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神凪の鳥  作者: 紫焔
遠出の依頼
41/112

第四十話

「これが、その時につけられたヴァンパイアの花嫁の証し」

 そう言いながらミリアは法衣もろとも下着をはだけ、背中を見せる。

 戦士とは思えないほど女性らしく優美な線を露わにした美しい背中には、白と黒で構成された紋様が刻まれていた。

 黒く塗りつぶされた円を覆うかのような白い円。

 白い円の周囲には黒と白が混じり合い、残光の様に見えた。

 ミリアの白い背中を見て思わず顔を赤らめたカズヤだが、呪いの様なその模様に息をのみ食い入るように見ている。

「なんかを象徴している模様なのか? なんかに似てる気もするんだけどよ……」

 カズヤの疑問に、ミリアの隣にいるアリアは頷く。

「はい。吸血鬼達はそれぞれ自分達を象徴する模様を持っています。それは、自然物に負の現象を足して描かれると言われているので、何かに似ていたりどこかで見た事があるモノなのです」

「通常、花嫁と呼ぶ存在を作る吸血鬼は不死者としてもかなり高位だ。話を聞いた限り、かなりの高位……貴族の位だろう」

 イザークはそう呟き、アリアは感心した表情を浮かべて同意する。

「わたしも、そう思います。ですが文献を調べる限り、姉さんに刻まれた花嫁の証しを持つ貴族の吸血鬼が見つかりません。恐らく、まだ知られていない新興のヴァンパイアではないかと思うのですが……」

「違うよ」

 アリアの言葉に、志希は青ざめた表情で口を挿む。

「ミリアに刻まれたその証しは、花嫁を娶らないから知られていないだけ。むしろ、知っている方が遥かに危険だ」

 志希はそう言って、ミリアの背中の模様を指で示す。

「その模様は……中天に座して地上に威光を落とす、世界の象徴。時に実りを促す為に優しく、時に人を罰する為に苛烈に大地を照らす太陽。そして、その太陽を喰らい世界を闇へと染め上げる月を表したモノ」

 確信を持って言葉を紡ぐ志希に、アリアは眉を潜める。

「しかし、そんな模様は今まで見た事も聞いた事もありません」

「当たり前だよ。その証の持ち主は、本来花嫁なんか娶らない」

 志希はきっぱりと、アリアを見て断言する。

「花嫁を作り、己の勢力を盛り上げるのは貴族だけ。そしてミリアの背中に刻まれた証しは、その必要もない貴族の頂点に立つモノが持つ」

 志希はゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「ミリエリア・アシェル・ミシェイレイラ。この名を持つ聖女を花嫁と定めたのは、太古の昔から存在するヴァンパイアロード。魔神と呼ばれる存在に最も近い、恐るべき魔物だ」

