第八十二話
教会に入ってすぐに、エドワードが連れて来た神官達が出迎えてくれた。
その彼等に、精霊の眠りを解除した赤ん坊と少女を起こさない様に渡し手当てをしてくれるようにお願いした。
明るい所でよく見てみれば、少女の顔色は悪くやつれた表情をして眠っていた。
三日も前から赤ん坊の世話をしながら怯えて過ごしていたのだから、当り前だろう。
赤ん坊と少女を受け取ったエルシル神官達は大慌てで奥へと戻っていき、その姿にほっと息を吐く志希。
そのすぐ後に、ヴァルディル神官に案内されて教会の奥へと案内された。
案内された一室は教会を預かる司祭の書斎なのか、沢山の蔵書が並んでいる。
志希は周囲を見回すと、気がついた事があった。
人一人が眠れる程のソファーがあり、その上には毛布が畳んで置かれている。
よくよく見れば、その毛布は一枚だけでは無く何枚も重ねられていた。
「司祭様は今、村人たちの様子を見ていますので、そちらのソファーにおかけになってお待ちください」
そう言って、案内をしてくれた神官がソファーの毛布を持って下がる。
「あの、どうぞ」
一緒に書斎まで来たエドワードとブラドに、志希はソファーに座るように勧める。
アリアも志希も疲れてはいるが、自分たちよりも遥かに年配の前で先に椅子に座るのは抵抗がある。
それに気がついたエドワードはにっこりと笑い、頭を振る。
「いやいや、わしらはそこにある椅子に座るから気にせんでいい。お主たちはわざわざ遠くから来ているのだから、少しでも体を休めなさい」
「まぁ、年寄り扱いされる程おれ達は耄碌しておらんしな」
ブラドはそう言って、書斎の隅に置いてある椅子をわざわざ二つ持って来て並べて座る。
快活と言ったその動きと雰囲気に、口を挟む隙間も無い。
なのでありがたく、志希とアリアはソファーに腰を下ろす。
もちろん、他の人も座れる様に少し間を詰めたのだがカズヤもイザークも、ミリアも座る気配はない。
「もう少しで司祭殿も来るが……立ち話もなんじゃろ。カズヤ、そこにまだ椅子があるから、座ってもらいなさい」
「おいおい、シキ達には座るように言ってオレはこき使うのかよ」
「当たり前だ。女子とお前、同じ扱いだと思う方が間違っておる」
あっさりとブラドが言い、カズヤは憮然とした表情を浮かべて先程のブラドと同じ様に椅子を取って来る。
流石に両手分しか持って来れないので、イザークも動く。
カズヤが椅子を二脚持ち、イザークが自身の分を持って戻って来る。
「あ、ありがとう」
「良いって、気にすんな。アレだけのリビングデッドを浄化をしたんだから、疲れてるだろ」
「でも……ありがとう。助かるわ」
カズヤの持ってきた椅子を受け取り、ミリアは感謝の言葉を述べながら座る。
若干アリアがミリアを羨ましそうな表情で見たが、直ぐに表情を改め正面に座るエドワードとブラドを見る。
「初めまして、カズヤさんと組ませていただいているアリアと申します」
「何、堅苦しい挨拶などいらんよ。それに……」
エドワードは言ったん言葉を切り、椅子に座るカズヤと仲間達を見て破顔する。
「カズヤが良い仲間に恵まれているのも、見て分かるしの」
エドワードの言葉に隣に座るブラドもうんうんと頷き、カズヤを息子か孫を見るような目で見る。
カズヤはその視線に気がつき、若干照れくさそうな表情を浮かべて鼻の頭を掻く。
「オレの事は良いからよ、この村が何時どうしてリビングデッドに襲われたのかの話しをしなくて良いのかよ」
照れ隠しもあるが、重要な情報が無いかを聞きたいカズヤはそう問いかける。
「ふむ……成長したな」
ブラドはニヤリと笑い、直ぐに表情を改め口を開く。
「リビングデッドが現れたのは、約七日ほど前の事だ。村外れに住む猟師から、森でリビングデッドを見たと言う話を聞きおれとエドワード、それに神殿のアンデッドキラー見習いと見回りに出て退治をしてはいた」
「うむ。アンデッドキラー見習いのヴァルディル神官、エルロイが霊気の流れに敏感での。何とか増えるリビングデッドを退治で来ていたのじゃが……三日前の定期連絡直後から急に増えた。思いもよらぬ事態に神殿もわしらも慌ててしまい、近くの村人を避難させる事しか出来なんだ……」
エドワードは目を伏せ、己の力不足を嘆く。
「村の生き残りは何人いる?」
イザークの問いかけに、ブラドが応える。
「現在は、五十人だ。お前達が連れて来た幼子達を合わせると、五十二人になるな」
「……現在は、と言うのはどういう事だ?」
イザークはブラドの言葉に疑問を持ち、問いかける。
この突っ込みにブラドは少々目を泳がせていると、扉がノックされる。
