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神凪の鳥  作者: 紫焔
フェイルシア王国
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第七十三話

 帰宅したカズヤとイザークの分のお茶も淹れ、皆で椅子に座る。

 先程のびりびりした空気が気のせいの様に静かで、志希はある意味怖くなる。

 この静かさは、嵐の前のなんとやらと言うやつなのではないだろうか。

 そう思えてならないのだ。

 自分の考えに自分の胃が何となく痛くなり始め、涙目になりつつそっとイザークとエリックを盗み見る志希。

 二人は先程の険悪さが嘘のように、何事も無い表情をしている。

 これが更なるストレスを志希に与えている訳なのだが、そんな事はこの二人には分からないだろう。

 そんな事よりも、情報収集にめどが立ったと言うイザークと話しがあると言って訪ねてきたエリック。

 どちらから話を聞くべきかと、志希が考えていると。

「取り敢えず、この人誰だ?」

 カズヤがあっさりと口火を切る。

「これは、ご挨拶が遅れました。私はエリック・アルフォード。衛士隊長をさせていただいてます」

「ああ、ならず者達を捕らえてくれたって言う隊長さんか。それで、その隊長さんがなんの用で?」

「実は……」

 カズヤが全く悪びれもせず、何の用で来たのかを問いかけた事にエリックはあっさりと答える。

 先程語った内容と、ほぼ全く変わらないものだ。

 そして、先程志希がイザーク達を迎えに行ったため中断していた話にまで及ぶ。

「恥ずかしながら、この度の件は貴族が関わっているのは間違いないでしょう。無論、それは此方でも調べさせていただきます。衛士に調査の権限が無いと言われようとも、私個人の伝手がありますからご安心ください」

 エリックのこの言葉に、マティアスは涙ぐみ頷く。

 カズヤは感心した表情を浮かべ、エリックからイザークへと視線を移す。

 イザークはほんの少しだけ片眉を上げ、何事かを考えていたが口を開く。

「立ち居ふるまいから貴族だと推測していたが、爵位を聞いても?」

「私個人の爵位はまだないが、父が伯爵位をいただいている」

 エリックの返答に、なるほどと目を細めるイザーク。

「アルフォード伯爵家の子息か。なるほど」

 ある意味父親の威を借りているのであろうが、それでもそれを個人の利益では無く不正を暴く為に使うと言うのは珍しい。

 それに対してなのか、イザークは若干満足そうな表情を浮かべている。

 だが、エリックは片眉を上げイザークを見る。

 イザークの態度はが気に触ったのか、その表情は若干険しい。

「何か?」

 問いかける声も棘を含んでいるが、失礼にあたらない程度の物だ。

 イザークはその彼に一つ頷き、口を開く。

「父君には以前お会いした事がある。勇猛な騎士にして、指揮官だった。その子息に相応しい気概と考えを持っている様で、つい懐かしく思っただけだ」

「え!? イザークって貴族の知り合いがいるの!?」

 志希が思わず突っ込むと、カズヤが手を振る。

「あのなぁ。イザークの交友関係を思い出せよ、シキ」

「あ……うん、そうだったね」

「納得です」

「何より、イザーク自身の腕が確かだもの。指揮官だったって言うんだったら、一度その伯爵さまの下で働いた事があるのでしょう?」

 納得する三人に苦笑しながら、ミリアがイザークに問いかける。

「ああ、ある。今から十五年……二十年前か。冒険者ではあったが、傭兵の仕事の方を主にしていたからな。その関係で、一度最前線に出る現アルフォード伯爵の指揮に入った事がある」

