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神凪の鳥  作者: 紫焔
遠出の依頼
46/112

第四十三話

 街に到着してから、一行は真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かう事にした。

 何せ馬車はギルドからの貸し出し品であるし、依頼品としてレッドウルフの毛皮も必要なのだ。

 それならば、真っ直ぐにギルドに行って依頼完遂の報告と毛皮の引き渡しをした方が早いと言う事で決まったのだ。

 ちなみに、レッドウルフの毛皮は規定枚数を納めた後は全て革防具職人の所へ持ち込み、カズヤの革鎧と余った分で志希とアリアの防具を作る事にした。

 無論、取らぬ狸の皮算用と言う話もあるので、一応方針としての話だ。

 最優先はカズヤで、その次で志希とアリアと言う話である。

 毛皮の外套を作ると言うのも魅力的だが、普段から使わない物を荷物として持ち歩くのはあまり好ましくないと言う事で見送られた。

 レッドウルフの毛皮を規定枚数納めれば報酬にいくらか上乗せされるので、御者台でイザークの隣に座っていた志希はひそかに楽しみにしている。

 何せイザークに借金をしている身だ、返済分と貯金分を差し引いてお小遣いが残るかどうかが切実だ。

 今回のレッドウルフを退治した事で、一人当たり銀貨十枚の配当になる。

 それに、レッドウルフの毛皮の状態によって上乗せされるお金が変わるのだ。

 レッドウルフの毛皮の相場は、場所によるが平均銀貨二十枚。

 状態が悪ければ銀貨五枚くらい少なくなるが、状態が良ければ二十枚以上になる。

 しかし、今回の依頼は副次的な部分がある為相場の平均くらいもらえれば上々だろうとイザークが言っていたので、そう考えてもかなりの稼ぎとなる。

 これこそ取らぬなんとかという話なのだが、志希は本当に切実にお小遣いが欲しいので計算に余念がないのである。

 特に、今回は出費が嵩む。

 お小遣いに回せるだけのお金がなければ、また預けているお金に手をつけなければならなくなるのだ。

 そのことを思い返してため息をつくと、イザークが小さく笑い志希の頭を撫でる。

「思い悩むな」

「でも……ねぇ?」

 志希の憮然とした声音にイザークは再び小さく笑い、ポンポンと頭を叩く。

「考えすぎてもどうにもならんだろう。それより、そろそろギルドだ。後ろの奴らに声をかけてくれ」

「はーい。そろそろギルドだよー!」

 志希の言葉におうとカズヤが答え、荷台から御者台に顔を出す。

「今回はどうなるかと思ったが、いや無事に終わって良かった」

「正直、変異種などと言うのに鉢合わせた分の追加報酬くらいは欲しいものだ」

 イザークはカズヤの言葉に冗談とも本気とも取れない呟きを零し、カズヤは苦笑を浮かべる。

「まぁなー。こっちは服から鎧をダメにされてるのもいるからなぁ……報酬はもらえねぇかもしれねぇけど、変異種の方は報告しておくべきだと思うぜ。ここから各国のギルドに通達してもらえば、変異種が他にもいた時に情報を貰えるだろうしよ」

