第六十七話
志希はマジマジと、目の前にいる冒険者ギルドの受付嬢を見る。
現在、志希は依頼を出すと言う武具店の店主である男性、マティアスについてきていた。
そして今、受付嬢が物凄く申し訳ない表情を浮かべてマティアスに告げている言葉を聞いていた。
「本当に申し訳ございませんが、こちらのご依頼は受理できませんでした」
この言葉にマティアスは唖然とした表情を浮かべ、次いで大きな声を上げる。
「何故ですか!?」
「申し訳ございません」
「理由を教えてください!」
マティアスが受付嬢に必死に問いかけているが、ただただ申し訳ないと言った表情を浮かべて彼女は謝る事しかしない。
志希はマティアスを落ち着けさせようと声をかけようとするが、それより早く少し離れた場所で待っていたイザークが後ろから声をかけてくる。
「どうした?」
落ち着いた静かな声音に、マティアスが振り返る。
「依頼を、受理できないと言われました……!」
ギルドに依頼を出すようにと勧めたのは志希たちなので、苛立ちをぶつけるように言われる。
イザークはその事に眉を潜め、マティアスの手元の依頼書を見る。
ざっと目を通したイザークは、改めて受付嬢を見る。
「書類に不備は見られない。この手の依頼は必ず受理されると思ったのだが、俺の覚え間違いか?」
イザークの問いかけに、受付嬢は困り果てた表情を浮かべる。
「いいえ、わたしもそう記憶をしております。ですが、受け付けないと……」
受付嬢の言葉にイザークは成程、と小さく呟く。
「分かった」
そう言って、イザークはマティアスが記入した依頼願書を手に取る。
「ここで言い合っても仕方がない。取り敢えず、移動しよう」
イザークの言葉にマティアスが抗議しようと口を開きかけるが、志希が彼の袖を引いて止める。
「取り敢えず、行こうよ。受付の女の人に当たっても、今は仕方がないから」
志希の言葉にマティアスは唇を噛み、頷いて受付から離れる。
そのままマティアスはギルドを出ようとするが、イザークがその腕を掴んで止める。
「こちらだ」
言われた意味が分からないという表情を浮かべるマティアスだが、イザークに促され着いて行く。
志希もどこへ行くのかと、怪訝な表情を浮かべながら着いて行く。
二階に上り、一番奥の扉に入る。
ノックをせずに中に入ってしまうイザークに困惑する志希とマティアスの二人。
だが、イザークは構わず二人を目で促す。
勝手に入って良いのかとおずおずと入ると、若干広めの部屋の奥にカウンターが置かれているのに気が付く。
そこには若干暇そうな表情を浮かべた中年の男性が座っており、入ってきた志希達を気にせず手元の書物を読んでいる。
ローブを纏い杖を直ぐ近くに立てかけている男性の姿から、彼が魔術師である事は直ぐに分かった。
「鑑定なら、カウンターに置いてくれる?」
男性の言葉にイザークは無言でカウンターに進み出て、口を開く。
「青の封筒と、赤の蝋をくれ」
この言葉に、男性は書物をめくる手を止める。
「……印は?」
「鷹と矢だ」
男性はイザークの返答に書物を閉じ、顔を上げる。
イザークを見て一瞬驚きに目を瞠り、次いで懐かしげに笑う。
「久しぶりだな。河岸を変えたって聞いていたんだが……」
「戻ってきた。あちらでは少々都合が悪くなったからな」
「そうか。それで、戻って早々厄介事か?」
男性は笑いながら問いかけつつ、ゴソゴソとカウンターの下を探っている。
「俺達から顔を突っ込んだような物だがな」
「へぇ。まだあの盗賊剣士と組んでるのか」
「他にも仲間ができたな」
「イザークにか! それは、随分と奇特だなぁ!」
男性は楽しそうに笑い、カウンターの上にイザークが望んだ物を取り出す。
「ついでに、その手のモンを見せてくれると俺としてはありがたいなぁー」
イザークは軽く言ってくる青年に、手にしていたマティアスの依頼書をあっさりと彼に手渡す。
