第六十六話
怪我が酷くない少年達のお陰で早く店内が片付き、四人は今上の階にある店主や少年達の居住スペースにお邪魔していた。
お茶を出してくれているのは最初に扉を壊しながら出て来た青年で、男性の方は奥でミリアが看病している。
口の悪い少年達は現在下に残り、扉の修繕を行っている。
「本当に、どうもすいません。現在この通り荒らされてまして……」
青年の困った表情に、イザークは緩く頭を振る。
「オレ達、こちらのお店で防具を作っている人にちょっと聞きたい事があったんですよ」
カズヤはそう言って、懐から手紙を取り出す。
「防具を作っているのは兄ですから……気が付くまで、待ってもらう事になると思います」
青年はそう言って、椅子に座る。
大きなテーブルの上に置かれたお茶を、頂きますと声をかけつつ志希は一口飲む。
ふわりと香るお茶の匂いに、志希は思わず顔をほころばせる。
「見た所冒険者の方々の様ですが、こちらに来たばかりですか?」
青年の問いかけに、カズヤが頷く。
「ああ、フェイリアスから来たんだ。こっちの方が、あちこち行くのに便利だからな」
「確かに、そうですね」
青年は成程と頷きつつお茶を飲みながら、ちらりちらりとパーティーの面々を見ている。
柔らかい表情を浮かべてはいるが、その目に浮かぶのは警戒だ。
それに気が付いた志希は小さく首を傾げるが、直ぐに何故なのかを理解する。
ならず者達から助けてくれたとしても、実はグルかもしれないと言う疑いもあるのだ。
警戒しつつも招き入れているのは、情報が欲しくてそのような事をしているのだと分かる。
だが、こちらには彼の欲する情報は持っていないし、何よりお節介だとは思うが事情を知りたい。
と言う事で、カズヤが口を開く。
「取り敢えず、一体あいつら何なんだ?」
カズヤの問いかけに、青年は目を泳がせ俯く。
何をどう話すかの整理しているのか、それとも情報を渡すのに躊躇っているのか沈黙する。
そのまま、彼が口を開くのを辛抱強く待つ状態になってしまい、志希や他の面々は出されたお茶を啜るしかやる事が無くなる。
「あら、随分静かね」
と言いつつ、ミリアが重い沈黙を破りながら奥の部屋から出てくる。
「あ、あの……兄は?」
「怪我は治癒の奇跡を使ったから、もう心配はいらないわ。目も覚めて、今こちらに出て来てくださるそうよ」
ミリアは笑顔で青年に告げ、良い仕事をしたと満足そうな表情で皆の傍に来る。
アリアは用意されていた椅子にミリアを促し、彼女は頷いてそこに座る。
それを待っていたかのようにミリアが出て来た部屋の扉が開き、幾分かすっきりした表情を浮かべた男性が出てくる。
「助けてくださり、ありがとうございます。しかし、今うちの店は開けられるような状態ではないんです。どうか、別のお店の方をご利用ください」
いきなりそう言って頭を下げる男性に、志希はきょとんとした表情を浮かべる。
「いやいや、違う違う。オレ達はまぁ……フェイリアスから来たんだ。そっちの防具屋のオヤジから、弟子宛って言う手紙を持ってきただけなんだよ」
そう言いつつ、カズヤは手紙を入れている箱を鞄から取り出す。
「店は少しばかりスラムに近い場所にあって、目印は武器と防具屋の看板を下げてるってところしか教えられてねぇンだ。だから、ここが丁度聞いてたのと同じだから聞いてみようと思った所で……」
「あ、俺が転がり出て来たんですか」
青年がはっとした表情で、カズヤの言葉を引き継ぐ。
「そそ、で……この箱に見覚えはあるか?」
カズヤは頷きつつ、箱を男性に差し出す。
箱の上に当たる面には特徴的な紋様が描かれており、男性はそれを見て目を丸くする。
「兄弟子が連絡を取る時に使う箱です!」
驚く男性にカズヤは箱を差しだし、男性はそれを受け取り蓋を開ける。
中に入っていた手紙を取り出し、男性は箱を横に置いてさっと目を通し始める。
その間、青年は手早くミリアと男性の分のお茶を淹れそれぞれの前に置く。
「……本当に、通りがかりだったんですね」
ポツリ、と青年が呟く。
「疑われていたんですね、わたし達」
アリアは小さく息を吐き、憮然とした声音で零す。
この言葉に青年が顔を上げるが、直ぐに俯く。
「見た所、何度かこの手の嫌がらせをされているのだろう。だが、この様な嫌がらせは本来であれば街を見回る衛士達に訴えれば良いだけの筈だ」
