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神凪の鳥  作者: 紫焔
一難去って
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第七十五話

 フェイルシアの図書館は、かなり大きかった。

 ちょっとした小さな城くらいある建物の横には知識の神であるクミルの神殿があり、受ける印象が大きいと言うのに拍車をかけている気がする。

 階段を上って建物の中に入ると物凄い数の本棚が並んでおり、びっしりと本が詰まっていた。

 本棚の高さは天井まであり、上の方の本はタイトルすら見えない。

 かなりの強度を持っていると想像できるしっかりと作られた造りつけの本棚は、もしかしたら天井を支える柱の役目もしているのかもしれない。

 そんな巨大な本棚からどうやって本を探せばいいのかとあっけに取られている志希に、イザークが声をかける。

「まずは受付を済ませるぞ。そうしなくては、本を検索し取り出す魔道具を借りる事が出来ないからな」

 イザークの言葉に、志希は目を丸くする。

 しかし、直ぐに納得する。

 物凄い高さの本棚から目的の本を探し出すには、魔道具が無ければ無理であろう。

「魔道具をふんだんに使った図書館なんだ」

 志希の呟きに、イザークは頷く。

「ミールの次に作られた魔導図書館だ。知識を蓄える場所と言う事で、管理は全てクミル神殿が請け負っている」

「へぇ……」

 志希は感心した声を上げながら、イザークの服の裾を掴みながらきょろきょろと周囲を見回す。

 本を読む為に置かれている大きなテーブルと、備え付けられている何脚かの椅子。

 しかし、見た限り一人でテーブルを一つ使っている人間の方が多いようだ。

 テーブルの上にうず高く積まれた本や、乱雑に積み上げていくつもの山を作っている一角がある。

 周りの迷惑を顧みない使い方に、志希は何とも言えない気持ちになってしまう。

 しかし、そんな事は使用している人達にとってはどうでもいいのだろう。

 マナーは無いのかと言う突っ込みを内心していると、イザークが声をかけてくる。

「シキ、冒険者証を出しておけ」

「あ、うん。分かった」

 イザークの言葉に志希は慌てて首から下げている冒険者証を外して、手に持つ。

 志希が準備を終えると、丁度美人で笑顔を浮かべている受付嬢が居るカウンターに到着した。

「こんにちは、フェイルシア魔導図書館に御来館いただきありがとうございます。今日は図書の閲覧でしょうか?」

 笑顔の受付の女性が、流れるように問いかけてくる。

「ああ」

 イザークはそっけなく頷き、冒険者証を呈示して身分を証明する。

 志希もそれに倣い冒険者証を提示すると受付嬢は頷き、見事なアルカイックスマイルを浮かべて口を開く。

「ありがとうございます。それでは、少々お待ちください」

 受付嬢はそう言って、カウンターの影にある何かをカチャカチャと音を立てて操作する。

 すると、直ぐに奥から制服を着た男性が両手にやや大きめな板の様な物を持ってきた。

 それを見たイザークが片手を上げ、一言告げる。

「一つで良い」

「あ、はい。分かりました。では、当図書館での注意事項などをお話ししますね」

 男性職員がそう言いながら、片手に持っていた物を受付嬢に預けて説明を始める。

 一つ、静かに読書をしている人が多いので、大きな声を上げたり物音を立てたりしない事。

 一つ、飲み物や食べ物を持ちこんで読書をしない事。

 一つ、図書館内での戦闘行為等は禁止されている事。

 その他諸々の注意事項を聞く志希は、上二つは納得できるがそれ以降の注意事項は要るのかと疑問にもう。

 図書館内で戦闘をするとか、性行為をするとか果たしているのかと突っ込みたい気持ちになったのだ。

 だが、この様な注意事項が出来ると言う事はそう言う事をした馬鹿が居ると言う事なのだろう。

 そう思い至った瞬間、志希は胡乱とした表情を浮かべ職員の皆さんに深く同情する。

 戦闘行為等が起きた時は本が破損しないように色々と苦労したであろうし、性行為などしているのを発見した場合の気まずさと居たたまれなさは半端ないだろう。

 何と言う恐ろしい事をしでかしたんだ、過去の閲覧者! と、志希は戦慄しつつ、注意事項を守ろうと心に決める。

 そんな事を志希が考えている間に、男性職員の説明は佳境に入っていた。

「お二人の権限ですと一般著書や、一つ奥の準魔導書までしか閲覧できません。それ以上奥の魔導書や禁書等の閲覧は塔の魔術師の方か、クミル神官の司祭の同行か推薦状が無いと入れません。また、一応塔図書館の図書を破損した場合、弁償請求するので取扱いにはお気を付けください。図書の閲覧は、あちらに見えますテーブルの方でよろしくお願いします。お食事等は隣接されている喫茶スペースの方がございますので、そちらの方をご利用ください。以上で説明は終わりです。何か、ご質問は?」

