第七十九話
図書館で様々な未踏破遺跡の情報を手に入れたので、暫く目的の遺跡付近の依頼を受け探しに行くのを計画していた。
だがしかし、偶然を装って見つけたとしても連続すれば怪しまれる。
その為、一度見つけたら半年以上期間を置いてから遺跡を見つけに行くと言う事になった。
探索自体は一週間ほどと区切りを決め、数度フェイルシアの王都と遺跡を行き来して徹底的に遺跡内部を探索し尽くし、結構な数の遺失魔術と魔道具を発見する事が出来た。
全ての魔道具を冒険者ギルドに出張している鑑定師に鑑定してもらい、その内の幾つかの品物を塔の学院や、魔術を付与された武具で使わない物をマティアスの店に卸したりしていた。
無論、大量の魔道具や遺失魔術を見つけた事で新しい遺跡の事をギルドに追及されたが、粗方探索し尽くした遺跡ならば場所を教えても特に問題はない。
そもそも、未踏破の遺跡は発見した人間がまず最初に探索をするのが殆どだ。
遺跡内を苦労して探索した者が見つけた物を自由にする権利を持つのは、当然の事だと認知されているのだ。
なので、遺跡の内部の構造等を聞かれただけで戦利品その物に対してはなにも言われず、むしろギルドや塔の学院で欲している魔道具等を譲って欲しいとお願いされただけである。
見つけた遺失魔術に関しても、発見者であるアリアは遺失魔術が書かれた魔導書を所有する権利を持つ。
無論、盗まれたりしない様に厳重に管理する必要があるので、大概は塔の学院に買い取ってもらう形にするのが通例だ。
そうなれば簡単に閲覧は出来なくなるので、どうしても内容を手元に置いておきたい物は写本をしたり、スクロールを作って所持しておくのが一般の魔導士だ。
アリアの場合は事前にそれを読み込み魔導書の内容すべてを記憶し、志希はさらりと読んだ事で“知識”から引き出せるようになっているので問題はない。
と言う事で、手に入れた魔道書は全て塔の学院へと売却しお金へと変えた。
こうやって皆でお金を貯め始めているのは、いずれ今使っている武器防具より一段上の物を用意しなくてはならないからだ。
どこぞの遺跡で拾う事が出来れば良いが、それが出来なかった場合は金で贖わなくてはならない。
その際には、アルフ達が作るミスリル銀やオリハルコンを使用した服を購入する事を相談して決めたのだ。
なので、志希達は精力的に仕事をしていたのである。
そうやって過ごしていると、気が付けば初秋の季節であるリージアン小の月末になっていた。
その為に今日も仕事が無いかと志希達がギルドに足を運ぶと、若干緊迫した空気が漂っていた。
何があったのかと志希がきょろきょろしていると、窓口付近にいたデヴィがカウンターから出て来て笑顔で話しかけてくる。
「シキ・フジワラさんですね、丁度良い所にいらっしゃいました。銅への昇級試験についてお話しがございますので、此方へいらしてください」
急に言われ、志希は思わずきょとんとしてしまう。
銅への昇級試験を受けるようにと言われた覚えはないし、まだ早いと以前断っているので年を越してから話を持ってくると言われていたのだ。
断ろうと口を開く前に、デヴィが笑顔で言う。
「パーティーの皆さまも、どうぞご一緒に此方へ」
やけに丁寧に、しかし有無を言わさず奥へと案内しようとする。
いつになく強引なその様子に戸惑う志希を置いて、イザークが頷く。
「行くぞ」
何も言わず同意したイザークに志希が思わず彼を見ると、カズヤも頷いて皆を促す。
戸惑いながらも志希と双子は従い、デヴィの後を着いていく。
デヴィは結構奥にある一室の扉を開き、皆が部屋に入るのを待って最後に彼が入室する。
部屋の中には誰もおらず、ただ応接スペースの様になっているだけだ。
「随分急なお誘いだったなデヴィ」
イザークがそう言いながら、志希の背中を押してソファーに座るように流す。
「んだな。ミリア、アリア、お前らも座っておけ。デヴィは俺達になんか用事があるらしいぜ」
カズヤの言葉に女性達はきょとんとした表情を浮かべるが、取り敢えずソファーに腰をかける。
カズヤとイザークは一人用のソファーに腰をおろし、デヴィを見る。
