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神凪の鳥  作者: 紫焔
一難去って
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第七十四話

 イザーク達と合流した志希は、一度嫌がらせをしている武具店の店主とギルド幹部の姿を見てから宿に戻り引き籠った。

 体を宿の部屋に残し、志希本人の精神体は武具店の店主を見張らなくてはならなかったからだ。

 ちなみに、風の精霊の方はギルド幹部を見張ってもらっていた。

 それから数日は殆ど動きが無かった為、志希の毎日は朝昼晩の食事以外は彼らの行動を見張ると言うか覗くだけであった。

 毎日笑顔で接客する七三分けにした髪形の肥満気味な男性を見ていなければならない志希は、うんざりしていた。

 夜になれば夜になったで、高級娼館へ行って娼婦を買ったりお屋敷に戻って綺麗な愛妾やお手付きのメイドさんに酌をさせたり夜伽をさせていた。

 他人の情事を覗き見るこの状況に流石の志希も嫌悪感があったので、この辺りは悪いが風の精霊にお願いして代わってもらっていたりした。

 そんなある日の夜、店主が出かけた。

 同時に風の精霊からもギルド幹部が家に帰らず、真っ直ぐどこか違う所へと行くようだと知らせが来た。

 風の精霊にはそのまま監視をお願いして、志希は店主の後を追った。

 もっとも、今回の会合らしきものはイザーク達に直ぐに連絡せずただ監視と、会合に参加をする人間達の顔の確認だけであった。

 事前にイザーク達がデヴィと話しあい、見つけなくてはいけない物の確認を先にするべきだと言われたのだ。

 志希の特殊能力を隠す為に話し合いの席には参加させてもらえなかったのは少々不満だが、仕方が無いのだろうと思う。

 志希本人も気が付いているのだが、デヴィの様に鋭い人間の前で隠し事が出来るほど器用ではないのだ。

 なのでイザーク達に言われた通り、志希は貴族の顔の確認と、証拠の書類や品物などの場所の探索を精神体で行った。

 どうやら今の時代、精霊や志希の様な精神体の進入を拒む魔術は無いらしく、かなり楽に調査が出来た。

 そして、志希が見張りをし始めてから三度目の会合時に彼等を捕らえるべきだと言う事になった。

 大体、彼らが会合をするのは二回とも六日に一度だったので、かなりの日数がかかっている。

 これ以上日数をかけてしまうと、それでなくとも収益の無いマティアスの店が干上がってしまいかねない。

 この判断にイザーク達は同意し、志希も頷いた。

 また、この調査の間店に来ていたらしいエリックが様々な情報をミリア達に落として行ったのも決め手になった。

 エリックが調べた結果、武具店に協力していたのは男爵と言うそれなりの地位にあった人間であった事。

 そして、その男爵は自身の資産を増やして行くのに武具店に出資し、ギルド推薦印を得て更に店を大きくして王都の騎士達の鎧や武器の製作や手入れを一手に引き受けるつもりであった事を知った。