「入りますが、大丈夫ですかな?」
外から問いかけられ、ブラドがおうと応える。
すると扉が開かれ、略式の司祭法衣を着た初老の男性と女性が入って来る。
男性はヴァルディルの、女性はエルシルの聖印を首から下げていた。
慌てて志希とミリア、アリアは立ち上がり、カズヤとイザークは特に慌てる様子も無く立ち上がって二人を迎える。
「あら……良かったわねエドワード、薄情息子が久々に顔を見せに帰ってきたみたいで」
カズヤに気がついた司祭の女性はころころと笑い、カズヤは渋面だ。
「ナディア、今はそちらの話しをする時では無い。それに、カズヤは依頼を受けた冒険者として来ている。そうであろう?」
男性の方は司祭の女性をたしなめ、確認する様にイザークとカズヤに問いかける。
「はい、王都のギルドから依頼されて来ました。イザーク、カズヤ、ミリア、アリア、シキの五人です」
カズヤは背筋を正し、礼儀正しく男性に返事をする。
彼はやや驚いた様に、しかし成長を喜ぶ父親の様な表情を浮かべて頷く。
「うむ、了承した。ではまず、村の現状を……」
「途中までわしが話したぞ、フェルナン」
ヴァルディルの司祭の名を呼びながら、エドワードは口を挟む。
エドワードの言葉にフェルナンはふむと頷き、ナディアを見る。
「取り敢えず、何処まで話したのかしら? エド」
「三日前の定時連絡の後からリビングデッドが現れた事。現在の、村の生き残りの人数じゃな」
「わかった。では、最初に私達が感じた異変の話しからするとしよう」
そう言って、フェルナンとナディアはそれぞれ椅子を持ってエドワードとブラドを挟む形で座る。
ナディアはほんの少しだけ憂いを帯びた表情で、口を開く。
「わたし達が最初に感じた異変は、ミシェイレイラ側の街道外れの森で発見した死体でした」
この言葉に、志希達だけでは無くエドワードとブラドの二人も驚いた表情を浮かべて彼女を見る。
しかし、ナディアは二人の様子を気にも留めず、言葉を続ける。
「リビングデッドが出る、大体一月前の事です。その日の夕方、物凄く不吉な風がミシェイレイラの方から吹いて気になり、翌日に様子を見に行った時……発見しました」
ナディアは一度言葉を切り、ちらりとイザークを見る。
それに気がついたイザークはほんの僅かだけ片眉を上げ、彼女の言葉の続きを待つ。
「壊れた馬車と、殆ど肉片と言っても良い程原型を留めていない死体でした」
「検分した所、恐らく男性二人だろうと予測がついた。種族は、アールヴではないかと推測している。遺品や馬車を回収し、保管しているが……彼等の身元は全く分からない状態だ」
ナディアの言葉を引き継ぎ、フェルナンは言う。
「そしてそこには、アンデッドキラーではない私にすら分かる程の霊気が残滓の様に残っていたのだ。あの時は死んだ二人が無念を感じていたが故の物かと思っていたが、今になって見ればあの二人は死霊術師か何かに殺されたのではないかと思うのだ」
「ですが。アールヴの生命力などを考えれば、ただ殺してしまうのは解せないと……いえ、今は村の現状のお話でしたね」
ナディアは引っ掛かると言う事を言いかけ、頭を振って話を戻す。
「あの時感じた霊気と、村を覆う霊気の質が似ているのです。おそらく、アールヴを殺害した死霊術師か闇の神官が、この村の人を手ゴマにするべく襲っているのだと推測しております。そして、残念な事に教会内に協力者がいるのも分かっております」
この言葉に、思わずと言った様にミリアが腰を浮かせる。
「どういうことですか?」
「ミリア、落ち着けって」
腰を浮かせたミリアを、カズヤが宥める。
声をかけられた事でミリアははっとした表情を浮かべ、慌てて椅子に座る。
アリアはナディアの言葉を咀嚼する様に小さく呟き、問いかける。
「生き残りの現状、とエドワードさんは言いましたね。もしかして、当初はもっといたのではありませんか?」
「その通りじゃ。この村の半数、約百人程はいた。この教会は難事の際の避難所にもなっておるからの……村人全員が居ても余裕がある様に地下が作られておる」
エドワードはアリアの推測に頷き、ついでにこの教会の作りを教える。
「みなさんは、教会の外に出るのは危険だと村の皆さまにお話しをしておられたのですよね?」
「もちろんです。聖水があっても、グールやグワルがいる以上普通の村人たちを外に出す事は出来ません」
ナディアが直ぐさま頷き、力強く言い切る。
聖水はアンデッド達には目くらましの効果があるが、あまりにも強い上位アンデッドがいた場合打ち破られてしまう可能性もある。
まして、戦闘経験も無い村人を外に出す事など危険すぎてこの四人は許可などしないだろう。