男性はそれをまじまじと見てから、目を細める。
「なるほど、書類に不備はないね。なのに突っ返された……か」
そう言いつつ、男性は羊皮紙を丁寧に折り畳む。
「取り敢えず、鷹じゃなくて竜の方が良さそうだとおもうよ」
「……そうか、ではそれで頼む」
「はいはい、ちょっと待っていてくれ」
男性は再びカウンターの下を探り、小さな金属を取り出す。
「入れる羊皮紙は、こっちを使った方が良いぞ」
「……随分と大盤振る舞いだな」
「まぁ、な。それより、この話を調べる予定なんだろう?」
男性の問いかけに、イザークは答えない。
しかし、沈黙を肯定と受け取り男性は頷く。
「そうか、気をつけろよ。最近、小さめのギルド推薦武具店がやたらに荒らされる事件が起きている。大概衛士が来てどうにかしてくれているらしいが……きな臭い感じがするからな」
この言葉に反応するのは、マティアスだ。
「そ、その話は本当ですか!?」
思わず口を挿んでしまったマティアスに、男性は驚きながら彼を見る。
必死のその表情に、男性はしまったと言う表情を浮かべる。
しかし、直ぐに平常心を取り戻したのか営業用の表情を浮かべて頷く。
「ええ、本当です」
「な……ならなぜ、私の店だけに衛士の方が来てくれないのでしょう!?」
本心からの疑問をマティアスは、男性にぶつける。
男性はこの言葉に片眉を上げるが、直ぐに苦笑を浮かべて口を開く。
「申し訳ありませんが、私は塔の学院から派遣されている鑑定士なのでそこのところは良く分からないのですよ」
そう言いつつ、男性はちらりとイザークを見る。
イザークは頷き、懐から財布を取り出し銀貨を数枚出して男性に渡す。
「取り敢えず、ここでの用事は済んだ。一度店の方に戻る」
そう言うイザークの言葉にマティアスはえっと声を上げるが、彼は何も言わずに目で促す。
マティアスは憮然とした表情を浮かべながらも、会釈をして部屋を出て行く。
志希は慌てて彼に着いていき、イザークは鑑定士に一度会釈をして二人の後を追う。
マティアスは憤懣やるかたないと言った表情を浮かべ、荒々しい足音を立てながら歩く。
志希はその後ろを付いて行きながら、マティアスの店と他の店の扱いの違いについて小首を傾げる。
基本的に衛士達は庶民と貴族を区別する事はあっても、差別する事は無いとされている。
差別をすると、後々大変であると言うのもあるが、衛士達の大半は貴族ではなく庶民の人間が試験を受けてなっているのだ。
だからこそ、そんな衛士達が何故マティアスの店だけを助けようとしないのかが疑問であった。
そんな事を考えて歩いていると、いつの間にかマティアスとの距離がすっかり離れていた。
志希はその事に慌てて足を速め、ギルドから出て行こうとする彼を追いかける。
ならず者に店を狙われている以上、マティアス自身が外を出歩けば襲われるかもしれない。
それを防ぐために、志希とイザークが護衛として着いているのだ。
丁度ギルドから出て、精霊達が教えてくれた方向を見るとまるでマティアスを狙っていたかのようにガラの悪い男達がぶつかっていく。
咄嗟にイザークが割って入ると思ったのだが、マティアスの側には彼の姿が無い。
この事に志希が疑問を思う間もなく、ぶつかられたマティアスは転びかけるがそれを如何にか堪える。
「おおっと、何しやがる!」
ガラの悪い男の一人が、マティアスに怒鳴りつける。
「何をと言われましても……」
マティアスは怒鳴られた事に困惑した表情を浮かべ、男たちを見る。
しかし男たちはマティアスに、畳みかけるように怒鳴る。
「いてぇじゃねぇか。俺達は、これから仕事に行くところだったんだぜ? こんな所で怪我させやがって!」
「いてぇいてぇ! 肩の骨が折れたかもしれねぇ!」
ぶつかって行った男が、物凄くわざとらしく痛がる。
志希は思わずどこかで見た古い手順でのいちゃもんに唖然としてしまったが、直ぐに気を取り直しマティアスの隣に立つ。