 そしてその為にマティアス達に罪をでっち上げて店を潰し、彼ら兄弟を投獄する動きを始めていたのだ。

 男爵の独断で推し進められているその計画には、武具店の方に主に意識を割いていた志希は気が付かなかった。

 何かやるのであれば、武具店の店主の方だろうという先入観が邪魔をしたのである。

 また、この事により男爵とその他数人の子爵や男爵が協力している事も判明し、かなり大がかりな捕物になることが確定してしまった。

 その為、デヴィが予定より早くエリックに情報をリークし、下準備をさせる動きに入った。

 ギルド幹部も不正をしている為、ギルドマスターがどの様な処罰をさせるかの指令書なども準備された。

 水面下での動きを気が付かれる事なく、会合の日は訪れた。

 男爵、ギルド幹部、武具店の店主が全員が高級娼館に入ったのを志希が確認してから、全員がそれぞれ配置につき連携をとって突入した。

 この不意を衝いた突入に彼等は反応する事も出来ずに捕縛され、引き立てられて行ったのであった。

 同日、男爵と結託していた他の貴族達も捕縛されたと同時に証拠を押収され、言い逃れができない所まで言ったそうだ。

 貴族方面はエリックが家の名前や伝手を使い、全て調べ上げていたそうだ。

 このおかげでめでたくマティアス達の店は材料を卸してもらえるようになり、少し経てば武具店として営業を再開できるようになったのであった。


 大捕り物があってから最初の数日は、志希達は宿で体を休めるのに専念した。

 何せ一月近くマティアスの店の護衛や調べ物につきっきりだったので、体も心も休まる事はあまり無かったのだ。

 それでなくともこの王都に到着して直ぐに事件に巻き込まれ、ろくに体を休める事も出来なかったのだ。

 もっとも、マティアス達からの依頼料は志希達が飲み食いした分しか出ていないので、基本的に今回の事件は赤字であった。

 だがしかし、今回はギルド幹部の不正と言う事態もあったので特別報酬が出された。

 これにより、金銭的には暫くのんびりと過ごす事が出来るようになったのである。

 しかし、元々目的があるミリアとアリアは直ぐにイザークとカズヤと共に鍛錬をしたり、瞑想や魔術の研究等の為に外出するなど活動を再開した。

 今日も双子は外へと出かけている状態である。

 朝食も済ませた志希は、今日はどうするかを考える。

 双子が活動を再開するのに合わせて志希もギルドに出かけ、街中で出来る簡単な依頼をこなしていた。

 評価を稼ぎながら小銭を稼ぐのと、経験を積む為に行動をしなくてはと奮起したのもある。

 一番経験が少なく、足手纏いになりやすいと自覚しているので志希は志希なりに頑張っているのだ。

「今日も、依頼受けるのか?」

 カズヤの問いかけに、志希は頷く。

「う~ん……考え中。今日はゆっくりと、目的の図書館へ行こうかなって思ってる」

「は? 何で今更図書館よ。お前、色々と識ってるんだろ?」

 カズヤの呆れた言葉に、志希は苦笑する。

「いやぁ、切っ掛けが無いと思い出せないって前に言ったでしょ?」

「あ……そうだっけか」

 カズヤはすっかり忘れていたのか、考える様に腕を組む。

「うん、そう。私の知識って司書のいない図書館って感じでさ、あちこちに適当に置かれてて整理整頓されて無いの。だから、それを整頓する為に切っ掛けを作らないとだめなんだよね」

 だから、志希本人が図書館へ行って改めて本を読み知識を思い出し、身に着ける必要があるのだ。

 カズヤは何とも言えない表情で志希を見ていると、イザークが嘆息を零す。

「元々、それも目的として動きやすいこの国を選んだのだが」

 イザークはそうカズヤに補足して、食後のお茶を飲んでいる。

 カズヤはそうだった、そうだったと頷き困った表情を浮かべる。

「シキ、図書館の場所知ってるか?」

「え? ……あ」

 問われた志希は、自分が図書館の場所を知らないのに気が付き絶句する。

 カズヤは小さく唸り、腕を組む。

「オレ、最近指先を動かしてないからよ……ちょっと感覚が鈍ってるような気がしていてな。ギルドの方で、ちょっくら鍵開けやら罠解除の練習に行くつもりなんだ。だから、鍛錬の方は休みって事で話しをしてるんだけどよぉ」

