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神凪の鳥  作者: 紫焔
一難去って
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第七十六話

 イザークが購入して来てくれた筆記用具で羊皮紙に、ガリガリと志希は物凄い勢いでメモをして行く。

 十枚で一セットになっている羊皮紙だけでは足りないと判断したイザークが、追加でもう二セット買いに行くほどだ。

 羊皮紙の一番上には本のタイトルを入れ、所々に何章のどの部分と言う注釈を入れつつ物凄い勢いで羊皮紙を埋めて行く。

 イザークは持ってきた羊皮紙を読み終えた後は役に立ちそうな図鑑等を読んでいたが、ふっと志希の書く物に気が付き目を通していた。

 志希の書きしるしたそれは、本の中で書かれている注釈や解釈に対しての突っ込みであった。

 本の中では魔法薬学に精通していた偉大な魔術師と書かれている人物が、本来は魔法薬学では無く魔獣合成の研究をしていた魔術師であったとか。

 付与魔術の大家であった魔術師と紹介されている者が、実は付与魔術自体は余技で召喚魔術の研究が主であったとか色々と書かれていた。

 他にも注釈で、色々な突っ込みがされていた。

 もしこれを塔の魔術師やクミルの神官達が見た場合、異端扱いして発狂するか世紀の大発見だと狂喜乱舞するかのどちらかだろう。

 ある意味とても面白いその書類をイザークは無言で整理し、出来るだけ志希の邪魔にならず、なおかつ人から見えない位置におく。

 この様な内容が書かれている物を、人目にさらしやすい所に置いて置くのは危険だからだ。

 その間にも志希は次々と羊皮紙を文字で埋めて行き、新しい羊皮紙に手を伸ばす。

 物凄い集中力を発揮する志希なのだが、イザークは深く息を吐いて口を開く。

「シキ、そろそろ休憩にしたらどうだ?」

 イザークの問いかけに、志希はぴたりと手を止めて顔を上げる。

「え? そんなに時間経ってないよね?」

「お前が本を読み出してから既に二刻経っている。そろそろ、昼食を摂っても良い時間だ」

 志希の問いにイザークは淡々と答えつつ、乾いた羊皮紙に目を通す。

 その内一枚には魔術師の研究所やその住んでいた屋敷がどのあたりにあるかを記してあり、イザークは一瞬手を止めて目を細める。

 しかし、志希はイザークの様子に気が付きもせず、書きかけの部分を全て埋めてから早く乾くように手で扇ぐ。

 その間に、イザークは志希の書いた物でインクが乾いた羊皮紙を折りたたみ隠す。

 志希もイザークの行動を見て取り敢えず、半乾きの羊皮紙を人から見えない位置に移動させ離席をしても見られないようにと工夫する。

 見るからに魔術師では無く、クミルの神官でも無い志希の書き物に興味を抱く輩は基本的にはいないと思われるのだが、念には念を入れての精神である。

 もっとも、志希は別に見られても構わないと思っている節がある訳なのだが、イザークが隠すのならば隠した方が良い事なのだろうと思ったのだ。

 それらの作業が終わった二人は、図書館内にある休憩用のスペースに移動し腰を落ち着ける。

 結構な数の丸いテーブルと、それに合わせたお洒落な椅子が数脚置かれたこの場所は、お洒落なカフェと言った印象だ。

 どうやら図書館では無く、このカフェの様な休憩スペース目当てに来ている人間もいるらしく、恋人らしい男女が並んで軽食をとったりしている。

「ここの軽食は手軽で美味いと評判だ」

 恋人らしき男女に目を奪われていた志希に、イザークがそう告げつつ木の板で出来たメニューを手に取る。

 志希はそれを覗き込み、小さく唸る。

 何にしようかと悩んでいると、制服を着た女性がトレイを持って現れる。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

