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神凪の鳥  作者: 紫焔
フェイルシア王国
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第七十話

 情報収集を終えて帰ってきたカズヤとイザークを交えて改めて話をした結果、志希達はそのままマティアスの護衛を継続する事になった。

 何せ情報収集が得意なのはカズヤとイザークで、志希やアリア、ミリアの女性組三人はその辺りに疎かったのだ。

 さらに、志希は見た目が幼くて相手になめられる。

 そしてミリアとアリアは美人で、なおかつ公爵姫であった事に由来する気品を持っているが為、情報収集には不向きなのだ。

 この事から、交代しての護衛ではなく完全な役割分担をした方が良いとなったのであった。

「んじゃま、今日もオレらが行ってくるけどよ……本当に女ばっかりで大丈夫か?」

 と、カズヤが物凄く心配そうに問いかける。

「大丈夫よ。わたしの剣の腕は良く分かっているでしょう?」

「そうですよ、カズヤさん。それに、姉さんが気を引いている間に魔術で寝かせる事も出来るのですから、安心して行ってください」

 笑顔のミリアとアリアの言葉に、それでもカズヤは心配そうだ。

 玄関先でのこのやり取りは、志希達が護衛だけをすると決まってから何度かされている物だ。

 カズヤが心配性だと思いつつ、美人姉妹に囲まれているカズヤの姿に微妙な表情を浮かべる志希。

 ちなみに、一緒に玄関先に居る子供たちは胡乱とした目でカズヤを見ている。

 この子供たちはマティアスの所で作業を手伝ったり、弟子入りしている子供たちだ。

 彼等は元々は孤児で、カイを頭に集団でスリや窃盗をしていたそうだ。

 こちらの世界には、孤児院は驚くほど少ない。

 また、何故か孤児院に入れるのは顔の良い子供か頭の良い子供だけらしいので、それ以外の子供はみな捨て置かれているのだ。

 ご飯を食べれないが為に盗みをしていたのを、マティアスとヨルンが声をかけて仕事を与え、自身の技術を教えて更生させているのだ。

 職人になればある程度の仕事には困らないし、冒険者になるのであれば武具の目利きや手入れが重要になる。

 武器や包丁など刃物を研ぐ技術があれば、田舎であれば重宝されてそのまま住みつくことも可能なのだ。

 手に職を付ける、と言う事は生きて行く上で重要な物なのである。

 今回、カイを筆頭に子供達がマティアスやヨルンの役に立ちたいと言う事で、子供達も情報収集に出かける事になったのだ。

 もちろん、危ない事はしないと約束させている。

 元々は裏の道を生きていた子供達だけに、その辺りは強かだろう。

「カズヤさん、良いから行こうぜ。あんまり遅くなると、あいつら今日の仕事に行っちまう」

 カイがそうカズヤに声をかけ、イザークを見上げる。

 子供達の中でも、イザークが一番だと言う認識があるのだろう。

 カズヤよりイザークに従っている子供が多い。

「ああ……じゃ、留守番頼んだぜ」

「うん、イザークとカズヤも気をつけてね」

 志希はそう声をかけ、手を振る。

 心配そうな表情を浮かべて出て行くカズヤを見送りつつ、ミリアが息を吐く。

「カズヤが心配するのは、分かるのよね。ここ数日、全く来る様子が無いんですもの」

 ミリアの言葉に、こくりと志希は頷く。

 マティアス達の話によれば、日を開けずにならず者達が来ていた。

 だと言うのに、志希達が店を訪ねて来た日からぱたりと音沙汰が途絶えたのだ。

「不気味ですよね。音沙汰がない……何か、良からぬ事をしでかしそうです」

 アリアの呟きに志希は同意しつつ、風の精霊達からの声に耳を傾けている。

 店の護衛をするようになってから、志希は精霊達にお願いして周辺の警戒をしていた。

 この店に敵意を向ける人間が居れば、教えて欲しいと条件付けをしているので人が通りかかるたびに精霊が騒ぐと言う事は無い。

「まぁ、大丈夫だよ。一応いつものお願いしてるし」

 志希はそう二人に告げ、からりと笑う。

「……まぁ、よっぽどの事はしてこないわよね。王都の中だし」

