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神凪の鳥  作者: 紫焔
初めての長距離移動
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第五十五話

 ギルドの場所はかなり分かりやすく直ぐに見つける事が出来たので、イザークと志希の二人はそのまま中に入る。

 余り大きくはない町な筈なのだが、冒険者が随分と多く中にいた。

 しかも、何やら雰囲気が違う。

 酷くピリピリとした空気が醸し出され、何故か殆どの者は受け付けで待つ為に置かれている椅子に座っていたのである。

 普通ならば依頼が張り出されている板を見ている筈なのだが、そちらに行っている人はまばらだ。

「何で、依頼を見てないのかな……」

 志希が呟くと、イザークは無言で掲示板に移動する。

 慌ててイザークの後を追いながら、志希は受付を窺う。

 受付の方は忙しいのか、それとも何かあったのか皆手元の書類を見直している。

 首を傾げつつ、掲示板の前に辿り着くと直ぐ近くにいた新人らしき冒険者がこちらに気が付き声をかけてくる。

「お兄さん達、外の依頼は今ないよ」

 カズヤと同い年か、少し上に見える青年の言葉に志希は首を傾げる。

「どうして?」

 志希が思わず問いかけると、青年は一瞬戸惑ったような表情を浮かべてから微笑みを浮かべる。

「今、外の依頼は受け付けの方で調べ直されているんだ。どうやら、色々と手違いがあったらしくてね」

 青年が子供に言い聞かせるような声音で、ゆっくりと語ってくれる。

 どうやら子供と思われているらしいと気が付き、志希は思わず憮然としてしまう。

 だがしかし、手違いがあると言うのが気になる。

「どんな手違いがあったの?」

 志希の問いかけに、青年は目を泳がせてから口を開く。

「この近辺に出る筈の無い、リビングデッドが居たんだ。だから、町の外の森には立ち入らない方が良い」

 青年は真剣な表情をして、そう志希に忠告してくる。

 志希はこの台詞に、思わず問いかける。

「リビングデッドが出来るような要因って、この付近にないの?」

「ああ。大きな戦争跡とかはなかった筈だし、余程の怨みを呑んで死んだ人間と言うのも聞かない。山賊とか盗賊とか退治されたりはしているが、後で必ず神官が来て浄化しているからな」

 親切な青年はそう言って、むっと首を傾げて志希を見る。

「……それじゃ、リビングデッドが出始めたのっていつくらいから?」

 しかし、志希は青年の不思議そうなその視線に気が付かないまま再び問いかける。

 見た目よりも大人びた言葉と表情に、青年は少々気圧されながら答える。

「二日前くらいから、らしい。森の中にいたグレイベア退治を依頼されて行ってみたら、六体のリビングデッドに襲われたんだそうだ。不意を打たれた上に、グレイベアにも襲われてほうほうの体で逃げ出して帰って来たそうだ」

 青年の返事に成程、と頷き志希はイザークを見上げる。

「受付に行って、ちょっと話を聞いてくる。お兄さん、ありがとう」

 青年に礼を言ってから、受付に声をかける。

「すいません、森に関する依頼はありませんか?」

 声をかけられた受付の男性は手を止めて、顔を上げる。

「申し訳ありません。今、町の外の依頼は……」

「いえ、ギルドの方で森の調査などはなさらないのですか?」

 志希の問いかけに、受付の男性は困った表情を浮かべる。

「調査をしたいところなのですが、現在この街に腰を据えている銅以上の冒険者がおりません。新人の鉄では不安が残りますので、今近隣のギルドに連絡を入れて調査をしてくれる冒険者を探しているところです」

