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神凪の鳥  作者: 紫焔
一難去って
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第七十七話

 図書館で調べ物をどうにか終わらせてから数日、志希達はそれなりに平和であった。

 カズヤは数日で指先の感覚を磨き、アリアは虹の煌光を発動させる事に成功していた。

 ミリアは聖女として、神官としての己が未熟であると言う事で連日エルシル神殿へと出向き、瞑想をしたり奉仕活動に精を出していた。

 志希はイザークと鍛錬したり、近隣の薬草採集の依頼等を受けて過ごしていた。

 イザークは志希と鍛錬する以外に、彼女の依頼に付きあったりなど概ね二人で過ごす事が多かった。

 フェイリアスでは基本、志希が一人で出歩いても特に気にし無かったイザーク。

 何故、今になって依頼等に付き合ってくれるのか志希は疑問に思っていたが、以前彼が言っていた冒険者を非認可の奴隷とする事例を思い出して納得した。

 もっとも、納得したからと言って素直にありがたいと思えるかと言えば、そうではない。

 フェイリアスにいたころと違って、今の志希はそれなりに力をつけているからだ。

 先日はマティアスの所へ来たゴロツキを如何にかしたと言う自信もあり、力量を疑われているのではないのかと言う疑念がわき起こるのだ。

 嬉しいの半分、上記の様な疑念が半分と言った状態で、志希はこの日もイザークと近くの森で薬草採集の依頼をこなしていた。

 あまり薬草を採り過ぎると、生態系に対して悪影響を及ぼしてしまう。

 なので依頼分だけ薬草を摘み、街へと戻りギルドへの報告を済ませた。

「ねぇ、イザーク。ちょっと聞きたい事あるんだけど……いいかな?」

「どうした?」

 宿へと戻る道すがら、志希の歩調に合わせて歩くイザークが返事をする。

「うんっとね、いつも有り難いんだけど……私、フェイリアスにいる頃よりは成長したと思うんだよね。以前イザークが言っていた事を覚えているつもりだけど、ある程度の事ならなんとかできるとおもうの。だから、イザークも好きな事をして良いんだよ?」

 あまり過保護にしなくて良いと伝える志希に、イザークはやや考える様に瞬きをする。

「シキが成長していると言うのは間違いない。ある程度の事であれば、何とかできると言う言葉にも同意できるが……その、ある程度以上の出来事があった際に問題がある」

 イザークの言葉に、志希はきょとんとした表情を浮かべる。

 志希のその表情にイザークは小さく苦笑し、言葉を変えて説明を始める。

[ある程度以上の事があろうと、カズヤやミリア、アリア、俺ならば常識の範囲内でどうにかしようと努力する。だがな、シキ。お前の場合、常識の範囲以上の事をして解決してしまう可能性が非常に高い]

 この言葉に、志希がむっとした表情を浮かべて抗議しようとするが、絶対にないと言いきれない事に気がついた。

 精霊にお願いすると言う形で精霊術に似た力を行使するが故に、ある程度の志希の恣意には添ってくれるがそれ以上の力を精霊達が使う事は良くある。

 志希の拒絶の感情を受けた風の精霊が魔獣を真っ二つにしてしまった事もあるほどだ。

 最初の依頼の時にも守りたいと言う気持ちの強さ故に土の精霊が強固な土の壁を作りだした事を思い出し、志希は思わず肩を落とす。

[何より、志希は神々に注目されている存在だ。志希の力を目撃された上に、野心を持つ神官であれば利用されるだろう]

 イザークはそう締めくくると、志希はイザークに言われた事を想像して青褪めてしまう。

 神々から危害を加えてはならないと言う神託を受ければ、神子として祭り上げられてしまいかねない。

 ベレントやミリアの場合、それぞれが良識のある人間であると言う事で神殿に志希の事を告げる事が無かったのだ。

[思えば、私って最初からかなり危なかったんだね……]

