第三十五話
街を出発してから四日ほど経ってから、アイワナ山の麓に到着した。
一定の距離での移動が出来る馬車を使っていたからこそ、本来七日の道程を短縮できたのだ。
道中魔獣や獣などに襲われた事もあり、本来の馬車の早さからみれば少々遅いのだが五人は気にしていない。
依頼を受けてから二十日ほどの期限が設けられているので、日程以内に依頼を達成してギルドに帰れば良いだけの話なのである。
麓に到着してからある程度周囲を見て回り、拠点を決めると同時にアリアが懐から袋を取り出す。
それは馬車を置いて移動する際に、馬の世話や馬車の番をするゴーレムを作る触媒である。
「それじゃ、世話ゴーレムと護衛ゴーレム作りますね」
アリアは袋の中から小さな硝子の玉を取り出す。
それを地面に置き、杖で二度地面を叩く。
「土で身を作り、我らの意に従い形を作れ」
アリアの言葉に応じるように硝子玉が地面に沈み、次の瞬間には土で出来た人形が体を起こす。
片方は人間の成人男性ほどの身長の人形で、もう片方は馬車よりも若干大きい位の人形だ。
「それじゃ、帰ってくるまで馬車と馬のお世話を頼むわね」
ミリアの言葉に、二体のゴーレムは頷くようなそぶりを見せる。
簡単な思考能力や必要最低限な知識を刻まれている為、呼び出した人間とその周囲の人間を識別する事が出来る。
同時に、彼等の命じた事を理解しそれに沿った行動が出来るのである。
馬の世話と言われた場合、馬車から外して草を食べさせたり眠る時の邪魔をさせない為に馬車と繋がっている金具を外したりする。
護衛は、彼女たち以外の動物が寄ってきた場合には追い払うと言う意味がある。
ちなみに人間も動物に含まれるため、志希達のパーティ以外の人間が近寄っても追い払われる結果となる。
また、この護衛ゴーレムにしても世話ゴーレムにしても両方のゴーレムは壊された場合、核を壊されても欠片に至るまで壊した人物の姿を記録するように出来ている。
核の硝子玉を壊しても、自身の姿を記録されないようにするのは不可能なのである。
ちなみに、このゴーレムの核は冒険者ギルドから馬車の貸し出しがあるとセットで借りる事が出来る魔道具である。
なので、馬車とこのゴーレムが一緒にいるのを見た場合、大概の人間は冒険者ギルドの持ち物だと分かるのだ。
同時にギルドから依頼を受けている冒険者がいる事も分かるので、犯罪者たちが即座に逃げ出す代物である。
「所で、退治した死体から皮剥ぐんだよね。それまで、死体はどうするの?」
志希の純粋な疑問に、アリアが笑む。
「わたしがもう一体ゴーレムを作りますので、そこは安心なさってください」
ゴーレムで死体を運ぶと言う言葉に、志希は若干顔色を悪くする。
どれくらいの群れなのかは分からないが、殺したレッドウルフの死体を回収して暫く傍に置いておかなくてはならないからだ。
本当は、死体その物を職人に渡した方が良いのだが、死体をいくつも持っていく方が手間がかかる。
その為、冒険者は皮の剥ぎ方を先輩や職人から習い自分で剥いで持っていくのだ。
また、動物を解体する事が出来れば狩りをした際に綺麗に肉と皮を分けられるので、意外に重要な技術なのである。
「俺がその場で捌いて、皮だけを持って歩かせる。そちらの方が荷物も少なかろう」
さらりとイザークが言い、志希はますます胸が悪くなる。
つまり、倒したら速攻で皮を剥ぎ固定化の魔法をかけて新鮮なままにするというイザークの宣言なのだ。
「ハードだな」
カズヤも若干嫌そうにしながらも、これも仕事だと頷く。
「シキちゃん、頑張りましょう」
顔色が悪い志希に、ミリアが気遣ってくれるのかそう声をかけてくる。
「うん、がんばる」
これもお仕事だと自分に言い聞かせ、平静を保とうと必死になっていると。
「固定化と一緒に消臭の魔法をかけて血の臭いを消しますから、見ないようにしなければ大丈夫ですよ」
アリアがそう言って、笑顔を向けてくる。
「そ、それならなんとかなる」
うん、と頷く志希。
「血の臭いをさせていると、他の動物や魔獣も寄ってくるからな。こういう時には重宝する」
イザークはそう言って、山を見上げる。
「退治と言うが、何匹倒せばいいのか全く分からんな」
嘆息交じりに呟き、イザークはカズヤを見る。
「巣を探しながら遭遇したレッドウルフを退治する、で良いんじゃねぇ? オレは狩人の訓練も受けてるからよ、足跡を探して辿るのも出来るしな」
カズヤは役に立つのであればと、狩人の技術も身に着けていた。
その為、動物の足跡の種類をある程度見分ける事も出来る上に、それを辿って巣を探す事も出来るのだ。
闇雲に動くよりも、この様なスキルを持つ人間を一人でもパーティに入れていると魔獣退治などはかなり楽になるのである。