 男性の答えに、志希は頷きイザークを見る。

 掲示板にいたイザークは志希の視線に気が付き、直ぐに受付の前に立つ。

 長身で威圧感のあるイザークに男性の頬に、一筋の汗が流れる。

「森の調査依頼があるなら、俺のパーティが引き受けよう」

 怯え気味の受付の男性に、イザークが静かに告げる。

「えっ!?」

 思わず声を上げた男性は、直ぐに気を取り直し表情を改めて問いかける。

「申し訳ありません、ギルド証の提示とパーティメンバーのお名前をお願いします」

 受付の要請にイザークは懐からギルド証を取り出し、それを提示しながらパーティメンバーの名前を告げる。

 受付の男性はイザークの告げる名前を聞きながら、直ぐ横にある魔道具を操作して顔を輝かせる。

「少々お待ちください、当ギルドのマスターにお話しを通させてください」

 受付の男性は喜色の滲んだ声音でお願いし、バタバタと奥へと駆けて行く。

 物凄く急いだその様子に、余程切羽詰まっていたのかと志希は思わず首を傾げる。

「俺達もだが、基本的に高位のパーティは国境沿いの町を通り過ぎる傾向にある。俺達はたまたま、ミリアとお前の鋭敏さで足を止めただけだ」

 イザークの言葉に、確かにと頷く。

 乗り換えの為に降りただけのこの町で、ミリアと志希だけが霊気を感じたのだから。

 すると、奥から受付の男性が焦りながら出てくる。

「マスターが話しをさせて欲しいとの事なので、奥の部屋に足を運んでくださいますか?」

「分かった」

 イザークが若干面倒くさそうにしつつも頷き、志希を促す。

 一人で受付前に待っていても仕方ないので、ついてこいと言う事なのだろう。

 志希は頷き、イザークと共に受付の後をついて行く。

 中に入ると、真正面の机の前に座っている人物が顔を上げる。

 見るからに壮年の男性だが、その耳は木の葉のように細く尖っている。

 その上、その肌はイザークの物よりも随分と黒い。

 瞳はアイスブルーで、整った顔をしていた。

 彼はイザークを見てから志希を見て、僅かに目を瞠る。

「これは驚いた。噂の冒険者がわざわざ足を運んでくださるとは」

 ギルドマスターの言葉に、志希が思わず首を傾げると彼はくすりと笑う。

「いや、不躾ですまない。君はシキ・フジワラだろう?」

 マスターの問いかけに志希は戸惑いながら頷くと、彼は微笑ましい子供を見るまなざしで彼女に告げる。

「フェイリアスの第五王子が、何時王妃の嫌がらせに屈するのか皆で見守っていたからね。この嫌がらせを終わらせたのが、アルフの様な色彩の幼い人間の少女だと王都から噂が流れているのだよ。無論、その名前と共にね」

 ギルドマスターの言葉に、志希は思わず顔を顰める。

 目立つのが嫌だと常々言っていたのを考えれば、当然の反応だ。

 イザークは志希の頭をポンと撫で、口を開く。

「俺達は依頼の話をしに来たのだが?」

 これ以上余計な話題は要らないとばかりに、イザークが問いかける。

「ああ、これは申し訳ない。銅が四人に鉄が一人のパーティだと聞いているが、間違いないかな?」

 ギルドマスターはそう言いながら立ち上がり、横にある対面ソファーに座る様に二人を促す。

 その後、後ろに立つ受付の男性にお茶を持ってくるように指示を出してから、二人が腰を下ろしたソファーの前にある一人掛けのソファーに腰を下ろす。

「間違いない」

 イザークはマスターの問いにそう答え、他にあるかと問うように彼を見る。

「では、詳しい話をしよう。これを聞いてから、受注するかしないかを決めてくれ」

 マスターの言葉に、イザークは緩く頭を振る。

「詳しい話は聞くが、受けるのは決定事項だ。こちらの神官は、アンデッドキラーの資格を有しているからな」

 イザークの言葉に目を丸くし、次いでそうかとギルドマスターは頷く。

「アンデッドキラーの修業の一環か。そうであれば、受けてもらうのは吝かではないな」

 ギルドマスターはそう呟いてから、リビングデッドらしきものが目撃された所から話を始める。

 志希達がこの街に来る五日前から、森に狩りをしに行った猟師が帰宅しないと言う話しがちらほらと聞こえ始めていたと言う。

 それと同時期に、その猟師の妻が森に探しに入って欲しいと依頼を出して来ていた。

 また、同じ様に薬師が森の中に薬草を探しに行ったっきり戻ってこないと言う話と共に、家族からの捜索依頼が入っていた。

 どちらも魔獣に襲われたのかもしれないと言う事で、鉄のシングルの何人かに話をして即席でパーティを組んでもらい、捜索をしてもらった。

 この辺りの森の中には強い魔獣が住み着いていないのだが、もしかしたら流れて来たかかもしれないと言う用心でパーティを組んでもらったのだが、それ以上の事態だったのだ。

 リビングデッドの一体や二体なら、鉄のパーティでも良い。

 だがしかし、六体から七体の集団のリビングデッドに襲われたのだ。

 しかも、狡猾な事に探していた猟師と薬師を囮にした様な布陣だった為、鉄の何人かは重体になる程酷い怪我を負った。

 それでも何とか町に逃げ帰り、既に猟師と薬師はリビングデッドとなっていたと言う報告をしたのが二日前の話だったそうだ。

 慌ててギルドは早朝から森へ行く依頼は全て差し止め、町の人間にも森の中へ行かないようにと警告を出した。

 そして、ギルド職員総出で書類の調べなおしをしていたのは、書類に森の中への行方不明者探索の依頼書が埋もれていないかを探していたそうだ。

「グレイベアの討伐依頼じゃないの?」

 志希の問いかけに、ギルドマスターは頷く。

「そちらの方からも報告が上がっているのは、聞いている。グレイベアとリビングデッドを同時に相手をしたせいで、討伐依頼を受けた者達の数人も酷い怪我をしたと言うのもな」

