第七十一話
志希は引きつった表情を浮かべつつ、目の前で物凄く気合を入れて衛士達の指揮をとる男性を眺める。
デヴィの言う通り、やる気に溢れている。
物凄く溢れすぎて、暑苦しく感じる志希。
しかし、今まさにマティアスの店からならず者達を引き取ってくれているので、文句は言えない。
衛士が来てくれたと言う事でマティアスとヨルンが店の中から顔を出すと、それに気が付いたらしい隊長は兜を脱ぎ二人の前に駆け寄る。
「ここの店主であられるか?」
やけに丁寧な物腰で、男性が声をかける。
金髪に碧眼で、若干彫の深い深い顔立ちの男性はどこか気品がある。
「は、はい」
突然声をかけられたので動揺しつつマティアスが頷くと、男性は頭を下げる。
「同じ衛士として、あなた方に謝罪いたします。本当に申し訳ない」
「え、いえ……こうして動いてくだされば、私達からは何も」
マティアスは思わずそう答え、ヨルンが若干胡乱とした目で兄を見る。
「いえ、そう言う訳には参りません。このたびの事は私から大隊長の方へと報告いたしますので、二度と同じ事が起きないと約束いたします」
マティアスの甘い言葉にきっぱりと隊長は言い切り、顔を上げて兄弟を見る。
兄弟よりも背が高い隊長は優しげな笑みを浮かべ、口を開く。
「今回の事だけではなく、このならず者達から背後関係をしっかりと洗いだしますのでご安心ください。私、エリック・アルフォードの名前で誓います」
この言葉にマティアスは目を丸くし、ヨルンは口を開けてしまう。
「い、いえそんな……!」
慌てたヨルンの声は裏返っていて、志希は何事かと彼等を思わず見てしまう。
焦った表情を浮かべるヨルンと、呆然とした表情を浮かべるマティアス。
志希は首を傾げて眺めていると、エリックと名乗った衛士隊長がマティアスに語りかける。
「こちらの店はかなり腕が良いと評判を聞いています。そのようなお店がいわれの無い暴力を受けている等、見過ごす事はできません」
そう言ってから、彼はちらりと志希とミリア、アリアを見る。
何か用事があるのかと志希は首を傾げて見ていると、やおら眦を釣り上げてエリックは言う。
「それに、幼い子供や女性を危険な目に合わせる等私にはできません」
どこか批難を含む言葉に、志希は思わず手を振る。
「いえいえ! 私、冒険者で成人してますから!」
志希の言葉にエリックは驚きに目を瞠り、志希をまじまじと見る。
「驚きの所悪いけど、シキは成人済みよ。ちょっと亜人の血を引いているみたいで成長が遅かったり目色が変わっているだけよ」
ミリアもそうフォローしながら苦笑する。
「わたしはエルシル神の神官戦士のミリア」
「わたしは、塔の学院に所属する魔術師のアリアです」
双子はそう言って、志希の隣に並ぶ。
「シキは精霊使いだし、護身用に長棍も扱えるわ」
「わたし達は、シキさんに助けられたことたくさんあるんですから。見た目で判断するのはやめてください」
ミリアとアリアの反論に、エリックはむっと唸る。
志希はミリアとアリアの言葉に感激しつつ、エリックに胸を張る。
「冒険者だから、護衛をさせて欲しいってこちらから言い出したんです。最初、マティアスさん達は乗り気じゃなかったんですから」
だから、マティアス達を責めるなと言外に告げる志希。
エリックはその意味を読みとったのか、そうかと険しい表情を緩める。
「そもそも、この様な事になったのは衛士達が働かなかったのが原因でしたね。それなのに、この様な事言うとは私もまだまだ未熟」
うむ、とエリックは頷きマティアス達にもう一度頭を下げる。
「貴方達を侮辱する様な事を言って申し訳ない」
「い、いえ……」
マティアス達は力なく苦笑し、頭を振る。
実は、マティアスやヨルンは女性陣をあまりあてにしていなかった。
警護出来る、とは言うがどう見ても一番強そうなのはイザークで、その彼が情報収集に出て行っている。
カズヤは盗賊だが、かなりの腕を持っている様に見える。
一方で女性達の方は、戦えるとはあまり思えなかったのだ。
ミリアはエルシルの神官戦士だとは言うが、神官としての位の方が高く見えるのと気品が滲み出ているので戦士には見えなかった。
志希は見た目と言動が幼く感じるし、他のみなよりも華奢である為どうして連れているのかが分からない程であった。
女性達の中で、唯一当てにできるとしたら塔の学院に所属している魔術師であるアリアだけだろうと思っていたのである。
