第六十二話
引き続き、グロ注意だと思います。
後に残されたのは、両方の断面から血飛沫を上げぐらぐらと揺れている人間の体。
そこから少し離れた所に、首の上にあった頭が落ちている。
あまりにも衝撃的なその光景に喉の奥からせり上がる物があり、志希はそれを必死でこらえながら神官の死に体となったそれを見ている。
仲間がやった事は間違っていないと理解しているが、酷い忌避感に苛まされ始めた瞬間。
「あはははははははははは!! わたくしはこれぐらいで死にはいたしませんわ、伝説の不死者となるのですから。たとえ、エルシルの加護があろうともわたくしを止められませんのよ!」
と、頭だけになった神官が笑う。
余りにもおぞましいその光景に、志希は今度こそ堪え切れずにその場に蹲り胃の中の物を吐き出す。
アリアがふらつきながら志希の背中をさすり、無言で気遣っていると更に神官の頭が笑う。
「あら、そこのお嬢さんは人が殺される所を見るのは初めてだったのですか? 随分と箱入りの様ですわね。貴族の娘か何かですか? まぁ、何にせよ皆さんにはわたくしの下僕になっていただきますのでどうでもよい事ですわね」
神官の首はけたたましく哄笑を上げ、首と両腕の無い神官の体は血をまき散らす音を立てながら動きだす。
胴と首が別れている状態だと言うのに、彼女の意思で動かす事が出来るらしい。
「気持ち悪い……」
志希は思わず呟くと、神官が哄笑を止めぎろりと志希を睨む。
「わたくしの素晴らしいこの体の事を、気持ち悪いですって!?」
ヒステリックな声を上げる首と、物凄い早さで移動を始める胴体。
イザークは胴体の移動を阻止しようと足を狙って大剣を振るい、カズヤとミリアが胴体の前に立つ。
胴体は予備動作一つなく跳躍し、首の側に降り立つ。
「さぁ、元の美しいわたくしに戻るのを見ていなさい!」
神官がそう言うと同時に、胴体部分の両腕が物凄い勢いで生えてくる。
断たれた断面から骨が伸び、筋と腱、肉が骨を覆い最後に皮が被さる。
出来立ての両手はそのまま首を掴みあげると、断面と断面を合わせてつける。
それだけで、神官は先程と同じ人の形へと戻った。
「何ておぞましい……完全な不死者に成っていれば、加護の力で再生を阻害出来る筈なのに」
ミリアは嫌悪と悔しさをあらわにし、大鎌を握りしめて駆けだす。
「気持ち悪いのは同意だな!」
誰にともなく言いながら、カズヤはミリアの後に続く。
イザークもまた追撃をしようとするが、足を止めて志希を見る。
志希はイザークの視線に気がついて顔を上げ、必死の表情で頷く。
「分かってる、大丈夫。頑張れるから」
そう言って、志希はアリアを制して立ち上がる。
ここで蹲って吐いているのは簡単だが、冒険者である事を選んだのだからそれだけではいけない。
いつかは人間や人の形をした怪物たちと戦わなくてはならないのだ。
「……援護を頼む」
志希の意を汲み、イザークはそれだけを告げて神官へと切りかかる。
「アリア、迷惑掛けてごめんね」
「いいえ、わたしも迷惑をかけていますから」
志希の言葉にアリアは微笑み、促す。
「さぁ、人の形をした怪物ですがカズヤさんや姉さん、イザークさんが居るんだから絶対倒せます。頑張りましょう!」
ミリアとよく似た優しげなその笑みに励まされ、志希も思わず笑みを浮かべて頷く。
しっかりと両足を地面に着け、深呼吸をして志希は神官を見る。
支えようとしていたアリアは志希の様子に頷き、少し距離を取った位置に移動し杖を掲げる。
「アリア、今なら強力な魔術を使ってもいけると思う」
カズヤやアリアの刃をくぐり、イザークの大剣を受け流しつつ素手で反撃を繰り返す神官。
自分の身体能力に酔い、本来の戦い方であろう邪悪なる奇跡を使わない今が大きなチャンスだろうと志希は読んだのだ。
アリアは無言で志希の言葉に頷き、杖をゆらゆらと揺らす。
しかし呪文は唱えず、集中しながら大きな魔術を構成して行く。
志希は風の精霊達を使役し、真空の刃を神官へと放つ。
真空の刃はやすやすと神官の体を斜めに断つが、直ぐに傷口がくっつき塞がれる。
「あははははは! どんな存在も、わたくしを殺すことなんてできないのですわ! さぁ、大人しくわたくしに喰らわれてくださいな!」