 ミリアもそう笑い、まだ心配そうな表情を浮かべているアリアの背中をポンと叩く。

「もう、能天気ですね」

 嘆息交じりにアリアは言いながら、玄関にカギをかけて部屋へと上がる。

 女性三人の寝泊まり用にと一部屋を開けてくれたヨルンは、現在マティアスと一緒に寝起きしている。

 二人は早朝から起きて、それぞれ作業をしていた。

 マティアスは仕入れてとり置きをしていた布で、クロースアーマーの製作をしている。

 ヨルンは鍛冶場の掃除をしたり、道具の手入れをしている。

 女性三人は特に気にしていなかったが、マティアスとヨルンは女性が長期で滞在するのが初めてなので、身の置き所が無いので仕事場に籠っているのだ。

 そんな事とは露知らず、志希達は仕事熱心な人達だと感心している。

 彼等が仕事場から出てくるのは、食事やお手洗いなどの書用事がある時くらいである。

 護衛する方としては、ある意味楽だ。

 そんな事を思いつつ、食事に使った食器を洗う志希。

 詰めている間は共同生活なので、家事等の分担をしているのである。

 買い出し等はイザーク達がして来てくれるので、特に心配はない。

 一日中家の中に籠っている様な物なので、かなり運動不足になりそうなのが気になる所ではある。

 思わずため息を吐くと、志希はパッと顔を上げる。

 手早く腕に着いた泡を洗い流し、手拭いで拭いてから寛いだ様子を見せているミリアとアリアに声をかける。

「来たよ。なんか、前より人数増えてるっぽい」

「分かった。わたし、二人に部屋から出てこないで鍵をかけて置いてもらうように指示しておくわね」

「わたしも、知らせてきます!」

 ミリアとアリアも立ち上がり、それぞれ作業場の方へと向かう。

 志希は長棍を持って店に降り、念の為に裏口に上位魔術の鍵をかけて置く。

 上位魔術の鍵をかけられた扉は術者か、解呪の魔術や設定されたキーワードを唱えなければ開く事は無い。

 魔術により強化された扉はかなりの硬度を持つので、そこいらの武器で壊す事も難しくなる。

 それを狙って、後ろからの奇襲を防ぐのだ。

 店の表、本来であれば客が入って来る入り口を前にして志希は長棍を片手に立つ。

 その時、再び精霊達が志希にならず者たちの行動を教えに来てくれた。

「な……バカなの!?」

 思わず声を荒げ、次いで精霊達に謝罪する。

 声を荒げた事で怒られたと思った精霊達が、一斉に泣きながら謝ってきたからだ。

 必死でそれを宥め、志希は指示を出す。

 外に布陣したならず者たちは、驚くべき事に放火しようとしていたらしい

 城下町と言うだけあって、この街の建物は結構密集している。

 武具店であるこの店はそれでも他の建物と距離をとる様にして立っているが、風が吹けば火が隣家に燃え移る可能性もある。

 また、放火はどこの国でも重罪だ。

 下手をすれば死罪を言い渡される可能性だってあると言うのに、外の者たちはそんな事も考えていないのだろう。

 志希は取り敢えず、奥に怒鳴る。

「外に出るから、中お願い!」

 驚く双子の声が聞こえるが、構ってなどいられない。

 志希は外に飛び出て、精霊達が導く裏路地に飛び込む。

 やや小汚い格好をした男達が一か所にたまり、店の壁面の前に立っている。

 志希が飛び込んできた事に驚いた表情を浮かべ、手にしている武器を構える事もしていなかった。

 好機と取って見た志希は長棍の端を、男の胴に叩きつける。

「ぐあ!」

 悲鳴を上げた男は崩れ落ち、びくびくと体を震わせている。

 志希はそれに目もくれず、襲撃だと気が付いた男達に奇襲をかけて行く。

「なんだ?」

「おいっ!」

「うわぁ!」

 男達の混乱した声を聞きながら、志希は長棍を着実に相手に叩きつけ無力化していく。

 長棍の持つ、相手を痺れさせると言う効果に感謝をしつつ男達の壁の向こうに積み上げられた藁を目視する。

 それはもう火が付いたのか、赤い炎を立ち上げていた。

「おい、撤退……」

「火の精霊よ、炎を消して!」

 男達の撤退の合図の前に、志希の言葉が響く。

 火の精霊は志希に従い、藁についていた炎が一瞬にして消える。

