第五十六話
ギルドで依頼を受けてから準備と体を休める為に宿を取り、翌日に荷物を宿に預けて森へと入った。
何せ早く調査をしなければ、この町のギルドは商売あがったりになってしまう。
依頼を受ける事が出来ないのはギルドとして致命的で、急かされるのは当り前だろう。
それに、早目に調査をして行かねば近隣住民に更なる被害が出るかもしれない。
行方不明だった猟師と薬師がリビングデッドになっていたと言う話や、リビングデッド達が布陣を敷いていたと言う不自然さも見逃せない。
リビングデッドに殺された者が、リビングデッドになる事はない。
犠牲者が同族になってしまう様な不死者は、グールやグワルと呼ばれる存在だ。
グールはリビングデッドよりも長く怨念を抱え込み、生きている者に対し多大なる恨みと食欲を示す不死者である。
動き自体がリビングデッドよりも機敏で素早く、見た目がリビングデッドとあまり変わらない為油断していると痛い目にあう事が多い。
グワルはグールよりも多い怨念に浸され続けた事により、生前の知識を取り戻した個体である。
だがしかし、理性その物は怨みにより喰い尽されている為、相手を攻撃する手段としてしか活用されない。
リビングデッドよりも段違いに強く、グワルになると生前の職業によって魔法まで使ってくる恐ろしい不死者だ。
そんな強い不死者がいるのであれば鉄の即席パーティや、グレイベアと戦いながら相手をするなど不可能だ。
そのような事態になっている場合、そもそも生きて帰って来れないだろう。
それらを踏まえると、最後に浮かんでくる可能性はただ一つだ。
「人為的な物だな」
先頭を歩くカズヤが呟く。
「それ以外考えられないわ。霊気はあるけれどグールやグワルが生まれる程、怨念を含んでいないしね」
ミリアはそう言いながら、森の中を警戒している。
「死霊術師か、闇の小神の神官か……」
イザークの呟きに、アリアが深いため息を吐く。
「基本、死霊術師はエルシル神やヴァルディル神には毛嫌いされていますけれど魔術師の系統としてはしっかりあるのですよね」
己自身が魔術師であるアリアは、苦笑しながら言う。
「死者を召喚し、話をしてその知識を得ると言う手段にもなります。わたしはエルシル様を信仰していますけれど、知識の徒でもありますから否定しません」
アリアの言葉に、ミリアが顔を顰める。
それはそうだ、彼女はエルシルの聖女だ。
しかし、アリアはしっかりと自分の考えも持っている。
「死霊術師になると、実は死霊と話をしてその無念を聞き少しでもその怨念を薄くする事が出来るんです。もちろん、浄化は神官のお役目ですけどね。でも、その死霊と話をして被害を抑える事が出来る役目の一端にも、なるんですよ。あと、特殊な例ですけど……引き裂かれて死んでしまった恋人達の霊を引き合わせ、浄化するっていう事をした死霊術師も居たんですよ」
字面が悪いだけで、死霊術師全てが悪い人間ではないとアリアは訴えているのだ。
同じ学問の徒で、彼らだけが悪者扱いされるのはどうか、と言うのがアリアの気持なのだろう。
「まぁ、その通りだよね。わりと死霊術師になる人は霊に対しても優しい人多いし。魔術師で悪い人が居るとか、盗賊や戦士、冒険者で悪い人が居るとか言うのとおんなじでしょ?」
志希はごくあっさりとアリアに同意し、ミリアがむぅッと唸る。
「力とは、使う人間の心次第という事だ」
イザークが結論を言うと、ミリアは深いため息をつく。
「分かってるけれど、わたしは教義としてそれを許すわけにはいかないのよ」
神官とは、融通が効かない物なのだ。
「ええ、姉さんはそれでいいと思います」
理解はしていると言う言葉とともにアリアは微笑み、頷く。
ヴァルディルほど苛烈ではなくとも、エルシルは不死者達には厳しい。
死霊もまた不死者の種別に入る物なのだから、ミリアが許容しないのは当然なのだ。
アリアはただ知っていてもらいたかった様で、それ以上特に言う事も無いらしい。
志希はそんな姉妹に苦笑をしていると、風の精霊が現れ触れてくる。
目を閉じ、風の精霊と意識を同調させて志希は口を開く。
「北西の方角に、リビングデッドの群れを見つけたよ。十体ぐらいいる」
「距離は?」
間髪入れず、イザークが問いかける。
「……結構奥の方だから、今日一日でそっちに行くのは無理だと思う。ただ、じっと待機してるみたい」