ところが、蓋を開けてみれば誰よりも早くならず者達の気配を察知し、志希は外へと飛び出て行った上に一人でならず者達の半分近くを倒して気絶させてしまった。
アリアは姉のミリアを囮に使って壁の反対側に居たならず者達を魔術で寝かせ、その後拘束した。
ミリアは囮となった際に、鞘をつけた長剣でならず者達をいなしていたのだ。
見た目で判断すると、痛い目にあうと言う見本の様であった。
マティアスとヨルンも彼女達を見た目で判断していたので、エリックの謝罪を素直に受け取るのは流石に難しいのである。
だが、エリックはそんなマティアス達の内心など全く頓着せず、直ぐにミリア、アリア、志希の三人の前へと足を運び頭を下げる。
「侮辱してしまい、申し訳ない」
暑苦しい性格をしているが誠実なのであろう行動に、ミリアはにこりと笑う。
「いいえ、分かってくれればいいんです」
ミリアはそう言って、志希をちらりと見る。
志希はミリアに頷き、感謝の笑みを浮かべる。
見た目が幼いのは、相手に侮りを抱かせる。
それ故、志希が何を言っても相手は無意識で見下したり、本当の事だと聞きいれたりしづらくなってしまうのだ。
なので、見た目から大人であるミリアとアリアが色々とフォローしてくれたのである。
「取り敢えず、彼らの取り調べをしっかりとしてくださいね」
志希はそう言って、顔を上げたエリックに言う。
「もちろんです。それが私達衛士の仕事ですから」
己の仕事を誇っているのか、胸を張り自信満々にエリックが応える。
見た限り貴族と言った物腰をしているのに、庶民の相手が多いこの仕事を誇っている事に志希は感心する。
貴族は基本、騎士等を目指す。
それからはぐれてしまった者は、あまり真面目に働かず腐るのが多いという印象があった。
しかし、エリックのやる気と熱さは衛士と言う仕事が好きなのだろうと感じさせる。
暑苦しさはマイナスだが、その仕事への情熱は好感を抱かせた。
「隊長、準備できました!」
部下の一人らしき衛士が敬礼しながら、エリックに報告する。
「そうか、ご苦労。手伝わなくてすまんな」
「いえいえ、気にしないで良いっすよ。それじゃ、連れて行きます」
「ああ、私も直ぐに後を追う」
部下の衛士が軽口をたたきつつ会釈し、縄で繋がれたならず者達を連行しに行く。
やけに軽いやり取りに目を白黒させるミリアとアリアにエリックは生真面目な表情を浮かべて会釈をして、マティアスとヨルンにここを巡回すると言うむねを告げて足早に去っていった。
「はぁ~……良い人なんだろうけど、暑苦しい人だったねぇ」
志希は思わず呟く。
「本当ねぇ」
「でも、間違いなく貴族の方ですよね。アルフォードって家名でしょうし」
エリックとその部下達が立ち去った方向を見ながら、ミリアとアリアは頷く。
それを聞きつけたヨルンは苦笑する。
「ああ、皆さんはこちらに来たばっかりでしたね。あの方、エリック・アルフォード様は衛士の隊長をやっていますが伯爵家の三番目にお生まれになった男子です」
「へぇ。でも、何で衛士?」
志希は思わずヨルン問いかけるが、彼も分からないのでさぁと肩を竦める。
「珍しいわね。貴族の三男と言えば騎士や文官を目指す事の方が多いのに、衛士なんて」
ミリアはそう言いつつ、店の方を向いて歩きだす。
「確かに、そうですね。貴族の方で、衛士関係のお仕事につくのってかなり珍しいですよね」
ミリアの後に続きながら、アリアも頷く。
「たまに、こういうのはあるんですよ。でも、大概衛士の仕事をそれほど真面目にしてくれないと評判がたっちゃうんですけどね」
「へぇ。それじゃ、エリックさんは好きでこの仕事に就いたのかな? 凄く真面目な勤務態度みたいだし」
「多分、そうだと思いますよ。エリックさんが来てから、だらしない衛士達がしゃきっとして働くようになったと評判ですし」
「あら、それじゃ隊長としてかなり優秀なのかもしれないわね」
ヨルンの言葉に、志希やミリアは感心しながら店の中へと入る。
「隊の方も動きが機敏でしたから、部下を良く育てていらっしゃるのでしょうね」
アリアもまた、先程見たエリックの部下達を思い出しながら言う。
軽口は叩くが、仕事ぶりは隙など無くきびきびとした動きであった。
よく訓練されているからこその動きなのだろうと志希もうんうんと頷き、扉を閉めた。