第五十三話
志希は二日かけて何とか荷物をまとめる事が出来た。
大きめの背負い袋には効率よく服と靴を詰めてあるが、志希が持って運ぶには少々重めである。
もっとも、この辺りは馬車での移動だと聞いているので大した苦にならない筈だと頷き、防具屋へと移動する。
カズヤとイザークがいつも通りの軽装であるのがちょっと羨ましいと思うわけなのだが、少し重いが持って歩けると判断して荷物を纏めた以上はぐちぐち考えても仕方がない。
それに、預り所に持って行って荷物を預かってもらうにはある程度の量がないと受け付けてくれないので、志希の今の荷物の量だと拒否されてしまうのだ。
軽装のイザークは志希の分の保存食を持ち、荷物を軽くしてくれているのがまた情けないと志希は凹んでしまう。
「そう、不景気な面すんなって。向こうでもう少し荷物を増やしてから、預り所に持ってきゃ良いんだからよ」
「うん……」
カズヤが励ましてくれるが、それでもやっぱり凹むものは凹むのである。
そこに。
「遅れてごめんなさい!」
と、ミリアとアリアが息を切らせながら入ってくる。
ミリアは若干志希より大きめの荷物を持ち、アリアはいつもよりも少し多めの荷物を持っている程度だ。
「いや、今来たところだ」
イザークはそう言って、奥にいる店員に声をかける。
「約束の物を取りに来たのだが……」
「あ、はい。奥の方へどうぞ」
店員はそう言って、奥へ続く扉を開ける。
五人は案内されるまま奥へと入ると、親方が四体の木製のマネキンに着せられた鎧を見ていた。
「おう、来たか」
親方は五人に気が付き、振り返って笑う。
イザークはああと頷くが、それ以外の四人はマネキンに着せられている鎧を見て目を丸くしていた。
一体は柔らかな緑色のクロースアーマーと、磨き上げられた鋼のチェインメイルを着ている。
このチェインメイルには金属の胸当てをつけられており、かなり防御力が高いものとなっている。
金属鎧なのはこの一体だけで、後の三体は革鎧だ。
色は赤なのだが、明るさや鮮やかさが違う。
鎧と手袋、ブーツの一式は赤色の鮮やかさと色が抑えられ、ボルドーの様な色合いだ。
落ち着いた渋い色は、どう見てもカズヤ用である。
黒髪に焦げ茶の目色のカズヤには少し落ち着き過ぎかもしれないが、盗賊である事と年を重ねれば気にならなくなる筈だ。
アリア用だろうと分かる鎧は、カズヤの物よりも柔らかい革鎧だ。
しかし、何故かカズヤと同じ様な色合いである。
志希は何故同じ色なのだろうかと思ったのだが、アリアが普段身に着けているローブを思い出して納得する。
アリアは基本的に紺色のローブを身に着けるので、赤い色だと浮き過ぎてしまうのだ。
その為に同じ様な色合いにしたのだろうと納得してから、志希は残る自分の鎧を見る。
ベストの様な形で作られたその鎧は、アリアと同じ柔らかい革鎧である。
何せ体型に合わせて使える様に革紐で調節できるようにしてあるので、硬革鎧だとそれが難しくなってしまう。
体型が変わらないのだから硬革鎧にしてもらえば良かったとは思うが、費用もかかるし何より、体型が変わらない事を仲間以外の人に漏らすのは気持ち的に嫌だったのでまぁ良いと納得する。
しかし、何故自分のだけ他の二人と違い若干明るめの赤い色なのだろうと首を傾げるが、まぁ良いかと直ぐに頭を切り替える。
色が違っていようとも、性能には変わりがないのだから。
「んじゃま、さっそく着てみるか」
カズヤがそう言いながら親方の隣に並び、鎧に手を伸ばす。
「まぁ、少し待て」
親方がカズヤを止め、直ぐ横にある椅子に座る様に手で促す。
何事かと首を傾げつつ、カズヤ、志希、アリア、ミリアの四人は従う。
「イザーク、てめぇもだ」
まじまじと鎧を見ているイザークにも声をかけ、椅子に座る様に指示を出して彼等の真正面に親方が座る。