 怒涛の勢いで問いかける男性職員を見上げながら、志希は困った表情しか出来ない。

 正直、分からない事は無いかと聞かれても何が分からないか分からない。

 そんな志希を一瞥してから手に持っていた板の様な物イザークに渡し、男性職員は会釈をして去っていく。

「あぁ~……」

 志希は声をかけようとするが何を言いたいのか分からないのでやめて、深いため息を吐く。

 イザークは受け取った板にむかい、指を走らせて一つ頷く。

「今日は何を調べるつもりだ?」

「あ、え……ど、どうしよう」

 志希はイザークの問いに、はっとした表情を浮かべる。

 図書館に来たは良いが、何を読むかを全く考えていなかったのだ。

 イザークは志希のその表情に苦笑した様に目を細め、口を開く。

「ならば、古代魔法文明の系列を閲覧してみれば良い。元々、シキにはそちら系統で思い出してもらわねばならない事が多いからな」

 志希はイザークの言葉に頷く。

 古代魔法文明時代に残された、数多の遺跡。

 そこが今どうなっているかはわからないが、見つけて中に入れば財宝が眠っている筈なのだ。

 眠れる財宝の中にヴァンパイアロードに対抗する為に使える武具があるかもしれない事を考えれば、そちらを閲覧した方が良いと言われるのは道理だ。

 一朝一夕で全員がレベルアップ出来るかと言うと、そうではない。

 経験を積めてなおかつ報酬もあるかもしれない遺跡探索はかなり両方の意味で美味しいのだ。

 無論、ハイリスク・ハイリターンなのは言わずもがなだ。

 しかし、多少の無茶をしてでも経験を積まねばならないのは確かなのだ。

「うん、わかった」

 志希の返答を聞き、イザークがすっと指を板に走らせる。

 それを見た志希は、そもそもその板がなんなのか? と言う疑問を抱く。

「イザーク、それって何?」

「これが本の検索をする魔道具だ。取り出すのも、この魔道具で出来るようになっている」

 あっさりと解説をして、イザークがこちらだと促してくる。

「え? いや、だって私まだ本探してなんかいないよ?」

「どの様な本があるか分からないと思い俺がある程度見繕ったのだが、片っ端から読むのか?」

 イザークの問いかけに、志希は思わず頭を振る。

 片っ端から読むよりも、イザークお勧めの本を読んだ方が色々な意味で早そうだからだ。

 志希のその仕草に頷き、もう一度促してイザークは歩き出す。

 彼の後を直ぐに追い、来る時と同じ様に服の裾を掴んで志希も歩く。

 天井まで届く様な大きい本棚をきょろきょろと見ていると、本棚の側面に案内板が付いているのに気が付いた。

 案内には右面の上から順番に、どの系列の本が納められているのかが書かれている。

 また、本棚の途中で分類が変わるので注意まで書かれていたりと、かなり親切設計だ。

「凄いなぁ……」

「そうだな」

 志希の呟きにイザークは相槌を打ち、足を止める。

「少し待っていろ」

 イザークはそう言って、再び板に指を走らせ始める。

 すると、直ぐ右側にある本棚の上部にある装置が動きだし、物凄い早さで天井付近にある棚へと移動して行く。

 その数秒後には何か音が聞こえてきたが直ぐにそれは止まり、上部の棚付近にいつの間にか現れていた黒く大きなトレイがイザークの前まで下りて来た。

 宙に浮かぶトレイの上には大きく、分厚い本が十冊ほど乗せられており志希はごくりと喉を鳴らす。

 この本の角は、武器になる。

 そんな事を考えつつイザークを見ると、彼は志希を見て口を開く。

「トレイに付いている輪を掴み、引いて見ろ」

「へ? だ、大丈夫なの?」

 志希が及び腰で問いかけると、イザークは頷く。

 大丈夫だの一言も無い訳なのだが、イザークが言うのであれば大丈夫なのだろうと志希は頷き、そっと輪を掴み引っ張る。

 すると、何の障害も無い様に宙を滑って志希の手元へと引き寄せられた。

 志希は目を丸くしてまじまじとそれを見ていると、イザークが促す。

「それを引いてテーブルにまで持って行ける仕組みになっている。元の場所に戻す時には、取っ手の部分を軽く押せば良い」

「わ、わかった」

 イザークの説明に志希は頷きつつ、酷く軽いトレイを引っ張る。

 材質は鉄で出来ているが、表面にはびっしりと文字のような、模様の様な物が刻まれている。

 これら全て、魔術的な意味を持つ刻印だ。

 魔道具にはこれらの物が刻まれ、魔力を込められている。

 大掛かりな物になると魔力を込めた結晶をとりつけたりしているのだが、見た所このトレイにはそう言う物が無い様に見える。

 志希はトレイを観察しながら歩いていると、不意に大きな手で肩を引かれる。

「行きすぎるぞ。こちらだ」

 イザークの言葉にはっと前を見て、志希は赤面する。

 トレイの観察に夢中になっていたせいで、閲覧スペースを通り過ぎる所だったのだ。

 それなりに人がいる所で、そんな事をしたら恥ずかしすぎる。

 志希は恥ずかしそうな表情で、慌ててイザークの示すテーブルに駆け寄りそこに本を置く。