 接客スマイルの女性店員は、主にイザークを見て問いかける。

 美丈夫と言って差し支えのないイザークに、吸い寄せられるように目が行くのは分かる志希。

 だが、何となく女性店員のその見え見えの態度に不快な気持になってしまう。

 しかし、だからと言って文句を言うのも出来ないので、若干憮然としつつ口を開く。

「鳥もも肉と野菜のパンはさみ・塩レモーヌソースがけを一つ。飲み物は、紅茶で」

「俺も彼女と同じ物で良い。ただ、食後にこれを持ってきてくれ」

 イザークはメニューを店員に見せて注文すると、女性店員は頬を紅潮させ笑顔で元気よく返事をして去っていった。

 その姿は格好いい男性を見て嬉しいと全身で語っており、志希は何とも言えない気分になる。

 イザークが格好いいのは言わずもがなだが、志希の姿を一瞥もせずに行ってしまうのは接客業としていかがなものかと突っ込みたい気持ちになる。

「シキ」

 少しだけ心の中で荒んでいた志希は、イザークに名前を呼ばれて顔を上げる。

 イザークは志希の表情を見てほんの少しだけ目を和ませ、ポンポンと頭を撫でる。

 唐突なイザークの行動に志希がきょとんとすると、彼が口を開く。

「実は暇になってな、シキが書いていた物に目を通したのだが……あれは面白いが大半が役に立たん」

 あっさりと告げられた言葉に、志希は小さく呻いて俯く。

 頭に浮かぶ事柄全てを書きしるしているのだから、当たり前のことではある。

 だがしかし、書いている本人である志希がショックを受けるのは当然なのだ。

「勘違いするな、全く役に立たないと言っているわけでは無い。それに、あのメモに書かれている人物達の研究所等の遺跡の場所は、ある程度分かっているようだしな」

「う、うん。それは大丈夫。魔術の方も、もう少し本を読めば思い出すかも」

「そうか……では、午後も図書館に籠ると言う事で良いか?」

「あ、うん。それは大丈夫」

「分かった。だが、あまり根を詰めすぎるな。急に様々な事を思い出せば、体に不調をきたしかねないからな」

「了解っ!」

 イザークに諭され、志希は背筋を伸ばして思わず敬礼をする。

 そんな志希の行動に、イザークは目を和ませて小さく笑う。

 志希はイザークのその優しい表情に表情を緩ませ、微笑みを浮かべると先程とは違う女性店員が注文した品を持ってくる。

「ごゆっくりどうぞ」

 弾んだ声音で店員は告げ、名残惜しそうに去っていく。

 しかし、イザークは店員の方を向かずにあっさりと運ばれてきた物に手を伸ばす。

 女性店員に対して興味が無いと言ったその態度に、志希は何とも複雑な気持ちになる。

 大半は安堵した様な気持なわけなのだが、何故自分が安堵しているのかと言う疑問を感じるのだ。

 そして、安堵するのはいけない事なのではないかと言う罪悪感の様な感情。

 何故自分がそれを感じるのか不思議に思いながら、志希は運ばれて来た品物を見る。

 皿の上にあるのは、大きめの角パンに挟まれたレタスのような葉野菜・生玉葱に見える野菜・トマトの様な野菜・そして鶏もも肉とソース。

 まごう事なきサンドウィッチである。

 それを見た瞬間、志希のお腹がぐうとなる。

 お腹が空いていた自分に驚き、次いで恥ずかしくなる。

 お腹の音を意識していなかったとはいえ、イザークに聞かれてしまったのだ。

