第五十四話
フェイリアスを出て、フェイルシアの首都を目指す志希達一行。
乗合馬車なので決められた道を通り各町にある駅に止まるのだが、それでも徒歩よりも遥かに早い。
徒歩で一月半から二ヶ月かかる道のりを、一ヶ月で移動できるからだ。
ちなみに、この世界の暦は志希が居た世界とは異なっている。
一年十二ヶ月の太陽暦であるのは同じだが、一年を合計した日数は三百六十六日で、一ヶ月三十一日ないし三十日で閏年がない。
また、神が見守っていると感じられる世界で在るが故に、一年の春夏秋冬を六柱の神々が守護を与えていると人々は考えていた。
それ故、一年の始まりの最初と次の月は光と秩序の神の名を冠しており、大の月小の月と呼ばれている。
前の世界で言う一月はヴァルディル大の月と呼ばれ、大がつく月は三十一日。
二月はヴァルディル小の月で、三十日となっている。
この様に以前の月の形に神々の名をあてはめて行くのだが、ここで違うのは神々の順番である。
現在最も信徒が多い神々の順番ではなく、神が生まれたとされる順番でそれぞれの月を守護していると言う事になっているのだ。
三月と四月はエルシル。
五月と六月はマービス。
七月と八月がリージアン。
九月と十月がクミル。
十一月と十二月がワキュリー。
このような順番で神々が生まれ、それぞれ季節と月を守護しているのである。
ちなみに、遥か昔は太陰暦で暦を作っていたらしいのだが、とあるクミル信者とその奴隷の二人が天体を観測し、太陽暦の基礎を作ったのだ。
壮大な話である。
志希達がフェイリアスの首都を出た月はエルシル小の月半ばだったので、道中の風景は春爛漫と言った物であった。
首都を出て暫くは草原や森の美しい草花を目で楽しむ事が出来たが、似たような風景が続くと流石に辛くなる物だ。
だが、暇になってくると今度は精霊達が志希の側に来て色々と誘いをかけて来た。
風の精霊は意識を風に乗せて遠くへ行こうと言い出したり、土の精霊達は地中に流れる炎の河を見に行こうと誘う。
植物の精霊達は最近森の中で見かける魔獣や妖魔達の事を話したり、森の奥に実る美味しい果実はいらないかと問いかける。
要するに、物凄い勢いで精霊達が構ってくるのだ。
提案に乗って精霊達と精神体だけで遊んでいると、ちょっとした問題がある事をミリアから教えられた。
精神体で遊びに出かけると、生身の体は死んだように眠る。
昼間に食事をしたり水を飲んだりもしない為、具合が悪いのかと他の乗客から心配されるのだ。
それを聞いた志希は、流石にまずいと思い出来るだけ遠出をしたり精神体だけで出かけるのはやめるようにした。
食事も水も摂らず、死んだように眠るのは病人とか体が不調な人くらいだ。
しかも、旅をしているのにそんな事をしていて弱るそぶりも見せないのは不気味以外の何物でもない。
と言う事で、志希は自重したのである。
この後はそれなりに平和に、街道をゆっくりと進んで行った。
途中幾度か魔獣に襲われる事はあったが、それ以外は概ね順調であった。
何せ、乗合馬車を襲う様な盗賊や山賊はいないからだ。
これには、きちんとした理由もある。
乗合馬車は毎日決められた時間に馬車駅に到着するように定められており、半刻過ぎても到着しない場合は直ぐに乗合馬車の組合に報告する事になっている。
また、この馬車には特殊な魔道具が積んであり、それを目印に乗合馬車組合と提携している冒険者ギルドから冒険者が派遣され、馬車を探すと言う仕組みになっていた。
この魔道具の効果なのかは分からないが、乗合馬車を襲った賊はほぼ必ず掴まっているので山賊や盗賊にとってはリスクしかない。
その上、乗合馬車を利用するのは基本的に一般人か冒険者だ。
一般人しかいない場合はうまみ自体が少ないし、冒険者が乗っていた場合はリスクが高い。
つまり、ハイリスクローリターンの状態なのだ。
危険を冒してまで小さなうまみを求めるような山賊や盗賊は、殆どいない。
と言う事で、乗合馬車の道を阻むのはもっぱら魔獣や妖魔の類だけなのだ。
それとて、定期的に国や冒険者達が街道沿いの掃除をするのでこれらの者達と行きあう事など殆ど無いのだ。
おおむね順調に、志希達の旅は続いていた。
それがほんの少しだけ変わったのは、フェイリアスとフェイルシアの国境沿いの町での事だ。
フェイルシアに入る為、馬車の乗り換えをしなくてはならない。
駅馬車で自分の荷物を馬車から下ろし一息ついていた志希は、ざわざわとざわめく精霊達に怪訝な表情を浮かべていた。
「なんか、変」
小さく呟くと、怪訝そうな表情を浮かべて同じく荷物を降ろしていたアリアが手を止める。
「どうしました?」
アリアの問いかけに応えるのは、志希では無くミリアだ。
