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神凪の鳥  作者: 紫焔
遠出の依頼
39/112

第三十八話

 志希は余りに酷い胸やけに、思わず目を開ける。

「……気持ち悪い」

 小さく呟き、体を起こそうとするが更に酷い吐き気に襲われ動きを止める。

「うう……何これ」

 口の中が何やら生臭く、喉の奥から昇ってくる物も同じような感じで身動きすれば更に胸やけが酷くなる。

 涙目で硬直していると、小さなため息が聞こえた。

「目覚めたか。体のどこかに痛みはないか?」

 囁きの様な問いかけに、志希は視線だけを動かし声の主を探す。

 声の主は直ぐ隣に座り、大剣を鞘ごと抱えていた。

 金の瞳に黒い髪、黒い鎧と黒い服を着たアールヴの男性。

 その姿を見て安堵してから、志希は自分がいったいどうなっているのかと疑問を抱く。

「イザーク……私、どうなったの?」

 志希の問いかけに、イザークはゆっくりと瞬きをする。

「アレから二刻ほど経っている。シキはミリアの小治癒でとりあえず傷を塞いだだけの状態の筈だが……今は不思議な事に完治している」

 イザークの答えに、志希はそうと頷いてから深いため息をつく。

 変異種に捕まった状況から考えて、通常死んでいてもおかしくはない傷を負っていたはずだ。

 だと言うのにこうして生きている事、そしてそれを説明されていると言う事はイザークにもカズヤにも不信感を持たれているのだろう。

 無論、傷を診るミリアにも知られている筈だ。

「きちんと、説明するべきだよね」

 独り言の様に、志希は呟く。

 イザークはその言葉に少し沈黙し、そうだなと頷く。

「カズヤも色々と不審がっている。無論、シキだけでは無くアリアとミリアも。同じパーティであれば、重大な隠し事は無しの方向で頼む」

 いつになく真剣な声音で言われ、志希は小さく頷く。

「分かってる」

 答える声は震えており、まるで怯えているかのようだ。

 そこに、水を持ったカズヤが幌を開けて入ってくる。

 この時漸く、志希は今自分が寝転がっているのが馬車の中である事に気が付いた。

「向こうも、話しつける気になった見てぇだけどよ……シキは大丈夫か?」

 カズヤが真剣な声音でイザークに問いかけると、彼は頷く。

「丁度、目が覚めたみたいだからな。シキ、水を飲めるか?」

 イザークの問いかけに頷き、小さくえづきながら体を起こす志希。

「うう……なんか、凄い口ゆすぎたい」

 涙目になりながら志希が呟くと、イザークは何とも言えない表情を浮かべる。

「んじゃ、取り敢えずゆすいどけ。腹に穴空いてたんだ、そりゃ気持ちわりぃだろ」

 カズヤはそう言って、持っている水を志希に手渡す。

「イザーク、志希の方頼んだぜ。オレ飯作るから」

 それだけ告げて、カズヤは早々に馬車から出て行く。

 簡単に状況を投げて行ったカズヤにイザークは嘆息を零しつつ、志希を見る。

「口をゆすぐのは良いが、立てるか?」

 イザークの言葉に志希は頷き、立ち上がろうとするがぐらぐらと周囲が歪み体に力が入らない。

 水が入った器を握り、必死に足を踏ん張るが体が傾きかけてしまう。

 それを見ていたイザークは志希の腰に腕を回し、体を支えて小さく嘆息する。

「無理をするな」

 イザークはそう言ってから、いつもより精彩の欠いた動きで志希を抱き上げる。

 具合の悪い志希はしかし、それに気が付く事なく必死に気持ち悪いのを堪えている。

 それを見て、イザークは出来るだけ志希を揺らさないように気をつけて馬車から下り他の皆に見えない位置で下してやる。

「あ、りがと……」

 ぐったりとしながらも礼を言い、志希は器の水を使って口を濯ぎうがいをする。

