第六十四話
行きと同じだけの時間をかけて街に戻り、ギルドマスターに状況を報告した。
話しを聞いたギルドマスターはさっそくヴァルディル神殿に要請をして、神殿の浄化へと向かう事になった。
無論、場所を知っているという事でパーティー内の誰かが道案内をする事になったのは仕方のない事であろう。
ヴァルディル神殿のアンデッドキラー見習いや、鉄の冒険者数名とギルド職員を連れて再び森を往復してきた。
ちなみに、依頼されたのは道案内だけなので大人数で行く必要はない。
戦闘自体はアンデッドキラー見習いの神官や、鉄の冒険者達やギルド職員がするからだ。
ミリアは一緒に行って浄化の手伝いをしたいと言い出し、レンジャーでもあるカズヤは道案内に向いているという事で同行する事となった。
するとアリアも共に行きたいと言い出した事で、結局三人で道案内をする事になった。
結構な大所帯なので志希が同行するのはイザークが許さなかったというのもあり、二人は街で三人が帰って来るのを待つという事にした。
数日後、無事道案内を終えた三人と合流し、一日休養してからフェイルシアの王都を目指して再び出発した。
その後は特に何事もなく、目的地に到着したのは約半月後のエルシル小の月の半ばであった。
本来であればエルシル小の月の頭には到着する筈であったのだが、小神の神官が起こした事件により半月ほど遅れたのだ。
フェイルシアの王都の手前で馬車の駅がある為、そこで降りて志希は口を開けて目の前の城壁を見上げる。
大きな石を積み上げ造られた城壁は、かなりの高さを誇っている。
この城壁はでこぼこした所が見受けられず、表面は平らだ。
長方形になっている石を積み上げて造られたこの城壁は、かなり緻密な計算をされて作られているだろう。
この城壁を見るだけで、フェイリアスとフェイルシアの国力の違いが見えた気がする志希。
「シキ、いつまで見ていても仕方ないでしょ? 行きましょう」
ミリアの言葉に正気づいた志希は頷き、待っている四人と共に歩きだす。
それなりに舗装された道はかなり広く、大きい。
志希は現代以外で見た事のない規模の道路にきょろきょろしていると、カズヤが呆れた声を上げる。
「あんまりキョロキョロすんな。大きい都市にはスリもいるんだから、気をつけろよ」
「あ、はぁい」
カズヤの言葉に頷き、志希はきょろきょろするのを極力我慢しながら歩く。
志希としては、初めての大都市だ。
無論、フェイリアスも大都市と言える程の大きさを誇っていた筈だが、このフェイルシアの王都程の規模は無かったような気がする。
巨大な門から中に入れば、真正面に王城が見える。
遠目でも分かる程大きく、どこか古めかしい印象を与える城。
感心している志希を見て、アリアが口を開く。
「このフェイルシアの王都は、王城を中心にして街ができています。そして、大きな通りは基本的に家具や道具、武具を売る店が並んでいます」
「そうそう、服屋もあるけれど……古着屋の方が多いわ。新品の既製品や仕立てをする店はどちらかと言うと王城の周りにある、貴族区の方にあるの。この辺りに住む人達には、ちょっとお高いから」
ミリアはアリアの説明に補足を着けてくれる。
ふうんと頷いていると、カズヤが更に補足の説明を着けてくれる。
「ちなみに、冒険者ギルドは貴族区と一般区の中間にある。貴族の依頼を受けやすく、庶民の依頼も受けやすくってやつだ」
完全な庶民区にあると貴族がやたらに居丈高になり、面倒事を引き起こしてくれるらしい。
その為、貴族区の近くに移転したそうだ。
貴族区は王に許された者達が住む場所で、名前にある通り主に貴族が居を構えている。
だがしかし、金の冒険者等で功績を残した者等がそこに屋敷を賜り、住まう事もあるのだ。
それ故、貴族たちは文句は言っても排除をしようとはしなかったらしい。