 だが、真っ赤になって俯く志希にイザークは何事も無かった様にパン挟みを手に取り、齧りついている。

 どうやら聞こえなかったのかと志希は安堵し、赤みの残る頬を少しだけ擦ってから付近で手を拭き、パン挟みを持って齧りつく。

 口に広がる肉の旨味とレモーヌのソースがとても合っていて、志希はもぐもぐと咀嚼しながら表情を緩める。

 美味しさのあまり、自然と笑顔になってしまうのだ。

 その後は夢中になってパン挟みを平らげ、紅茶で一息つく。

 イザークは既にパン挟みを食べ終わっており、手に付いてしまったソースを布巾で拭い紅茶を飲む。

 美味しい物を食べたので、志希の脳裏には先ほどの疑問は既に消え去っている状態だ。

 むしろ、もう少し何か食べたい気がしてさえする。

「美味しいから、もう少し食べたいなぁ……軽い物、無いかな」

 呟きつつ、メニューに手を伸ばそうとする志希。

 すると、それを遮る様にまた女性店員が現れテーブルの上にことりと品物を置き、志希とイザークの前にある空の食器を片づける。

「おおおお!?」

 志希は思わず声を上げ、テーブルの上に置かれたそれをまじまじと見る。

 テーブルの上に鎮座ましましているのは、志希の感覚でいうパフェだ。

 しかも、黒いソースやアイス、バナナの様な果物が乗せられているそれはチョコレートパフェに酷似している。

 ややくすんだガラスの容器が残念だが、内容は見事志希の知るチョコレートパフェであった。

「これからまだ頭を使う仕事をするのだ。甘い物を摂れば、仕事の効率が良いと小耳に挟んだ」

 イザークがそう言いながら、志希に向けてパフェの容器を押しだす。

「い、い……いいの?」

 志希はおろおろしながら問いかけると、イザークが頷く。

「ああ。俺は、あまり甘い物は得意じゃないからな」

 だと言うのに、このパフェを注文したのだ。

 労いの意味である事は分かっているが、甘い物が大好きな志希にとっては様々な意味で驚きと嬉しさが満載だ。

「ありがとう、イザーク! 甘いの大好きなんだ、本当に嬉しい!」

 満面の笑みを浮かべ、志希は付属の細長いスプーンを手に取る。

 どうやって作ったのか激しく謎だが、ここ半年近く目にしていないふわふわの生クリームに志希のテンションは駄々上がりだ。

 そっとスプーンですくいとり、口に含めばふんわりとした甘さを舌が感じる。

 体をふるふると震わせ、恍惚とした表情で志希は上機嫌でパフェを食べる。

 志希のそんな姿を見ているイザークは優しく目を細めている。

「カズヤと同じ反応をするんだな」

「うん?」

 志希はスプーンをくわえたまま、イザークを見る。

「フェイリアスに行く前、カズヤがここで一度飯を食ってみたいと言うから来た事がある。その際、他のテーブルの客がそれを食べているのを見てな。カズヤがそれを注文し、食べた時にシキと同じ反応をしていた」

 イザークの優しげな表情と言葉に、志希は気恥ずかしくなりながら満面の笑みを浮かべて答える。

「そりゃ、嬉しいと思うよ。これ、あっちではチョコレートパフェって呼ばれてて凄く大好きだったんだよ。美味しいし、甘いし……カロリー高くてちょっと太っちゃうけど、それでも何かあった時はこれ食べて元気出していたんだ」