 イザークの言葉にエリックが目を丸くし、次いでなるほどと頷く。

「それは失礼した」

「いや。それよりも、仕事は良いのか?」

 折り目正しく謝罪するエリックに頭を振り、次いで問いかけるイザーク。

 そう言えば、と志希は思う。

 エリックがこの場所に来てからバタバタしていたが、そろそろ半刻は立つ筈だ。

 見回りの仕事をしている筈のエリックが、いつまでもこんな所で油を売っていてはまずいのではと志希を含め全員でエリックを見る。

 エリックもそれに気が付き、さっと青ざめ立ち上がる。

「も、申し訳ない! 随分と長居してしまった故、今日はこれで失礼する。何かあれば衛士隊詰所の方まで足を運んでほしい」

 そう言って、挨拶もそこそこにエリックは慌てて出て行く。

 思わず志希は立ち上がり、見送りをしようとするとイザークが肩を掴んで止める。

「見送りをする必要はなかろう」

「そうそう。急いで出て行ったんだからよ、邪魔をしたら悪いだろ?」

 イザークとカズヤの言葉に、志希は確かにと頷く。

 急いでいる時に態々見送りに来られたら、気を使ってしまうのは確実だ。

 失礼な気もしたが、志希はおとなしく二人の言う事に従い椅子に座る。

 何とも言えない表情をしているのはマティアスとヨルンな訳だが、イザークもカズヤもそれに気にせず話しを進める。

「しかし、すんげぇ良いタイミングでいい話を聞けたわ」

 カズヤはニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべ、言う。

「へ?」

 志希が思わず声を上げると、カズヤの笑みが苦笑に変わる。

「オレら、情報を集めてただろ? それで、嫌がらせをしていた相手やら協力者やらが分かったんだよ。だから、イザークが目処が立ったって言ったんだ」

 告げられた言葉に驚いた表情を浮かべ、思わず席を立つマティアスとヨルン。

「ほ、本当ですか!?」

「ああ」

 興奮するマティアスにイザークが頷き、カズヤが説明する為に口を開く。

「まず、嫌がらせを指示していたのはここに引き抜きをかけて来ていた店の主だ。しかも、こいつは個人的な伝手でとある男爵家と繋がっていた。で、その男爵に話を持ちかけられて不正に手を染めたギルド幹部。この三人だな」

 あっさりとした説明に、ヨルンが恐る恐る問いかける。

「そ、その……何故、それをアルフォード衛士隊長に言わないのか聞いても?」

「ん? ああ、いやな……多分、貴族側を捕らえるのにあいつが加わるのは間違いねぇンだわ。だが、今話をしちまうとこっちの段取りを無視して行っちまうだろ? それは流石に、まずいんだ」

 カズヤの困った表情に、マティアスもヨルンも訳が分からないと言った表情を浮かべる。

「一斉にギルド側の人間も捕らえなくては、証拠を隠滅されたり逃げられる可能性がある。出来るだけ、奴らが一堂に会した際に証拠もろとも身柄を拘束するのが望ましい」

 イザークがそう補足すると、なるほどと二人は頷く。

「それじゃ、その一堂に会する時期って言うのを調べてあるんだ」

「これ以上はまぁ、まだ調べられてねぇ」

 志希の問いかけに、カズヤが苦笑しなが答える。

「え? だって、目処が付いたって……」

「この先は調べられなかったんだよ。会合も知られない様に不定期でやっている上に宿も現在調査中だ。まぁ、わりとすぐ見つかるだろうけどな」

「なら、安心かな?」

 志希の呟きに、若干カズヤが申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「あー……まぁ、安心と言うかなんというかだな。この先はシキにも働いてもらわねぇとだめ見たいでよ」