「取り敢えず、宿を借りる方を先にしようぜ。荷物をとっとと置いて、親方に頼まれた手紙を届けないといけないしよ」
「そうだな、いつもの所にするか」
「おう、了解」
カズヤとイザークの二人で、宿をあっさりと決めてしまう。
「え!?」
女性三人が思わず声を上げると、カズヤがにっと笑う。
「俺とイザークは、フェイリアスに行く前こっちで仕事をしていたんだ。馴染みにしていた宿は安くて、鍵もしっかりしてる良い所だぜ。飯も旨いしな」
「ギルド認定宿としては、かなり良いと評判だ」
イザークの言葉に、感心した表情を浮かべる面々。
「おいおい、ミリアもアリアも来た事ないのか?」
思わずカズヤが突っ込むと、二人は若干気まずげな表情を浮かべる。
「ええ、まぁ……」
「こうなる前には幾度か来た事がありましたけど……」
口ごもりながら言う二人に、カズヤは跋の悪い表情を浮かべる。
冒険者となる前は準王族と言った地位にいた二人だ。
フェイルシアに来た事があるとは言っても、こんな下町の宿など泊まった事は無いだろう。
「それじゃ、私と一緒で初めてかぁ……街の中で道に迷わない様に、気を付けようね」
志希は笑顔で二人に言うと、ミリアは頷く。
「そうね。土地勘がないと迷いやすそうな街に見えるし、気を付けましょうね」
「あとまぁ、変に裏通り行かない様にしろよ。スラムとか治安悪いからな」
ミリアの言葉にかぶせるように、カズヤが真剣な声音で注意する。
志希はきょとんとした表情を浮かべ思わず首を傾げる。
冒険者は基本的に身分を保障されているので、売られて奴隷などにされる事は無い。
何よりそのような事をするのは、リスクが高すぎる。
だが。
「冒険者を見染めた貴族が命じて、奴隷として浚う事もありうる」
と言うイザークの言葉に、志希は思わず顔を歪める。
この場合は、冒険者だけではなくアルフやアールヴも当てはまる。
美しい容姿や、少々変わった能力などを持つ亜人や人間を浚って飼う人間がいるのだ。
「そうなった場合、届け出のされない奴隷と言う事になりますね。奴隷の保有数は決まっていますから、それ以上は取り締まりの対象になりますもの」
アリアが眉を潜めて言う。
「でも、どうやって捕まえておくの? 冒険者であれば鍵開けとか、魔術とか精霊術とかの心得がある人だっていると思うんだけど」
「魔術や精霊術は、それを封じる魔道具があるからそれを着けられる。もし魔術師が協力していれば、制約の魔術を刻んだ物を着けられる」
イザークのあまりにも詳しい言葉に思わず彼を見る志希。
カズヤは肩を竦め、苦笑しながら口を開く。
「オレらがここを出るちょっと前に、クルトと一緒にそう言うバカの根城を強襲した事があったんだよ。理由はまぁ、クルトの身内が街にいる筈なのにいないって言うのが発端だったな」
「あの時の貴族は無事に裁かれ、今は奴隷として鉱山で強制労働に服しているはずだ」
カズヤの言葉に補足を入れるイザーク。
だから、奴隷として扱われる冒険者や術者達にどんな事が施されていたのかを知っていたのだ。
これを聞いて柳眉を逆立てたのは、ミリアだ。
「何それ、とんでもないわね!」
鼻息も荒く怒るのは、神官としても人としても許せないからだ。
王侯貴族の出身ではあるが、そもそも慈悲深き大地母神の神官であるミリアは奴隷を好いていない。
奴隷となるのは大体は犯罪者なのだが、赤貧に喘ぎ身売りせざるを得ない貧しい村の人間も多い。
村が貧しくなるのは農作物が上手く育たないという事の他に、飢饉が起きたりする場合だ。
それらを改善したり、飢饉を未然に防ぐように領主や役人が手を打っておけば、身売りをしなくても暮らして行く事は可能な筈なのだ。
だが、上役が無能であったり腐っていた場合は、負担は全て村人へとのしかかる。
その為奴隷が増え、奴隷を売り買いする商人が出来たのである。
これに伴い、国策で奴隷は財産だとするように定められた。