 今回の変異種がヴァンパイアロードの使い魔であった事を考えれば、この先もこのような変異種が現れて暴れる可能性もある。

 流石にヴァンパイアロードの存在を口にするわけにはいかないが、今回遭遇した変異種の強さ等をしっかりと伝えれば皆気を引き締めて依頼に当たってくれるはずである。

 また遭遇した際に下手に挑まないようにと警告をしておかねば、腕に覚えのある者が無謀を犯す危険性も高いのだ。

「こういうのに遭遇したって言う話をすれば、下手な事は突っ込まれないと思うから大丈夫でしょう」

 いつの間にか後ろに来ていたミリアもカズヤと同じ様に首を出して、賛成の意を表明する。

「それより、珍しいですね。ギルド前に立派な馬車が止まっていますよ」

 ミリアの隣にアリアも顔と腕を出して指し示す。

「あ、本当だ」

 言われて気が付いた志希は思わず声を上げ、まじまじと黒塗りの馬車を見る。

 栗毛の馬が繋がれ、身なりの良い人がその馬の世話をしている。

「しかし、あそこに停められると邪魔だな」

 イザークが憮然と呟き、ちらりとカズヤを見る。

「退けてもらうか」

 イザークの視線の意味を間違えずに読んだカズヤは頷き、荷台の後ろから降りて馬の世話をしている人間の方へと行く。

 馬車は普段、冒険者ギルドの横にある厩舎にしまっている。

 そこに入る為の道を半分ほど、黒い馬車が塞いでいるのだ。

 身なりの良い男性は御者だったらしく、カズヤの言葉に頷いて素直に開けてくれた。

 礼を言ってカズヤは厩舎の方へと駆けて行き、馬車を置く場所を確認に行く。

 程なくしてカズヤが戻ってきて、馬車を誘導し始める。

 その指示に従い馬車を止め、イザークと志希は降りる。

「そんじゃ、中に入るか」

 状態維持の魔法をかけられたレッドウルフの毛皮はかなりの枚数あり、全て持って入るのは通常困難である。

 だが、アリアが作ったゴーレムが毛皮の入れられた袋を持つので全員自分の荷物を持つだけで良いのである。

 ちなみに、このゴーレムが持つ袋は元々アリアが所有していた魔道具である。

 この袋は見かけ以上に大量の荷物を入れられるのだが、重さまで軽くなる訳では無い。

 詰め込み過ぎると人が持てる重さでは無くなるが、ゴーレムに持たせる分には便利な魔道具なのである。

 一行が厩舎から出て、黒塗りの馬車の御者に会釈をしてから冒険者ギルドに入ると。

「ふざけるな! あの依頼は取り消しだと言っているだろう!?」

 と言う怒声がギルド内に響き渡った。

「いくら言われても、この依頼は既に冒険者が受けてしまっています。取り消す際には違約金としてギルドに金貨十枚納めていただく事になっております」

 完璧な営業スマイルを浮かべたミラルダが、怒鳴り散らしている男に対してそう告げる。

「その法外な値段はなんだ!? たかだか魔獣退治の依頼を取り消すだけではないか!」

「何度も言っておりますが、この依頼は既に冒険者が受注しております。これを取り消すには違約金が必要なのです」

「ふざけるなと言っている! たかが冒険者ギルドの癖に、何様のつもりだ!?」

「貴族のお方であろうとも、冒険者ギルドは態度を変える事は御座いません。貴族であろうと、王族であろうと違約金は必要です」

 怒声に対し、冷静な声音で受付をしているミラルダが笑顔で跳ねのける。

 一体何事だと首を傾げながら、言葉が途切れた瞬間をねらって志希は恐る恐る声をかける。

「あのぉ、ミラルダさん。依頼終わったんだけど……」

 志希の言葉にミラルダはにっこりと笑い、頷く。

「分かりました、確かシキさんのパーティはアイワナ山のレッドウルフ退治でしたね。毛皮の方も、お持ちでしょうか?」

「はい、こっちに……」

「まて!」

 志希とミラルダが話を始めたが、怒声を上げていた貴族らしい男が口を挿んでくる。

「貴様らのその依頼は無効だ。村の人間が勝手に出したものであり、領主の私には何の知らせもなかった。故に貴様らが持ち帰った毛皮も全て私の物である」

 突然の言葉に、志希は思わずぽかんと男を見上げる。

 神経質そうな顔をしている栗色の髪と口ひげを持つ男が、志希を蔑むように見ている。

「ええっと、私達は正式な手順にのっとって依頼を受けたので無効と言う事は無いと思うのですけど?」

 思わず志希はそうミラルダに問いかけると、彼女は頷く。

「はい。シキさん達は我がギルドに出された依頼を正式な手順で受け、依頼を完遂していらしたのでしょう。こちらの貴族様の言う事は気になさる事なく、退治した証拠品を五枚提出なさってください」