「けど、それをしても一向に良くならなかったか……なんかあったかのどっちかだな。通りすがりの人間を疑うって事はよ」
イザークとカズヤがそう推測を口にすると、青年は驚いた表情を浮かべてマジマジと二人を見ている。
「そうね。衛士が本来見回って犯人を捕らえる筈よ、こういうのって。例えスラムに近い場所の店だって言っても、ね。街の治安を守るのが、衛士の仕事だもの」
ミリアは二人の意見にうんうんと頷き、お茶を一口飲む。
志希はそれを見ながら、首を傾げる。
「もしかして、衛士がお仕事してないって事?」
「そうよ。カズヤ達が言っている事が本当なら、衛士が動かなくてはおかしい。でも、衛士が何かあったか様子を見に来る気配も無い」
「それじゃ、職務放棄してるの?」
「そうです。何度か子供達に衛士を呼びに行かせたのですが、全く取り合ってくれなかったそうです。近隣の人間も呼びに行ってくれたりはするのですが……なんだかんだと言われて全く来てくれる様子はありません」
志希がミリアに問いかけると、青年が口を挿むようにして衛士達が来ないと零す。
「それは……おかしいです。衛士は本来治安を守るのが仕事なのですから、現場があるのに来ないと言うのは仕事を投げてるとしか思えません」
アリアが衛士達の行動に思わず怒るが、直ぐに恥ずかしげに口を閉じる。
ここで怒った所で衛士達に届く訳でもなく、それどころか被害にあっている青年たちを詰る様な事をしてしまったのが恥ずかしかったのだ。
そんなアリアの行動に青年は目を丸くし、次いで苦笑する。
「俺達も、そう思っています。でも、何処に何を訴えて良いのか分からなくて困っているんです。嫌がらせは続く上に、何故か俺達の店にだけ鎧や武器の材料になる鉱石や革なんかが全く入らなくなってしまいましたし……」
青年は困ったと深いため息を吐き、お茶を入れているコップを見る。
「何が起きているのかもう、本当にわけがわからない……」
途方に暮れたように、青年が呟くと男性が手紙から顔を上げる。
「うちの内情を話した所でどうにかなる訳ではないよ、ヨルン。それに、やはり貴方達はお客様だ。この手紙の内容は、兄弟子から貴方達の鎧などを作ったり手入れをする際に手を貸してやって欲しいと言う紹介状でした」
男性はそう言いつつ、手紙を畳み元の様に箱に入れる。
「ですが、弟のヨルンが言った様に今うちの店には鎧や武器の材料になる物が全く入ってこない状況ですので……こちらの方で他のお店を紹介させてください」
男性は疲れた様な表情で笑みを浮かべ、そう言う。
この言葉にイザークとカズヤは顔を見合わせ、次いで志希やミリア、アリアの方を見る。
「だってよ、どうする? オレとしては、親方が褒めていた人の店を使いたいんだけどよ」
カズヤの言葉に、アリアがこくこくと頷く。
「わたしも、そう思います! 作ってくださった皮鎧、かなり動きやすくてわたしは凄く気に入っていますから。お弟子さんと言う方の方が、わたしは信頼できます」
「同じく、わたしも出来ればここにお願いしたいわ」
アリアに続いてミリアも同意し、男性は困惑した表情を浮かべる。
「しかし……」
「私も、ここが良いな。だって、家の精霊が店舗部分の汚れた所、一生懸命綺麗にしようとしていたもん。家の精霊が住んでいるお店なら、そっちの方がずうっと私は信頼できる」
志希はそう言って、にこっと笑う。
大事にされた家には精霊が住み着き、家主に小さな助力を与える事がある。
家の中を掃除したり、請われた個所を修理したり、時に仕事を手伝うなどの助力を与える。
また、健やかな眠りを約束し疲れを綺麗に落としてくれたりもする。
家の精霊は、大事にされていてなお且つ自分が気に入らないと住みつかない。
なので、滅多に家の精霊は見る事は無いのだ。
「貴方、精霊使いだったんですか」
男性は言われた言葉に驚き、呟く。
「はい」
志希は笑顔で頷き、お茶を呑む。
「でも、おかしな話よね。店に材料が入ってこないなんて、契約している商人がいるのでしょう?」
ミリアはそう、男性に問いかける。
「はい……ですが先日、こちらの店にはもう卸せないと酷く困惑した表情で言われたのです。理由を聞いても答えてくれず、全くわけがわからない状態です」