 イザーク達に拾ってもらえなければ、ゴブリン達に見つかり幾度も殺されていたかもしれない。

 パーティーの中に誰か一人でも良からぬ事を考えていた人間がいた場合、志希は今頃どこかに監禁されていたのかもしれない。

 何か一つでも欠けていたら、志希は今こうしてイザークと共に歩いている事は出来なかったのだ。

「そうかもしれんが、既に過ぎた事だ。今更言った所で何かが変わる事も無い。気にするな。何か反省すべき事があったと言うのであれば、これから気をつければ良い」

 静かに、諭すようにイザークが志希に告げる。

 志希はその通りだとは思うが、それでももしもを考えてしまうのを止められない。

 イザークはそんな志希の様子に気が付いているのか、小さく息を吐き志希の頭を優しく撫でる。

 志希はイザークの掌に顔を上げ、何とか笑みを浮かべる。

「うん、分かってるよ……でもさ、自分があんまりにも鈍いって事にちょっとへこんだだけ」

 複雑な表情を浮かべて言う志希に、イザークはそうかと返事をする。

「自覚をしたのなら、それ以上引きずるな。それにばかり囚われれば、今度は違う所で間違いを犯しやすくなる。気に留める程度にしておけるよう、心がけると良い」

「……うん、分かった。できるように、気を付ける」

 志希はそう言って、表情を改める。

 複雑な心境だが、ここでうだうだ言っていてもはじまらない。

 何より、後ろ向き過ぎる。

 後ろを振り返る事は良いが、後ろを向いていて良い事はあまりない。

 イザークの言っている通り、過ぎてしまった事象は戻らないのだ。

 前を向いて、そして時折自身のやってきた事を思い出す為に振り返る方が良い。

 直ぐに割り切るのは難しいが、心がける事は志希にだってできる。

 深呼吸をしてから、志希は隣を歩くイザークを見上げる。

 イザークは志希の視線に気がつき、見降ろしてくる。

 いつものようにやや無表情に見えるが、優しい金の瞳だ。

 志希はそのイザークの目の表情に思わず笑顔を浮かべ、頷く。

「取り敢えず、今日はこのまま宿に帰ったらどうするの? 私は、長棍を振ろうと思っているんだけど」

「そうだな……すこし、俺と長棍で試合をしてみるか?」

「えぇ……イザークと試合をすると、いっつもヘトヘトになるまでするからなぁ。でも、その分技が身についているって実感もできるから、悩む」

「ならば、試合だな」

「えぇ~」

 抗議の声を上げてはいるが、志希の表情は嫌がっていない。

 かなりのスパルタ教育をするイザークだが、それは此方を思ってしてくれている事だと志希は理解している。

 そして、きちんとその時の精神状態や体調を考慮し、どの様な教育をするかをイザークは臨機応変にしてくれる。

 教え方としても丁寧で、限界を見極めて切り上げてくれるのでかなり分かりやすいのだ。

 なので、志希としては大変ありがたい申し出なのだ。

 終わった後に汗まみれで、へとへとになるのが少し嫌なだけであって、教えてもらうこと自体は嫌では無いのである。

「終わったら、公衆浴場行って良い?」

「ああ、構わん」

「やった!」

 志希は歓声を上げ、上機嫌になる。

「カズヤと言い、シキと言い風呂が好きなのだな」

「そりゃもう、お風呂は命の洗濯だよ! 疲れも取れるし、気持ちも体もさっぱりするから大好きー!」

「そうか。確かに、そうだな」

 志希の返事に同意しつつ、イザークは苦笑する。

 そうしている内に宿に着き、志希が扉を開けて中に入る。

「ただいまー」

「おう、おかえり」

 宿の主人が志希の言葉に微笑ましげな表情をして返事をする。

 その声に被る様に、ガタリと椅子が床と擦れる音が聞こえた。

「やっと見つけたわ、イザーク!」

 喜色が滲んだ声音は、聞き覚えがあった。

 志希が声の方へと顔を向けるより早く、思いきり突き飛ばされカウンターに体をぶつける。

「いっ……」

 小さく呻き、突き飛ばされた肩とぶつけたお腹を押さえながら志希は振り返る。

 志希を突き飛ばした人物であるソラヤを乱暴にふりほどき、イザークが手を差し伸べる。

「大丈夫か?」

 ソラヤを居ない者として扱うイザークに少しだけ驚いた表情を浮かべる志希だが、イザークの手を取りゆっくりと立ち上がる。

「大丈夫。ぶつけて、痛かっただけだから」

 強張った表情で、志希はなんとかイザークに告げながらその背後のソラヤを伺う。

 ソラヤは物凄い形相で、志希を憎々しげに睨みつけている。

 その表情は恐ろしいとしか言いようがないのだが、志希は腹に力を入れて見返す。

 何一つ、志希は悪い事をしていないからだ。

 それに気がついたのか、イザークは体をずらし志希をソラヤの視線から隠す。

「そうか。しかし、午後からの鍛錬は控えた方が良いかもしれんな」

 イザークはそう言いつつ、宿の主人をじろりと見る。

 宿の主人はイザークの視線に手を振り、何らかのジェスチャーをして口を開く。

「アールヴの嬢ちゃん、ちいとばかり礼儀がなってねぇんじゃねぇか?」

 宿の主人言葉に、ソラヤは片眉を上げ彼を見る。

「ここはギルド認定宿だって分かっていて来ている癖に、飲み物も食いものも何一つ注文しねぇ。その上、うちの上客に対して随分と乱暴な事をする。これを、見逃す程うちは甘くねぇぞ」

