第四十九話
冒険者ギルドの裏手にある鍛錬所で一休みをしていたカズヤ、イザーク、ミリア、アリアの四人はミラルダが持ってきた書簡に首を傾げる。
カズヤはそれなりに立派そうな封書に眉を潜めつつ、封を切って中に入っている紙を取り出し文字を読み上げる。
「げ」
思わずと言った様に、カズヤが声を上げる。
その隣に立ち、カズヤの持つ羊皮紙を覗き込んだミリアも嫌そうな表情を浮かべている。
「……どうした?」
イザークはその二人に問いかけると、カズヤが手紙をひらひらと振りながら口を開く。
「シキが、本来なら銀の依頼を受けたらしい。つーか、強制連行されたらしいぜ」
「え!?」
カズヤの説明に、驚いた声を上げるのはアリアである。
「鉄のシキさんが、銀の依頼を受けるには何らかの伝手やパーティの誰かが銀でなくてはいけない筈です。それなのに……」
「いや、受けさせられたっつーのが正しいらしいぜ。何せ、依頼人がオーランド王子らしいからな」
「ええ!?」
アリアはまたも大きな声を上げ、目を丸くしている。
「……今回の犠牲者は、シキだったつーアレだな」
カズヤは嘆息交じりに言い、紙を封筒に戻す。
「傍迷惑な」
イザークが淡々とした口調で言うが、その声は冷たい。
「オーランド王子のアレって、噂のアレの事?」
ミリアの問いかけに、カズヤは頷く。
「ああ、噂のアレ」
カズヤの答えにミリアは顔を顰めるが、アリアは首を傾げている。
その様子に気がついたカズヤは苦笑し、説明をする。
「王妃主催の夜会に、女冒険者を連れて行くってやつ。婚約者が居ねぇだろ、あの王子。で、連れて行った女冒険者が王妃のお眼鏡にかなったら、冒険者を続けられるって言う恒例行事だな」
「そ、そんな理不尽な……!」
思わずアリアが声を上げると、ミリアが肩を竦める。
「王族が冒険者をする、って言うのも大変らしいのよ。それを認めさせるための条件の一つ、らしいわ。それで、毎回同じ女性を連れて行くのは禁止だそうで、中々大変見たいよ」
「そうそう。んで、毎回及第点ギリギリの女冒険者しかいねぇから、毎年テストさせられてるんだとよ」
カズヤはそう言いながら、体をほぐす運動をしている。
「王妃が認める程の教養を持つ女冒険者が居れば、このテストも終わりだそうだ。毎年一回帰国し、顔を見せるだけで終了する事が出来ると言う事になっている」
イザークはカズヤの説明に補足しつつ、大剣を背負う。
「今日の日に合わせて、確かクルト達が帰ってきている筈だ。あいつは、毎年この時期に王子のテストを見学するからな」
イザークの突然の言葉に、カズヤが動きを止める。
「お、おい……」
「悪いが、今日はこれで終わるぞ。俺はクルトに用事が出来た」
イザークはそう言い、ギルドに向けて足早に歩き出す。
「い、イザーク?」
きょとんとした表情を浮かべ、ミリアがその背中を見送っているとカズヤが立ち上がる。
「まぁ、心配なのは分かるな」
うん、と頷きつつカズヤも身支度を始める。
「え? ええ?」
アリアはきょときょととイザークとカズヤを見ていると、ミリアが手をポンと叩く。
「なるほど、そのクルトさんと言う方に同行させてもらって城に入るのね」
「そう言う事だな。つーわけで、オレも同行させてもらおうと思う」
「えええ!? そ、そんないきなり……」
アリアの驚愕の声に、カズヤは笑顔で大丈夫だと手を振る。
「クルトの伝手なら、それなりの人数が入れるんだ。まぁ、アリアとミリアはどうする?」
不意に問いかけられ、ミリアは逡巡する。
追放されたとはいえ元は王族、己の顔を知っている人もいる筈だと言う恐れがある。
「わたしは、行きます」
しかし、アリアは行きたいと手を上げた。
「それに、夜会と言う事はパートナーが必要ですから!」
「いや、それ貴族の話だろ?」
