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神凪の鳥  作者: 紫焔
フェイルシア王国
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第六十五話

 イザーク達が昔馴染みにしていた宿は古びた外観をしていたが、中は清潔でかなり手入れが行き届いている印象を受けた。

 中に入り、イザークとカズヤが宿の主人と再会の言葉を交わしてから部屋を借りて上にあがった。

 一階が酒場兼食堂で、上の階が宿泊の為の部屋になっているのだ。

 丁度一人部屋が一つと二人部屋二つが空いていたのでイザークとカズヤ、ミリアとアリアがそれぞれ二人部屋に入り、志希が一人部屋に入る事になった。

 角の方の部屋で、隣がイザーク達で、向かいがミリアとアリアの部屋だ。

 今回、ミリアが神殿ではなくパーティーの面々と共に宿に入る事を選んだのは、この広い街で一々宿にまで来るのが大変そうだからだ。

 神殿と塔の学院は、かなり貴族区に近い場所にある。

 対してこの宿は一般区の中心にあるので、神殿や学院からこの宿に来るのは一刻以上の時間がかかるのだ。

 ちなみに、この話は宿の主人が教えてくれた。

 商売の為に言っているのかとも思ったが、本当であった場合とても面倒なので双子は部屋を借りたのだ。

 その後はギルドや防具屋、それに街の中で安い店や好みの店があるかを探す事になったので、全員で連れ立って宿を出た。

「ギルドを通した依頼じゃねぇから、そっち先に済ませた方が良いな」

 そう言いながら、カズヤが歩き出す。

 少々治安が悪い、と言う事はスラム寄りの所に店が開かれていると言う事だ。

 その為この街の事をある程度知っているイザークとカズヤが先頭に立っているのだ。

 志希はその二人について行こうとするのだが、フェイリアスの王都よりも人通りが多く、店も多いのでついきょろきょろとしてしまう。

「シキ、あんまりキョロキョロしない方が良いわ。転んじゃうわよ?」

 ミリアが見かねたのかそう声をかけて来て、志希はうんと頷く。

「まぁ、確かにそうだね。歩くのに集中しないと、転んじゃいそう」

 道は舗装されているが、人通りは多い。

 下手に人にぶつかれば嫌な思いをさせてしまうだろうし、相手が変な人間であれば難癖をつけられてしまうだろう。

 志希は取り敢えず好奇心を抑え、イザーク達に着いて行くのに集中する。

 整備された街並みは、少し裏路地に入ってもそれほど雰囲気は変わらない。

 だが、どんどんと奥に行くにつれて静かになり、そしてやや汚れた印象を感じさせる。

 建物が古いからか、それとも手入れを怠っているのかは不明だ。

 志希は思わず、イザークの外套を掴む。

 イザークは一瞬志希を見るが、それだけで何も言わずに進む。

「本当に、このへんなのかしら?」

 思わずと言った様にミリアが問いかけると、カズヤが唸る。

「たぶん、だけどな。もしかしたら、もう少し表側かもしれねぇけど」

「それにしても、随分と雰囲気が変わりますね……」

 アリアはカズヤの言葉を聞きつつ、感想を漏らす。

 表通りやそちらに近い方の道や家は、手入れをされた様子だった。

 だがしかし、そこよりやや離れただけで表通りの喧騒が聞こえなくなり、家や道が幾分寂れた印象を覗かせる。

 全く違う街にいるのではないかと錯覚する様な雰囲気に、裏側に足を運んだ事がなかった女三人は戸惑う。

「まあ、この辺はまだマシだぜ。もう少し奥の方……北東外壁に近い地区はもっと寂れてるぞ」

 カズヤの言葉に目を丸くするミリアとアリア。

 しかし、志希は成程と頷く。

「そっちがスラム、なんだ」

「ああ。犯罪者が潜伏する可能性が高い場所だ」

