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神凪の鳥  作者: 紫焔
皆に追いつく為に
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第四十七話

 志希はこの世界に来てから、余りにも知人が少ない。

 イザークとカズヤ、アリアとミリア以外には最初に拾ってくれたクルト、ライル、ベレント。他には受付のミラルダもいるが、あまり話をした事すらない。

 なので、新鮮な気持ちでバランと会話をしていた。

 それもギルドで依頼完了の手続きを取ってから終わり、どこかでまた会った時に話をしようという程度で別れた。

 思ったよりも遅い時間ではなかったので、公衆浴場でささっと汚れを落としてから宿に帰った。

 洗濯物は明日の朝から洗い、干す算段をつけつつ先ほどの依頼の報酬を数える。

 銀貨一枚と銅貨五十枚の報酬なので、さてと腕を組んで考える。

 報酬の一割から返すと言う事になっているが、現在の借金は金貨二枚程である。

 最初の銀貨五十枚の方は、先日のレッドウルフ退治で何とか返す事が出来たのだ。

 後は、精霊の揺り籠を首飾りにした時の借金だけである。

「うーん、明日また新しい依頼を受けて頑張ろうかな」

 報酬の一割を渡すと言う物凄く割安で返している状態なのだが、イザークが受け取るのは銀貨だけなのである。

 端数は面倒くさいという理由を言われたので端数切り上げて渡すと、これもまた受け取らない。

 流石にそれはまずいと思い、端数分や銅貨しか渡せない時は貯め込んで銀貨一枚分になった時に渡していた。

 イザークはお金を持っているからか分からないが、意外にお金に無頓着の様に志希には感じられた。

 志希は知らないが、イザークは決してお金に無頓着と言う訳ではない。

 カズヤに交渉やお金に関する事を任せているのは、ただ単に彼の方が上手くやるからである。

 志希は取り敢えず、今回の報酬から銅貨十五枚を抜きイザークへの返済専用の小袋に入れる。

 受け取ってくれない端数を貯め込み、銀貨一枚分になった時に宿で両替してもらいイザークに返す様にしていた。

「ん、明日洗濯が終わったらギルド行って、良い依頼があったら受けようっと!」

 体を伸ばし、気合を入れる。

 返済用小袋はいつもの荷物袋に突っ込み、財布を懐にしまって志希は下の食堂へと降りて行く。

 そこに丁度、よろよろしたカズヤとミリア、付き添いのアリア、そしてその二人を鍛えているイザークが入ってくる。

「おかえりなさーい!」

 志希は明るく声をかけ、四人に駆け寄る。

 その姿を見たカズヤは小さな声を上げ、アリアとミリアは嬉しげに笑って頷く。

 イザークはほんの少しだけ目を瞠り、次いで目を和ませる。

 志希の今の格好はいつもよりほんの少しだけ、女の子らしい格好をしている。

 やや裾が長めの服がスカートの代わりとなっている状態で、下はズボンに見えるが実は微妙に違う。

 服と色を合わせたズボンは途中で細くなり、短パンとズボンの間にある太腿を見せている。

 細くなった布部分は短パンと一つになっているベルトに留められ、釣られている状態だ。

「えへへ、可愛いでしょ?」

 志希は満面の笑みを浮かべて、くるりと回って見せる。

 ふわりと翻る服の下に見える太腿と、素肌の背中がチラリと見えた。

「シキ、その服で回らない方が良いぞ」

 カズヤが注意しつつ、椅子に座ってぐったりとする。

「可愛い、シキ可愛いわ!」

 ミリアが疲れている状態だと言うのに、物凄く嬉しそうな表情を浮かべて志希の手を取る。