 低い声音と、いつもは柔和な顔が険しくなっただけで志希の肝が冷えた様な錯覚をする。

 威圧されていると明確に分かる程で、志希は思わず息をつめてしまう。

「な、何よ……人を待つくらい、わたしの勝手じゃない。大体にして、醜い人族……」

「いや、主人申し訳ない!」

「そうそう、オレらのお姫様が生意気言った。申し訳ない!」

 ソラヤの言葉を遮る様に、店に入って来たばかりの二人のアールヴが大慌てで口を挟む。

 一人がソラヤの口を押さえ、もう一人は笑顔で謝罪をする。

「お嬢さんと、イザークにも本当に申し訳ない。俺ら、やっと見つけた所だったんだよ」

 拝むように謝罪する二人に志希は毒気を抜かれ、コクンと頷く。

 宿の主人は仕方ねぇと言わんばかりに息を吐き、口を開く。

「てめぇら、二刻居座ったその嬢ちゃんの分もなんか頼めよ」

「はい、是非に!」

 やけに腰の低いアールヴ二人が口をそろえて返事をして、志希は思わずくすりと笑う。

 イザークも深く息を吐き、後から着たアールヴの男性二人を見る。

「遅い」

「これでも最速で来たのだがなぁ」

「そうそう。お嬢が勝手に抜け出したの、里長が放っておけとか言い出したからそれでなおさら手間がかかった」

 そう言いつつ、ソラヤが座っていたテーブルにアールヴの二人とソラヤが座る。

 志希がどうするのかとイザークを伺うと、不機嫌そうな表情を見せながらそのテーブルへと彼女を促す。

「いいの?」

 関わって良いのかと問いかけると、イザークが頷く。

「既に、手遅れだろうからな」

 ソラヤの敵愾心をむき出しにした視線が、志希に向いている。

 志希は心底嫌そうな表情を浮かべて、取り敢えず安全そうな席に座る。

「お嬢ちゃん、俺はアールヴの里でイザークと幼馴染をやっているエリク。里の警備員の一人だ」

「オレはエリクと同じ、イザークの幼馴染で里の警備員のガリレオ。今回、お嬢……ソラヤを連れ戻す為にここまで来た所だ」

 二人はそう自己紹介をして、微笑む。

「あ、はい。シキ・フジワラです。イザークと一緒に冒険者をしています」

 思わず自己紹介をし返すと、何故かエリクとガレリオが物凄く微笑ましいと言った表情を浮かべて志希の頭をわしわしと撫で始める。

「わぁ!?」

「可愛い可愛い!」

「いや、こりゃ外出た甲斐があったな! こんなちっさい子見たの、久しぶりだぜ!」

 楽しそうにそんな事を言う二人に、ソラヤが柳眉を逆立て怒鳴る。

「何をしているの!? そんなハーフアルフを構うより、もっと大事な事があるでしょう!?」

 ソラヤの金切り声に、二人はポンと手をうちカウンターの宿の主人に向けて声を張り上げる。

「すいません。今日のお勧めを五人分と、エール酒三人、ヨーデルの牛乳合え二つ頼みますー!」

「あ、ついでにコーンポタージュって言うのもごに……四人分!」

「まいど!」

 流れるような勢いで注文をして、エリクとガリレオはニヤリと笑う。

「いや、可愛い子供を見るのも楽しみだったけど外の食いもんも楽しみだったんだよなぁ」

「そうそう。それなりに外と交流あるとはいえ、里の食いもんってだいたい決まってるからなぁ」

 何故かいたずらっ子の様にしか見えない二人のやり取りに、志希は思わずイザークを見る。

 イザークは無表情で沈黙を貫いていたが、志希の視線に気がつき深い息を吐く。

「この二人は、俺よりも十から二十程年が離れている。最近成人に上がったばかりの筈だ」

 エリクとガリレオはイザークの言葉にうんうんと頷き、笑顔を浮かべる。

「そうそう。幼馴染とはいえ、おれ達はイザークと結構年が離れているんだ。アールヴは子供ができづらいからよ。で、里の最年少がソラヤ。里長の末っ子で、我儘放題に育てられてこーんな性格になっちまったんだ」