「アレは無効だ。私の採決を待たず、村人が勝手に出したものだと言っておろう」

 貴族はミラルダの言葉を否定し、志希に向って怒鳴ってくる。

 恐らく、志希の容姿で組みしやすそうだと判断したのだろう。

 居丈高に見降ろし、接してくる。

 だがしかし、志希はここで引くわけにはいかない。

 何よりも、こんな傲慢な理論で命をかけて戦い、持ち帰った戦利品をかすめ取られるのが許せない。

「ふざけないで! 私達は正式な手順を踏んでいるし、命がけで依頼を完遂した! それを、全部なかった事だからって横から人の物かすめ取って行くの!?」

 志希は貴族の男を睨みつけ、怒鳴る。

「貴様……下賤なハーフアルフの癖に貴族に逆らうと言うのか!?」

「そんな物知らない! 貴族だろうとなんだろうと、人の物を横から取っちゃいけないってお母さんから教わらなかったの!?」

 志希がかみつく様に言うと、貴族は顔を真っ赤にして腰に差している剣の柄に手をかける。

 志希はそれに気が付かず更に怒鳴ろうとするが、その志希を庇うようにイザークが体を割り込ませる。

 身長の高いイザークが割り込んだ事に寄って、貴族の男は咄嗟に一歩引く。

 イザークは今、貴族に対して威圧をする様に見降ろし、剣を抜かせないようにしているのだ。

「何人であろうとも、冒険者ギルドは公平に扱う事を王が認めているのは周知の事実。そこに出された依頼もまた、冒険者ギルドが受注した時点で貴族であろうと安易に取り下げる事が出来ない。その様に決まっているのを、貴族である者が知らぬ筈あるまい」

 イザークの静かで低い声音は、男に反論を許さない。

「故に、我々が受けた依頼は正当なものであり、報酬も含め我々が勝ち得て来た全ての物は我々の物だ。まして、我々は命をかけて依頼を完遂したのだ。それを横から無効だと接収するのが栄えある貴族の所業とは思えんな」

 イザークの言葉に貴族は更に顔を真っ赤にして怒鳴ろうとした瞬間。

「そこまでだ。全く、この様な所で要らぬ揉め事を起こしてもらっては困るぞ」

 と、柔らかな声音が掛けられた。

 奥のギルド職員が良く出入りする扉から、綺麗な金茶色の髪をした青年が現れる。

 志希はその青年が、地味ながらも良い仕立ての服を着ているのに気が付く。

 同時に、アリアとミリアは素早く壁際に避けてゴーレムを盾にする。

 カズヤはさり気無くそのゴーレムの隣に立ち、密かに志希とイザークから距離を取る。

「何だと貴様!」

 貴族は青年に対し怒鳴りつけるが、志希は何とも言えない表情を浮かべる。

 イザークは志希を背中に庇ったまま壁際へと移動し、成り行きを見る体勢に入る。

 志希は志希で、貴族の男と青年を見比べて小さく頭を振る。

 貴族は青年に対して色々と怒鳴っているが、青年は笑って受け流している。

 しかし、志希には笑っている青年の背後に物凄くどす黒い何かが立ち上ってきているのが見える気がした。

 見ただけで分かる気品と、所作の優雅さ。

 人を引き付けるカリスマとでも言うべき物を、目の前の青年は持っている。

 しかも、腹黒そうで死ぬほど怖い。

 志希は思わずイザークの服の袖を握り、その背中に隠れて青年を視界から隠す。

 貴族の男が一通り怒鳴り終えたのを見計らって、青年は口を開く。

「君が無効だと言うのは勝手だが、ギルドは既にその依頼を受け入れ冒険者に発注している。この時点で、君の言い分は通らない。先ほど受付のお嬢さんが言っていたように、国王が認めている事だよ。それが、たかが貴族風情が覆せると思っているのかい?」

 青年はあくまで柔らかく問いかけ、貴族の男は目を剥く。

「君の言っている事は全て君にしか利がない、勝手な言い分だ。しかも、君のその領民は君に相談したけれどどうにもならなかったから冒険者ギルドに依頼を出したんだ。その辺りは、理解しているのかい?」

「な、んだと!?」

「さらに言えば、君は領民を守る為に居る筈なのに無駄に重い税を課しているそうじゃないか。国庫に納める分以外は、全て横領しているのだと言うのも調べが付いている。全く、貴族ならば領民を蔑にして良いというその思考が信じられない。まぁ、今回で君の人となりも分かった。これはこれで、よしとしよう」

 にっこりと青年は笑い、うんと一つ頷く。

 笑顔だが、その威圧感は半端なものではない。

 実は物凄く怒っているのではないかと志希は戦々恐々としながら、イザークの背中に隠れ続ける。

「貴様、何者だ……」

 思わず問いかける貴族に、青年はにっこりと笑い手の甲を見せる様に手を上げる。

「僕はこの冒険者ギルドに所属する、第五王子だよ」

 貴族は青年の指にはめられた指輪を凝視し、一瞬で青ざめる。

「僕は昔から冒険者ギルドに所属して放浪しているんだよ、知らなかったのかい?」

 人の悪い笑顔を見せ、第五王子と名乗った青年はミラルダに頷く。

 ミラルダは了承する様に立ち上がり、奥の部屋に声をかける。

 すると騎士鎧を着た男性二人が奥から現れ、貴族を左右から捕らえて青年に礼をする。

 青年はそれに答えるように手を振ると貴族を引きずり男性達は外へと出て行く。

 それを見送った青年は、ゆっくりとイザークの方へと顔を向ける。

「さて、聞くに堪えない罵声が聞こえたからお邪魔だと思ったけど口を挿ませてもらったよ。それじゃ、僕はこれで。後ろに隠れている勇気ある小さなご婦人やゴーレムの陰に隠れているご婦人にもよろしく言っておいてください」