「あ、うん。こっちは気にしないで良いよ。カズヤの指先が鈍る方が、遥かに問題だし」

 志希はそう言って手を振りながら、今日の予定をどうするか悩み始めると。

「俺が案内しよう」

 イザークがそう、志希に申し出る。

「え?」

「あ、そうだな。どうせイザークもここ最近鍛錬ばっかりだったしよ。たまには、図書館で頭を使ってくりゃ良い」

 志希の驚いた声をかき消す様に、カズヤが手を叩いて賛成する。

「んじゃ、オレも安心してギルドの方に行けるぜ。イザーク、シキ、またなー!」

 カズヤは自身のお茶を飲み干し、いそいそと立ち上がって食堂を出て行く。

 その背中はとても楽しそうで、志希はカズヤが盗賊と言う今の職に誇りを抱いているのだと感じられた。

 元々は不本意だった道を、今は誇りを持って歩けると言う事に志希はほんの僅かだけ羨ましさを感じる。

 いつの日か、今の自分を誇る事が出来るのかと俯く。

 気分が落ち込んできた志希の頭を、不意にポンポンと撫でる大きな手。

 志希は驚き、思わず顔を上げる。

「食事が終わったからな、直ぐにでも出るか?」

 問いかけてくる声音が優しく感じられた志希は、思わず頬を染めて小さく頷く。

「うん。鞄、取って来るね」

「分かった」

 イザークの首肯に志希はパタパタと立ち上がり、部屋に戻る。

 一人用の部屋なので若干狭いが、志希の体格的には丁度良くかんじる。

 部屋の中で、取り敢えずお財布と護身用の長棍を持って行こうと手を伸ばして、はたと自分の服を見下ろす。

 図書館に行こうと思っていたとはいえ、今の服は街中の依頼をする時の服装だ。

 イザークと一緒に外出するのに、この格好はあんまりなのではと眉を潜める。

 少しだけ迷ってから、志希は服をしまっている大きな鞄を開けて中から服を取り出す。

 街の中で過ごす時にしている普段着の中でも、少しだけお洒落なものだ。

 若草色のチュニックを着てからサイハイソックスに足を通しガーターリングで留めてから、茶色のショートパンツを穿く。

 正直、ガーターリングだと太ももが痛くなったりしそうだと思っていたのだが、思ったよりもきつくないのに志希は安心する。

 その後は大急ぎでお財布と、帰りに公衆浴場に寄る予定なので鞄に着替えとお風呂セットを入れて肩からかける。

 長棍を持って扉を開けると、丁度イザークが通りかかっていた。

 服装はいつもと同じようだが、若干違う。

 いつも背中に背負っている大剣は無く、腰に黒い鞘に納まっている長剣が下げられていた。

 鎧も外し、いつもよりも若干きちっとした印象を受けるシャツを身につけている。

 外套も要らないほど外は温かいので、恐らく脱いで来たのだろう。

 先程までよりもかなりラフな姿に、志希は思わずイザークに見とれてしまう。

 そんな志希の様子に気が付いていないのか、イザークは志希をまじまじと見て口を開く。

「長棍は置いて行って良い。治安の悪い所に行く予定はないからな」

「あ、うん。分かった」

 声をかけられ、志希は正気に戻って頷く。

 部屋の奥に長棍を置き、廊下に出て扉を閉めて鍵をかける。

 鍵は肩から掛けた鞄の隠しポケットに入れ、口を閉じる。

「良い鞄だな」

 イザークは志希の行動を見ながら、ぽつりと呟く。

「うん。ミリアとアリアが教えてくれたお店で、買ったんだ」

 フェイリアスの王都で行った、貴族向けのお店で見つけた品物であった。

 この世界の裁縫技術はかなりの物だが、現代日本と比べるとまだまだだ。

 だが、そんな中でも様々な工夫をしているらしく、志希が持っている鞄もその一つらしい。

 大きめで、腰から下げる鞄だがなめした革で出来ている。

 内側には大小様々なポケットが付いているが、大きな荷物を入れても大丈夫なようになっている。

 外側は袋の口を覆う様に大きく布が被さり、ホックで留める事で鞄の中を守ると言う形になっているのだ。

