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神凪の鳥  作者: 紫焔
フェイルシア王国
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第六十九話

 デヴィの質問攻めが終わった頃には、マティアスとヨルンの二人は大分疲れ果てていた。

 その一方で、カズヤとイザークは思考を巡らせているのか腕を組んでいたり、目を閉じていたりする。

「分かりました、ありがとうございます。大分深くまで思い出していただきましたのでお疲れでしょうから、少々ご休憩なされると良いですよ」

 デヴィのにこやかな言葉に、マティアスとヨルンは頷き立ち上がる。

「申し訳ありませんが、私達は部屋で少し休んでいます。みなさんは、お好きにくつろいでいてください」

 マティアスはそう告げて、ヨルンを促して部屋を出て行く。

 それを見送ってから、志希は口を開く。

「ええっと、話しを纏めると。最近ここと同じ様に武器と防具を取り扱う店が出来て、その店主がマティアスさんとヨルンさんを雇おうと交渉して来ていた。これは間違いないんだよね?」

 志希の問いかけに、頷くイザーク。

「でも、それは半年以上も前の話でしょう? 今の事件と、何の関係が?」

 アリアの疑問に、小さく息を吐いてデヴィが口を開く。

「恐らく、この店だけではなく他の店にも色々と何かちょっかいをかけていたのでしょうね。色々と試した結果、こちらのお店の立地条件等に目をつけたと言ったところですね」

 断言する様な言葉に、志希は思わずデヴィを見る。

 彼は先程までひどく印象の薄い、人の良さそうな表情であった。

 だがしかし、今はその印象をがらりと違えていた。

 まるで抜き身の刃の様な、鋭い眼差しと皮肉気に釣り上がった口元が酷く印象的だ。

 先程と百八十度違うその表情に志希が思わず二度見している間に、カズヤが口を開く。

「その微妙なですます調はやめろよ。すげぇ違和感で気持ちが悪いんだよ」

 カズヤの親しげな言葉に、志希と双子は彼を見る。

 三人のその態度にデヴィはふっと笑い、イザークとカズヤをちらりと見て肩を竦める。

「なんだ、全く話をしていないのか」

 口調まで変わったデヴィに志希は思わずまじまじと彼を見る。

「当たり前だ。まさか、お前が来るとは思わなかったからな」

「それはそうか。まぁ……アレを見せられたら、おれが来るのは当然だろうと予想もできそうだがな」

 デヴィはイザークの言葉にそう答え、志希に視線を移す。

「お嬢ちゃんの言う通り、雇うつもりでいた事は間違いなかろう。そして、ギルド推薦印を持つ店に節操無く雇用の話しを持って行ったのも間違いなさそうだな」

「んだなぁ……どこも応じなかったからこそ、立地的に一番潰しやすそうなこの店に目をつけたって感じだろうな」

 カズヤの言葉にデヴィが頷きつつ、しかしと言葉を続ける。

「その店を調べるのと同時に、絡んでいるであろうギルド職員と貴族の洗い出しをしないといけないな。ギルド職員はもちろん、貴族のやっている事はあからさまな不正だ。衛士の活動に干渉し、あまつさえ材料となる鉱石などの卸を一店だけ規制するとは馬鹿な事をする物だ」

