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神凪の鳥  作者: 紫焔
遠出の依頼
42/112

第四十一話

 ふっと、志希は目を覚ます。

 暗闇に包まれている馬車内は、志希の首元やそのほか様々な精霊達の姿で明るく照らされている状態だ。

 それ故、この幌馬車の中には人が居ないのが見て取れた。

 どうやら、他の皆は外で眠っているらしい。

 そろそろと寝がえりを打ち、気持ち悪さがだいぶん消えているのを確認する。

 小さく息を吐き、音を立てないようにゆっくりと体を起こして自分の体を見下ろす。

 自身の生命力が明かりの代わりをしており、今自分がどんな服を着ているのかがよく見える。

 そこで、ようやく志希は違和感に気が付いた。

 変異種と戦っていた時は若草色のローブを着ていて、その下には革のチョッキを身につけていた筈だ。

 更にその下に少し薄手の麻のシャツを着ていた筈なのだが、今はそれらとは全く違う麻のシャツを着ていた。

 そもそも、体に穴が空いたと言う事は服どころか下着まで血塗れになって酷い事になっている筈である。

 志希は掛けられていた毛布を捲り、自分の姿を確認して首を傾げる。

 血塗れの痕跡が全く見えないので、着替えさせられたのだろうとは想像が付く。

 下着の方も確認してから、深いため息をつく。

 十中八九、着替えさせてくれたのはアリアとミリアであろう。

 だとしても、二人に自分の貧相としか言いようの無い体を見られるのは正直勘弁願いたい。

「せめて胸がもう少し……いや、体型的にこれでいいのかな?」

 思わず呟きつつ、自分の胸を見下ろす。

 だが、やはり小さいと言わざるを得ないので、志希としては何やら物悲しさを感じる。

「いや、言っても仕方がないよね」

 うん、と一つ頷いてからゴソゴソと移動して、馬車の後ろに移動して布をめくると。

「如何した?」

 と、低い声音に問いかけられる。

 そちらの方に視線を向けると、焚き火の前に座り番をしているイザークが見えた。

「ん、起きちゃったから水でも飲もうかなって思って」

 焚き火から少し離れた場所で眠っている三人を起こさぬようにと志希は密やかな声で返事をすると、イザークはそうかと頷く。

 志希は出来るだけ音を立てないようにしながら馬車から降り、イザークの直ぐ横へと移動する。

 イザークの隣に座る志希に、彼は水袋を手渡す。

「ありがとう」

 水袋を受け取り、礼を言ってから志希は水袋に口をつけて一口だけ水を飲む。

 特に欲しいとは思っていなかったのだが、改めて水を口にした事で自分が酷く乾いていた事に志希は気が付く。

 水が体に染み渡る様な感覚を覚えながら、志希はイザークに水袋を返す。

「美味しかった」

 志希の感想に小さく笑い、イザークはゆっくりと口を開く。

「体調はどうだ」

「ん。さっきみたいな気持ち悪さは、もうないよ。多分、きちんと治ったんだと思う」

「そうか」

 短い会話。

 いつも通りの筈なのに、志希はほんの少しだけ違和感を感じる。

 イザークの声に、いつもの覇気がないように聞こえるのだ。

 そう思った瞬間、イザークが己を助ける為に振るった剣の事を思い出す。

 霞がかかったような意識の中でも、はっきりと覚えている。

 イザークの大剣が光を纏い、自分に向かって振り降ろしていた光景を。

 もっとも、その直後から意識は途切れ、気が付いた時には全て終わっていた。

「イザーク……ちょっと聞きたい事あるんだけど、良いかな?」

 先ほどよりもなお小さく潜められた声で、志希は問いかける。

「何だ?」

 志希と同じ様に潜めた声で、イザークは促す。

「あのね。イザークの大剣って、凄い聖剣の類?」

 一瞬、イザークが息を詰める。

 ほんの少しだけ沈黙してから、イザークは息を吐きながら頷く。

「アレは俺の家系に伝わる魔剣だ」

 淡々とした声音に、志希は顔を上げてイザークを見る。

 聖剣と魔剣は似て非なる物である。

 聖剣は担い手を庇護し、何一つ損なう事なく振るえる剣だ。

 だがしかし、魔剣は担い手の何かを消費してこそ力を発揮する剣。

 必ず代償を求め、担い手を破滅させることが多いからこそ“魔剣”と称されるのである。

「そんな……」

 志希は思わず絶句し、イザークを見上げる。

 いつもより疲れた様なその表情は、恐らく魔剣の力を使ったからなのだろうと志希は直ぐに悟る。

「俺はどうやら、この大剣と相性が良いらしい。ほんの僅かな疲労を感じるだけで、済んでいるからな。俺以外の者がこの大剣の力を解放すれば短くて半日、多くて七日は寝込む事になる」