志希は冷静に精霊からの映像を言葉にして纏めて伝えると、一同が深いため息を吐く。
自然発生で生まれたリビングデッドは周囲をウロウロして、生者を探す。それを死霊術や、闇の小神などの奇跡で命令を与え、意のままに操る事が出来るのだ。
造られたにしろ自然発生したにしろ、リビングデッドが待機をするという事は人間なり知能を持つ妖魔なりが関わっている以外考えられない。
「何の為にそのような事をしたのかが問題だ。この町に怨みがあるのか、気まぐれか……」
「何にしても、止めさせる事は変わらないわ。奇跡や術で作られた不死者の魂が、歪んでしまう前に浄化しなくちゃいけない」
ミリアの強い言葉の裏には、彼等に対する怒りの様な、憎しみの様な物が垣間見える。
志希は思わず、ミリアの背中をじっと見る。
アリアはいつもの事だと言うように普通にしているが、志希にはミリアの不死者に対する感情が引っ掛かるのだ。
何が引っ掛かるのか首を傾げるが、ミリア本人に問いかける事はしない。
してはならないと、直感が働いたからだ。
何よりもまず、志希は神官では無いしそちらの道に進むつもりもない。
であれば、志希は聖女たるミリアに対する言葉を持ってはいけないのだ。
ゆっくりと志希は頭を振り、息を吐く。
「疲れたか?」
イザークの問いに、志希は緩く頭を振る。
「疲れたって言うか、意外にこの森は広いみたいで……木々の精霊達が一杯話しかけてくるの」
取り敢えず、志希は思っていた事を誤魔化す為に精霊達を引き合いに出す。
実際、植物の精霊達が一生懸命話しかけて来て、大変なのだ。
ここから右の方に美味しいプルの実が生る木があるとか、この季節はイーロが美味しいから摘んで行くと良いとか勧めてくる。
他には最近人間が森に入ってこないから何かあったのかとか、リビングデッドが森の東側から大量に来たとか色々と複数で語りかけて来ているのだ。
「いっぺんに話しかけられるから……って、え!?」
思わず志希は足を止め、聞き流していた話題に反応する。
「お、どうした?」
先頭のカズヤが問いかけてくるが、志希はきょろきょろと森の中を見回して口を開く。
「今、リビングデッドの事を教えてくれたの誰かな?」
志希の台詞に、森に居る精霊達がリビングデッドの事を教えてくれたらしいと悟り全員で足を止める。
その間にも、志希は耳を澄ませて目を閉じる。
精霊達は志希の言葉に口を閉ざし、リビングデッドの話をした木の精霊との会話が終わるのを待つ。
志希は二度三度深呼吸をしてから目を開き、ありがとうと小さく精霊達に礼を言う。
「物凄く申し訳ないんだけど、少し休憩して良いかな?」
先ほどよりも若干顔色が悪くなっている志希がそう申し出ると、イザークが頷き三人を見る。
「ええ、わたしは良いと思うわ。顔色が悪いのが気になるしね」
「んじゃ、少しその辺に座ろうぜ」
ミリアの返事にカズヤは頷き、アリアも当然と言うように休憩する為に荷物に引っかけてある水筒を手に取る。
志希は若干ふらつきながら腰を下ろすと、ミリアが直ぐ隣に腰をおろして手招きをする。
「少し、横になった方が良いんじゃない? 本当に顔色が悪いわ」
ミリアの言葉にありがたく頷き、志希は荷物を枕に横になる。
「ごめん、ちょっと何時にない感じで視たから目眩がしちゃって」
常日頃、風の精霊達と意識を重ねて遠距離を見ている志希だが、植物の精霊との意識の同調が上手に出来ず酔ってしまった状態だ。
その彼女に、精霊達が群がり心配そうにしている。
頭の中で大丈夫だと精霊達を宥めながら、志希は口を開く。
「どうやら、リビングデッドは全部で三十体から四十体いるみたい。それが、森の東側から入って来たんだって」
志希の唐突の言葉に、むっとイザークが唸る。
「それは何時の事だ?」
「四日くらい前かなぁ……逆十字に骸骨があしらわれた聖印を黒いローブに縫い付けた人物が引きつれて歩いてた」
志希の一言に、ミリアの瞳が丸くなる。
「闇の小神、不死者に恩寵を与える者だわ」
神の名は伝わっていないが、邪神としての銘はある。
小さいとはいえ神は神だ。
また、ヴァンデル神の配下の神とも言われているので、そこそこの力を持つとされている。
「何のためにここに拠点を構えたのかが気になるが、話を聞くのは本人からだな。取り敢えず、シキには悪いが他にリビングデッドが配置されていないかとか、何処にその神官が居るのか精霊に聞いてみてくれ」