イザークがいつも通り無言で座ると、親方が足を組んでキセルに火をつける。
一口味わってから、親方は五人を見回す。
「お前ら河岸を変えるっつー話だったがよ、何処行くんだ?」
「フェイルシアだ」
イザークが言うと、そうかと頷き後ろに顔を向け怒鳴る。
「おい! 俺の作業台、下から二番目の引き出しからアレ持って来い!」
「へい!」
親方の命令に即座に返事をして、弟子の一人が奥の作業場から小箱を持って現れる。
それを親方に渡してから、弟子はそそくさと作業場に戻っていく。
志希は親方が何をするのか興味津々で見ていると、彼は小箱の封を確認してから五人を見る。
「これは、俺からの個人的なお願いだ」
おもむろに、親方が口を開く。
「フェイルシアに俺の弟弟子が防具屋を開いている。そこにこいつを運んで欲しいんだ」
突然の依頼に、イザークが眉を潜める。
ギルドを通さない依頼を受ける、受けないは当人の好きにしてもよい。
だがしかし、この依頼によって犯罪などに巻き込まれてもギルドは助けてくれないというリスクがある。
「個人的なお願いだって言ってんだろ? てめぇらが行くついでに、持って行ってくれって言ってんだ」
親方はにやりと笑い、小箱を差し出す。
「……まぁ、良いだろう」
イザークはそう言って、ちらりとパーティの面々を見る。
「んだな。報酬があるとも言われてねぇし、ただ届けて欲しいだからな」
厳密には依頼なのだろうが、犯罪の種やトラブルになりそうな要素は無い。
だから、イザークとカズヤは良いと言ったのだろう。
それに何より、この二人はここの防具屋に長く世話になっている。
親方の人となりもよく知っており、むやみにこの様なお願いをしてくる人物でない事も理解しているのだ。
「んじゃ、これはオレが預かっておくな。で、弟弟子って人はフェイルシアの何処にいるんだ?」
カズヤの問いに、親方はああと頷く。
「城下町のちいとばかり治安の悪い所に店を構えてるが、腕は一級だ。武器屋を営んでる兄弟と一緒らしくてな、一つの店に武器と防具の看板が並んでるのが目印だ」
親方の言葉に、志希は珍しいと思わず目を丸くする。
武具と言うくらいなのだから、武器と防具は一緒に売られていると思われがちだが実は違う。
基本的に武器屋の店内は、仕入れた品物を展示している。
しかし、武器と一括りにされているがその種類は豊富だ。
商品として展示する物、十把一絡げにする物と選ぶにしろ場所を取る事は間違いない。
防具の方は武器よりも更に場所を取って展示しなくてはならない為、この両方を同時にやると言う店は相当大きな店舗が必要になるのだ。
「了解した」
イザークは頷き、カズヤは受け取った小箱を自身の背負い袋にしまう。
「さて、それじゃ着てみろ」
親方の言葉に頷き、各々動きだす。
何処からともなく弟子が現れ、マネキンから鎧を剥ぎ取り手渡してくれる。
この鎧は基本、一人で着られなければいけない。
誰かの手を借りるような鎧は、冒険者には不向きだ。
何かが起きた時に手早く着れる事こそが、重要なのである。
と言う事で、志希はベスト型の革鎧を素早く身に着ける。
以前よりも段違いに硬い訳なのだが、思ったよりも軽めだ。
この上に、新調した薄紅のローブを着てから少し柔軟体操をする。
動きが妨げられる感覚も無く、柔軟に体が動かせるのに志希は感心した表情を浮かべる。
「凄い、着やすい、動きやすい!」
志希の歓声に、親方は笑いながら頷く。
「あたりめぇだ。その為に、こちとら色々と工夫してるんだからよ」
親方の言葉に確かに当たり前のことだと頷きつつ、改めて自分の鎧とローブ、そして服を見る。
真新しい装備品に、志希は心が浮き立つ。
新しい服を買ってもらった子供と同じ様な反応なわけなのだが、志希はそんな事は気にせず笑顔を浮かべて背面を見ようと体をねじったりしていた。