「俺も少し、読む物をとって来る」

「うん。それじゃ、ここで本を読んで待ってるね」

「ああ、直ぐ戻る」

 そう言ってイザークが大量の本棚が置かれている一角へと歩いて行く背中を見送ってから、自分の上半身ほどある大きな本を一冊、苦心しながらもトレイから降ろし本を開く。

 装丁が尋常では無く重いが、表紙を開けば後は楽なので志希はページをめくる。

 しかし、平坦な本をテーブルの上に置いて読むのは実は中々に難しい。

 椅子の上に膝立ちになり、体を本の上に置かないと上部の文字が見えないのだ。

 志希が四苦八苦していると、戻ってきたイザークが自身の読む物をテーブルの上に置き声をかけてくる。

「読みづらい様だな」

「あ、うん。でも、仕方ないよね」

 志希は頷きつつ、仕方のない事だと言うとイザークがまたどこかへ行って戻って来る。

 その手には、いわゆる書見台と呼ばれる物があった。

 しかも、志希が読んでいる本に使われる物と思しき大きさで、かなり重い筈だ。

 それを片手で軽々と運び、志希の前に置かれている本を片手で持ち上げ書見台を置いてその上に本を乗せる。

 一分もかからずそれだけの作業をしてのけたイザークに、志希は戸惑った表情を浮かべて彼を見る。

 イザークは志希のその表情に、何事も無かった様に口を開く。

「本を入れ替える時には、声をかけろ。一人では、立てかけるのすら難しいだろうからな」

「あ……うん。ありがとう」

 イザークに何か言いたい気持ちがあったのだが、何よりも一番に言うべき言葉だろうとお礼を告げる。

 すると、イザークはほんの少しだけ目を和ませて志希の頭を優しく撫でる。

「気にするな」

 志希がお礼以外に言いたい事があるのだろうと悟っているのか、そう告げてイザークは直ぐ隣の椅子に座り羊皮紙の束に手を伸ばす。

「う~……ん」

「借りだと思っておけばいい」

 いつも通りのイザークの言葉に、志希は嘆息交じりに頷くしか出来ない。

 正直、色々な借りが多すぎてどうやって返していいか分からなくなってきているのだ。

 それに何より、いつかイザークと離れなくてはいけない。

 その日の為にも、自分で出来る事は自分でやらなくてはいけないと思うのだ。

 だがしかし、志希はまだまだやれることが少ない。

 カズヤでさえまだまだだとイザークに言われている事を考えれば、道のりは遠い。

 志希はため息を零し、目の前の本に集中する事にする。

 借りを返す、恩を返すと言うのであれば今の自分に出来る事をして、なおかつやれる事を増やして行く事なのだろうと思うからだ。

 大きな書見台に置かれた本の目次を開き、ざっとどの様な事を書かれているかを確認してからページを捲る。

 一番上から書かれているのは、今からおおよそ数百年前に繁栄していた古代文明の概要からであった。

 文字を読みながら、志希はふっと気が付く。

 文章の中に違和感がある部分があったり、明確に違うと言う部分がある事に。

 それを頭の隅に留めておこうかとも思ったのだが、読めば読む程に出てくる脳内突っ込みに忘れ去ってしまいそうな気がしてきたので一旦読むのを中断し、鞄を手に椅子から降りる。

「如何した?」

 羊皮紙から視線を外し、イザークが問いかけてくる。

「メモ帳が欲しいなって思って。売店か何かないか、探してくる」

「なら、俺が行こう」

「いや、だって私の我儘だからいいよ。自分で行く」

「場所を知っている俺が行った方が早かろう。その間、何をどのようにメモをするのか考えを纏めておけ」

 イザークはそう言って、強引に志希を座らせ売店へと立ち去ってしまう。

 その背中を志希は憮然と見送り、椅子に座る。

「子供扱いされてるなぁ……私だってきちんと自分の買い物ぐらい、できるのに」

 ぶつぶつと文句を言うが、イザークの言う事は一理ある事も分かっている。

 志希よりも、比較的イザークの方が手が空いているからだ。

 そもそも図書館に来た目的が、志希が知識をきちんと知る為なのだ。

 イザークがそれを補佐するのはある意味当然なのかもしれないが、それにしても過保護にされている気がする。

 出来る事をやらなくて良いと言い、仕事をとってしまうのは如何なものかと思う志希。

 しかしその反面、少しだけ嬉しいとも思う。

 気遣ってくれている、見てくれていると感じるからだ。

 無論、その見てくれている感情は罪悪感や責任感なのであろう。

 それでも、志希と言う人物を見てくれていると感じられるのだ。

「いやいや、今考えるのはそっちじゃないって」

 思考が全く違う方向へ行ってしまったのを、志希は頭を振って修正する。

 イザークに気遣われて喜んでいる場合では無いのだ。

 先程目を通した部分にもう一度視線を戻し、最初から文字を読む。

 何をどのようにメモするかを考えながら、志希は本を熟読するのであった。

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