 そう言って、志希はもう一口スプーンですくって食べる。

 パフェの中身は基本、店によって違う。

 アイスクリームの下にはシリアルが入っていたり、ゼリーが入っていたりと様々だ。

 今志希が食べているパフェは、中にほろ苦いコーヒーのような味がするゼリーが入っている。

 バニラアイスとこのゼリーを一緒に食べると、ほろ苦さと甘みが互いの美味しさを引き立てていて志希はまた幸せそうに笑う。

 イザークはそんな志希に小さく笑みを浮かべ、そうかと頷きながら紅茶を一口飲む。

 不意に、イザークがそのカップをテーブルの上に置き眉を潜める。

 志希はイザークの雰囲気が変わった事に気が付き食べる手を止めると、志希の顔に影がさす。

 魔導図書館は光を多く取り入れる形になっているので、大きな窓が多い。

 志希にかかる光を、誰かが遮った形になったのだ。

 それに志希が気が付いた瞬間、イザークの隣に女性が現れていた。

 艶やかな金の髪と、濡れた様な褐色の肌。

 身動きする度に胸が動くのではないかと思えるほどたわわな胸と、きゅっと引き締まった腰、まろやかに広がる臀部。

 そして、金の髪から飛び出る木の葉のような細長い耳と、はっきりとした目鼻立ちをバランス良く配置した美女。

 妖艶、と言ってもおかしくは無いアールヴの女性がそこにいた。

 体の線をはっきりと出す服を着た彼女は、志希の事など目に入らない様子でイザークの隣の椅子に腰をおろす。

「やっと見つけたわ、イザーク」

 アールヴの女性は蠱惑的に微笑み、イザークの肩にそっと手を置く。

 濡れた新緑の葉のような緑の目を細め、やや厚ぼったい唇を尖らせ拗ねたような表情を浮かべる。

「この間、せっかくギルドで再会したのにあっという間にいなくなっちゃうんだもの。どうして? わたしより、大事な用事なんて無いでしょう?」

 どこか鼻にかかった様な、甘えた声音で女性が言う。

 志希はそれを聞きながら、呆然とイザークと女性を眺める。

 イザークとこの女性が並ぶ姿は、一枚の絵のように見えるほど美しい。

 それは酷く、志希の胸を締め付けた。

 美味しくて、嬉しかった筈のパフェが今は酷く味気なく思える。

 俯き、志希はパフェを口に運ぶが先程の様な美味しさが感じられなくなっていた。

 イザークは深く息を吐き、口を開く。

「俺には俺の用事がある。そもそも、何故お前はこんな所にいる」

 酷くそっけなく、ともすれば冷たいとも言える程の声音でイザークは問いかける。

「決まっているわ、イザークを里に連れ戻す為よ。時期族長である貴方を連れ戻して、私と正式に婚姻を結ぶのがわたしのお仕事」

 甘い声音でイザークに告げる女性の言葉に、志希は背筋に冷水を浴びせられたような気持になる。

 イザークが常々アールヴとしては規格外の強さを持っているような気がしていたのだが、アールヴの名家の人間であれば当然のことだ。

 しかし、イザークがアールヴの里に戻ると言う事はパーティを抜けてしまうと言う事だ。

 それはいやだ、と志希は思う。

 だが、志希には口を出す権利も何も無い。

 ただ黙って、機械的にパフェを口に運ぶ事しか出来ない。

「俺は里に戻らん。そもそも、里を出る際に族長にならない事をはっきりと宣言した。親父も、お前の父親もそれを了承している」

 イザークは冷淡に、女性の言葉を切って捨てる。

 しかし、女性はなおも食い下がる。

「そ、そんな事を言っても里ではイザーク以上に族長に、わたしの婿に相応しい男はいないわ。それに脆弱な人間やアルフ、野卑なドワーンばかりが居る下界なんて何が面白いの?」

 女性のこの言葉に、志希は思わず顔を上げる。

 彼女が言った言葉は、地上全てに住む種族を貶める言葉だ。

 志希はドワーンもアルフも人間も、アールヴも平等な存在だと知っている。

 世界が分け隔てなく生み、受け入れ、育てている子供達だ。

 怒鳴ろうとする志希に気が付き、イザークが視線で止める。

 その事に志希はショックを受ける。

 間違った事を言っているからこそ怒りを覚えたのに、何故それを止めるのかと目で非難するとイザークが口を開く。

「ソラヤ、それは外を目指した俺への侮辱か?」

 静かな言葉はしかし、驚くほど冷淡だ。

 イザークの表情はいつも以上に動かず、先程まであった優しさは欠片も見当たらない程無表情だ。

 彼のそんな表情は、今まで見た事等無い。

 志希は息を飲むと同時に、理解する。

 ソラヤと呼んだ女性が吐いた言葉に、イザークも怒っていると言う事に。

「俺は里を捨てた。二度と戻らんと祖先に誓約し、族長も俺の一族も認めた。俺の誓約を誰も覆す事は出来ん。それに引き換え、ソラヤ。お前は、何故里を出た? 外に出る際には里を捨てるか、定められた期限の内に戻る事が掟だ。お前の様に成人に達していない者は、そもそも里の外に出る事は出来ん筈だ」

 イザークはそう言いながら、ゆっくりとソラヤを見る。

 鋭い、射ぬく様な視線。

 ソラヤはその視線に体を震わせ、おろおろと視線を彷徨わせる。

「き、きちんと期限を決めて出て来たわ。それに……わたしの事を心配してくれるなら、一緒に里へ帰りましょうよ」

 言い訳をしている内に、良い事を思いついたとばかりに笑顔を浮かべてイザークにそっともたれかかるソラヤ。

 志希はそんな彼女に対して顔を顰め、口を開く。

「すいません。嫌がっているのを強要するのはどうかと思います」

 志希が珍しくきつい口調で、なおかつ強張った声音で注意をする。

 だが、そんな事も知らないソラヤは片眉を上げ、初めて気が付いたと言わんばかりの表情で志希を見る。

「あら、随分と幼い人間かしら? それとも、半端なハーフアルフかしら? 今、わたしとイザークはとっても大事な話をしているの。貴方の様な醜いハーフアルフは、さっさとどこかへ行ってくれないかしら?」