そう言いながら神官はイザークの方へと足を踏み出して、横にいるカズヤへと飛ぶ。
「こなくそ!」
カズヤは突然方向転換した上、一瞬で目の前に現れた神官に驚きながらも長剣を振るう。
しかし神官は身をかがめてそれを避け、カズヤの胴へと手刀を叩きつける。
「ぐはぁ!」
思わず声を上げ、カズヤはたたらを踏む。
そこに神官が下からカズヤの顎先目がけて掌底打ちを繰り出す。
カズヤはそれを何とか避けるが、体勢を崩してしまう。
ミリアはそれをフォローする為大鎌を背中に向けて振るうが横に避けられ、イザークも斬りかかったが受け止められてしまう。
「ああ、折角美味しそうな魂を頂けるはずでしたのに邪魔をするなんて、無粋な方たちですわね!」
神官がそう笑いながらイザーク達を詰ると。
「油断大敵ですよ」
と言うアリアの剣呑な声音と同時に、神官の足元から火柱が立つ。
無言で魔術を構成し、発動させたアリアは脂汗を額に浮かべながら笑う。
「それに何より、多情な女性は嫌われるんですよ?」
イザークを狙っていたと言うのに、カズヤに急に方向転換した事にアリアはどうやら怒りを覚えた様だ。
構築した魔術を極限まで圧縮し、威力を高めた火柱の魔術は神官の体を焼きつくす。
火柱の中から神官の悲鳴が響き、人が焼ける嫌な臭いが立ち込める。
嘔吐を催す臭いに志希は喉を鳴らしつつ、油断なく構える。
上半身を斜めに断ちきられても再生する様な怪物なのだから、油断していては危ない。
ミリアは警戒しながらもカズヤの側に移動し、治癒の奇跡で傷を癒す。
イザークはイザークで、火柱が目の前に炸裂した事に驚きもせず大剣を素早く引いて間合いを取って構えている。
突然立った火柱は、同じ様に突然消える。
中には小さく縮み、炭化した人型が立っているだけだった。
しかし、変化は直ぐに起きる。
ふるりと揺れた人型が膨張し、黒い炭部分が剥がれおち白い素肌を見せる。
焼け落ちた髪は見る間に生え揃い、裸体となった神官の体を彩る。
「酷いですわ、わたくしの大事な神官衣と鎧を焼きつくしてしまうなんて」
嫣然と笑い、神官はミリアを見る。
豊満な体を余すところ無く晒しながら、神官は羞恥する様子も無く構える。
「まぁ、良いですわ。服はあなた達からいただきますので……っ!?」
楽しげに笑いながら強奪すると宣言した瞬間、神官の表情が変わる。
余裕のあった態度と、見下した表情が驚愕に染まっているのだ。
「な、何ですの……?」
神官の呟きと同時に、彼女の腹がぼこりと膨らむ。
「あっ、あああ!?」
驚きに声を上げる彼女の体が、ぼこぼこと蠕動し始める。
まるで、体の中で巨大な何かが暴れまわっているかのようだ。
大きく口を開け、悲鳴を上げる神官。
その間にも神官の股間から腹に掛けて朱色の線が走り、びちゃびちゃとはしたない音を立てながら薄紅色の触手の様な物が飛びだしてくる。
先程見た光景など比ではない程のおぞましさに、ミリアが喉を鳴らす。
「グロいなぁ、おい!」
カズヤはそう叫びながら、自失しかけているミリアの腕を引っ掴み神官から離れる。
イザークもまた、予想できない方向への変化に距離を取り警戒する。
近くに居れば、肉の触手の様な物に絡め取られそうだったからだ。
その間にも神官の体は蠕動し、人の形から離れて行く。
喘ぎ声にも悲鳴のもとれる声はくぐもり、自我がある様には聞こえない。
薄紅色をした大量の触手は蠢き、まるで縋る物を探しているかのように木々を薙ぎ倒す。
「一体何が」
アリアは呟き、すっかり薄紅色をした塊になった生き物らしきそれを見る。
「人の身で、人以上のモノになろうとしたからだろう。半ば不死者であったとはいえ、な」
人の身でありながら人の魂を喰らったと言う禁忌を犯したのだから、何があってもおかしくはない。
蠢き、膨張する触手の塊はぞろりと伸びて生きている物を求める。
イザークは伸びて来た肉の触手を切り捨て、ミリアとカズヤは避ける。
アリアもまたその場から離れ、肉の触手から逃れている。
しかし、志希は一人その場に立っていた。
目前に迫る肉の触手等見えない様に、じっと金の瞳をその根元部分に向けている。