「ですが、毎日教会内にいた人間の三人から四人。時に五人以上の人間が居なくなり、気が付けばリビングデッドとして外を彷徨っているのです」
ナディアは怒りと悲しみが綯い交ぜになった表情で、苦しげに言葉を絞り出す。
「それだけの人間を外へと連れ出す事が出来ると言う事は、神殿関係者だろう。それともう一つ……外に出た人間は、誰かしらを探しに出たいと言っていなかったか?」
イザークは推測を言いながら、問いかける。
するとエドワードが頷き、深く息を吐く。
「うむ。娘を探しに外に出たいと言っておった者や、いつまでも教会に押し込められるのは嫌だから外に助けを求めると言っておった者。その中でも一番行動的な者達が、リビングデッドとなっておったわい」
沈痛な声音でエドワードが応えると、そうかとイザークは頷く。
「しかし、お前さん達が来てくれて良かったのか悪かったのか……結界は、わしの使い魔ですら抜ける事は出来ん。転移も邪魔され、通話の魔術も阻害されておる。わしらは結界に、閉じ込められている状態じゃ」
「食料も、いつまで持つか全く分からん。お前達も、外への連絡を取らずに入ったんだろ?」
エドワードとブラドの問いに、志希がおずおずと手を上げる。
「ええっと、ジーンダームには既に応援要請を出してます。この結界、地中まで効果が及んでいなかったので土の精霊で穴を掘って結界の外に出れたんですよ」
志希の言葉に、四人は目を丸くする。
「元凶を叩くのは必要ですけれど、村人たちを避難させるべきだと思います。幸い、近くの村にはもう一組の冒険者達が先行して見回りしています。そちらにも伝言は飛ばしてあるので、恐らくこの村に向かって来ている筈です。ジーンダームの方からも応援が来ている筈なので、早く逃げられると思います。どうでしょう?」
そう、志希は人命第一とした提案をする。
この提案に唸るのは、フェルナンだ。
「外に連絡が取れている、と言うのが確かなら逃げるのも手ではあろう。だが……それを向こうがやすやすと許してくれるかが心配だ」
「その通りですね。手ゴマを増やしたい、と言うのであれば逃げる際に襲ってくるのは必定。これだけの人数を、わたし達だけで守り切るのは困難です」
アリアは冷静に、人数と能力を秤にかけて志希の提案を却下する。
志希が全力全開で頑張れば、村人を全て生かしたまま逃げる事は出来るだろう。
しかし、引き換えに志希と言う存在が異質であるという事実が明るみに出る。
光の神々は志希を保護するために神託を下すであろうが、その神託を受け取った人間達の行動がどうなるかはわからない。
下手をすれば、野心を持った神官達の餌食になりかねないのだ。
志希と言う仲間を守る為にも、アリアは志希の提案を受け入れる事は出来ないのだ。
「……そうだね、ごめんなさい」
志希はアリアの言葉に、複雑な表情を浮かべて頷く。
能力を隠したいが故に、簡単に人を助けられない現状に志希は歯噛みする。
しかし、志希の事情を知らない四人は緩く苦笑を浮かべる。
「いや、地中を抜ければ脱出できるという情報は有益だ。謝る事ではありません」
フェルナンはそう言ってから、さてと呟く。
「助けを待つ為に籠城するにしても、協力者をあぶり出す必要がある。どうするべきか……」
「一先ず、食事をとりましょう? 皆さん。お腹が減っては、良い知恵も出ますまい。特に、冒険者の皆さまは大急ぎでこちらまで来てくださった様子。緊急時故に質素ではありますが、温かい物を召し上がっていただきましょう」
ナディアはそう言って、暗い雰囲気を払拭する様に微笑む。
「それも良いな。何せ、皆辛気臭い顔をしている。少しは明るく過ごすのも、罰は当たるまい」
ブラドはそう言って、立ち上がる。
ナディアも微笑み、椅子から立とうとするがイザークが声をかける。
「申し訳ないが、アールヴと思しき人物の遺品を見せてくれ」
「は? ええ、よろしいですが……」
ナディアが怪訝そうな表情を浮かべ、頷く。
志希も不思議そうな表情を浮かべていたが、不意に閃く。
一月前に、イザークの前に現れたアールヴ達の事を。
けれど、彼等は男性二人に女性一人だった筈だ。
だがしかし、不吉な予感がどうしても払拭できない。
「イザーク、私も見る」
不吉な予感など間違いなのだと、そう言い聞かせながら告げる。
イザークは一瞬目を瞠り、次いで頷く。
「分かった」
いつになく硬い声音での返事に、志希はこの予感が外れて欲しいと切実に祈りながら拳を強く握りしめる。
「では、エルロイに持って来させるのでこのままお待ちください」
そう言って、フェルナンは立ち上がり部屋を出て行った。