「話が早くて助かった。実はな、最近おかしな出来事がミシェイレイラ神聖国との国境付近での村々で起きているらしい」
いきなり本題へと入ったデヴィの言葉に、カズヤの顔色が変わる。
だが口を挿まず、話の続きに耳を傾ける。
「まず、国境沿いにあるいくつかの村から卸される特産品が市場に出回らなくなった。その後に、国境沿いの村で一番大きく、エドワード師が常駐するマリール村から定期連絡が途絶えてしまった。エドワード師は魔術師だが元は金位の冒険者だ。ギルドと連携を取り国境沿いの様子を三日に一度は教えてくれていたのだ。そして、一先ず村の様子を見に行かせるため、鉄と銅の混合パーティーを行かせる事に決まった」
「オレ達に白羽の矢を立てたって事か」
カズヤは青ざめた表情で言い、にやりと笑う。
「オレとしては、願ったりかなったりだ」
「そう言うと思って、お前達に頼もうと思ったんだ。カズヤはエドワード師の養い子だし、何も無けりゃ顔だけ見せて帰ってこれるだろ?」
デヴィの言葉にカズヤは若干気恥ずかしそうな表情をするが、直ぐに真剣な物へと変える。
言った本人も、直ぐにからかうような表情を改める。
「カズヤの師匠のブラド老もいるから滅多な事はねぇと思うが、定期連絡が途絶えて一日経過している。こちらで移動手段を用意するから、直ぐにでも出てくれないか?」
「それは、ギルドマスターからの直接の依頼か?」
今まで黙っていたイザークが、問いかける。
「ああ。実は、前回の定期連絡の時にエドワード師が不穏な事を言っていた。ブラト老が、国境付近の森の中でリビングデッドを発見したんだと。数が少なかったので、ブラド老が持ち歩いている祝福された短刀で退治したってよ。で、その後から連絡がねぇ。もしかしたら、不死者に寵愛を与える者の神官か、死霊魔術師がいるんじゃねぇかって話だ」
「……随分、不死者関連の奴らの活動が活発だな。この街に来る前に、一つ片付けたってのによ」
思わずと言った様に、カズヤがぼやく。
デヴィはそのぼやきに顔を顰め、嘆息交じりに口を開く。
「おれに言われても困るぞ。犯罪を犯す輩の考えなんざ、おれ達には全くわからねぇからな。ただまぁ……闇に属する神を崇める輩は多い。それに、そういう奴らほど手足に意思が無いのを使いたがる傾向が強い。そう言う奴らにとって、リビングデッドって言うのは扱いやすいんだろ」
そう言ってから、デヴィは壁際に備え付けられているチェストの中から羊皮紙の書類を一枚取り出す。
それを志希達の前にあるテーブルの上に叩きつけ、全員の顔を見回すデヴィ。
「んじゃま、この依頼受けてくれるだろ?」
受けないとは思っていない彼の表情に、一番に口を開いたのはカズヤだ。
「オレは受けてぇ。爺さんや師匠の無事を確認してぇしな」
「では、決定だな。行きたくない、と言う者はいないだろう」
イザークの言葉に、皆で頷く。
デヴィは皆の顔を見回してから、羊皮紙から手を外して示す。
イザークはその羊皮紙を手に取り内容を読んでから、カズヤに渡す。
カズヤもイザークと同じ様に内容を読み、一つ頷く。
「んじゃま、サインするからな」
気軽に言いながら、カズヤはさらさらと羊皮紙にサインをしてデヴィに渡す。
「よし、これでこの書類は受理された。できるだけ、早く現地に向かってくれ」
「了解。んじゃ、行こうぜ」
「それと、もう一パーティが国境沿いの街で依頼を受けてくれた。先にそいつらが行っているので、合流出来たら情報を貰っておいてくれ」
「オレ達は後詰かよ!」
「当たり前だ。ここから国境沿いの街まで何日かかると思っているんだ? 最初に、あちらの方で仕事を受けるパーティーを選んでから此方からも出すのが普通だろう。ここから国境沿いの街まではゆったり移動するので一月だが、村や町ごとで馬を変えて昼夜走り抜ければ一週間でつける。もっと早く移動したいなら、金貨一枚の料金を取るがギルドの各支部にアンカーを設定している転移の出来る魔術師の貸し出しをしてやるぞ」
用意された移動手段で、思わず引きつった表情を浮かべる志希。
金貨一枚は、日本円にして百万円だ。
用意すると言った割に、随分と暴利な事をするとつい思ってしまう志希。
だが。