「動きやすくて、可愛いのってこれだと思ったんだ。こういう裾の長い服にも合うけど、裾が短いのでも全然いけると思うの」

「ああ、良いですね。街中で着る分には、十分可愛らしいです」

 アリアも頷き、キャッキャと楽しそうに声を上げ女三人で盛り上がる。

 その間にイザークは椅子に座り、苦笑を浮かべながら口を開く。

「席について、さっさと注文しろ。この後、公衆浴場へ行くのだろう?」

 イザークの言葉にアリアとミリアは大慌てで席に着くが、志希はゆっくりとイザークの隣に座る。

「私、今日はもうお風呂入ったからお留守番するね」

 笑顔で言う志希に、首を傾げるのはアリアだ。

「もう、依頼は終わったのですか?」

「うん。今日は早く終わったから、明日は朝から洗濯してまた何か依頼を受けて来ようと思ってるんだ」

 アリアの問いかけに返事をして、志希は注文を取りに来た女子店員にいつものメニューを頼む。

「随分とハイペースだな」

「あんまり無理しなくても、ゆっくりと返して行けばいいんじゃない?」

 カズヤとミリアの言葉に、志希は苦笑する。

「いや、なんかイザークに悪い気がするからさ」

「気にしなくて良いとは言っているのだがな」

 志希の言葉にイザークは呟き、運ばれてきたエールを口に運ぶ。

「でもさ、一応成人しているんだから金銭関係はしっかりしておかないとダメだと思うんだよね」

 真面目な表情で言う志希に、カズヤが苦笑する。

「まぁ、その辺シキはしっかりしてるから分かるけどなぁ……当分組んだままになるんだから、あんまり気にすんなよ」

「えぇ~……お金にだらしないのは、ちょっと」

 志希が顔を顰めて言うと、イザークは小さく息を吐く。

「だらしなく、と言うわけではない」

「え?」

「無理しない程度に返してくれれば良い、と言っている。毎日何かしらの依頼を受ければ、疲れもたまる。程々にして、しっかりと体を休める事も重要だ」

 イザークが志希を窘めるように言うと、とたん彼女はしゅんと肩を落とす。

 その姿にくすりと笑うミリアだが、隣に座るアリアは少し思案する様な表情を浮かべている。

 ミリアが声をかけようとするが、それより早く店員が夕食を運んで来た。

 テーブルの上に所狭しと並べられるそれぞれの食事を置いてから、店員が立ち去って行く。

 それを見送る志希に、アリアが問いかける。

「お食事しながらお話をしたいんですけど、声が漏れたりしないように出来ます?」

「ん? まぁ、良いけど」

 真剣な声音から重要な話があると解釈した志希は、風の精霊に意思を伝えて音漏れをしないようにする。

 夕食時なので、今の食堂にはかなりの人が居るのだ。

「ええっとですね、シキさんはありとあらゆる知識を持っているとおっしゃってましたよね」

「うん」

 いただきますと手を合わせてから、志希は食事を口に運びつつ頷く。

「ただし、持っているだけで使えるわけじゃない状態だから切っ掛けがないと浮かんで来ないよ」

「では、きっかけがあれば思い出しやすいんですよね?」

「うん」

 志希が頷くと、アリアがほっと表情を緩める。

「でしたら、魔法を習ってみませんか?」

「は?」

 アリアの唐突な言葉に、志希がきょとんとした表情を浮かべて箸を止める。

「切っ掛けがあれば思い出せる。それなら、魔術を習ってみればいいと思うんです。思い出せたのが遺失魔法であれば、わたし達の強化につながると思うのです。もちろん、それを使いこなす為にわたし達自身の技量を上げる必要もあります。それに……運が良ければ、遺跡となった建物の位置を思い出す事も出来るのではないでしょうか」