 確信を持って告げた言葉に、反応するのはカズヤとアリアだ。

「何でお前がそんなこと知ってんだ?」

「そうです! 旧い魔物だと言うのであれば、シキさんが知っているのはおかしいじゃないですか!」

 アリアの取り乱した言葉に、志希は深く息を吐き苦笑を浮かべる。

「その事を話す為に、私もここにいるんだ。取り敢えず、ミリアは身支度をしながらで良いから聞いてね」

 静かにそう言うと、ミリアは慌てて服を整え始める。

 アリアもそれを手伝いながら、嘘を許さない目で志希を見る。

 不信感もあらわなそのアリアに小さく笑うと、イザークが嘆息を零す。

「何から話すつもりだ」

 問いかける言葉に、志希はイザークが彼なりに心配しているのだと感じた。

「取り敢えず、最初から最近の事まで全部。カズヤにもイザークにも、言っていない事も全部話そうと思うんだ」

「そうか」

 イザークの静かな首肯に、志希は気持ちが軽くなるのを感じる。

 イザークはただ、あるがままに受け入れてくれるような気がして、それが嬉しいと志希は感じ、祈る。

 せめてイザークだけは、自分を嫌わないで欲しいと。

 そう思っていると、ミリアの身支度が終わり先ほどの場所に腰を下ろす。

 アリアはその姉を守るように座り、その手には杖を持って志希を警戒する。

 志希の得体の知れなさに、警戒心を呼び起こされたのだろう。

 カズヤは何とも言えない表情でそれを見てから、志希を促すように頷く。

 空気が緊迫する中、志希は一つ深呼吸をしてからゆっくりと口を開く。

「私、種族で言ったら元人間なんだ」

 唐突な言葉に、アリアやミリアはきょとんとした表情を浮かべる。

 しかし、志希はその二人にかまわず言葉を紡ぐ。

「人は死ぬと、魂だけになって世界の流れに乗る。その流れは大河で、終着点は世界を支える大樹の側にある泉。この泉は魂の自我と知識を洗い流し、まっさらにしてしまうんだ。でも、この泉で自我を洗い流されないモノがいる。それが世界を支える大樹にも吸収されずに目を覚ましたら、ある種族へと変質する資格を持つんだ」

 志希の語る言葉に、カズヤは理解不能と言った表情だがミリアとアリアは真剣に聞いている。

 死後の世界の話は、神官にとってはタブーも同然だが魔術師であるアリアには興味深い物なのだ。

「その種族は、銀の髪に金の瞳を持ち、額に証しと呼ばれる物を持っているの」

 そこまで言ってから、志希は自身の額を覆う布を取り去る。

 暗闇の中でも煌めき、存在を主張する『神凪の鳥』の証し。

 アリアとミリアは志希自身が、彼女の語る容姿その物を持つのを確認して考えるように眉を潜めている。

 そんな二人に苦笑を浮かべ、言葉を続ける。

「種族の名は、『神凪の鳥』と呼ばれているの。人以上の力を持ちながら、神になる事も出来ない狭間の存在。神と世界の庇護がなければ、生きていけない半端なものなの」

 そう言いながら、志希は手を伸ばす。

 指先に現れるのは光の精霊で、光を零しながら志希の爪先に唇をよせて笑う。

 風の精霊がそよ風を起こし、火の精霊が焚き火の中で乱舞する。

 この世のすべてに宿る精霊達が、志希の存在を歓迎しているのだと証明するように小さな現象を起こす。

「世界の根底で『神凪の鳥』になったモノは、行き先を決める。大概の『神凪の鳥』は神界に行って、神の先兵になるけれど……私は人界を希望したの」

「何故?」

 神界に行けるのなら、人界で苦労する必要はないだろうとミリアは問いかける。

「私、出だしが異世界人だから」

 にっこりと笑い、志希は言う。

「何も分からないままこの世界に来て、速攻で殺されて『神凪の鳥』になったの。この世界の事が全く分からない、どんな人が生きているのか、どんな生活様式なのか全然知らない。だから、この世界を知りたくてこの世界に来たの」