おぞましい光景の筈なのに、志希の瞳には全く違うモノが見えていた。
苦しみ、悶え、泣き叫ぶ無数の何か。
それは蓄えられ、圧縮された故に人の形を忘れてしまった魂達だ。
同時に、志希はそれを救わねばならないと感じた。
「シキ!」
イザークの声が聞こえるが、志希は返事をしない。
ただゆっくりと手を持ち上げ、首に着けているチョーカーの宝珠部分を指先で撫でる。
「お願い、力を貸して……あの人が行ったのは魂喰らい。世界を循環する流れを吸収し、歪める行い。私達がそれを正しい形に導き、戻すべきだと思うの」
志希の囁きに、宝珠部分が淡く光を発する。
普段は精霊の揺り籠としてしか機能していない宝珠が、志希の『神凪の鳥』としての言葉に反応したのだ。
『神凪の鳥』は世界の愛し子。
世界は親であるも同然で、世界を巡回する流れは人の血液に相当するものだ。
世界は全てを受け入れるが、世界を枯らす様な存在を『神凪の鳥』は赦しておけない。
ふわりと、志希の髪が風も無いのになびく。
同時に志希は己の額が熱を持っているのを感じ、目を閉じる。
志希の熱に反応したのか、触手が一斉に志希へと延びる。
間合いを取っていたイザークは目を剥き、駆け出す。
しかし、距離がある為に間に合わない。
「シキ!」
カズヤの呼びかけと、アリアの悲鳴。
ミリアもイザークに続き、大鎌を手に駆けだしている。
志希はその彼等を一瞬だけ振り返り、微笑む。
閉じていた目は開かれ、甘くとろけた金の瞳を柔らかく和ませる。
同時に触手が志希を覆い隠し、ぐちゃぐちゃと蠢く。
「いやぁぁぁぁ!!」
アリアが悲鳴を上げる中、ミリアが大鎌で触手を切りつける。
イザークもまた大剣を上段から振り下ろして切り裂くが、ぐずぐずと傷口が塞がり全く痛痒を与えていない。
それでもとイザークが大剣を振り被った瞬間、薄紅色の肉の塊の動きが止まり、端から白い光となって分解されて行く。
光は歓喜する様に舞い上がり、空へと昇っていく。
そして、光が消えた後には仄かに白い光を纏う志希が片手を空に伸ばして立っていた。
まるで白い光を送る様に空を見上げ、微動だにしない。
尊く厳かな空気を纏い、まるで言葉をかけられるのを拒絶しているかのようだ。
しかし、それでは何が起こったのか分からないままだ。
「シキ」
イザークが静かに声をかけると、志希は腕をゆっくりと降ろして大きく息を吐く。
それだけで、体に纏っていた白い光は消えいつもと同じ様な雰囲気へと戻る。
「ええっと、事情説明とかは全部後にして今は後始末をしようよ。この奥の神殿にしてるって言う場所も浄化したりとか、色々としないといけないし」
志希は若干気まずそうな表情を浮かべ、振り返りながら提案する。
その言葉にアリアが声を上げようとするが、ミリアがそれを遮るように手を上げる。
「賛成ね。この場所にはまだ、バンシーや先程の首なし騎士の穢された魂の気配がするもの。神殿もろともこの辺りを浄化して、野営の準備をするべきだわ」
ミリアはきっぱりと神官として、また冒険者としてやるべき事だと同意する。
その言葉にアリアが抗議をするように声を上げるが、カズヤもまたミリアに同意する。
「んだな。ここでグダグダ言っても始まらねぇし、さっさとやるべき事をやる方が建設的だろ? それに……」
「シキ自身、何をどう話すのか考えが纏まっていないのだろうな。それならば、ここで詰問するのではなく野営の時にした方が良かろう」
イザークはそう溜息交じりに言い、不満げなアリアを見る。
「はぁ……わかりました。ではここで少し休ませてください。初めて無詠唱で圧縮魔術を使ったので疲れました」
三対一では勝ち目がないとアリアは渋々と頷き、その場に腰を下ろす。
いつもであればカズヤの側に行くのだが、今日はそれが出来ない程疲れているのであろう。
志希はいつもと同じで、ほんの少しだけ違う光景を見ながら深呼吸をする。
その間に、ミリアがこの場に留まり続けるバンシーや首なし騎士たちの魂を浄化する為エルシル神への祈祷を始める。
ミリアの良く通る声が酷く心地よく、志希は目を閉じる。
穢れを払われた魂達がもう二度と、利用される事が無いようにと祈りを捧げるのであった。