 にこやかに笑い、第五王子らしい青年は再び奥の部屋へと去って行った。

 酷く緊張した空気が抜け、志希は大きく息を吐くとイザークがポンっとその頭を撫でる。

 励ますような、元気づける様なその手のひらに志希は思わず笑みを浮かべイザークの背中から出る。

 アリアとミリアもゴーレムの後ろから出て、安堵した表情を浮かべてる。

 この二人、曲がりなりにも王族なので恐らく先ほどの第五王子の顔を知っていたのだろう。

「さて、シキさん達の依頼完了の手続きをいたしましょうか」

 そう言って、いつものように人好きのする笑顔でミラルダが声をかけてくる。

「ああ、はい……」

 志希は頷き、ふらふらとミラルダの前に行こうとするがイザークが止める。

「俺がやる。アリア、毛皮を」

「あ、はい」

 慌ててアリアはゴーレムに指示を出し、ミラルダの前に袋を持って行かせる。

 イザークはその隣に立ち、ミラルダの差し出す書類に何かを記入していく。

「まったく、災難でしたね。殿下が居らっしゃらなければ、まだ怒鳴り散らされていたかもしれませんね」

 ミラルダはそう言いながら、袋の口を開けて中から毛皮を五枚取り出す。

 結構な大きさと量なはずなのだが、彼女は難なくそれらの作業をやり遂げる。

 思わず感心する志希に、ミラルダはまだ話しかけてくる。

「殿下はこのギルドの最高ランク、金を所有していらっしゃるんですよ。成人なされてからご友人二人と一緒に冒険者登録をされ、いまでもお三方で依頼をこなしていらっしゃいます。今日は年に一度の帰国期間の為にこちらに顔をお出しになられていたんですよ」

「へぇ、そうなんだ」

 志希は何も知らないので、こくこくと頷いている。

「まぁ、あの方が第五王子と知っているのは余り居らっしゃいませんし、いつもはもっと冒険者らしい姿をしているのでもしかしたら普段お会いしても気が付かなかったかも知れませんね」

 ミラルダは志希の様子にくすくすと笑いながら説明し、取りだした枚数の状態を確認する。

「これは、良い毛皮ですね。他の毛皮は、どうなさいますか?」

「いや、今回納めるのはこれだけで頼む。こちらも少々余裕がなくてな」

「あら、珍しいですね。いつもは適当に処分してくれと仰るのに」

 イザークの返事にミラルダはそんな事を言いながら、奥の部屋に毛皮を運び戻ってくる。

「もう少ししましたら、奥から報酬を持ってきますので少々お待ちくださいね」

 ミラルダは笑顔で言い、全員頷き雑談に興じ始める。

「さて、いつもの所に持ち込むのは良いけどよ……アリアと志希の採寸が大変だな。後、ミリアも鎧を新調し直しだろ?」

「わたしの方は修繕すれば良いと思うのだけれど……」

「いや、あの壊れ方で修繕するくらいなら買った方が早いって。絶対」

「そ、そうかしら……?」

 ミリアはカズヤの言葉に首を傾げると、アリアがほんの少しだけ拗ねた様な声音で言う。

「お店に行ってから、聞いてみた方が早いと思います」

「まぁ、専門の人に聞いた方が良いもんね」

 志希は一般的な意見として頷いて、ふうと息を吐く。

 長旅をして帰って来たばかりだと言うのに変な人間に絡まれ、更にこの国の第五王子と会う等と物凄いイベントに見舞われ流石に疲れてしまった。

 この後は報酬を受け取り、防具屋に行って採寸しなくてはいけない事を考えると更に疲れを感じてくる。

 思わずため息をつくと、イザークが苦笑を浮かべて志希の背中を励ます様にポンっと一つたたく。

 それと同時に奥の部屋から少し大きめの袋を持った男性職員が現れ、ミラルダの所へ置いていく。

「カズヤ、頼む」

「おう、任せろ」

 カズヤはイザークの言葉に頷き、ミラルダの所へと報酬を受け取りに行くのであった。

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