 志希の言葉に、ミリアは呆れた表情を浮かべる。

「そ、そんな事で……?」

 思わず、と言ったような呟きに志希は笑顔で頷く。

「そう。些細な事でも、良いじゃない。それで、これ重要と言えば重要なんだけど……」

 志希はほんの少し、躊躇ってから口を開く。

「私、死なないんだ」

 出来るだけあっさりと、何でもない事のように志希は口にする。

「は?」

「え?」

「……ああ、なるほど」

 アリアとミリアのぽかんとした声に対し、カズヤは何か納得した表情で手を打つ。

「そもそも、死んでから誰の手も借りねぇで生き返ったって志希は言ってたんだ。それ考えたら、死なねぇってのも納得できるな」

 カズヤはうんうんと頷き、納得する。

「ちょ、ちょっと待ってください! 普通、蘇生するなんてかなり高位の司教にお願いしなくてはいけないんですよ!?」

 アリアは思わずそう突っ込むと、イザークとカズヤは苦笑する。

「その話は、クルト達と散々したからなぁ。で、議論を止めたのがベレントからのワキュリーの神託だ。シキなる娘、害する事ならずってな」

 ミリアよりも高位に位置するベレントの言葉を聞いた瞬間、ミリアは慌てて聖印を握って瞳を閉じる。

 恐らく、エルシル神からの神託が下っているのだろう。

「賜り……ました」

 ミリアの口からこぼれた声は、何とも言えない感情を伴っている。

「それでは質問を変えますけど、シキさんはどうして殺されてしまったのですか?」

 アリアは冷静であるようにと深呼吸をしてから、もう一つの疑問点を口にする。

 志希の様子から一般人であった事は見て取れる。

 そもそも異世界人で元から戦士であったと言う事は、殆ど無い。

 時折異世界人が現れるとは書物で書かれているが、アリアの主観では見た事がないのである。

「そんとき、妖魔と戦争やってたんだよ。ほら、二月前に撤退してきたって言うの聞かなかったか?」

 カズヤの言葉に、そう言えばとアリアは頷く。

 冒険者や傭兵を連れて辺境伯が妖魔の軍隊に突っ込み、何とか引き分けて撤退してきたのは記憶に新しい。

「敵陣で、変な動きがあると言う事で俺が単身で潜入し、術者と召喚されたと思しき黒髪の女を切り捨てた」

 イザークが淡々と、その時あった事を口にする。

「え……」

 驚きの声は、やはりアリアとミリアからだ。

「私、イザークに殺されたの」

 苦笑しながら、志希は二人に告げる。

「あの時は、きちんとした成人女性としての私だったのよ? カズヤと同い年で、お化粧もしてお仕事に出掛ける途中だった。それが、気が付けば全く知らない場所で後ろから胸を一突きされたわ」

 何でもない事のように語る志希に、困惑するのはアリアとミリアである。

 普通、自分を殺した人物になつくなどあり得ないと思うからだ。

 しかし、今それを議論する気はないので黙っていると、カズヤが話を引き継ぐ。

「で、生き返った後のシキを発見したのもオレ達のパーティだったんだ。それで、そのままオレ達が保護してたんだ。その途中で精霊使いっぽい能力を持ってるっつーことで、冒険者志望だったのも踏まえてパーティを組んだんだ」

 カズヤの説明に、ぽかんとする表情しかできない二人。

「し、シキさん……本当にそれでよかったんですか?」

 思わず問いかけてくるアリアに、志希は頷く。

「だって、誰かれ構わず殺す人じゃないって分かったから。それに、銀貨五十枚もお金貸してくれて色々と面倒見てくれるのを見たら……うん、信じられるって思ったの」

 志希は大人びた表情で微笑み、一つ息を吐く。

「今回、瀕死から再生した状態だから体が慣れてなくて気持ち悪くて体に力が入らない感じみたい。あと、死んでから流れついた泉に浸かっていたから魂に知識を蓄えてはいるけど、実際に知っている状態じゃないから思いだすのに時間がかかるの。実際に見たり、何かのきっかけがないとそれが奥から浮かんで来ないからね」

「その知識から、姉さんの証しが吸血鬼の王の物だと分かったのですか?」

 アリアは真剣な表情で、志希に問いかける。

「うん、そう」

 志希もまた、真剣な表情でアリアを見返して頷く。

 嘘を吐くつもりも何も無い志希は、ただ真剣に二人を見据える。

 その志希をしばし見つめていた双子だが、ミリアはふっと息を吐く。

「信じられるわ。エルシル様に言われたからだけじゃなく、ね。出会った時から、シキちゃん……いえ、シキは素直な人だったもの」

 ミリアはそう言って、肩を竦める。

 実際、志希の異常さを二人は感じていた。

 それでも良いとパーティを組もうと言いだしたのは、ミリアとアリアの二人だ。

「……そうですね。お互い、隠し事をしたままパーティを組んでいたんです。それを一方的に責めるのは間違ってますよね」

 そう言って、アリアは肩から力を抜いて微笑む。

「んで、これからどうすんだ?」

 カズヤは話がひと段落したと見て、問いかける。

「私は、最初に言った通りだよ。冒険者をしながら、世界を見て回りたい」

 志希は間髪いれずに答え、双子を見る。

「わたし達には、目的があります」

 アリアはそう言って、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「一つは花嫁の証しを刻んだ吸血鬼を退治する事だろうが、もう一つはなんだ?」

 イザークの問いに、ミリアは答えようとして躊躇する。

 話をして良い物かどうかと考えているのであろうその姿に、アリアが口を開く。

「協力をお願いするのであれば、全部話すべきです。姉さん」

 アリアの言葉にミリアは一つ頷き、躊躇いを振り切るように深呼吸してから顔を上げる。

「神聖大公は、もう一つ重要な役割があったの」

 真剣な表情で、ミリアは三人に告げる。

「ミシェイレイラ神聖国の初代国王は、エルシル神から建国するようにと言う御神託と同時に聖遺物を与えられたと言われているわ。その聖遺物を守る為に、何代か前の王とその兄弟が神聖大公家を起こしたの」