 それで気分は多少なりともすっきりしたのだが、何故か体に力を入れるのが出来ない。

 直ぐ側にある木を支えに立ちあがろうとするのだが、それすらできない状態で志希は思わず半泣きになる。

「無理をするなと言っている」

 志希の様子を見ていた嘆息交じりにイザークが言い、彼女を抱き上げてカズヤ達が居る方へと戻る。

 志希は志希で、恥ずかしそうな表情を浮かべて唇を尖らせて呟く。

「だって、なんかだらしないじゃない」

「仕方なかろう。死にかけていたのだからな」

 その一言に志希は言葉を詰まらせ、押し黙る。

 以前は生き返ってすぐに体を動かしても特に問題が無かったのだが、今回は瀕死からの蘇生である。

 生きて体の中を再生させたが為に、体調が悪いのかもしれないと志希は考えつく。

「座るぞ」

 考え事をしている志希に一言告げ、イザークは彼女を抱えたまま腰をおろして膝に座らせる。

「ちょっ」

 自分の状態に気が付いた志希が異論を唱えようとするのだが、イザークが嘆息交じりに口を開く。

「まだ本調子ではないようだからな、俺によりかかって座れば楽だろう」

 志希が本調子でないのは、先ほどまでの様子を見ていれば誰でも分かる事だ。

 本来なら馬車の中で寝かせておくべきではあるのだが、志希が起き上がれる状態になったので食事も摂らせる為に連れて来たのだ。

 だがしかし、志希としては膝に座って体を寄りかからせながら食事を取ると言うのはとても恥ずかしい気がするのだ。

「い、いやそれはどうかと思うんだけど!」

 志希はそう反論するが、カズヤは胡乱とした表情で口を開く。

「まぁ、さっきの様子だと座ってるのも辛いだろうからイザークを椅子にしとけ。それに、これからお互いに長話するんだから下手な遠慮する必要ねぇぞ」

 カズヤの言葉に志希は言葉に詰まり、最終的に小さく頷く事で同意する。

「んじゃま、取り敢えずは飯食おうぜ。消化に良いスープで統一したからな」

 そう言いながらアリアが差し出す器を受け取り、焚き火にかけている鍋の中身をお玉でよそって行く。

 アリアは無言でスープを入れた器を受け取り、ミリア、志希、イザークの順番で手渡してから自分の分を手に取る。

 カズヤは自分の器に入っているスープを木で出来たスプーンでかき混ぜ、顔を上げる。

「んじゃま、いただきます」

 いつも通りそう言ってから、カズヤはスープをすすり始める。

 志希も小さな声でいただきますと呟き、少なめに入れられたスープを木のスプーンですくって飲む。

 いきなり器から飲もうとすると気分が悪くなるような気がして、回数を分けてゆっくりと食べる事にしたのである。

 イザークはスプーンでスープの具を掬って食べてから、器に口をつけて汁を飲んでいる。

 カズヤとアリアもイザークと同じ様な飲み方をしているが、ミリアは志希と同じ様にゆっくりと飲んでいる。

「そう言えば、ミリアとカズヤの怪我は?」

 志希は食事の手を止めて、問いかける。

「ん? ミリアに治癒魔法をかけてもらったら直ぐ良くなったぜ。ミリアもそうだと思うんだが……?」

 カズヤは志希の質問に返事をしつつ、ミリアを見る。

 彼女はカズヤと志希、イザークの視線に小さく嘆息をして口を開く。

「わたしも、自分に治癒魔法をかけたから大丈夫よ。それに、元々回復力が強いのよ……わたし」

 重い息を吐きながらミリアはそう答え、隣で困った表情を浮かべているアリアに苦笑する。

「丁度良いから、食べながらお話ししちゃうわね。依頼は終わったけど、個人的に街でするようなお話じゃないからここで済ませてしまいたいわ」

 ミリアはそう言って、器の中の物を食べきってしまう。

 志希はそれを見て、長い話になるのだろうと悟り器に口をつけようとするが、イザークの大きな掌が志希の器を塞ぐようにしてそれを阻む。