アリアの言葉にカズヤが思わず突っ込みを入れるが、アリアは気にしていない。
「はい、そうですけど。やっぱり、パートナーはいた方が良いと思いますから!」
満面の笑顔の言葉にカズヤはそう言う物なのか? と首を傾げる。
その二人のやり取りを見て、ミリアは小さく笑い口を開く。
「取り敢えず、ねじ込んでもらうんだったらイザークの後を追いかけた方がいいと思うわよ。それと、乗りかかった船だしわたしも行くわ」
そう言って、ミリアも手早く身支度をする。
「そ、そうか。取り敢えず、ギルドに顔を出してからオレ達が取ってる宿に行こうぜ。あそこが、クルト達がこの街に来た時の拠点になっているんだ」
カズヤはそう話をして、足早にギルドへと歩き出す。
「あ、はい!」
アリアは元気に返事をして、カズヤの後を追いかけて行く。
そんな妹の姿にミリアは苦笑を零しながら歩き出す。
今回の依頼は、王妃がどうあってもオーランド王子に冒険者をやめさせたいと言う意図が丸見えなものである。
教養の深い女性と言うが、貴族社会の仕組みを理解し裏の意図をも読んで貴族や王族の女性として相応しい振る舞いを強要されるのだろう。
そして、教養の一端としてダンスも踊らされる事は目に見える。
庶民が知るダンスよりも洗礼されていて、なお且つ難しい物を要求されるだろう。
王族の女性でも踊るのが難しい曲も用意されているのではないかと邪推してしまうのも、仕方がないのではないだろうか。
小さく嘆息して、ミリアはアリアが開けて待ってるギルドの中に足を踏み入れると、そこにはちょうどイザークと見知らぬ冒険者が数人話をしているのが見えた。
ドワーンと人間、それにアルフの五人パーティだ。
アルフの青年は美しい金の髪にエメラルドの瞳で、一見女性にも見える中性的な美しさを持っている。
イザークと並ぶと、物凄く絵になるとミリアは思わず見惚れる。
「クルト、もう帰ってきてたのか?」
そう言いながら、カズヤがアルフに近寄って行く。
「うん、今日はオーランドの目利きの日だろう? ボク、わりと楽しみにしてきてるんだよね」
笑顔で酷い事をのたまうクルト。
「まぁ、私もオーランド王子の我儘がいつまで続くか、楽しみにしていますしね」
クルトと並んで立っている魔術師の青年が、眼鏡を人差し指で押し上げながら笑う。
「この二人、良い趣味してると思わない?」
そう言いながら手を振るのは、カズヤと同じ様に腰に沢山のポーチが付いた女性だ。
小剣を腰に二本差している様子から、盗賊なのだろうと分かる。
「まぁ、こいつらの悪趣味はいつもの事だろ?」
笑いながら言う男性は、盗賊風の女性と同じか少し上ぐらいの人間だ。
見るからに戦士と行った風体で、大きなバスタードソードを腰に差し、チェインメイルを身に纏っている。
「オーランド王子はワキュリーが認めなさる勇猛な戦士じゃ、常に戦場とも言える冒険者におる方が性に合っていなさるのだろう」
ドワーンが大きなハルバードを手に、可可と笑う。
そんな彼らを前に、イザークが若干深いため息をつく。
「今年の生贄は、シキだ」
イザークの言葉に目を丸くするのはクルトと魔術師、そしてドワーンだ。
「ちょっと待って、それおかしいだろう? アレは最低でも銀でなきゃいけない依頼だ。それこそ、依頼人が指名でもしない限り無理なはずだよ」
クルトが焦ってそう言うと、イザークがミラルダを見る。
ミラルダはその視線に気が付き、にっこりと笑う。
「オーランド王子がじかにお見えになられ、シキさんをお連れになられましたので受理いたしましたが何か?」
ミラルダの言葉に、クルトが頭を抱える。
「うあぁ! あのバカ王子! 失敗したら、シキに傷が付くじゃないか!」
クルトの言葉に、魔術師の男が頷く。
「……その場合は、彼女は河岸を変えなくてはいけませんね。全く、要らない事ばかりをする王子です」