 ソラヤは鼻で笑い、志希にあっちへ行けと手を振る。

 その事に激高して志希は思わず席を立ち、怒鳴ろうとした瞬間。

「俺はお前と話す事は、何も無い。まして、俺の仲間を侮辱する様な者と話をするのも不快だ」

 怒りに凍てついた声音で、イザークが吐き捨てる。

 そのままソラヤの手を払い、席を立ち志希の肩をグイッと抱く。

「二度と俺達の前に現れ、その腐った口を開くな」

 常のイザークには無い行動と声音に、志希は怒りを忘れて硬直する。

 そのままイザークは志希を連れて閲覧スペースへ戻り、借りうけている金属板を操作し始める。

 志希はそんなイザークに戸惑いつつ、恐る恐る声をかける。

「イザーク……その、邪魔したかな? 凄く嫌がってると思ったから、つい言っちゃったんだけど」

「いや、助かった。俺も辟易していたからな」

 イザークはそう答えつつ、志希を見る。

「ソラヤはしつこい。こちらの方へ来たのを見ていたからな……探し出し、本を読んでいる最中でも構わず話しかけてくる可能性がある」

「えぇ……それは、いやだなぁ」

 集中している所に乱入して、イザークにしな垂れがかったり媚を売っている声を聞くのは不快だ。

 むしろ、苛々して集中できなくなりそうだ。

 顔を顰め、思わず志希が言うとイザークが頷く。

「個室が空いているか、聞いてこよう。そちらに移動すれば、余程の事が無い限り入って来る事は無い」

「え。個室ってお金取られるんじゃなかったっけ?」

「ああ。だが、落ち着いて本を読む環境が欲しければ仕方なかろう」

 イザークのあっさりとした言葉に、志希は唸り頭を振る。

「取り敢えず、日を改めようよ」

「だが、シキは興が乗っていただろう? それに、今日中にある程度の事を終わらせられれば、図書館に近づかずにすむ」

 ソラヤに付き纏われるのが嫌ならば、この場所にもう立ち寄らないようにしなくてはいけない。

 日を改めてまたまとわりつかれるより、個室を借りてさっさと用事を終わらせてしまう方が精神的にもよろしい。

 そう言われた志希は納得し、条件を付けて頷く。

「分かった。イザークの言う通りにするけど……さっきのお昼代と個室代は折半ね」

 志希の台詞にイザークは小さく苦笑し、分かったと頷く。

「それじゃ、本を片付けておくね」

 志希はそう言って書見台に乗せている本に紐の栞を通し、表紙の重さに若干手間取りながら閉じる。

 イザークが片手で持てるからと言って、決して軽いと言う事は無いのだ。

 何せ、とてつもなく頑丈な装丁をしている。

 この本の角で殴られたら、余程の人でなければ死んでしまう。

 そう確信できるくらい重く、頑丈な本なのだ。

 息を切らしている志希にイザークは息を吐き、書見台から黒いトレイへと本を移す。

 志希はきょとんとした表情を浮かべて彼を見ると、イザークが若干呆れた様な表情を浮かべている。

「先にここを片付けた方がよかろう。シキ一人で、書見台を持つのも無理だからな」

「う、その通りです……」

 そもそも重量級の本を持つのも一苦労の志希が、それを支える書見台を持てるかと言ったら無理であろう。

 イザークの配慮でやっと普通に読めるようになったのだから、志希も早くその辺りに気が付くべきである。

 若干肩を落としつつ志希は取り敢えず自分が持てる範囲の羊皮紙を手に持ち、移動準備を終える。

 イザークも早々に移動準備を終え、二人で受付へと行き個室が空いているかを聞きに行く。

 受付に行く途中でソラヤに見つかる事も無く、個室も無事借りられた。

 志希達はそちらに移動出来た事で、静かな空間で調べ物をする事が出来たのであった。

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