「転移が使える魔術師としては、破格に安いですね」
アリアが驚いた声音で呟く。
「当たり前だ。こちらの都合で行ってもらうのに、正規の料金を払わせる訳にはいかねぇだろう」
デヴィは当然と言った表情で言うが、それでも呆れた表情を浮かべるのはミリアだ。
「転移儀式が使える魔術師は、導師でも位が高い方。金貨一枚で引き受けてくださるとは思えないけれど」
ミリアの真剣な声音での疑問にデヴィが何かを言おうとするが、それより早くイザークが立ち上がる。
「準備と金を用意してから、転移魔術師を借りる。向こうのギルドで馬を借りたいのだが、都合してもらえるか?」
「おう、了解。お前達が戻るまで、ギルドマスターに紹介状を書いてもらうから安心しろ」
デヴィが頷き、羊皮紙を手に部屋を出て行く。
それを見送る事無くカズヤは立ち上がり、皆に声をかける
「オレ達も、さっさと支度しようぜ。破格で借りられるもんにあれこれ言ってたって仕方ねぇし、何より大事なのは素早い行動だろ?」
養父がいる村へ今すぐ飛んでいきたいと言う気持ちを押し殺しているからか、若干声が低い。
苛立ちが含まれたその声音にアリアは慌てて立ち上がり、こくこくと頷く。
「ええ、その通りだったわね。ごめんなさい」
ミリアはカズヤの心情に思い至ったのか、そう言って立ち上がり手荷物を持つ。
「いや、苛々して悪いな」
カズヤは自身の態度が悪いものだと自覚して手短に謝罪をするが、ミリアは頭を振って促す。
此処で謝罪をしあっていても、意味はない。
志希はそんな二人を見て一つ頷き、椅子を立ってさっさと扉を開く。
「それじゃ、ぱぱっと支度をして行こう。カズヤの第二の故郷なんだから、当時のカズヤの事色々聞けるだろうし!」
おどけたように笑う志希の言葉に、張りつめた空気がほんの少しだけ緩む。
カズヤにとって大切な人がいる場所なのだから、苛々したり焦るのは分かる。
だが、冷静に物事に対処しなくてはならない状況なのだから、頭に血が上っていては困るのだ。
それに何より、まだその村へ行く準備すらできていない状態で気を張っても疲れるだけだ。
冷静に事態を見極める為に、そして今はまだ気を張る時期ではないと志希は示したのである。
「爺さん話し好きだからな、捕まったら長いぞ」
いつもはカズヤの役目であるそれを志希が担った事で冷静になったのか、彼は目を細めて笑う。
いつもと同じとまではいかないが、雰囲気は柔らかくなった。
その事にイザークは目を和ませ、扉の前で待つ志希の前まで行き頭を一つ撫でる。
「エドワード師もだが、ブラド老も久方ぶりの客人に喜ぶ筈だ」
「そうだな。んじゃ、爺さん達の長話を聞く為に頑張ろうぜ」
カズヤはそう言って、先頭を切って部屋を出る。
アリアは慌ててその後を追い、ミリアはほんの僅か哀惜を帯びた表情で笑みを浮かべて着いていく。
イザークは部屋を出てから足を止め、後から来る志希を見る。
志希は部屋を出て扉を閉め、イザークを見上げる。
目があった瞬間、二人は表情を引き締める。
デヴィの言葉から、志希は以前に出会った神官を思い出していたのだ。
彼女の様に何らかの形で魂を歪めていたら、志希は再び『神凪の鳥』として魂を本来の流れに戻す為に力を開放するだろう。
その際、仲間以外の余人がその場にいては困るのだ。
イザークはその事を表情から読んだのか、口を開く。
「他パーティーとは別行動を取る事になる。だが、無茶だけはするな」
若干険しい表情は、イザークが志希の身を案じているから。
そうと気がついた志希は一瞬息を詰め、次いで引き締めていた表情を緩める。
「大丈夫だよ。私は、ね?」
何があっても死なないと言外に告げると、イザークの目が若干険しさを増す。
その事に志希が硬直すると、廊下の向こう側から声を掛けられる。
「おい! 急ぐんだから、早く来いよ!」
カズヤのその言葉に志希は助かったとばかりにぶんぶんと手を振り、イザークを促す。
「ほら、行こう!」
「……ああ、そうだな」
先程の事が嘘のように険しさが霧散し、志希はほっと安堵の息を吐いて歩きだす。
いつも通りの雰囲気に戻ったイザークは、その後ろをまるで守るかのようについていくのであった。