 そこまで言ってから、ミリアは息を吐く。

「それなら、ミリア達は国を出ねぇ方が良いんじゃねぇの? 多分、その聖遺物ってやつは国宝なんだろ?」

 カズヤの純粋な問いかけに、ミリアもアリアも表情を強張らせて口を引き結ぶ。

「カズヤ。彼女達は、もう一つの目的と関係あるからこそ神聖大公家の役割を俺達に話をした。その上で、現在継承権を持たないと言う言葉を考えれば分かるだろ」

 イザークの言葉に、志希が息を飲む。

「まさか、国宝が盗み出された?」

 志希の呟きに、アリアは深い息を吐いて頷く。

「はい。だからこそ、神聖大公家を襲ったのだと思います」

 肯定するアリアに、カズヤは青ざめる。

「吸血鬼の花嫁にされたが故に姉さんの聖女認定は外され、国宝であるエルシル様の聖遺物を盗まれたが故にわたし達の継承権は抹消されたと言う事です」

「王族として、聖女として復権する為にわたし達は冒険者になったのよ」

 アリアとミリアの言葉に、カズヤは絶句してしまう。

 七年もの月日をこの世界で過ごしたカズヤには、双子の言っている事がどれだけ難しいか知っている。

 何より、証しを刻んだ吸血鬼が貴族では無く王と言う地位にいる以上、勝ち目は殆ど無い状態だ。

「どんだけ無理難題か、分かってんだろ?」

 カズヤは震える声で、二人に問いかける。

「ただの吸血鬼じゃねぇ、王とか言うとんでもない化けもんだぞ? そいつ相手に、お前ら二人で勝てると思ってんのかよ!」

「出来るわけないじゃないですか。わたし達二人では貴族ですら、手に余ります」

「だったら……」

「でも、諦める訳にはいかないんです! わたしはまだ、学者として魔術師として立って行ける。でも、姉さんは違う。生まれた時から聖女で、神に仕える為に生きてきた。それを目の前で父と母を殺され、穢されたと言って勝手に何もかもを奪われてしまった。わたしはそれを、赦す事なんて出来ないんです!」

 今まで堪えて来た物を吐き出す様に、内向的なアリアが声を荒げる。

「ミシェイレイラと言う国がどうなろうとも、わたしには関係ありません。ですが、姉様の名誉だけは……見過ごす事が出来ないんです!」

 肩で息をして、アリアは涙を浮かべながらカズヤを見る。

「良いのよ、アリア。わたしの事なんて気にしなくて」

 ミリアはアリアの言葉に驚くと同時に、胸が熱くなっていた。

 アリアが塔の学院に入学してから再会するまでの5年間、殆ど顔を合わせていなかったと言うのにこれほど思っていてくれた、それが嬉しくてたまらない。

 しかし、そのミリアの感激に水を差すようにイザークが冷静な声音で問いかけてくる。

「……さて、それでどうするつもりだ? 花嫁の証しから発せられる瘴気を何かで抑え、力をつけてから奴と対峙する予定だったようだが」

 イザークの問いに、アリアが震える声で答える。

「出来れば、皆さんに手伝っていただきたいのです。わたし達二人でダメなら、協力者を募るしかできません」

「なるほど」

 アリアの答えに頷くが、イザークは返事をしない。

 考えるようなそぶりを見せていると、カズヤがため息をつく。

「正直、命あっての物だねだと思うんだがなぁ……」

「賢明な冒険者であれば、そう言うだろう」

 イザークがそう頷くと、アリアが低い声音で問いかける。

「では、パーティはこれで解散と言う事ですか?」

「はやまんなって」

 アリアの言葉に、カズヤがそう言って苦笑する。

「本来、この話を持って行くのは金か白金の冒険者だと思うんだけどよ……まぁ、知っちまったわけだし。何より、オレ達は仲間だろ?」

 なぁ? と、カズヤはイザークを見る。

「俺もカズヤと同意見だが……吸血鬼の王とは面白い相手だ。復讐と言うのが気に入らんと言えば気に入らんが、まぁ良いだろう」

 イザークはそう言いつつ、自身の大剣を見る。

「私も、協力するのは吝かじゃないよ」

 志希はそう言って、二人に微笑む。

「皆で経験を積んで、強くなれば必ず倒せる筈だしね。それと、吸血鬼の王がミリアを花嫁にしたいって言うんだったら、聖女としての力は最上級だと思うんだ。だから、きちんとその力を引き出せるようにすれば絶対勝てると思う」