 嘲笑するように鼻で笑い、デヴィはすっかり温くなったお茶に手を着ける。

「こちらでも動くつもりだが……」

「ああ、たのむ。おれのやる事が多すぎて、手が回らねぇかもしれんからな。定期的に分かった情報を交換していこうぜ」

 すっかりガラの悪くなったデヴィはそう言って、にやりとイザークに笑いかける。

 イザークはいつも通りの表情で頷き、カズヤを見る。

「情報交換は何処でする? この店にまた足を運ぶのか、それとも……」

「外で頼むぜ。お前らの取ってる宿でも良いし、ギルドの鑑定所でも良い」

「了解。流石に、何度もここに足を運んだら目立つからな」

 被害店にギルド職員が何度も足を運ぶのは、何か調べているからと宣伝している様な物だ。

 それくらいなら、外で少し会った方が相手の目を誤魔化しやすいという選択だった。

「さて、今回は比較的楽そうな仕事になりそうだ。イザークとカズヤが帰って来て早々、別嬪さんを引きつれていたのにはびっくりしたけどな」

 デヴィはにやにやと笑いながら、カズヤとイザークにそんな事を告げて立ち上がる。

「良いじゃねぇか、気があって仲間になったんだからよ」

「カズヤは分かるが、イザークが珍しいって言ってんだよ。こいつ女でも男でも、よっぽど気に入らないと長く組まねぇからよ」

 デヴィの言葉に、イザークは少しだけ眉を潜める。

「寄り掛かる事を前提として近づいた訳ではないからな、この三人は」

 イザークの言葉に、へぇっと声を上げてデヴィはミリア、アリア、志希を見回す。

「双子の嬢ちゃんが訳有りなのは、おれも知ってるが……この白い嬢ちゃんは何でだ? 見るからに冒険者になってから年季が浅いのが分かる。やる気があるにしても、初心者を手元に置いて育てるなんざカズヤ以来じゃねぇか」

 デヴィの突っ込んだ言葉に、ミリアとアリアは見るからに硬直してしまう。

 しかし、イザークは関係ないとばかりに手を振る。

「お前も随分と、好奇心が旺盛になったものだな」

 答える気はないと言外に告げ、イザークはやや剣呑な光を帯びた目でデヴィを見る。

 それを見た彼はおお怖い、と笑い持ってきていた鞄を手に取る。

「まぁ、確かに俺には関係ねぇが……お偉方が興味持ってんだよ。その嬢ちゃんだろ? 初心者でフェイリアスの無理難題を解決したのは」

 デヴィの言葉に、志希は思わずうんざりとした表情を浮かべる。

 一月以上前の事が、まだ言われるのか。

 そんな内心を露わした表情にデヴィはくつくつと笑っていたが、表情を真剣なものに改める。

「こっちのお偉いさん方が、手元に置いて密偵として育てたいから来たら教えろってうるせぇンだよ。まぁ、冒険者ギルドがそうそう冒険者を売るって事はしねぇけどな。だけど、用心だけはしておけ。白いのもそうだが、双子の方もだ。事情を知っている一部が暗殺を一時計画していた事もある」

 デヴィの言葉に驚愕を露わにするのは、ミリアとアリアだ。

「ど、どういう事ですか!?」

 アリアが喰ってかかると、デヴィは真剣な表情で口を開く。

「元公爵姫の双子が、冒険者をやっているっていうのはギルドマスターたちは知っている。無論、エルシル神殿の上層部もな。その上で、元聖女の方は偉いのに印をつけられているんだ……闇に堕ちる前に処分をした方が良いと言う意見もあったんだよ」

「バカじゃねぇのか!」

 カズヤが思わず、デヴィに怒鳴ってしまう。

 デヴィはその言葉に顔を顰め、手を振る。

「おれじゃねぇって。お偉方の話だ。まぁ、それにしても短絡的だけどな。だがまぁ、エルシル神殿が元聖女の処分を拒否した上に、公表するぞとギルド幹部を脅したもんだから無かった事になった。だが、どのギルドも元聖女の動向には気を張っている」

「わたしは、決して堕ちません。打ち勝つ為に、わたしは……!」

 声を荒げかけ、ミリアは拳を握って自制する。

 デヴィに何を言った所で、彼の言うお偉方には伝わらないからだ。

 そんな中、志希がしみじみと呟く。

「ミリアは聖女なんだから、殺したら暫く凶作が続いたよ。エルシル神の嘆きで」

 この言葉に、デヴィはぎょっとした表情を浮かべて志希を見る。

「聖女の有無は、神に寵愛されているかどうかって言う物だよ。人がどうこう言っても、ミリアに何か印があっても聖女である事は変わらない。人が神の意思を無視して聖女を害すれば、必ず天罰が下る。そのギルドの人達は、エルシル神殿のおかげで命拾いしたね」

 真剣な志希の言葉に、デヴィが何かを言おうとするが言葉が出ない。

 何らかの圧迫を感じているかのような表情を浮かべ、志希を見ている。

 それはそうである。

 志希は、少々腹を立てているのだ。

 自分の事を胡散臭く言われるのは良いのだが、ミリアを辱める様な事を平気で言われるのは頭に来る。

 仲間であるし、何よりも彼女は今努力をして闇に抗っている最中だ。

 それを踏みにじる様な事を言うギルド上層部と、それをミリアの気持を考えずに言うデヴィに対して怒りを覚えていたのである。

 それに呼応して、精霊達もまたデヴィに対して敵意を向け始めていた。

 イザークはそれに気がついたのか、嘆息を零す。

「シキ」

 低い声音が名前を呼び、落ち着けと窘める。

 これに気がついた志希はあっと口元を押さえ、怒られるのを待つ子供の様な表情を浮かべる。

「……まぁ、お前らの連れが一癖も二癖あるのは良く分かった」

 圧迫感から解放されたデヴィは疲れた様な表情を浮かべ、再び椅子に腰を下ろす。

「デヴィはギルドマスター直属の密偵だからな、事情がある人間の事を知っているのは当たり前だ。それを知らないミリアやシキ、アリアは不快な思いをしただろうけど勘弁してやってくれ。これも、こいつの仕事の内だからよ」