「きな臭ぇな」
カズヤはむっと唸る。
イザークはカズヤの言葉に頷き、口を開く。
「おかしな話だな、それは。契約を反故するのは商人自身の信用を落とす事になりかねん。そもそも、ギルドの推薦店と契約している商人である以上、何よりも契約を重視する筈だ。だが今回、契約を反故にしてきた。いや、反故せざるを得ない様な状況にあったのかもしれんな」
「だとしたら、役人が絡んでいますね」
アリアの呟きに、イザークは更に補足する。
「もしくは貴族。王都で営業している商人となれば、その辺りと繋がりが出来ていてもおかしくはあるまい。癒着をしているか何らかの圧力をかけられているか……か。まぁ、何にしても推測の域は出まい」
「でも、衛士が取り合わないって事はお役人や貴族が手を回しているからかもしれないよね。だって、治安を守るって言っても結局は衛士の人達もお役人だし」
「だとしたら、どうしてこのお店を狙うのかしら?」
ミリアがそう、イザークと志希の推測にそう問いかける。
流石にそこまでは分からず、小さく唸り一同は首を傾げる。
「……本当にお役人や貴族の方々がこの店を排除したいのであれば、抗う事はできませんね」
そう、男性は肩を落として呟く。
「兄さん……!」
「そうでしょう? この国に、私達は要らないと言われているも同然です」
絶望した様に男性が呟き、ヨルンは顔を歪め俯く。
「でも、そうとは限らないわよ? だって、ここの王族は代々剣術を修めるのが習わし。主神ヴァルディルと戦女神ワキュリーを国宗としてるんですもの。そんな国が、腕の良い武具の職人を要らないなんて言う筈ないわ」
ミリアは絶望している兄弟にそう声をかけ、励ます。
「ですが……」
「それに、こんなふうに店を荒らさせたり材料を卸させない様に手を回すのはおかしいわ。イザークの言う事が本当だとしたら、これは貴族や役人の専横になる。それに何より、国民がこんな仕打ちを受けているとフェイルシア王族が知れば絶対に救ってくれるわ」
ミリアは強い口調で断言すると、兄弟は不思議そうな表情を浮かべる。
「何故、そこまで言いきれるのですか?」
男性の問いかけに、ミリアははっとした表情を浮かべる。
流石に、言い過ぎているからだ。
それを誤魔化す為に、アリアが慌てて口を開く。
「以前、こちらの王族とお会いして言葉を交わす機会があったのですよ。わたしは塔の学院で成績が優秀だったので」
「わ、わたしもエルシル神の神官と言う事でお会いした事があるの。ほら、エルシル神はヴァルディル神の妻だし、豊穣の女神様だから」
フェイルシアでは戦女神や主神の信仰が多いが、エルシル神は大地の女神であるが故に各国では必ず神殿を作り、王族も豊穣を願って神殿に足を運ぶ事がある。
それほど重要視されている女神なのだ。
ミリアは嘘をついた事を内心で必死にエルシル神に謝りながら、愛想笑いを浮かべながらお茶を飲む。
「そうだったのですか……」
庶民と王族はまず顔を合わす事が無いので、双子の言い分を素直に受け取る男性。
イザークはそれを見ながらぽつりと呟く。
「少し、調べても良いかもしれんな」
「んだな」
カズヤも頷き、ちらりと他のメンバーを見る。
「私は賛成だよ」
「おなじく、賛成です」
「言わなくても、分かるでしょう? これは調べなくちゃダメな事だわ」
全員の賛成を受けたイザークは頷くが、男性やヨルンは慌てる。
「し、しかし」
「君達を巻き込む訳には……」
この言葉に、彼等は大分人が好いのだろうと分かるほどだ。
「巻き込むも何も、オレ達が自分で巻き込まれるぜって言っているんだから気にすんなって。どうしても気になるって言うんだったら、あれだ。これを依頼としてギルドの方に出してくれりゃあ良いよ。店の護衛、お願いしますってな」
カズヤはおどけた様に言い、笑う。
「護衛ついでに調べりゃいいし、店がならず者に荒らされてるのに衛士が動いて無い理由とかさ」
「ギルドも無能ではないからな。そのような依頼が出た時点で、役所に何が起きているのかを問い合わせる筈だ」
そうすれば、少しでも手がかりが入る筈だとイザークは頷く。
あれよあれよと言う間に話が決まり、ヨルンと男性は嬉しいが困るという複雑な表情を浮かべてパーティーの面々を見ているのであった。