顔を顰めて二人で暴言放ちまくるのを、ミリアとアリアは面食らった表情を浮かべてみてしまう。
その二人に気が付き、カズヤが肩を竦めて苦笑する。
「まぁ、元々河岸は変えるつもりだったんだよ。それより、あれだ。ギルドで話をしていても仕方ないだろ? 宿に移って、話をしようぜ。イザークも、一先ずはそれでいいだろ?」
カズヤが場を取り仕切り、全員を促す。
何やらある意味混沌としてきた状態で、まともな会話など出来ないのとの判断だ。
それに同意し、話が見えていない戦士と盗賊の男女とどうでもよさそうなドワーンが仲間を促しギルドを出る。
彼等に続いてイザークもカズヤ達と共にギルドを出て、クルト達と連れ立って歩き出す。
「君達、期待の新人って事でこのギルドで目をつけられているのは知っていたけど……シキが巻き込まれるなんてどんな災難だよ」
クルトが憮然とした声音で言うと、イザークが肩を竦める。
「半月以上前の依頼で、シキが防具一式をダメにしてしまったのでな。ついでに俺以外の全員の鎧を作り直す事になった」
「ど、どれだけ危険な依頼を受けたの!? 特に、シキは初心者中の初心者だろう? イザークがしっかりと面倒を見ないと、大きな怪我をしかねないんだよ!?」
イザークの言葉に、クルトが目を剥き怒鳴る。
「い、嫌まぁ……アレは相手が悪かったんだよ。でもまぁ、新しく仲間になったエルシルの神官、ミリアが志希の事をしっかりと直してくれたから今はピンピンしているんだ」
カズヤが慌ててイザークとクルトの間に入り、嘘を交えた説明をする。
それを聞いたクルトはむっと唸り、カズヤとイザークから視線を外してやや後ろを歩くアリアとミリアを見る。
そして、驚いたように目を丸くする。
「……うわぁ」
この声音には、色々な意味合いが含まれているのをクルトのパーティメンバーと、イザークとカズヤは気が付いている。
そんな事は分からないアリアとミリアはきょとんとした表情を浮かべていると、クルトがベレントを見る。
ベレントはクルトの意を汲んで二人を見て、ほぉと声を上げる。
「これは驚きじゃ。いや、これだけ近づかねば分からんと言うのがまた凄い。相当強い何かで分からぬよう阻害されているのか、いや……封印に近いものがあるのぉ」
感心したようにベレントはミリアをまじまじと見ていると、ライルがあっと声を上げる。
「魔術師の君、確か……ミシェイレイラ神聖国から来た神聖た……」
「うあああ! 往来でする話じゃねぇだろ! 取り敢えず、さっさと宿行こうぜ宿!」
カズヤが大慌てでライルの言葉を遮り、アリアとミリアの腕を引っ張る。
「宿の方で、話ししようぜ! な! それじゃ、先行ってるぜ!」
カズヤに腕を掴まれて顔を赤くしているアリアと、状況が分からないミリアの二人はそのまま引っ張って行かれる。
それを見送るクルトはくすくすと笑ってから、イザークを見上げる。
「カズヤもイザークも、良い方向に変化しているみたいだね」
まるで兄の様な表情を浮かべ、クルトはイザークに呟く。
「俺は変わっていない」
「人は気が付かないうちに、変わるものだよ」
人を食った様な笑みを浮かべ、クルトはそう告げてイザークの背中を叩く。
「さ、さっさと宿に行ってお話をしないとね。夜会に行きたいんだろう?」
美しい微笑を浮かべクルトはイザークに告げ、彼は若干重たい溜息を吐く。
クルトは千年生きていると揶揄される程旧いアルフだが、同時に人の世界で長く活動している変わり者だ。
その長い活動で、人族の権力者にありとあらゆる伝手がある。
故に、クルトにはアリアとミリアの正体が一目でわかったのだろう。
しかし、彼女達の事情など気にも留めずにまず志希に大怪我をさせた説教から始まるのは、想像に難くない。
再び重いため息を吐いて、イザークはクルト達と共に歩くのであった。