 イザークはそう言いつつ、ふっと足を止める。

 突然の事にどうしたのかと皆が彼を見ると、イザークはすっと指をさす。

「あそこではないか? 武具の看板が二つ並んでいるぞ」

 イザークの言葉に釣られてみてみれば、やや古い建物の上に看板が二つ並んでいる。

「あ、かもしれないね」

 武器屋と防具屋の二つを同時にする店は珍しいだけで、ない訳ではない。

 もっとも、その様な店は大概もっと大通りに面した場所に店を開いている事の方が多い筈である。

 このように少しでも治安の悪い所に店があると、強盗などが押し入る可能性が高いからだ。

 しかし、よくよく見てみると店の看板には印が入っているのに気が付いた。

 それはギルドから貰える、推薦印だ。

 冒険者達の間で最も利用する人数が多いか、金や銀の冒険者の推薦を受けてギルドマスターが認めれば推薦の印を貰えるという仕組みだ。

 少々の値は張ろうとも、良い武具を作る職人は貴重だ。

 実際、フェイリアスでひいきにしていた親方はギルド推薦の店だ。

 その性格ゆえに気に入った仕事以外は弟子に任せてしまっていたが、その腕が確かなのはカズヤの鎧を見ればわかる。

「へぇ、こりゃマジで親方の弟子かもしれないな」

 カズヤの呟きに頷きつつ、普通よりも大きめの店舗に向かって歩き出す一行。

 店の前にカズヤが立とうとして、足を止める。

 その瞬間、扉が内側から壊される。

 扉を壊したと思しき人物は殴られたのかあちこちに痣を作り、小さく呻く。

「だ、大丈夫ですか!?」

 ミリアが思わず声をかけ、怪我をしている人物に駆け寄る。

 人物は茶色い髪をした青年で、気を失っているようで返事をしない。

 志希は彼よりも、店内の方を気にする。

 彼に乱暴を働いた人物がいる筈だからだ。

 同じ事を考えたからか、カズヤはミリアの反対側に立ち入り口を警戒する。

 その気配を感じたのか、店内から声をかけられる。

「お、客か? だとしたら、他へ行け。この店は今取り込み中だ」

 野卑な声と言葉は聞こえるが、その姿は店の入り口からは見えない。

 見えるのは、滅茶苦茶に荒らされている店内だけだ。

 更に、鈍い打撃音と複数の子供が必死で怒鳴ったり泣いたりしている声が聞こえてくる。

 それを聞いた瞬間、志希は思わず店内に駆け込む。

 ならず者と言った姿をした男達はカウンターの奥で何かをしていて、終始鈍い音を作り出している。

「やめて!」

 怒声を上げると同時に、破壊されたカウンターの奥の方に見えるならず者達へと棍を投げる。

 彼等の直ぐ横に棍が音を立てた事で、ならず者達の動きが止まる。

 ならず者達の足元には、体を丸めた茶髪の男性が見えた。

 どうやら、奴らに蹴られるなどの暴行を受けていたようだ。

 そして、暴行に参加しなかったならず者たちは少年と言っても良いくらいの子供たちを掴んでいた。

 どの子供も顔を腫らし、ならず者に暴行されていた男性を心配している。

「この通り、この店は営業してねぇんだからよぉ? とっとと他の店に行って、買い物して来いよお嬢ちゃん」

「そうそう、ガキがこんな所来て、粋がってんじゃねぇよ」

 嘲笑するならず者たちに志希はカチンとしてしまう。

「ガキですってぇ!?」

 思わず抗議の声を上げると、ならず者たちはニヤニヤ笑う。

「何処からどう見ても、ガキだろ?」

「違うってんだったら、俺達に証拠見せてみろよ」

 力無い子供だと思ってなのか、ならず者たちは志希を値踏みする様に上から下まで見る。

 いやらしいとしか言いようのないその視線に、志希は物凄く不快になる。

「俺達が、大人の女にしてやっても良いんだぜ?」

 そう言いながら、ならず者たちのリーダーらしい男が前に出てくると。

「すまんが、ここの店主は何処だ? 俺達は用事があって来ている」

