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神凪の鳥  作者: 紫焔
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第八十五話

 アンデッド達の腐った血を大剣を振る事で払い、イザークは悠然と立つ。

 先程の一薙ぎで取り囲んでいた十数体のアンデッドは胴を断たれ、恨めしげな声を上げ積み重なっている。

 蠢くそれらに一瞥もくれず、イザークは肩越しに振り返る。

「……無事か?」

 静かな声に問われ、志希はこくこくと頷く。

「そうか」

 それだけ言って、ゆっくりと視線を前に戻す。

 イザークの視線の先には、酷く嬉しげに笑うソラヤが居た。

「イザーク、久しぶりね。どう? 今のわたし、魅力的になったでしょう?」

 ソラヤは体を見せつける様にしなを作り、自身の体をなぞる様に誇示する。

 体の線をあらわにする赤絹のドレスは不思議な光沢を放ち、ソラヤの見事なプロポーションを見せつける。

 真紅の瞳を妖しく潤ませ、毒々しいまでの色気を放っているソラヤ。

 魅了の魔力を振り捲きながらの仕草に、志希ははっと息を飲む。

「目を見ちゃダメ!」

「うるさいわよ、餓鬼! それとも、わたしの様な魅力が無いから慌てているのかしら? イザークが、わたしの事を好きになるのをそこで見ているが良いわ」

 哄笑を上げ、うっとりとソラヤはイザークを見つめる。

 黄金の瞳が真っ直ぐにソラヤの真紅の瞳を見返し、足を一歩前に踏み出す。

 それを見たソラヤは手を上げて、イザークの前に居たアンデッド達を退け道を作る。

「さぁ、イザーク。わたしの永遠の下僕にして、側に置いて上げる。ずーっと、あなたを愛してあげるわ」

 甘く囁くその表情は毒々しいまでに美しく、蠱惑的だ。

 志希は咄嗟にイザークへと手を伸ばすが、直ぐにその手を握る。

 イザークは肉体的だけではなく、精神的にも強い。

 アールヴと言う種族的特徴だけではないその強さは、ソラヤの魅了など跳ねのける。

 志希はそう信じて、長棍を握り言霊を紡ぐ。

「精霊よ!」

 志希の強い声音には魔力が乗り、絶対の拘束力を持つ。

 その強さに精霊達は歓喜の声を上げながら、志希の望みを叶える。

 土の精霊はカズヤ達の周囲のアンデッド達の足を止め、風の精霊がカズヤ達に群がっているアンデッドに風の刃を打ちこみ、炎の精霊が倒れたアンデッド達を燃え上がらせる。

 これだけでアンデッド達が排除され、カズヤ達が志希と合流する為に駆けだす。

 ソラヤがそれを邪魔すると思ったが、彼女はカズヤ達を一瞥しただけで無視をしてイザークを見つめる。

 彼女にとって、今最も大事なのはイザークなのだろう。

 ゆっくりと歩くイザークの背中を見つめながら、志希は彼に“イーリスの残光”を掛けて長棍を構え、駆け寄ってきたミリアに声をかける。

「ミリア」

「大丈夫。多分、どうにかなると思うわ。わたしでどうにもならなければ、志希が精霊術で彼を正気に戻して」

「違うの。イザークなら大丈夫だから、今の内にリビングデッド達の浄化をお願い」

 志希の言葉にミリアは眉を潜め、頭を振る。

「何を言っているの。あの女性、ヴァンパイアでしょう? しかも、死者を従えるなんて高位じゃない。そんなヴァンパイアの魅了に抗うなんて、イザークでも無理でしょう!?」