「マティアスさん、大丈夫でした?」
そう声をかけながら、手に握っている長棍をわざと男達とマティアスの前に挟む。
「なんだぁ? 餓鬼がしゃしゃり出てくるんじゃねぇ」
ガラの悪い男が凄むが、志希は気にしない。
この男たちよりも何倍も怖い魔獣や死霊達と戦ってきたのだ、肝が据わるのは当然である。
「シキさん……」
マティアスは困惑した表情で志希を呼ぶと、男たちはじろじろと彼女を見る。
「マティアスさん、遅れてすいません。それと、この人達からぶつかってきたので気にしなくて良いですよ」
志希はにっこりと笑い、男達に向き直る。
「さっき見たんだけど、貴方達わざとぶつかって行ったよね?」
「あぁ? 餓鬼が何言ってやがる。こいつからぶつかって来たんだぜ」
リーダーらしい男の言葉に、周りの男たちは頷く。
「おれは怪我だってしてるんだ! どうしてくれるんだよ、これから仕事なんだぞ!」
怪我をしたと主張する男の言葉に同調する、ガラの悪い男達。
志希は思わず失笑し、口を開く。
「嘘をついても、無駄だよ。私は精霊使いだから、その人の生命の精霊の動きが見えるんだ。怪我をしていたら、生命の精霊は怪我の部分に集中する。でも、さっきから怪我したって喚いている人の精霊は全然動いていない」
志希の言葉に軽く目を瞠り、男たちは志希を上から下まで舐めるように見る。
旅装を解いていないが、革鎧などは全て脱いできている。
だがしかし、志希は今回護衛としてマティアスに着いてきているので武器だけは持って歩いているのだ。
志希の武器は長棍なので、見た目的に殺傷力が無い様に見える。
だからこそ、男たちは志希をただの子供だと見ていたのだ。
「てめぇ、冒険者か」
「それが何か、あなた達に関係あるかな?」
志希はにっこりと笑い告げると、男たちは目配せをしあい始める。
そこに。
「如何した?」
と、耳に心地よい低い声音が後ろから問いかける。
男たちよりも若干細いが、身長の高いイザークがマティアスと志希に追いついたのだ。
いつも着ている鎧は脱いでいるが、黒い服は着たままだ。
その上背中に大剣を背負っているので、見た目だけでイザークが冒険者である事が分かる。
「なんか、ぶつかって来て置いて難癖つけてきたの」
「そうか」
イザークはそう言ってゆっくりとガラの悪い男たちを見る。
冷徹な金の瞳に見られた瞬間、男たちはそそくさと背中を向けて立ち去っていく。
志希はその事に深い息を吐いて、マティアスに向き直る。
「護衛なのに、遅れてごめんなさい。本当だったら、私が隣にいてマティアスさんを護らないとだめだったのに」
志希はそう言って、マティアスに頭を下げる。
「え!? い、いえ……こちらこそ申し訳ありません。貴方達をすっかり置いて歩いていましたから」
マティアスは慌てて志希に頭を上げてもらおうとするが。
「いや、シキの言う事はもっともだ。何より、俺が遅れなければ依頼人の身を危険にさらす事はなかった筈だ。申し訳ない」
イザークの言葉に、マティアスは手を振る。
「いえ、私も悪かったと思います。あのような事があるのは店だけだと、思っていましたから」
すっかり油断していたと、マティアスは項垂れる。
「……これ以上、互いに謝罪し合うのも不毛だ。マティアスには悪いが、一度俺達の宿まで来てもらうが良いか?」
唐突なイザークの言葉に、マティアスはえっと声を上げる。
「本来であればマティアスを店まで送ってからと思ったのだが、これは少し急いだ方が良い。申し訳ないが、付き合ってくれ」
「は……はぁ」
イザークの何時にない饒舌な言葉に志希は驚きながら、事態についていけないマティアスの隣に並び長棍を杖の様にして持つ。
「行くぞ」
一言告げ、イザークは歩き出す。
志希は戸惑うマティアスを護衛しながら、イザークが何故遅れたのだろうと首を傾げ、あとで聞いてみようと思うのであった。