 そう、静かな声が割り込んでくる。

 イザークがゆっくりと店内に踏み込みながら、冷徹な目で男たちを見る。

 いつもと違い、威圧する様な雰囲気を纏いゆっくりと店内を歩き志希の隣に立つ。

「な、何だてめぇ……」

「店主に用事がある、と言っている」

 リーダーの言葉を遮り、じろりとイザークは相手をねめつける。

 静かな声音と威圧に、リーダーは舌打ちをする。

「仕方ねぇな、今日はここまでにしておいてやるよ。おい、いい加減この店畳んで街を出ていけ。じゃねぇと……次はこんなもんじゃすまねぇぞ」

 そう蹲っている男に向けて吐き捨て、ならず者たちは早足で裏口からぞろぞろと出て行こうとする。

 だが。

「貴様ら、この店にあった武器を持って出て行くのか?」

 静かに、イザークが言う。

 男達の幾人かの手には長剣や小剣が握られており、ちゃっかり志希の長棍も持って行かれる所であった。

「あ、私の棍!」

 声を上げると、ならず者達は再び舌打ちをして武器を投げ捨てて出て行く。

 志希は慌てて長棍を取り戻し、ふうと安堵の息を吐くと入り口からミリアが入って来る。

「外の人の治療、終わったわ。それほど酷い怪我がなかったのは、幸いだったわね。で、こっちにも怪我人がいるってカズヤから聞かされたんだけど」

 優しい緑色の法衣を翻して入って来るミリアに、志希が奥で蹲っている男性を示す。

「あの人。あと、子供達もなんか顔腫らしてる」

 そう言いながら、志希は取り敢えずポケットからハンカチを取り出し、水の精霊にお願いして濡らす。

 数人の子供のうち、一番ひどく顔を腫らしている少年の顔を冷やそうと思ったのだ。

 しかし、まるで猫が威嚇する様に少年達が蹲って気絶しているらしい男を庇う。

「来るな! お前ら、あいつらと繋がってないって証拠はないだろ!」

 敵愾心を露わに、少年達は此方を威嚇する。

 志希が思わず困惑すると、ミリアは優しい表情を浮かべる。

「エルシル様に誓って、貴方達に危害を加えないわ。酷い怪我をしているのなら、治療をしなくてはいけない。お願いだから、その人と貴方達の治療をさせてくれないかしら?」

 エルシル神の聖印を見せながら、ミリアは膝をついて子供たちを見る。

 視線を同じくらいにまで落とし、真摯な声音でミリアは少年達にお願いをする。

 ミリアの言葉と表情に子供達は困惑していると、入り口の方からカズヤとアリアの助けを借りながら青年が入って来る。

「カイ、大丈夫だから」

 中に入り、何があったのかを悟ったらしい青年は威嚇する少年の名を呼び、促す。

 その言葉に渋々と言った様に、場所をミリアに譲る。

「あんたも、無理すんなよ。取り敢えず、その辺座って少し休んだ方が良いぜ。店内は取り敢えず、オレ達が片付けるからよ」

 カズヤは青年に声をかけつつ、手が空いている志希やイザーク、アリアを見る。

「ん、分かった」

 志希は頷き、取り敢えずカイと呼ばれた少年にぬれた手拭いを押し付ける。

「それで顔、冷やした方が良いよ。凄く腫れてるから」

 そう言って、取り敢えず足跡が付けられた革鎧を持ち上げ、少しよろけながら端っこに置く。

 店内を元に戻す事など出来ないので、取り敢えずスペースを確保する方が先決と思ったのだ。

 同じ様にイザークとカズヤ、アリアも店内を片付け始めるのと、少年達も動きだす。

 先程警戒していた様子から、盗まれたりしないように見張ると言う意図があるようだ。

 少年達は荷物を片付けながら警戒して、イザーク達を見ている。

 その事に志希は小さく息を吐きつつ、早く色々と話を聞かせてもらいたいと思うのであった。

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