「急ぐ必要はない。ミリアも話があるのは分かっているが、皆の食事が終わるまで待て」

 イザークが淡々と諭すように言うと、カズヤも頷く。

「んだな。もう少しきちんと食って、腹を満たしておけば苛立つのは少ねぇはずだしよ」

 二人にそう言われたミリアは、しばし考えてから頷く。

 お腹が減っていると感情の起伏が大きくなりやすいが、満たされている状態であれば比較的落ち着いた状態になる。

 無用な言い争いをするつもりがないのであれば、食事をして落ち着いてからするのが一番である。

 と言う事で、ミリアはカズヤに器を差し出し。

「くださる?」

 若干恥ずかしそうな表情で、お代りをねだる。

「ん? ああ。アリアもお代りいるか?」

「いえ、わたしはこの一杯で十分です」

 カズヤはミリアの器を受け取りつつそうかと答え、スープをよそって返す。

「シキは、大丈夫か?」

 ついでに問うてくるカズヤに志希は頷き、ちびちびとスープを食べる。

 お腹がすいている状態ではあるが、大量に食べるのは到底できないほど気持ちが悪いのだ。

 器に盛られた少なめのスープを平らげて、丁度良いくらいなのだ。

 しばし、皆が食事をする音だけが響く。

 珍しく誰もが無言で、酷く重苦しい空気に包まれている。

 それは既に日が暮れ、焚き火の周辺以外は深い闇に包まれているからかもしれない。

 志希はそんな事を思いつつ、食べ終わった器を持ったままぽつりと呟く。

「……まだ二月だなんて、全然思えないね。なんか、もう随分と昔の事のように思える」

「そうだな」

 イザークは志希が何を言っているのかを理解し、スープを飲み切った器を地面に置きながら頷く。

「オレらはあれだ、あの時はクルトにベレント、ライルと一緒だったよな」

 カズヤはそう言いながら、イザークと志希から器を回収して水を入れた袋に突っ込んでいく。

 近場に川などがない場合、水を余分に持ちより汚れを洗うのに使う。

 精霊使いが居る場合、汚れた水を水の精霊にお願いして綺麗にしてもらえるのでこの様なやり方でも十分なのである。

「へぇ、金に最も近いって言われている人たちじゃない。どういう経緯で?」

 ミリアが興味津々、と言った表情を浮かべながら食べ終わった器をカズヤに差し出す。

 アリアも慌ててスープを飲みきり、器をカズヤに渡す。

「オレはイザークの伝手で、パーティに参加させてもらったんだよな」

「クルトが俺と親戚関係にある。そのころからカズヤと組んでいた、と言うのも縁の一つだ」

 イザークの返事に、なるほどとミリアは頷く。

 ここで話が途切れてしまい、再び重苦しい様な沈黙が落ちてしまう。

 アリアとミリアとは別口で、カズヤとイザークは志希に聞くべき事がある。

 それをいつも通り日本語で聞くべきか、それともアリアとミリアの前できちんと説明してから話を聞くべきなのかと悩んでいるのもあるのだ。

 志希とは違い、イザークとカズヤは冒険者としての生活が長い。

 下手な事を言って秘密を共有してしまえば、要らぬ厄介事に巻きこんでしまう恐れもあるのだ。

 それ故、二人は互いにどうするかを目で問い考えている。

 志希もまた、どの様なタイミングで話すべきかに悩み口を開きかねていると。

「まず、謝罪させてください」

 アリアがまっすぐにカズヤとイザーク、そして志希を見て言う。

「わたしが力量以上の魔法を使い、貴方達を危険にさらしてしまいました」

 アリアは杖を手に持ち、凛とした表情で立ち上がる。

「わたし、アリセリア・イェル・ミシェイレイラの名に懸けて謝罪いたします」

 アリアはローブの裾をドレスでするように摘み、優雅に膝を折る。

 突然の行動に目を丸くする志希とカズヤだが、イザークは一瞬だけ目を瞠るが直ぐにいつもの表情になる。