 志希を止めようとする男の腹を長棍で殴りつけ、志希は次いで精霊に指示を出す。

「水の精霊よ、藁を濡らして!」

 志希の言葉に応え、水の精霊がとぷんと音を立てて水を生みだし藁にかける。

 これで、壁面に詰まれた藁は使い物にならなくなった。

 ほんの少しだけ安堵して、長棍を構えて志希はならず者たちを睨みつける。

 男たちは志希が精霊使いである事に青ざめ、しかしにやりと笑う。

「くそ、反対側にもおれたちの仲間がいる。これで終わったと……」

「終わったに決まっているでしょう?」

 勝利宣言をしようとしていたらしい男の声を遮って、彼等の背後からミリアが現れる。

 その手には長剣が握られており、白い法衣に血痕が付着している。

「向こうはもう、制圧したわよ? 後、中に入れない様に鍵も掛けたし」

 ミリアはそう言いながら、志希に目配せをする。

 志希はそのミリアの言葉にほっと安堵の表情を見せ、少しだけ距離を開ける。

 ミリアもまた、男たちの退路を断ちながら若干の距離を置いて立っている。

「何だ、偉そうなことを言いながらかかってこないのか、えぇ?」

「所詮女と子供だからな、奇襲でもかけなきゃオレらに勝てねぇって分かってんだろ?」

 ニヤニヤと笑いながら、男たちは言う。

「謝れば、許してやるぜお嬢ちゃん達? もちろん、そっちの色っぽい姉ちゃんには俺達に色々と付き合ってもらうけどなぁ」

 下品な笑い声を上げながら、男たちは舐めるようにミリアを見る。

 法衣を着ていても、ミリアが女性として魅力的な肢体をしているのは分かる。

 しかし、志希としては物凄く面白くない。

 体の育ち方がミリアに負けているのは理解しているし、こんな奴らに好意を持たれたいとも思わない。

 だがしかし、それをわざわざ目の前で態度に出す男たちは気に入らない。

 思わず額に青筋を浮かべ、志希は長棍の先を地面に叩きつけて口を開く。

「油断大敵って言葉、知ってる?」

 志希の言葉と同時に地面から土で出来た手が伸び、男たちの足を拘束する。

「うわ、何だこれ!?」

「こいつ、精霊使いか!?」

 驚いた声の主は、今さら志希が精霊使いだと気が付いたようだ。

「気が付くの、遅い!」

 そう怒鳴りつけて、長棍を構えて唇の端を釣り上げる。

 可愛らしい顔なのに、般若もかくやと言う表情を浮かべて志希は男たちを睥睨する。

「誰から気絶させようかな……」

 うふふと笑いながら志希が呟く。

 男達は変な迫力を醸し出す志希の姿に若干腰が引けたのか、後ずさろうとして足が動かず、転んでしまう。

 そこに、追い打ちをかけるように。

「安らかなる眠りを誘う霧よ」

 と言う、アリアの声が響く。

 男たちにまとわりつく様に、突然現れた霧。

 彼等はそれを目にすると同時に意識を失い、地面に倒れこんでしまう。

 それを見て志希は不満そうに眉を潜めると、ミリアが苦笑を浮かべる。

「シキ、そんな表情をしないの」

「シキさん、腹を立てる気持ちはよく分かります。ですから、そんなに不満そうにしないでください」

 ミリアの後ろからアリアが現れ、宥めながら手に持っている大量の縄を示す。

「……分かってるよぅ」

 志希は唇をとがらせながら答え、アリアから縄を数本受け取りならず者達の手と足を拘束していく。

 意識を失っているならず者達をアリアと二人で浮遊の魔術をかけて店内に運び入れ、どうするかと三人で顔を合わせる。

 今だ意識を失っているので、店内は静かだ。

「……取り敢えず、衛士の人を呼ぶ方が良いよね」

「だけど、来てくれるかしら?」

 志希の提案に、アリアが懸念を示す。

「この区画じゃなく、隣かその向こうの区画の衛士を呼びましょう。もしかしたら、そちらまで手が回っていないかもしれないし」

 ミリアの言葉に、アリアは難しい表情を浮かべる。

「ですが……もし手が回っていたら?」

「心配は分かるけれど、いつまでも転がしてなんて置けないわ」

 ミリアがそう言うと、志希が手を上げる。

「事情を話すのは連れて来てから、にしたら? 幸い外の藁とかはそのまんまだし、証拠として保全しておけばいいよ。さっきのあいつらとのやり取りは、近所の人が見てた筈だし」