「外見通りの反応してんなよ」
カズヤが志希に突っ込みを入れつつ、鎧に慣れようと体を動かしている。
「前の鎧よりちっと硬いが、大丈夫そうだな」
イザークがカズヤの動きを見ながら声をかけると、ああと彼は頷く。
「本当に、良い職人さんです。今回で終わりなのが残念な程です」
アリアはそう言い、肩を落とす。
「なら、こっちに来た時はまた贔屓にしてくれ。弟弟子の方も俺が保証するから、安心して良いぜ」
「ええ、それは疑っていないわ」
ミリアは親方に笑顔でいい、しゃらしゃらと鳴る鎖帷子の上から法衣を着る。
カズヤも装備一式を身に着けてから外套を羽織り、親方を見る。
「親方、長い事世話になったな」
イザークの言葉に、親方は笑う。
「おう、気にすんなひよっこども。またこっちに帰ってきたら、顔見せに来いよ。それと、仕事は無理せず堅実にこなせよ。命あっての物種だからな」
親方はそう言って頷き、餞別の言葉を贈る。
「はい、その時はまたお願いします!」
志希はそう返事をして、深々と頭を下げる。
「おう、待ってるぞ」
親方は笑顔で応じ、キセルをまた吹かす。
その彼に志希達はもう一度礼と別れを言い、お金を払って店を出る。
荷物を背負い、乗合馬車が来る待合所へと向かいながら志希は口を開く。
「これから、フェイルシアの城下町に行くの?」
「ああ。王城が近い所を拠点として動く予定だ」
志希の問いにイザークが答えると、アリアが首を傾げる。
「ですが、国の端の方の依頼などの時は大変ではありませんか?」
「そうよね。乗合馬車の駅も無いだろうし、徒歩で行くとなると時間もかかる事にならない?」
ミリアがアリアの疑問に乗り、大丈夫なのかと問いかける。
「ああ、それは大丈夫だぜ。この間みたいに馬車とか、馬貸してもらえるからよ」
カズヤの言葉に、女三人は成程と頷く。
「アリアとミリアは、基本的に近場が多かったようだな」
イザークが苦笑気味に呟くと、ミリアがうっと言葉に詰まる。
「大体、乗合馬車で近くまでいくとかそういう事はしてましたよ」
アリアが若干気まずげに言うが、実際遠くの方まで足を延ばす事は少なかったのだ。
「まぁ、銅に上がったばっかりだもんな。馬を借りるとか馬車を借りるとかは知らなかっただろうしよ。何せ、二人だけだったからな」
事情が事情な為に、アリアとミリアは下手な人間と深く付き合う事が出来なかった。
それ故ずうっと二人きりで依頼をこなしていたのだから、知らない事も多いのだ。
「これからは、シキと一緒に色々と学ばせてもらうわね」
ミリアは笑顔でイザークとカズヤに言い、カズヤは任せとけと笑う。
イザークは特に返事はしないが、否定的な態度ではない。
それに安堵する双子を見ながら、志希は苦笑しながら呟く。
「私はそもそも、二人よりもっと物知らないからより頑張らないとなぁ」
「でも、識ってはいる状態だから直ぐに身につくんじゃない?」
「いや、そうかもしれないけど……身に着ける為に頑張るのは識っていても識らなくても一緒じゃないかな」
志希の言葉に、ミリアはそう言う物なのかと小首を傾げてからしばし思考し、うんと頷く。
「そうね」
どうやら納得したようだ。
「何はともあれ、そろそろ駅に着くぞ。馬車内で、そう言う話はすんなよー」
カズヤが一言釘を刺し、志希とミリアははっとした表情を浮かべてからこくこくと頷く。
乗合馬車での移動は、基本的に一般の旅人や他の冒険者も居る。
その彼等に聞かれて困る様な会話はしてはいけない。
ミリアは意外としっかりしているようでその辺りが抜けているので、気をつけなくてはいけないと気を引き締める志希。
実はミリアも志希と同じ様な事を思っている上に、他の三人がミリアと志希が抜けているのでしっかりと見ていなければいけないと思っている事を、彼女達は気が付かないのであった。