 アリアの言葉に、カズヤが成程と手を叩く。

「強力な武具が眠る遺跡の位置を知っているとなれば、オレらが修行しながら向かう事も出来るよな」

「でも、危険ではないかしら」

 ミリアがほんの少し、暗い表情を浮かべて口を挿む。

「いや、中に入るのは自信がついてからだろ」

「そうじゃなくて……誰も知らない遺失魔法を、シキが知っていると言う事を知られかねないと思うの。安易に思い出し、それを知られたりしたら……」

 ミリアの心配する言葉に、アリアがはっとした表情を浮かべて肩を落とす。

「そう、ですよね。シキさんの事を考えれば、危険ですよね」

 しょんぼりとした表情を浮かべるアリアの言葉に、しかし志希は頭を振る。

「ううん。魔術を習うっていうのは、良いアイデアだと思う。実際、日常に役に立つ魔法とかあるかもしれないし。何より、後の事を考えればパーティの強化は必要だと思う」

 志希の真剣な表情と声音に、イザークが小さくため息をつく。

「敵が敵だ、打てる手はすべて打つべきだろう」

 賛成する声音は、若干棘を含んでいる。

「そう……ね、なんだかごめんなさい」

 ミリアは自分が厄介事を背負っていると自覚している分、他の人間に危険を冒させる事に罪悪感を覚えてしまう。

「謝る事じゃないし、何よりミリアは自分の資質にきちんと気が付かないとダメだよ。ミリアは本当なら、もっと強い。戦士としてじゃなく、神官としてね」

 志希はそう言って、スープを一口啜る。

「“聖女”なんだから、本当ならもっと癒しとかアンデットに対する浄化能力が強い筈なんだ。でも、今は普通の神官より少しだけ力が強い状態なだけだ」

 志希の言葉に、ミリアは絶句する。

 聖女と言うのはとても強いと知ってはいたが、そこまで具体的なものは知らなかったのだ。

 実際、他国には聖女は数人いる。

 しかし、彼女達は浄化か癒しの能力のどちらかにしか特化していなかった。

 だが、志希はミリアには両方の能力が備えられている上に、強いと断言している。

「聖女は、どちらか片方だけではないの?」

 ミリアが震える声音で問いかけると、志希は少しの間目を閉じてから口を開く。

「ミリアは生まれながらの生粋の聖女で、その上エルシル神から厚い加護がある。ぶっちゃけ、お気に入り状態だよ。だから、ミリアは癒しと浄化能力が高い上に、凄い回復能力を与えられてるの。でも、何か……ミリアの気持か何かの問題でそれが発揮されてない」

 志希の言葉に、アリアとミリアは表情を強張らせる。

 心当たりがあるからなのか、ないからなのかは分からない。

 しかし、志希はその事を言及するつもりはない。

「まぁ、何はともあれ私はアリアに手が空いている時にでもちょっと教えてもらおうと思う」

 話題を変える為に、志希は笑顔でそう告げる。

「あ、そうですね」

 志希の気遣いに気がついたのか、アリアは頷く。

「まぁ、何にしてもこっちはこっちで鍛錬をするのは変わらねぇよ……な?」

「ああ」

 カズヤがイザークに問いかけると、彼は頷く。

「シキも棍を振るのは忘れるな。特に、お前には業が眠っている。それを体に馴染ませておく方が、万が一の際には役に立つ」

 むしろ、万が一の時でなければ役に立たないのが正解である。

 しかし、今日の様に一人で行動する際に不測の事態があった場合、己の肉体を行使して戦う事もあり得る。

 それを考えれば、イザークの言っている事は間違っていないのだ。

「うん、分かった」

 志希は頷き、明日からの予定を頭の中で組み立てる。

 アリアに魔術を教えてもらってから、棍を振り鍛錬をする日を一週間のうち三日ほどを当て、四日のうち二日は依頼を受け残り二日を休日とする事にする。

「取り敢えず一週間の予定として、鍛錬と魔術の日を三日とって二日を簡単な依頼を受けて残りを休日にする感じかな」

 口の中の物を飲み込んだ志希は呟き、うんと頷く。

 そんな志希を、アリアとミリアは呆れたような表情を浮かべ見ている。

 カズヤは若干何とも言えない表情を浮かべ、目の前の料理にフォークを突き刺す。

 そんな三人とは違い、イザークは志希の予定に一つ頷く。

「そんな所だろう。ただし、拘束期間が長い依頼だけは受けないようにな」

「うん、それは分かってるよ」

 イザークの注意に志希は苦笑して頷き、大皿に盛られているパスタを自分の皿に取り分ける。

「まぁ……無理だけはすんなよ」

 カズヤはため息交じりにそう言って、大きな鶏肉を口に運ぶ。

「? うん」

 志希は不思議そうな表情を浮かべて頷き、食事に戻る。

 ミリアとアリアは顔を見合わせ、肩を竦めてからそれぞれ食べかけの物を口に運び始める。

 なにせ、志希の口にした予定はミリアやアリア達にとっては物凄く大変な日程だからだ。

 普通、もう少し休日が多いものだ。

 だと言うのに休日がたった二日しかなく、それ以外は鍛錬と魔術の勉強、依頼を受けるという詰め詰めの予定。

 呆れた表情を浮かべるなと言う方が無理なのだが、カズヤは何も言わずイザークは志希の立てた予定が普通だと言う素振りを見せる。

 それを見た時点で、突っ込みを入れても仕方がないのだろうと感じて何も言わない事にしたのである。

 こうして誰も何も突っ込まないまま夕食は終わり、志希は自分が立てた予定は実はとても大変だと言う事を知らないままになるのであった。

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