 ミリアの言葉に、志希は冷静に答える。

「彼女はヴァンパイアだけれど、まだ生まれたても同然だよ。死霊術を修めた……ううん、齧った程度なはず。だって、最近会ったばかりだもの」

「えっ!?」

 話を聞いていたアリアは思わず驚きの声を上げ、ソラヤを見る。

「もしかして……先日言っていたイザークさんのお知り合いですか?」

「そう。そして、彼女を迎えに来たのがさっき見た遺品の持ち主たち」

 志希が頷くとギリッとカズヤが拳を握り、ソラヤを睨みつける。

「……それじゃ、あいつはイザークと同郷の人間だったって、事か?」

「うん……そして、彼女が迎えに来た二人を殺した犯人」

 そう告げた志希の声は、震えていた。

 言葉を交わした時間はとても短いが、エリクとガリレオの人となりはとても好ましかった。

 ソラヤに対して厳しい態度を取っていたが、それとて年下の彼女を窘めるための物であったのは見て取れた。

 若干含む所があったのは、ソラヤ自身の性格に問題があったからだ。

 それを馬鹿にしていると受け取ったソラヤがエリクとガリレオに対して激しい憎悪を抱いたのは、想像に難くない。

 だが、それで彼等を殺して良い理由にならないのだ。

「私は、ソラヤさんを倒したい」

 エリクとガリレオの為と言うのもあるが、何よりも許せないのだ。

 ソラヤはイザークの事を愛していると言うが、それは違う。

 ただ己の虚栄心の為に、イザークと言う美丈夫を側に侍らせたいだけなのだ。

 子供が玩具を欲しがるような、玩具に執着する様な感情で愛していると言うのがイザークを穢しているようで、腹立たしいのだ。

 怒りの感情でソラヤを倒したいと言うのは、間違っているのかもしれない。

 だがそれでも、人を人と思わないソラヤを許せそうもないのだ。

「風よ……!」

 志希の言霊は風の精霊に届き、風が皆の体にまとわりつく。

 それは動きを阻害するのではなく、感覚と動きに早さを与える物だ。

「シキに同意、よ。ヴァンパイアを見逃すことなんて、わたしには出来ないもの」

 ミリアはそう言いながら、憎悪に顔を歪め前に出て大鎌を振るう。

 リビングデッドが死体を乗り越え、徐々に迫って来ているのを見て攻勢に出たのだ。

 緑の光を纏う刃が、一撃でリビングデッドを浄化しただの死体へと戻す。

 カズヤもまた、リビングデッドを切り伏せ志希とアリアを守る位置取りをする。

 アリアはリビングデッドが多くいる方に火球の魔術を炸裂させ、志希は言霊に魔力を乗せ火の精霊達に倒れたリビングデッドを燃やして行く。

 肉が焼け、空気の温度が上がる中、イザークはリビングデッドが作る道をゆっくりと歩く。

 ソラヤの視線はイザークにのみ注がれ、周囲のリビングデッド達の事など気にも留めずにうっとりと微笑む。

「あぁ……やっと、貴方が手に入るのね」

 両手を広げ、ソラヤはイザークを見つめる。

「貴方はわたしの物になる運命だったのに、どうして里を出て行ってしまったの? わたしを守る為に、強くなろうとしたのかしら? 元々強くて美しいのに、欲深いのね」

 くすくすと笑い、ソラヤがイザークを迎え入れようと一歩前に出たその瞬間。

 斬と、空気が切り裂かれる音が聞こえた。

 一拍程の間の後、ソラヤの右腕が音を立てて地面に落ち、断面から血が飛沫く。

「な、何!?」

 驚いた声を上げるソラヤの前には、イザークが大剣を振りおろした姿勢で佇んでいた。

 イザークが、手に持っていた大剣をソラヤに向けて振るったのだ。

 その斬撃があまりにも早いため、ヴァンパイアとなっていたにも拘らずソラヤは反応出来なかった。

「なっ!? 何故、わたしの魅了が聞いていないの!?」

 絶対の自信を持っていたのであろう魅了が利いていない事に、ソラヤは驚き肩を押さえながら後ずさる。