盗賊と言う職に就く冒険者は、大概同時に狩人のスキルもある程度齧っておく者が多いのは、野外の依頼に便利だからである。
「まぁ、オレよりイザークの方がこのへん得意だけどなー」
カズヤはぼやく様に言うと、イザークをちらりと見る。
振られたイザークはいつもより若干呆れたような表情で、ゆっくりと頭を振る。
「探し物はカズヤの方が早い」
イザークも出来ない訳ではないが、得手不得手を考えれば目端の鋭い人間がする方が良いと意見を口にする。
それを聞いたカズヤが若干憮然とするが、仕方がないと諦めた様に笑う。
「まぁ、良いか」
そう言って、カズヤは山を見上げる。
「取り敢えずは、山の中に入るか。俺が先頭で、イザークがしんがりな。んで、シキは索敵忘れんなよ。他になんかあるか?」
カズヤの問いに、イザークが口を開く。
「道中の打ち合わせ通り、戦闘になった際は木を背後にして戦闘だ。それが出来ない時は、アリアとシキを中心に囲んで陣形を作れ。相手は動物だが、囲みこんで背後から襲いかかってくる可能性が高い」
群れで動く動物は、大概集団で襲いかかってくる。
特に大きな獲物に対しては複数で襲いかかり、攪乱して狩るのが普通だ。
複数人いても、だいたいの動物は囲んで四方八方から飛びまわると言う戦法を取るのが多いので一番非力な人間を守るように陣形を作るのは当たり前である。
「そうね。対多数の戦闘は、危険極まりないものね。壁があるなら、それを背に戦うべきと言うのがセオリーだしね」
ミリアはうんうんと頷き、イザークの言葉に同意する。
「守ってもらっている間に魔術や精霊術で迎撃する、ですね」
道中での打ち合わせを確認するアリアに、志希も頷く。
前に出るのは殆ど期待されていない二人は、それぞれが扱える術を使って攻撃を仕掛けるようにと指示を出されていた。
使う魔術や精霊術は志希とアリアの裁量に任されているのではあるが、志希は事前にイザークとカズヤの二人から釘を刺されている。
最初の遺跡探索の際に使った様な“壁”を作り出す様な、大きな精霊術を使わないようにと。
そもそも、精霊術も魔術も法術も全て術者が持つ魔力と呼ばれるモノを消費して発動する。
大きな術を行使する際には、術者の技量と魔力、精神力の全てを必要とする。
その上精霊術や法術の類の場合は神や精霊と言う存在に力を借りて行使するので、かなり精神力だけではなく集中力も必要である。
だがしかし、志希はそれら全ての工程をすっ飛ばして大きな術を行使できるのだ。
普通の人間にはまず出来ないその所業に、イザークとカズヤが危機感を持つのは当然であろう。
志希は『神凪の鳥』で、普通ではない。
余りにも異質な存在は、殆どの人は受け付ける事が出来ない。
この世界には異質な存在としてアルフやアールヴ、ドワーンがいるが彼等は元からいる種族だから人に受け入れられているのだ。
しかし、『神凪の鳥』は人が死んで成るモノである事と、現れる間隔がとても長い為知っている人間は殆どいない。
いたとしても、伝承の類と思われて信じる者などいないだろう。
もし信じる事が出来るとすれば、余程長生きしているアルフやアールヴくらいである。
しかし、寿命自体が短くなり始めているアルフとアールヴで、知っているとすればかなりの齢を経た者ぐらいである。
そんなある意味伝説ともいえる種族である志希は、ただ旅をしてみたいと言うのだ。
であれば、余計な人間に目をつけられぬよう出来るだけ人外に等しい力を振るわないようにしなくてはいけない。
自分にそう言い聞かせ、志希は深呼吸を繰り返す。
精霊達は志希の感情の強さに反応して術を発動する為、気持を出来るだけ落ち着けておかなくてはいけないのだ。
そう思ってはいるのだが、時折志希の感情に反応して過剰な力を敵に叩きつけてしまう事がある。
その度にミリアやアリアは何か言いたそうな表情を浮かべるのだが、何も言わずにただ受け入れてくれていた。
その内に話をしようと思いつつ、志希は長棍を握りしめる。
これから山に入ってレッドウルフの退治を始めるのに、いつまでも物思いにふけっていても仕方がない。
もう一度深呼吸して気を落ち着けようとしている志希は、不意に肩を叩かれびくりと体を硬直させる。
「どうした、行くぞ」
イザークが静かに語りかけてきて、それで志希は自分の肩を叩いた人物が仲間である事をやっと理解し硬直していた体が弛緩する。
「う、うん。わかった」
金属とは思えないほど軽い長棍を握り、志希は頷いて前を見る。
その志希の背中を促す様に押しながら、イザークが直ぐ後ろにつく。
前にはいつものようにカズヤと、その左右にミリアとアリアが立って志希を待っている。
「それじゃ、頑張ってお仕事しようぜ」
にっと笑いながら、カズヤがさっそうと歩きだす。
「うん、頑張る!」
志希はカズヤの言葉にそう答え、気合を入れて歩きだした。