来ないからだ。
「精霊の揺り籠を普通の精霊使いが持っていても、あなたの様に周囲に精霊がいるっていうのは殆どないわ。いてもせいぜい四属性が一体ずつ位かしら」
そう言いながら、シャーナは志希の周囲にいる精霊達を見る。
志希の周囲には今、四属性と呼ばれる風・水・土・火の精霊の他に光と闇や小さな精霊達が集い彼女に構ってもらえるのを待っている状態だ。
ごく普通の精霊使いから見れば、精霊の揺り籠があっても志希の周囲は異常なのだ。
「わたしに言わせれば、あなたは精霊に愛された存在。いわば、精霊の愛し子じゃないかと思うのよね」
シャーナの言葉に、志希はきょとんとする。
初めて会った時にもそのような事を言われたが、志希の知識には精霊の愛し子というものはなかった。
志希の様子を見たシャーナは笑顔で手を振り、言う。
「これは、師匠が言っていた事だからまったく知らないのは当たり前よ」
「し、師匠?」
「そう、わたしの精霊使いの師匠が言っていたの。世の中には、精霊に愛されてる者がいる。師匠が勝手に、そう名付けたそうよ。彼らの側にはたくさんの精霊がいるから、直ぐに分かるだろうって。実際、その通りだわ」
シャーナは目を細め、志希を見ながら微笑む。
志希の周囲にいる精霊達は、シャーナの視線を気にせずただひたすらに志希を見つめている。
「まぁ、わたしの感想は置いておいて。現状であなたが精霊の揺り籠を持っているっていうの、正解だと思うわ」
「え、そうなんですか?」
「ええ、そう。精霊の揺り籠って聖遺物と並ぶくらい珍しいものである、っていうのは知っているわよね?」
「はい」
「精霊の揺り籠を見た事がある精霊使いって、実は稀なのよ。わたしは師匠が持っていたから知っていただけだし……だから、あなたの周囲に集う精霊達に対する言い訳には丁度良いわ。それに、もしかしたら精霊の揺り籠に力が強い物があるかもしれないしね」
シャーナはそう言って肩をすくめ、苦笑する。
この言葉に、志希は何とも言えない微妙な表情を浮かべてしまう。
言われてみれば、志希が持つ精霊の揺り籠の本来の姿は『神凪の鳥』の証だ。
力が強いのは道理で、精霊達が好むのも仕方のない物なのだ。
自然発生でできた精霊の揺り籠は希少なものだが、力自体は非常に弱い。
それを思い出した志希は、シャーナに言うべき言葉はない。
「まぁ、とりあえず……わたしから学べる事を学び取るといいと思うわ。あと、そうね……精霊語、理解できるかしら?」
シャーナの問いに、志希は頷く。
そもそも、志希は言語に関して困る事は全くと言って良い程無い。
この世界にあるありとあらゆる言語を知っているというのもあるが、それ以上に意識さえすればそれらの言語を流暢に操る事が出来るのだ。
知性ある魔獣、妖魔、悪魔、それらと会話をする事が可能なのである。
「そう、なら……わたしがどの様に精霊を使役しているかを参考にして、精霊達との交感をきちんとすると良いわ。今ちょっと休憩時間だし、やってみたらどうかしら?」
シャーナの提案に、志希はどうするかを悩む。
正直、エドワードの許可なく精霊術を使って問題を起こした場合、迷惑をかける様な気しかしないのだ。
しかし、シャーナはにこにこと笑顔で志希の返事を待っている。
好意で提案してくれたのは理解しているので、心情的には断りづらい。
志希のそんな躊躇に気が付いたのか、シャーナが手をたたく。
「不安だと思うから、光の精霊に少しだけ魔力を与えて精霊語で命令すればいいのよ。こんな風に」
シャーナはそう言ってから、志希の周囲にいる小さな光の精霊に精霊語で話しかける。
〈瞬きのような光を〉
精霊語での指示に、小さな光の精霊はシャーナに与えられた魔力分の光を作り、直ぐに消し去る。
対価分しか動かない精霊の姿を見て、シャーナは志希を見る。
攻撃するわけでもなく、昼間に光を瞬かせる。
ただそれだけの精霊術なのだから、危険は全くない。
志希はこれならばと頷き、シャーナの様にしようと意識をして口を開く。
〈瞬きのような光を〉
シャーナと同じように、小さな光の精霊に少しの魔力を与えて精霊語で指示を出すと、小さかった光の精霊が一瞬で大きくなり、ふんわりと柔らかな光の玉を作りだし、瞬かせる。
それを見たシャーナと志希は硬直し、光の玉を凝視する。
目にいたくない優しい光が柔らかく瞬きながら、二人を照らす。
しばしの間の後、正気に戻ったシャーナは羨ましそうな顔をして大きくなった光の精霊を見るほかの精霊達と、嬉しそうにしている光の精霊に眉を潜める。
「……非常識だわ」
「そう言われても……」
正式な手順を踏むと精霊を成長させてしまう事を知った志希は、頭を抱える。
「とりあえず、わたしは不慮の事故で知ってしまったわけだけど……誰にも言わないと誓うわ」
「え?」
いきなり何を言い出すのかと、志希は思わずシャーナを見る。
シャーナは疲れた表情を浮かべ、一つ溜息を吐く。
「あなたが異常なのは周囲の人達は知っているんでしょうけど、わざわざそれを言ってあなたを敵に回すつもりはないわ。シキが敵になったら、精霊達がこぞって離れていくだろうし……」
「そ、そんなことは……」
「ないってことは、ないと思うわよ? あなたに突っかかった精霊使いの精霊、契約者に対して凄く嫌悪していた。あんなに精霊の心証を悪くしていたら、どんなに魔力を与えても、精霊が言う事を聞かなくなってしまうわ。わたしはそんなのごめんだし……それに何より」
いったん言葉を切って、シャーナは志希に苦笑を向ける。
「バランが、あなたの事気に入っているのよ。若いのに洞察力もあるし、気骨もある。将来、大物になるって……ちょっと嫉妬しちゃうくらい、あなたの事気に入っているの」
シャーナの少し拗ねたような声音に、志希は言葉にならない呻き声をあげる。
気に入ってくれるのはいいが、好いてくれる人にそんな大絶賛してはいけないだろう、と内心でバランに突っ込みを入れる。
「まぁ、バランは朴念仁だから仕方ないんでしょうけど」
志希の内心を読んだようにシャーナは言い、苦笑から笑顔に表情を変えて促す。
「とりあえず、あなたは精霊術を使わず魔術の訓練でお願いね」
シャーナの言葉に、志希は異論はないと頷く。
ここで下手な問題を起こして、事情を知って庇ってくれている人達の行為を無にするわけにはいかない。
すぐ隣で高位精霊に匹敵するほど成長した光の精霊や、それ以外の様々な精霊達が指示を出して貰いたそうにしているのを横目にしながら、志希は仕事を再開するのであった。