 カズヤの問いかけに、志希はきょとんとする。

「私?」

「そう」

 訝しげな表情を浮かべる志希に、イザークは声をかける。

「少々きついかもしれないが、適任はシキだけだと俺とカズヤは判断した。やるやらないは、お前次第だ」

 イザークの言葉に、志希は首を傾げて眉根を寄せる。

 働いてもらいたいと言う割に、内容を言わない。それは何故なのか、志希は考えて気が付く。

 志希の能力を使い、恐らくその店主やギルド幹部を探りたいのだろう。

 風の精霊を介すれば志希は、どんな遠くの情景でも見えるし知る事が出来る。

 精神体だけでの行動も出来るのだから、特定の人間の行動等は顔さえ知っていれば志希は人知れず追跡する事が出来るのだ。

 その特異性を考えれば、多くの冒険者と接するマティアスやヨルンの前で志希の能力を使った調査の話しは出来ないだろう。

 志希はそこまで理解し、頷く。

「分かった。それじゃ、今日は私も出かける?」

 志希の問いに、イザークは若干の間を開けてから頷く。

「悪いが、今日からこの店を護衛するのはミリアとアリアの二人にやってもらう事になるが……大丈夫か?」

「もちろん、大丈夫よ」

「任せておいてください」

 ミリアとアリアは微笑んで頷き、胸を張る。

「それじゃ、このお茶を飲んだら行くからよ。シキも、荷物とかまとめておけよ」

 泊まりがけで詰めていたので、志希達は荷物を少し持ちこんでいたのである。

「うん。まぁ、少ないから大丈夫だとは思うけどね」

 そう言って、志希は自身の分のお茶を飲み干して立ち上がる。

「それじゃ、荷物を纏めて持ってくるね」

「おう、あんまり急がなくて良いからな」

 カズヤの言葉に頷きつつ、女三人で使わせてもらっている部屋に入り自分の荷物を手早くまとめる。

 もともとそれほど多い荷物ではないし、洗濯もさせてもらえていたので汚れ物も少ない。

 小さく息を吐き、志希は取り敢えず羊皮紙を取り出す。

 木で漉いた紙もあるが、そちらはかなり高価なので普通は羊皮紙と呼ばれる羊の皮で作った紙を使用する。

 それに精霊がこの家にまだ索敵の網を張っている事と、客が来た時等には風の精霊が小さな風を耳元で吹かせるので気が付いて欲しいと言う事を書きとめる。

 精霊使いでは無い人間に精霊の知らせを教える為には、合図を決めた方が良いのである。

 志希はそう思い、風の精霊に手間だろうけれどとお願いしておく。

 やるべき事を確認してから、志希は荷物を持って部屋を出る。

「遅くなったかな?」

 声をかけつつ戻ると、いつの間にか出されたお茶菓子をカズヤが口一杯に頬張っていた。

 イザークはそんな彼に対して若干呆れた様な目を向けていたが、志希を見て頷く。

「いや、大丈夫だ。カズヤ、食い意地が張るのは良いがそろそろ行くぞ」

 カズヤはイザークの言葉にもごもご何かを言おうとして、口の中の食べ物が邪魔で言葉が話せない。

 小さく唸ってから、大人しく口の中の物を咀嚼しながら頷く。

「それじゃ、色々とメモしたのとか置いておいたから見てね」

 志希はもう行くつもりなのであろうイザークとカズヤの様子にミリアとアリアに告げ、テーブルを見る。

 先程まで使っていたカップを下げようと思ったのだが、いつの間にか消えていた。

「あ、シキさんが使っていたカップは片づけましたけど……」

 志希の視線の意味に気が付いたアリアがおずおずと言うと、志希は慌てて頭を振る。

「ううん、ありがとう。荷物纏めたら片付けようと思ってたから、助かった」

「そうですか」

 良かったと安堵するアリア。

 志希も助かったと小さく笑うと、カズヤとイザークが椅子から立つ。

「んじゃま、行こうぜ」

「また明日、顔を出す」

 カズヤとイザークの言葉に頷き、志希はミリアとアリア、それにヨルンとマティアスの方を見る。

「それじゃ、一先ずお世話になりました」

「いや、こちらの方こそお世話になりっぱなしで申し訳ない」

「引き続き、色々とお願いいたします」

 二人は志希の言葉に頭を下げ、志希は慌てて手を振る。

「いえいえ、私の力なんて微々たるものですからあまり期待しないでください。カズヤやイザークの方が、こういう時凄いですから!」

 志希はそう言って、そそくさと部屋を出て行く。

「おいおい、一人でさっさと行くなって!」

「では、邪魔をした。明日、何か分かればまた来る」

 カズヤは慌てて志希を追い、イザークは言葉少なく告げて立ち上がる。

 かなり急な出発にわたわたと慌てるマティアス達をミリアとアリアが宥める声が聞こえるが、イザークは特に気にせず志希とカズヤを追って店を出るのであった。

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