 カズヤの取りなす様な言葉に、デヴィは肩を竦める。

「如何感じるかは人それぞれ。それに、おれは基本的に公爵姫の聖女がこの国で闇に堕ちさえしなけりゃいいだけだしな。闇に堕ちた時には、おれらが刈り取る役目を命じられるんでね」

 そう言いながら、デヴィは椅子から立ち上がりイザークとカズヤを見る。

「そんじゃ、少しばかり長居しちまったな。余計な事も喋っちまった気がするが……まぁいいか。取り敢えず明日までに何か分かる様に調べておくからよ、お前らも頼んだぜ」

 ひらりと手を振り、デヴィは部屋を出て行く。

 いつまでもここで雑談をしていても、埒が明かないと判断したのだろう。

 その通りではあるが、志希は何となく面白くないといった感情を持ってしまう。

「あいつ、相変わらずだなぁ」

 苦笑交じりの声音は、若干呆れを含んでいる。

 志希は思わずカズヤをじろりと見ると、彼の表情が複雑そうな笑みに変わる。

「口は悪いが、あいつは良い奴なんだ。何せ、ミリアとアリアがどう思われているかなんて本当は教える必要なんかないからよ」

 この言葉に、志希とミリアは目を瞠る。

 密偵であると言うのであれば、いつか殺すかもしれない相手に自分が殺しに行くなどとは言わない。

「あいつなりの忠告だ。あまり、嫌ってやるな」

 イザークの言葉に志希は頷き、深く息を吐く。

「でも、何であんな言い方なのかな」

「殺すかもしれない人に、良い人ぶりたいと思わないのではないかしら」

 志希の呟きに、ミリアが答える。

「誠実であろうとしている、と言う事ですね。姉さん」

 アリアは納得したように頷き、志希は何とも言えない表情を浮かべる。

 ミリアの言う通りであればひねくれた人だと言う事しか言えないし、違った場合どういう目的があるのか分からない。

 だが、少なくともイザークやカズヤとは面識があり、友人の様に軽口を叩きあえる仲である事を考えれば、嫌な人ではないのだろう。

 だがそれでも、志希は思ってしまう。

「複雑な人だなぁ」

 思った事がつい口から零れ落ちた事に気が付き、志希は慌てて口を閉じる。

「その通りだな」

 ほんの少しだけ、イザークが柔らかな声で同意する。

 志希は思わず赤くなり、俯いて既にからの湯呑を手にしていじくりまわす。

 正直、恥ずかしい。

 志希のそんな姿にアリアとミリアが優しく微笑みながら見つめているのがまた、志希の羞恥心を煽る。

 この状態を抜け出す為、志希は真っ赤な顔をしながら口を開く。

「取り敢えずさ、デヴィさんが来る前まで話していた形でお店でお留守番する組と情報収集する組に分かれて行動した方が良いと思うの!」

 正論を言って、取り敢えずこの場を乗り切ろうと言う魂胆である志希。

「然りだな」

 イザークは頷き、立ち上がる。

 部屋に立てかけて置いた大剣を背負い、身支度を始める。

 カズヤは志希の魂胆に気が付いてはいるが、肩を竦めるだけで突っ込まず椅子から立ち上がる。

「それじゃ、オレら行ってくるわ。多分嫌がらせする奴らが来ると思うが、油断しないようにな。本当は男が居た方が良いと思うんだが……仕方ねぇよなぁ」

 はぁ、とカズヤはため息をつきつつミリア、志希、アリアを見回して注意を促す。

「分かっています。危害を加えられる前に、眠らせてしまいます」

 アリアは胸を張って言い、ミリアが苦笑しながら頷く。

「カズヤとイザークの方も、気をつけてね」

「分かってるさ」

 カズヤは頷き、手早く身支度を終える。

 既に身支度を終えていたイザークと顔を合わせて頷き、二人は外へと出て行った。

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