「何処からか霊気が流れている……」
荷物を背負ったミリアの呟きに、カズヤとイザークの二人は女性陣を見る。
国境の町中であろうとも、普通は霊気を感じる事など無い。
だと言うのに、志希とミリアの二人は異変があると告げて来た。
「霊気、か……ギルドに寄ってみるか?」
イザークは志希とミリアの感覚は見過ごせないと、皆に問いかける。
「オレは賛成」
「わたしも、賛成です」
カズヤとアリアは頷き、ミリアと志希を見る。
「この霊気は、あまり良いものではないわ。わたし個人としては、祓うか浄化してから旅立ちたい」
「私も、イザークに賛成」
ミリアはアンデットキラーとしての使命で、志希はこのまま素通りしてはいけないと言う勘を信じて告げる。
二人の返事を聞いたイザークは頷き、直ぐ近くで営業している店に入る。
「店主、すまんが冒険者ギルドの場所を教えてくれ」
食堂らしく、給仕をしていた女性はイザークに突然声をかけられ驚いた表情を浮かべ、次いでああと笑う。
「ギルドなら、この道を南に歩いて行けばいい。まぁ、こんな町だからね。大した依頼はないと思うよ」
「なるほど、参考になった」
礼を言い、イザークは一行に振り返り手でついてこいと合図する。
それに従い、全員でイザークの後について歩きだす。
志希とミリアは、その間もしきりに周囲を見渡す。
ほぼ同じ方向に視線を向ける為、霊気の流れを見ているのだと分かる動きだ。
明確に流れが分かる程の濃い霊気に、顔を顰めるのはイザークだ。
「これは、かなりまずいかもしれん」
「へ?」
イザークの呟きに、カズヤが思わず声を上げる。
「リビングデッドが村の近くにいるのかもしれないわ。だんだん、霊気が濃くなってきているわ」
ミリアがそう、イザークの言葉を補足するように呟く。
それを聞きながら、志希は小さな声で精霊達に町の周辺を探査するように指示を出す。
霊気だけではなく、何か嫌な気配も感じるのだ。
精霊達は志希の指示に従い、直ぐ様行動に移す。
それを見送りながら、志希は鳥肌が立っている腕をさすりイザークを見る。
「取り敢えず、一泊か二泊はこの町で宿を取るんだよね?」
「ああ、長くかかるかも知れんからな」
ギルド指定宿もあるので、荷物を預けるのにも丁度良い。
言外の言葉を読みとったカズヤは、納得しつつ口を開く。
「そんじゃ、二手に分かれようぜ。ギルドに行く奴と、宿を取るやつ。このまま全員でギルド行って宿を取るのは二度手間だしよ」
カズヤの提案になるほど、と足を止めてイザークが振り返る。
「俺とカズヤがギルドに……」
「いや、オレが宿の方行く。値引き交渉して人数分の部屋があるか確認しておかないと、あとが面倒だろ?」
苦笑しながら言うカズヤに、イザークは頷きながら女性三人を見る。
すると、アリアが真っ先に口を開く。
「あの、わたしはカズヤさんと一緒に行きます!」
何時でもカズヤの側を離れないアリアの言葉に志希とミリアは苦笑し、肩を竦めつつ頷く。
「わたしも、カズヤとアリアと一緒に行くわ。本当はギルドに行きたいけど……霊気が感じられる二人が固まるのもちょっと良くないと思うから」
霊気に対する感知度は、志希もミリアも同じくらいだ。
どちらがイザークについて行ってもかまわないのだが、ギルドに行く人間の荷物を預かる事を考えればそれなりに力強い方が良いだろうとミリアは考えたのだ。
「町中で何かあるとは思えねぇけど、念には念をって事だな」
カズヤは笑いながらミリアの意図を呟き、うんと頷く。
アリアはほんの少しだけ不満そうだが、文句は言わない。
言ったところで結果は覆らないし、何よりパーティの為だからである。
「では、荷物を頼む」
「おう。シキも、荷物をこっちに寄こせよ」
「あ、うん。ありがとう、お願いね」
なし崩し的にイザークに同行する事になった志希は、若干戸惑いながらもカズヤの言う通りに荷物を渡す。
それを持ったカズヤは、その重さにむっと僅かに眉を潜めてしまう。
それを見たアリアは流石にカズヤ一人では荷物が重いのだろうと手を出し、志希の荷物を持つがその重さに小さく呻く。
「無理すんな」
カズヤは苦笑しつつ言い、アリアから荷物を受け取ろうと手を伸ばす。
だが、ミリアが先んじて志希の荷物を持ち微笑む。
「カズヤもイザークの荷物を持つのだから、わたしが持つわ。アリアより力もあるしね」
ミリアはそう言って志希の荷物を持ち、特に重そうな素振りも無く頷く。
「ちょっと重いけど、大丈夫。それじゃ、宿を探しに行きましょう」
ミリアの言葉にカズヤは頷き、二人を見る。
「では、荷物は頼んだ」
イザークはそう声をかけて、軽い手荷物を持つ志希を促し歩き出す。
それを見たカズヤ達も宿を求めて移動を始めるのであった。