だが、奴隷が増えれば農村部での人口が減少してしまう。
それに歯止めをかける為、奴隷に制度がもうけられたのだ。
奴隷の衣食住を保証し、むやみに傷つけたり殺したりはしない事。
奴隷の保有人数が決められ、奴隷も財産の一つとして数えられる事。
奴隷を解放できる事。
身分が保障されている者を勝手に奴隷にしてはならない事等など、様々な取り決めがされている。
冒険者は身分が保障されているので、奴隷にしてはいけない存在だ。
また亜人達も勝手に奴隷にしてしまえば、それぞれの種族の上層部からその国の上層部が物凄い抗議をされる為、自ら望まない者を奴隷にしてはいけないと言う取り決めをされている。
しかし、裏社会の者たちにとって亜人は良い奴隷らしく、隙あらば捕まえて非認可の奴隷としようとする。
「まぁ、怒るのは分かるが気をつけろよ。ミリアもアリアも美人だし、シキに至ってはアレだからよ……下手に目を着けられたら厄介な事になるからな」
「はぁい。でも、フェイリアスでは何も言わなかったよね?」
志希はカズヤの忠告に頷きつつ、首を傾げる。
その疑問に口を開いたのは、イザークだ。
「フェイリアスはフェイルシアの盾だ。いわば、妖魔との最前線国。その国で、足元をすくうような組織に暗躍されてはたまった物ではなかろう。裏で王家と様々な協定を結んでいたようだが、オーランド王子が冒険者になると同時に全て摘発し、再起不能なまでに叩きつぶした」
それ故志希はフェイリアスで割とのんきに過ごす事が出来たのである。
志希は思わずぽかんと口を開け、オーランド王子の顔を思い浮かべる。
爽やかで美形な王子だったが、やはり腹黒かったのかと一人納得する。
「フェイルシアは歴史も古く、大きな国だ。だがその分、裏に対しての動きは愚鈍だ。先頃言ったクルトの事例の時、奴が強行に動かなければあの娘を見つけるのは困難だっただろう」
イザークの淡々とした言葉に、志希の背筋が慄く。
フェイリアスで王族と知り合いであったクルトが、強硬手段に取らなくてはならなかったというのは余程だ。
あちこちに個人的な伝手があるクルトだからこそ、出来た芸当。
一冒険者である志希達がもし浚われたとしても、見つけ出す事は困難なのだとイザークは言外に告げたのだ。
「まぁ、下手な奴らに目をつけられたりとか、スラムの奥に行くとかがない限りそんな事はそうそうないけどな! クルトの身内っていう女の子は、超が付くくらいの美人だったしよ」
カズヤはそう言って、大丈夫だろうと笑う。
志希もミリアもアリアもこくこくと頷き、大丈夫だろうと思う事にする。
「でも、イザークも随分フェイリアスやフェイルシアの内情を知っているのね。どうしてなのかしら?」
ふと、ミリアがそんな疑問の声を上げる。
「摘発する際、俺もクルトも参加したからな」
さらりと言うイザークの言葉に、四人は絶句する。
「おま……そんな前から、冒険者やってたんだろ? それでどうして、今銅なんだよ」
思わずと言った様に突っ込むカズヤに、イザークは苦笑する。
「さぁ、な」
故意に階級を上げていないのは、この言葉から分かる。
だが理由を語るつもりがないのは、その表情から読み取ることができた。
その彼にカズヤはため息をついて頭を振ってから、気持ちを切り替えるように前を見る。
「まぁ、イザークがどうして階級上げないのは置いておくか。それより切実に、オレ達は宿に入る方が先決だしよ。往来でグダグダ話してても、始まらないしな!」
うん、と自分に頷いてからカズヤは足を速める。
「んじゃま、さっさと行こうぜー!」
「うぇ!? いきなり早歩きしないでよ!」
「うるせー、オレは風呂に入りたいんだぁ!」
「良いわねお風呂、わたしも入りに行きたいわ」
「わたしもです!」
ワイワイと楽しそうにしながら足を速める四人に、イザークは呆れた様に小さく笑い、目を和ませて歩くのであった。