「貴様ごときの魅了に屈する程、俺は腑抜けていない」

 低く、凍てついたと言ってもおかしくない程の冷たい声音でイザークは吐き捨てる。

 それは、イザークの怒りを如実に表していた。

「貴様は里の掟を破っただけではなく、ヴァンパイアに魂を売り渡した咎人だ。貴様に殺されたエリクとガリレオに代わり、俺が貴様を狩る」

 そう言うなり、イザークは再びソラヤに斬りかかる。

 ソラヤはイザークのその動作を見た瞬間に間合いを取ろうと地面を蹴るが、僅かに速くイザークの大剣が彼女の腹を切り裂く。

 臓物をはみ出させながらソラヤは間合いを取り、手を振って後方に待機していたリビングデッド達に前に出るよう指示を出す。

「ソラヤ様!」

 後方に飛んだソラヤの側に、ダレンが駆け寄る。

 彼がリビングデッドに囲まれながらも、喰らわれる事無くその場に存在していた事に志希は初めて気が付いた。

 それと同時に、大事な事を皆に告げていないのも思い出した。

「みんな、ダレンが協力者でここまで私を案内して来たの。彼は多分、魅了されているだけじゃなく彼女と契約していると思う。だって、眷族に加えると言っていたもの!」

 志希の言葉にはっとした表情を浮かべ、皆の顔が一斉にダレンとソラヤの方へと向く。

 ダレンはソラヤの側に行き、そっと彼女の体を支える。

 そのソラヤは体を小さく震わせ、腹の傷口を押さえながら口を開く。

「ダレン、契約を履行するわ。お前を、わたしの眷族に加えてあげる。初めての眷族はイザークにしたかったけど、難しいみたいだから」

「ソラヤ様……! ありがとうございます!」

 感極まった声を上げるダレンに、ソラヤは手を伸ばす。

「だめ! 精霊よ!」

 志希は咄嗟にこの場の精霊全てに命じる言霊を放ち、彼等はそれに従う。

 この場にいるアンデッド達の足を風の精霊が断ち切り、光の精霊がソラヤの腕を焼く為に顕現する。

 更に土の精霊が地中から岩でできた鋭い杭の様な物を突き出し、ソラヤを中心とした不死者達に襲いかかる。

 しかしソラヤはダレンを抱えて間一髪で逃れ、後方に着地する。

 アンデッド達が炎の精霊に燃やされ崩れ去る凄惨な光景を見ながら、ソラヤは笑みを浮かべてダレンの首筋に思い切り噛みついた。

 びくりと震えるダレンは、掠れた声を上げる。

「ミリア、アリア! 止めないと!」

「打って出るぞ!」

 カズヤがリビングデッドを切り捨てながら駆けだし、ミリアも続く。

 イザークもまた目の前で燃えるリビングデッドとそれを貫く岩の杭を切り捨て、駆ける。

 だが、それを阻む様にリビングデッドやグールが襲いかかってくるため、足を止めざるを得ない。

 その間にも、ダレンがソラヤに血を吸われて行く。

「ひっ、あ、ああ……そら……や……さま」

 ダレンの悲鳴の様な、喘いでいる様な声。

 イザークが切り捨てた事によって志希達にもダレンの様子が見え、その姿に思わず顔を背けてしまう。

 ソラヤは遠慮することなくダレンの生命を啜っているが為に、彼の姿が干からびて来ているのだ。

 同時に、ソラヤの切り飛ばされた腕や腹は見る見るうちに再生し、元の姿へと戻っていく。

「ダレン、お前は人間にしては役に立ったわ」

 ダレンの首筋から顔を離し、妖艶に笑う。

 ソラヤの腕から解放されたダレンは軽い音を立てて地面に転がり、変わり果てた姿を晒す。

 最早ミイラと言っても過言ではないそのダレンの死体に、ソラヤは告げる。

「だから、御褒美よ。最後まで、わたしの役に立ちなさい」

 ソラヤは己の指先を牙で一噛みして、傷をつける。

 盛り上がる血の雫が、指先を滑ってダレンの開かれた口の中に滴り落ちる。