 エリクがソラヤの頭をガシガシと撫で、豪快に笑う。

 それに異議を申し立てるのは、ソラヤだ。

「こんな性格って、どういう事よ! 大体にして、わたしはあなた達の様にちゃらんぽらんではないわ!」

 エリクとガリレオに怒鳴りつけ、ぎろりと志希を睨む。

「成人なんて、所詮儀式だけ。わたしは精神も体もきちんと大人よ。ハーフアルフの様に貧相な体もしていないし、大人としての余裕もあるわ」

 志希に見せつけるように、ソラヤは己の豊満な肢体を艶めかしくしならせる。

 美しい翠の瞳を細め、イザークに流し目をするソラヤ。

 しかし。

「己が大人と言う者ほど、その精神は幼稚だ。本当の大人と言うのは、定められた秩序を守り、他者を思いやれる者の事を言う」

 さらりとイザークがソラヤの言葉を切って捨て、運ばれたエール酒を手に取る。

「んだなぁ。里の姐さん達が今のソラヤの言葉を聞いたら、鼻で笑うぞぉ」

 エリクがかんらかんらと笑い、エールをぐいっと飲む。

 ガリレオはエリクの言葉にうんうんと頷きつつ、隣に座る志希の頭をガシガシと撫でる。

「自分の器を計り、周囲に迷惑をかけない者の方がよほど大人だ」

 イザークはそう言いながら、運ばれてきた料理にナイフを入れる。

 志希も慌てて手を合わせ、料理にナイフを入れて一口大に切る。

 ちなみに、今日のお勧めは豚肉のポークチャップに近い見た目と、生野菜のサラダである。

 また、ガリレオが頼んだコーンポタージュも置かれ、志希は有り難く頂く。

「まぁ、取り敢えずソラヤは俺達と一緒に里に帰宅。これは、里長と警備長から厳命されてるから確実だぁな」

「そうそう。ソラヤはそのまま、花嫁修業か警備員になる為の修業かどっちかだ」

 ガリレオ達の楽しそうな言葉に、志希が興味津々と言った表情をして聞いていると。

「それ以上は口に気をつけろ。ここは里では無い」

 溜息を吐きながら、イザークがエリクとガリレオに釘を刺す。

 二人はあっと言う表情を浮かべ、志希を見て頷きあう。

「シキちゃん、今の話しは聞かなかった事にしてくれな」

「ああ、オレ達はなーんにも話をしていない!」

「は、はい……」

 勢いに押され、志希はこくこくと頷く。

 その事にほっと安堵した表情を浮かべ、二人が食事を始めようとした瞬間。

「ばっかじゃないの。子供なんだから、力づくで黙らせればいいじゃない。大体にして、わたしはイザークが一緒じゃないと里に戻るつもりはないわ」

「あぁー、はいはい。、ソラヤの意見は聞いてないから黙ってご飯を食べなさい」

 エリクがソラヤをあしらう様に言うと、彼女は見る見る怒り心頭と言った表情を浮かべる。

 彼女が怒鳴ろうとした直前、ガリレオが口を開く。

「飯食ったらすぐにでも出る事になっているんだ、しっかり食えよ。ちなみに、逃げようとしたら足折って連れてこいって言われてるから逃げるんだったら覚悟しろよ」

 この言葉に、ソラヤが絶句する。

 志希も目を丸くして硬直していると、エリクがヘラリと笑う。

「成人前にこんな所まで出ると、こっぴどいお仕置きをされるんだ。まして、里に帰るのを嫌がって逃げ出そうものなら両手両足を折ってでも連れ帰るのが掟なのさ。まぁ、この事はシキちゃんには関係ないから大丈夫」

「そうそう。それに、イザークが因果を含めてくれるだろうからさっさとこの事を忘れると良い」

 無茶な注文を付けるアールヴ二人に、志希は何とも言えない表情を浮かべてコーンポタージュをスプーンで一口掬う。

 そんな志希の内心など気が付かない男性アールヴ三人はもりもりと、ソラヤは手を震わせながら食事をしているのであった。

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