 そこまで言ってから、深いため息を吐くギルドマスター。

 居ない筈のモノがいたせいで、戦士は大きな怪我を負ったと言う。

 何とか依頼は完遂したが、破損した装備の買い替えや戦士の怪我の治療費などでほとんど手元には残らないだろう。

 哀れに思うが、これが冒険者と言うものなのだ。

 自分で選んだ道だからこそ、文句を言うのはお門違いなのである。

「さて、少し話がそれたな。取り敢えず、君達にはリビングデッドがなぜ発生しているのかを調べて欲しい。現在、リビングデッドが目撃されているのはこの町を出て右手にある森の中だ。この森は町に近い事もあり、定期的に軍が見回りに来ていたのだが……今回は、軍を待つのは無理だ」

 きっぱりとギルドマスターは言い、いつの間にか運ばれていたお茶に口をつける。

 喋り通しで喉が渇いたのだろう。

 唇を湿らせたマスターは、重い息を吐く。

「軍は腰が重い。来てもらうのを待っている間に犠牲者が増える可能性もある。だから、君達が偶々ギルドに立ち寄ってくれて本当に助かる」

「パーティの神官と精霊使いが、町に異変が起きている事を察知した。だから来ただけの事だ。それよりも、地図は?」

 ギルドマスターにイザークが問いかけると、彼は壁際にいた案内の男性に指示を出して地図を持ってこさせる。

 対面ソファーの間に置いてあるテーブルの上にそれを広げ、グレイベアの討伐に行った冒険者と捜索隊がリビングデッドと遭遇した場所を示す。

 やや大雑把な地図だが、分かりやすい物だ。

 この近辺のみの物であれば、十分である。

 ギルドマスターが示した場所は、大体の位置だ。

 しかしそれでも、森の入口からは十分離れている。

「深いな……暫く森の中で野宿になるかもしれんか」

 ふむ、とイザークは頷き呟く。

「神官が邪気を寄せ付けぬ結界を張れるなら、不死者は怖くはないだろう。もし不安であれば、この町のヴァルデル神殿へ行き聖水を購入して行けばいい。聖水があれば、不死者どもが寄って来る事はあるまい」

 ギルドマスターの言葉に分かっているとイザークは頷き、さてと口を開く。

「所でギルドマスター、この依頼の報酬はどうなっている?」

 いままで一言も報酬に関して言われていないのだから、気になるのは当然だ。

 冒険者という職業だからこそ、報酬はしっかりと確認しなくてはならない。

 報酬を貰わなければ生活するのが困難な職業なのだ、冒険者とは。

 それを理解しているギルドマスターはああと苦笑し、口を開く。

「諸経費込みで、金貨一枚。前金は無いが、ギルドマスターの名に掛けて必ず支払おう」

 ギルドマスターの言葉に、イザークは考えるような素振りをしてから頷く。

「了解した」

 報酬にも特に不満は無く、入念な下調べをされている。

 流石冒険者ギルドとしか言いようがない志希は感心しながら、イザークの隣で口を挿まずただ聞いていた。

 交渉事はイザークかカズヤがやっているのを傍で見て、志希は勉強をしているのだ。

 一人立ちをした時、一人に成らざるを得なくなった時に少しでも役に立つ様に様々な事を学んでいるのだ。

 知識を身の内に潜ませていても、切っ掛けがなければ浮かんで来ない。

 その切っ掛けを掴む為に、イザークはもしかしたら連れて歩いてるのかもしれないと志希はふっと思う。

 自身の思考は都合のいいものだろうと思いつつ、志希はイザークに感謝をする。

 意図があろうとなかろうと、志希にとってはとても助かる事である事は確かなのだ。

 志希のそんな考えをよそに、イザークとギルドマスターは森の中に生息する魔獣や動物、妖魔の種類や話をしている。

 それに気がついた志希は慌てて二人の話に意識を集中し、これからやる事を頭に叩き込むのであった。

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