 既に死体となっているダレンはそれを飲み込む事など出来ない筈なのだが、びくりと指先が震えた。

 見る見るうちに干からびていた体に精気が戻り、一動作で起き上がり身構える。

 先程までのダレンであれば出来る筈の無い動作に、ソラヤは満足げに頷く。

「酷い……」

 志希は思わず、小さく呟く。

 先程までは魅了されていたとはいえあったダレンの自我が、今はすっかり消え去っているのだ。

 無表情で爪を鳴らし、牙を剥き出しにして威嚇をしている。

「レッサーヴァンパイアにしたのね」

 ミリアは呟き、ギリッと歯を食いしばる。

 ソラヤはふっと鼻で笑い、庇うようにして立っているダレンを見る。

「そうよ。眷族にしてあげるって、契約をしてたもの。だから、わたしの意のままになるレッサーヴァンパイアにしたのよ。自我をもつ、煩わしいヴァンパイアなんていらないわ」

 そう言って、ソラヤはちらりと周囲を見回す。

 リビングデッド達の半数が既に、ただの死体へと戻っている。

 それを確認したソラヤは舌打ちをして、詠唱を始める。

「集え、死者の魂よ。我に祝福されし邪悪なる汝を、我が下僕として再びの生を与えよう」

 それを聞いたイザークやカズヤ、ミリアがアンデッドを倒しながらソラヤを目指す。

 だがしかし、詠唱しながらもソラヤはアンデッド達に指示を出して三人を近づけない様にする。

 しかも、イザークの強さを警戒して彼の前にはグールやグワルが集まり、行かせまいとしている。

 腕の立つイザークでも、複数のグールとグワルが相手では足を止めざるを得ない。

 ミリアとカズヤの二人も、リビングデッドの多さに汗を滲ませながら必死で捌いていた。

 アリアはリビングデッドの集まっている所に火球の魔術を叩き込んでいるが、他の場所からも集まって来る為数が減っている様には思えず、徒労感を感じている状態だ。

 志希は近くに来るアンデッドを精霊を使って排除してながら、どうするかを考える。

 このままでは、じり貧でこちらが殺されてしまいかねない。

 ソラヤは嗤いながら詠唱を続け、リビングデッドから魂を抜き取り怨霊を作り上げて行く。

 動かない体を捨てさせ、更なる穢れを与えているのだ。

 あまりにもおぞましいその光景にミリアは顔を歪め、ソラヤを睨みつけている。

 怨霊達は、魔術や祝福が付与された武器でなければダメージを与える事が出来ない為、かなり手ごわい相手となる。

「ダレン、わたしの腕と細突剣を拾って来てからイザークの追撃をしなさい。彼さえ崩れてしまえば、後はどうとでもなるわ」

「舐められたものだ」

 イザークは呟くが、生前の知識を残しているグワルが相手では分が悪い。

 厄介な事にそれなりの腕を持っているらしいグワルがグールと連携を取って襲ってくるのだ、イザークでなくとも苦戦するのは当然である。

 だがそれでも、イザークは一歩も引かずにアンデッド達と対峙する。

「姉さん、浄化を! ゴーストが多いのならば、祈祷をすれば退ける事が出来ます!」

 アリアがミリアに向けて叫ぶが、ミリアは顔を歪めて頭を振るしか出来ない。

 何せ、祈祷をする時間すらアンデッド達は与えてくれないのだ。

「私が時間を稼ぐから、ミリア!」

「ッだめだ! シキは、大人しくしてろ!」

 志希の言葉に、カズヤがそう叫ぶ。

「でも!」

「でももへったくれもねぇ!」

 カズヤが怒声を上げながら、目の前のリビングデッドを叩き切る。

「そうよ、シキはまだ未熟なんだから無茶をしないで!」

 ミリアの言葉に、志希は思わず訝しげな表情を浮かべてしまう。

 それと同時に、祈りを捧げる朗々とした声が聞こえて来た。

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