 そう言ってから、ほんの少しだけ苦笑を浮かべイザークは志希の頭を撫でる。

「相性が良いと言っただろう。それほど、心配するようなことでは無い」

 優しく諭されるが、志希はまだ納得できないのかその表情は曇ったままである。

「でも……魔剣だよ? 本当に大丈夫なの?」

 志希の心底からの心配そうな声音に、イザークは優しく目を細める。

「大丈夫だ。この魔剣は、普段から力を使えぬようにと封印されている。使い手が合言葉を唱えない限り、俺が疲れる事や寝込むような事はない」

 そう説明されて、志希はやっと安堵した表情を浮かべて微笑む。

「それなら、良かった」

「持つだけで疲労する様な剣は使えんからな。この魔剣を作った人間は、いざという時に使える様なモノにしたかったのだろうな」

 横に置いた大剣を見ながら、イザークは呟く。

「そうだろうね……きっと」

 志希は頷きながら、目を閉じる。

 魔剣と聖剣の違いは、その剣に籠められた思いである。

 聖剣は正の思いや聖遺物を封じ、作られた物だ。

 だが、魔剣は聖剣の対極にある。

 負の思想を封じ、邪神や魔神の力を封じて作られた物なのだ。

 作られた形として、人には過ぎた力を与えて担い手を壊す。

 壊れるのが魂なのか、精神なのか、肉体なのかの違いだ。

 それ故、魔の剣と冠されているのである。

 通常、魔剣の類を代々伝えているような家系は過去に多大な功績を残し、それを封じる役目を負う筈だ。

 だがしかし、イザークは不老不死とも言われているアールヴの一族で、更にその魔剣の担い手だ。

 しかも、魔剣に関する文献が日本語で記されていると言う話を以前に聞いた覚えもある。

 それを考えれば、イザークの家系その物か、伝えているという大剣が随分と特殊なモノであるのが窺える。

 そう思い至った志希は、イザークを見る。

 この事を、長くパーティを組んでいるカズヤに話しているのかが気になったのだ。

「カズヤには、だいぶん以前に話してある。何せ、この大剣を使ったのはあいつを助けるためと言うのが最初だったからな」

 イザークは志希の問いかけたかった事を、先に口にする。

「そもそも、カズヤの師匠は俺の知り合いだ。あいつが独り立ちする際、不安だからと俺に預けられたのが組むきっかけだったな」

 苦笑しながら、イザークがカズヤとの出会いを語る。

「あいつは最初、酷くやる気がなく投げやりだった。そんな相手といつまでも組むのは御免だったと言うのが、最初の印象だったな」

 くすりと笑い、イザークは目を細める。

 彼のその表情はとても懐かしそうで、志希はイザークを見上げたまま耳を傾ける。

「その後、一度だけ俺はこの大剣の力を使った。俺達二人の命が危ういと、まさしく絶体絶命だった。その時、カズヤが奮起したんだ。死にたくないと言う事を言っていたが……どうやら、俺を巻き込んだと思っていたらしい。大剣の力を使いどうにか窮地を脱出し、街に戻ってからあいつは変わった」

 そこまで話し、小さく喉を鳴らしてイザークは笑う。

「俺の疲れが取れたころに来て、剣での戦い方を教えて欲しいと来た。どこか投げやりだった表情はなりを潜め、良い顔をしていたのが印象的だったな」

 イザークはそう言ってから、志希の頭を撫でる。

「さ、もう良いだろう。明日は早い、馬車に戻って寝た方が良い」

 志希はイザークに促されるが、じっと彼を見上げて動かない。

 最後に一言、どうしても聞きたい事があったのだ。

 決して死なない人間ですらない生き物である事を、イザークがどう感じたのか。

 それを知りたい。

 カズヤはあるがままに受け入れ、ミリアとアリアもまたエルシル神と言うクッションを得て受け止めてくれた。

 しかし、イザークは志希の告白に何一つ反応を返さなかった。

 それが、どうしても気になるのだ。

 だがそれを問うたところでイザークが答えてくれる保証もなく、それ以上に嫌がられるのではないかと言う恐れに口を開く事が出来ない。

 揺ら揺らと気持ちが揺らぎ、どうして良いかが分からなくなった瞬間。

 イザークが僅かに息を吐く。

 それが嘆息に聞こえ、志希はびくりと体を震わせる。

「何がそんなに悲しいんだ?」

 囁く様に言われ、志希は小さく首を傾げる。

「泣きそうな表情をしているぞ」

「何でも、ないよ」

 イザークの言葉に、志希は思わず顔を伏せ小さく返すが、声は震えている。

 すると、イザークが小さく嘆息を零し志希の頭をポンポンと撫でる。

「ため込まれると、困る不満や不安もある。話すだけ話して、すっきりしておけ」

 イザークはそう言って、志希を促す。

 志希は口を開こうとするが、どう話していいのかが分からなくて結局言葉にならない。

 それでも、これは自分が聞かなくてはいけない事だと志希は言葉を絞り出す。

「私が……死なない、人でも亜人でもないモノなの。気持ち悪い、かな」

 震える声音での問いかけに、イザークは深く息を吐く。

「気持ち悪い、と言うのは感じなかったな。ただ、全ての感覚をきちんと受けているのであれば、精神には相当な負担がかかるだろうとは思った」

 イザークはそう、志希に答える。

 志希は思わず顔を上げ、イザークを見る。

 痛みや全ての感覚を受けるとは、一言も語った覚えがないからだ。

 志希のその驚く表情を見たイザークは苦笑し、志希の頭をポンっと撫でる。

「志希の今の様子を見れば、分かる。死に繋がる傷を受け、悲鳴を上げていたのも見ているからな。お前はまぎれもなく“人間”である事も、きちんと知っている。だから、あまり自分を卑下するな」

 イザークの真摯な声音と目に、志希は目の奥が熱くなる。

 そして心の底から、イザークとカズヤに拾ってもらって良かったと思う。

「うん……うん!」

 志希は頷き、顔を伏せる。

 人と違う事は基本的に隠さなくてはいけないが、そんな事をせずとも良いと言ってくれる信頼できる人間に出会えたことが嬉しい。

 そして、それがイザークであった事が何よりも嬉しい。

 そう思った瞬間、志希の目から涙が零れる。

「ありがとう、イザーク。ありがとう」

 嗚咽を零しながら、何度もお礼を言う。

 その志希をイザークはそっと抱き寄せ、優しく背中をさする。

「気が済むまで泣いておくと良い」

 イザークの優しい声音に、志希は小さく頷きながら泣き疲れて眠るまで、そのままの体勢で涙を零すのであった。

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