カズヤはそう言って、背中に背負っている弓の弦を弾き始める。
遠距離から攻撃を仕掛ける為に、カズヤは長弓を持ってきていた。
初めて会った時、ゴブリンの首を射抜いたのはカズヤ。
その腕前は、かなりの物であろう。
だが今回の相手はリビングデッドなため、あまり弓を使うつもりはないと言っていた。
どうやら狩りをして新鮮な肉を手に入れるつもりで持ってきたようだ。
干し肉ばかりの食事は、流石に飽きが来るのだ。
このちょっとした休憩を利用して、付近の偵察と言う名目で小さな動物を狩って来るつもりなのだろう。
イザークは弦の具合を見ているカズヤに頷き、特に止める素振りも無い。
志希もまた、この近辺にはリビングデッドが居ないのが分かっているので口を挿まずに目眩が治るまで目を閉じる事にする。
美味しい食事が出来て嬉しいのは、皆なのである。
動物などの居場所については風の精霊や植物の精霊に聞けばわかるが、カズヤには経験があるので助言は必要ない。
ただ、注意すべき言葉は一つ。
「霊気が漂ってるから、出来るだけ一撃で仕留めてね」
直ぐにリビングデッド化する訳ではないが、あまり手間取ると変な影響を受けるかもしれない。
その心配があるので、志希は一言告げた。
「分かってる。んじゃ、ちょいとばかり行ってくる。休憩がてら、野営の為の薪とか拾っといてくれよ」
まだ早い時間ではあるが、野営の時間に薪が拾えるかは疑問だ。
少しずつ皆で拾っておけば、後が楽になるのだ。
カズヤは足音も無く森の中に消え、アリアはあっと声を上げるが直ぐに腰を上げて薪を拾い始める。
「シキはそのまま横になっていろ」
イザークは一言告げ、立ち上がるなり薪を拾い始める。
ミリアも立とうととするが、それを手で制してアリアと二人周囲の薪になりそうな木の枝を拾う。
ミリアはイザークの意図を読んでそのまま志希の側に座り、様子を見ている。
「はぁ、なんかごめんねぇ」
志希は何となく居た堪れない気持ちになり、小さく謝る。
ミリアはそんな志希の言葉にくすくすと笑い、頭を振る。
「何言ってるのよ。シキのお陰で、わりと早くお仕事が終わりそうなのよ?」
そう言って、ミリアは志希の額を撫でる。
「シキの休憩が終わったら、移動しながら今度は小神の神官が拠点にしてるであろう所を探してもらうんだから。謝る必要もへこむ必要も無いのよ」
あっさりと言われた志希は、なるほどと頷く。
きちんと志希は志希の役割を果たしているともミリアは示していて、志希はふっと安堵の息を吐く。
「自分の為すべき事を為せるのであれば、誰も不満を言わないわ。きちんとお手柄立ててるんだから、胸を張って良いのよ。むしろ、わたしとアリアの方が色々と不安だわ」
肩を竦め、ミリアは苦笑しながら言う。
志希はその言葉に目を丸くすると、ミリアは内緒だと人差し指を口に立てる。
「最初のころから、わたし達の印象は悪いでしょう? だから、その分きちんとお仕事をしなくちゃって思うの。それに、わたし達の事情に巻き込んでいるのもあるから……尚更しっかりしなくっちゃってね」
「でも、ミリアもアリアもしっかりと役割を果たしてると思うよ?」
志希は思わず、ミリアにそう告げる。
「イザークだってカズヤだって、きっとそう思ってる。だから、あんまり気を張らなくて良いと思うよ?」
言葉がきちんと伝わっているかが不安で、志希は言葉を重ねる。
ミリアは志希の言葉に驚き、若干目を見開いてから微笑む。
「そうだったら、嬉しいわ」
アリアよりも若干きつめな顔立ちのミリアが、ふわりと花が綻ぶ様な微笑みを浮かべる。
思わず目が奪われる程その微笑みが綺麗で、志希は言葉を無くして彼女に魅入る。
それに気がついたミリアはどうしたの? と問いかけるように小首を傾げて志希を見る。
志希ははっと正気に戻り、次いで恥ずかしさで頬を赤くしながら口を開く。
「ミリアって美人だなって、改めて思ったの」
「あら、ありがとう。シキに言ってもらえるのは嬉しいわ」
にこりとまた笑い、ミリアは志希の頭を撫でる。
ほんの少しだけ子供扱いされた様な気持ちになるが、ひんやりとしたミリアの手のひらは気持ちが良い。
まるで姉か母親に撫でられている様だと思いながら、志希はゆっくりと目を閉じた。