 ミリアもまた、驚愕の表情で妹を見上げている。

「ミシェイレイラ……神聖国ミシェイレイラの王族しか名乗れん筈だが?」

 イザークは確認するように問いかけると、アリアは頷く。

「はい。継承権は最低位の方ですが、継承権を持つ神聖大公の娘です」

 はっきりとアリアは己が貴族である事を認め、懐から小袋を取り出し指にはめる。

 焚き火の明かりから見えるそれは、黄金で出来た物だ。

 しかも、通常宝石が付いていあるだろう部分は平たく潰され何かの家紋が付いている。

「しかし、ミシェイレイラの神聖大公は五年ほど前に潰された筈だ」

「何でお前、そんなこと知ってるんだよ!?」

 イザークの言葉に、思わず突っ込みを入れるカズヤ。

「向こうの方に知り合いがいる。そちらから、色々と情報を貰っているからな……まて、そうなるとミリアもか?」

 カズヤの突っ込みに答えている途中で、イザークはミリアを見る。

 ミリアはイザークの言葉に深いため息をつき、重そうに口を開く。

「……ええ、そう。わたしはミリエリア・アシェル・ミシェイレイラ。王位継承権を持っているけれど、決して王位につけない大公姫よ」

 そう言って、苦笑する。

「ちょっと待てよ。何で王位につけねぇンだ?」

 カズヤの素朴な疑問に答えるのは、イザークだ。

「ミリアは、あの変異種に主の花嫁、聖女と呼ばれていた。その辺りが原因なのだろうな。だからこそ、花嫁と聖女の単語を出した変異種を消し去る為に危険な魔法を使用した。間違いないな?」

 イザークはアリアにそう確認を取ると、彼女は頷く。

「はい。そもそも、わたし達は現在王位継承権その物を消されている状態です。存在すら、認められていない」

 アリアはそう言って、ミリアを見る。

「姉さん。わたしはカズヤさん達に、全部話します」

「アリア!?」

 突然の宣言に、ミリアは驚いた声を上げる。

「そんな事をして、どうするの! わたし達がパーティを離脱すれば、迷惑はかけないでしょう!?」

「それじゃ、どうするんですか!?」

 普段おとなしいアリアが声を荒げ、ミリアに食ってかかる。

「わたし達二人じゃ絶対に無理なのは分かっているじゃないですか! 神聖大公だった父様も、枢機卿だった母様も敵わなかった!」

 涙さえ浮かべ、アリアはミリアに怒鳴る。

「聖女である姉様だって、今はまだ未熟だから私と二人で修行しているんじゃありませんか。それなのに、あいつの使い魔だったらしい変異種に殆ど敵わない! このままじゃ姉様はあのヴァンパイアに奪われるだけじゃないですか! 絶対に、協力者が必要です。これは、譲りません!」

 肩を上下させながら、アリアはボロボロと涙を零し始める。

「わたしの家族は、姉様一人なんです。姉様まで居なくなったらわたし……わたし、どうしたら良いんですか?」

 嗚咽を堪えるようなかすれた声でアリアは訴え、ミリアは唇を震わせて妹を抱きしめる。

「ごめん……アリア」

 ミリアの小さな謝罪に、アリアは大きな声を上げて号泣を始める。

 興奮してしまったアリアの様子に、色々と聞きたい事があったカズヤとイザークは肩を竦めて二人が落ち着くのを待つ体勢に入る。

 それを見ていた志希は、ゆっくりと口を開く。

[二人が全部話すなら、私もきちんと全部話さないとダメだよね]

 二人の邪魔をしないように、小さな声で呟かれた言葉。

[その辺りは、志希の好きにして良いぜ]

[俺達には、口を挿む権利はなかろう]

 何をどう話すのかは志希次第だが、下手な隠し事をすればカズヤとイザークの信頼を失う。

 カズヤとイザークの返事にそう判断した志希は、一つ頷いた。

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