 志希の世界で言えば、通学などに使う様なショルダーバックと言った方が分かりやすいだろう。

 肩紐もきちんと調節できるようになっているのは珍しく、少々高めなのだが志希はこれ以外考えられないと購入したのである。

 志希は肩から掛けた鞄に嬉しげな笑みを浮かべイザークを見上げると、彼は小さく笑みを浮かべてそうかと頷く。

 その表情に志希の頬に朱が上り、動揺してしまう。

 最近の自分はおかしい、と志希は思いつつ取り敢えず動揺を誤魔化す為に問いかける。

「準備はこれで出来たけど、イザークは?」

「俺も、準備は出来ている」

 そう言って、肩にかけている袋と腰に差している剣を示す。

 イザークも志希と同じく、帰りに公衆浴場に入るつもりなのだろう。

 その為の準備もしっかりとしていて、志希は小さく笑って歩き出す。

 二人で連れ立って宿を出て、大通りへと出る。

 街中は相変わらずにぎやかだが、志希はこの喧騒にも何とか慣れて来た所だ。

 行きかう人の波を避けながら、イザークの後ろを志希は着いて歩く。

 志希はマティアスの所にいる弟子の子供たちと比べても、身長が低い。

 その為、人ごみの中に入ると迷子になりやすいのだ。

 無論、その様な事になったら精霊に力を貸してもらって仲間を探せば良いだけである。

 そんな事を思っていると、イザークが足を止め振り返る。

「左側の服の裾を持ってくれ。はぐれる心配が無くなる」

 イザークの言葉に、志希は頷いてそっと左側の服の裾を掴む。

 それを確認したイザークは、歩きだす。

 身長も違えば歩幅も違うのだが、イザークは志希に合わせて歩調を調整して歩く。

 志希はイザークの気遣いに胸がほっこりと温かくなるのを感じ、思わず頬を緩める。

 正直、イザークがこの様な形でエスコートしてくれるとは思わなかったのだ。

 彼は常に両手を空けておく事が多く、余程の事が無い限り片方の腕を塞ぐ事は無い。

 だからこそ、イザークの動きの邪魔になるかもしれないこの形を取った事に驚くと同時に、少しだけ嬉しくなったのだ。

 こうしていると、ほんの少しだけデートと言う物をしているような気持ちになる志希。

 元の世界に居た時から恋愛とは疎遠で、年齢イコール彼氏いない歴であった。

 そもそも、男性と手を繋いだりずっと同じ時間を過ごすという感覚が良く分からなかったのだ。

 恋愛の好きと、親愛の好きの違いが分からない。

 もしかしたら恋愛の好きだったのかもしれない、と思った瞬間はあった。

 しかし、それも一瞬の事でしかない。

 そう思った相手は恋人ができ、志希はそれを素直に祝福した。

 胸の痛みも切なさも何も感じる事なく、本当に良かったとしか思えなかったのだ。

 過去を振り返りながら、そっとイザークを志希は盗み見る。

 イザークは相変わらず前を見て、ゆっくりと歩調を合わせて歩いてくれている。

 その横顔も整っており、美人だと志希はドキドキする。

 志希はいつも、イザークにさりげない優しさを感じていた。

 男らしさを併せ持つ美貌に、低く耳に心地よい声音。

 それら全てが、不意に志希の胸を高鳴らせる。

 ただ、ドキドキして落ち着かない気持ちにはなるが、一緒にいて嬉しくなるとしか分からない。

 これがなんなのか分かる時が来るのだろうか、志希はそんな事を考える。

 不意に、視線を感じたのかイザークが志希を見る。

 かちあった視線に志希は一瞬目を逸らそうとするが、イザークが目を和ませる。

「もう少しで図書館だ。疲れているだろうが、辛抱してくれ」

「うん、分かった」

 疲れたのかと勘違いしたのか、イザークがそう声をかけてくれる。

 志希はそれが嬉しくて、小さく照れ笑いをしながら頷いた。

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