 志希のこの言葉に、風の精霊達は確かに目撃していた人がいると教えてくれる。

「保全、と言っても……」

「知らせてみないと分からない訳なんだし、動かないとだめだよ。受け身でいると、付け入られるかもしれないしさ」

 言い募る志希の言葉に二人は眉根を寄せて考えるように目を伏せるが、ミリアが頷く。

「そうね。不確定な事をいつまでもグダグダ言っていてもはじまらないし、物事も進まないわ。思い切って、シキの案で行ってみましょう」

「……そうですね」

 嘆息を零し、手詰まりだとアリアも同意する。

「それじゃ、私がひとっ走り行ってくるね。また襲撃があったらアレだから、風の精霊が室内で風を吹かせたら合図だと思って」

 志希はそう二人に言ってから、長棍を手にして店から駆け出て行く。

 どれ位離れた所から区画が変わっているのか全く分からない訳だが、適当に離れた所の衛士なら良いだろうと楽観的に考えている。

 すると。

「おい、嬢ちゃん。あんた、仕事中じゃなかったのか?」

 と、道の途中でデヴィと行きあった。

「あ、丁度良かった! ええっと、区画が変わったら衛士の人の命令とかもちょっとは変わりますよね?」

 志希はデヴィに前置き無しで問いかけると、彼は若干面食らった表情を浮かべるが、直ぐににやりと笑って頷く。

「ああ、そうだな。ちなみに、あの店は割と区画の境目くらいだからもう一つ、隣の区画に行って衛士を呼んだ方が良い」

「了解です! と言いたいんですけど、区画がちょっと分からなくて……」

 苦笑しながら志希が言うと、デヴィはむっと小さく唸る。

 志希はその表情を見て、どうしようと困り果てた表情を浮かべる。

 デヴィはギルドマスターの密偵である以上、あまり正体を知られる訳にはいかないだろう。

 それに何より、今回の事件はギルド職員が不正を働いている可能性があるのだ。

 もしその人物に繋がる様な人にこの現場を見られれば、デヴィが色々と疑われてしまいかねない。

 そうなった場合、彼の仕事は物凄くやり辛くなる事は想像に難くない。

「あの、すいません……頑張って探します」

 志希が肩を落として言うと、デヴィは困った表情を浮かべて頷く。

「すまんな。案内までは、流石に無理だからよ」

「分かってます」

 志希は悄然と頷き、彼に背中を向けようとすると。

「ちょっと待て。区画の目印は分からんだろうけど、衛士隊長が今日見回りをしている筈だ。しかも、物凄いやる気に溢れたやつでな。こいつなら、例え区画が違うと言われても絶対にお前の助けになってくれる。目印は、鎧の左胸に刻印されている王国印章だ」

 そう言って、デヴィは詳しくその特徴を教えてくれた。

 一般衛士の場合、印章には線が入っていない。

 しかし、衛士班長には紋章の下に線が一つ、衛士隊長には線が二つ入っているのだそうだ。

 それを目当てに探せばいいと言われ、志希は頷く。

「分かりました、ありがとうございます!」

 志希は頭をぺこりと下げ、デヴィに手を振って駆け出す。

 その間に、志希は思考だけで精霊達に教えてもらった王国印章をつけた鎧の人物、しかも町中を歩いている人を探してもらっていた。

 すると、速攻で風の精霊が教えてくれた。

 走りながら風の精霊が示す道を走り、志希は衛士隊長と言う人物を探す。

 間近になった瞬間、志希は石に躓いて思いっきり体勢を崩す。

「わわわ!」

 転ぶのを避ける為に必死で足を前に出していると、硬い金属に顔から突っ込んでしまった。

 あまりの痛さに顔を押さえ、声にならない悲鳴を上げる志希。

「だ、大丈夫か?」

 金属の持ち主らしき男性が声をかけて来て、志希はやっと前を見る。

 痛みで気が付かなかったが、転ばない様に体を支えてくれている男性は鎧を着ていた。

 そして、その男性の左胸の辺りにはデヴィから教えてもらった王国印章と、その下に二本の線が刻まれていた。

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