「最上級……?」

 ミリアはきょとんとした表情で、志希を見る。

「そう、最上級。ミリアの体はかなりの回復能力を持っているんでしょう?」

 志希の確認の為の問いかけに、ミリアは頷く。

「回復能力が高い聖女は、加護を与えている神が失いたくないと思う聖女なんだよ。力の強い聖女や聖人は、吸血鬼達にとっては天敵とも言えるのと同時に魅力的な力の源だ。厚い加護を持つ人間を堕落させれば、その力は堕落させた吸血鬼のモノになる。だから、聖女や聖人は大切に育てられるんだよ」

 ミリアは志希の説明に何とも言えない表情を浮かべ、頷く。

 説明が本当であれば、両親と神殿からの過保護とも言えたほどの干渉に納得がいくのだ。

「でも、神殿は何でミリアを保護しないの? 聖女認定が外れてるとか言っても、それは人が定めた物であってミリア自身は変わらずに聖女として在る。エルシル神だって、指をくわえて見ている筈ないと思うけど」

 志希のその言葉に、カズヤが肩を竦める。

「神殿も、何かあるんじゃねぇの? 神に仕えるって言ったって、結局人間だしよ。神の声が聞こえない紛い物の神官だって、世の中には居るしな」

 カズヤの言葉に、ミリアは頭を振る。

「それもあるけれど、もう一つ理由があるの」

 そう言いながら、ミリアは法衣の下から聖印を取り出す。

 それはかなり古びているが、神々しい何かを感じさせる聖印だ。

 以前、街中で見た物とはまるで印象が違うそれを見た瞬間、志希は思わず声を上げる。

「う……わぁ」

 感嘆とも呆れともとれる声音は、志希の目には何かが見えていると言う事を物語っている。

「シキには分かるのね、やっぱり」

 ミリアはそう言いながら、普段胸元に飾ってある聖印も引っ張りだす。

 これから分かるのは、ミリアが常に二つの聖印を身につけている事だ。

「この聖印は父である神聖大公が、わたしの為にと新調した聖印で。こちらの古い方は、国を出る際に父と懇意にしていた司祭様から証しの瘴気を封じ込めるようにと頂いた物なの」

 ミリアの説明に志希は頷き、深く息を吐く。

 そもそも、ミリアが所属する神殿自体が彼女を保護する気が無いのだろう。

 力の強い不死者退治は難しい。

 アンデッドキラーを擁する神殿であろうとも、資格をはく奪された聖女を守るのはマイナスだと言う意識が働いているのかもしれない。

 そんな損得勘定で動いている人間ならば、彼女を保護せよと言う神の声は聞こえないだろう。

 それでも、瘴気を抑え最強の吸血鬼からすら隠しおおせるような聖印を与えているのは最後の良心なのか。

 それとも、冒険者として動いている最中に死んでほしいと思っているのか。

 志希はそこまで考えて、ゆるく頭を振る。

 ミリアの属する神殿がどの様な思惑があるのか全く分からないし、それを知った所で自分達がする事は変わらないのだ。

 改めてそう確認してため息をつくと、イザークが志希を横抱きにして立ち上がる。

「話し合いは、これくらいで良かろう? シキもまだ本調子ではない。まだ何かあるのかも知れんが、移動は馬車だ。打ち合わせにしろ話足りない部分は帰路でした方が効率も良い」

 そう言って、イザークは志希に有無を言わさずに馬車へと体を向ける。

「そうだな。一先ず、体を休ませる方が先だよな」

 カズヤの同意する言葉を背に、イザークは志希を抱えたまま馬車の中へと入るのであった。

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