第三十四話
翌日の早朝から、志希達のパーティは冒険者ギルドで幌馬車を借りてレッドウルフが根城にしている山へと向かっていた。
御者を務めるのはカズヤで、イザークは馬車の中で腕を組んで目を閉じている。
ミリアとアリアもまた、馬車の中で思い思いの場所に座って本を読んだり祈りを捧げたりしている。
志希はと言うと、幌馬車の端っこに寄り外の風景をぼんやりと眺めながら昨日の事を考えていた。
ミリアとアリアは、普通の女冒険者が足を踏み入れるには二の足を踏みそうな場所にある高級感あふれるお店に堂々と足を踏み入れ、慣れた様子で店員に話しかけていた。
更には気後れする志希を引っ張り、アリアとミリアは楽しそうに服を選んで持ってきたりしてくれた。
そのおかげで手ごろな値段で生地も良い下着と服を数着購入する事が出来たのだが、志希はアリアとミリアに対する店員の態度に疑問を抱いた。
何故かこの二人の接待をする店員は、上流階級の人間に接するような態度をとっていたからだ。
ミリアはともかく、人見知りが激しいアリアもそれを当然としていて、物凄く腑に落ちなかった。
同時にアリアとミリアに対する疑問や、聞いてみたい事が浮かんでくる。
何故、ミリアはアンデットキラーへの道を選んだのか。
何故、アリアはそのミリアを支援するように動いているのか。
そもそも、アンデットキラーであるミリアは冒険者などと言う職に就く必要はないのではないか。
アリアとて、魔道具の研究もあるはずなのになぜ冒険者主体で動くのか。
志希の疑問は尽きない。
しかし、それを口に出して問う等と言う事は志希には出来なかった。
人間、誰でも隠しておきたい事はある。
特に志希は彼女達に対して秘密にしている事がある為、余計に聞きづらく感じている。
小さく嘆息し、改めて外を眺めていると。
「そういや、アリアは保存の魔法使えるのか?」
と、カズヤが御者席から声をかけてくる。
「あ、はい。大丈夫です!」
アリアが元気に返事をして、笑顔を浮かべる。
一番最初の一件以来、アリアのパーティ内での活躍は目覚ましい。
元々それなりに優秀であろうと言うのは見て取れていたのだが、本格的に組む事になってからは重要な場面でしっかりと前衛をサポートしてくれていた。
それが自信に繋がっているのか、最近の彼女は以前あったおどおどするような雰囲気が鳴りを潜めていた。
そこに、ミリアが自慢げに口を開く。
「アリアの魔法の腕は信用してくれて大丈夫よ。塔の学院の一級特待生だから、知識量も豊富だしね」
「うは、マジか!?」
思わず驚きの声を上げるカズヤ。
志希も目を丸くして、アリアを見る。
特待生とは、学費や研究室の維持費を払わずにいられる魔術師の事である。
なお且つ、一級特待生は将来を有望視されており、一級特待生となった魔術師の殆どは宮廷魔術師や、塔の学院やその分校の長となる者が多いのだ。
「はい」
カズヤの言葉に若干照れながら、アリアは頷く。
「でも、姉さんも凄いんですよ? 未熟って言われてますけどアンデットキラーとしての技量は、姉さんの年齢ではありえないぐらい高いと言われています。何より、姉さんは女神エルシルの……」
「そんなに褒めても、何も出ないわよっ!」
アリアの言葉を遮り、ミリアはふいっと横を向く。
一瞬だけ見えたミリアの眼には、複雑な光がともっていた。
嬉しさと、怒り。
アリアはそれに気が付いたのか、思わず口を押さえてしまう。
これだけで、この二人に何か事情がある事がうかがえる。
そう思うが、志希は口を開く事なくアリアとミリアを見る。
何故か重い沈黙が横たわり、口を開かぬ方が良いと思ってしまうからだ。
しかし、このままなのは余り良くはない。
そう思った瞬間。
「神官戦士にしてアンデットキラーならば、女神の加護が厚いのは当然だろう。しかし、一級特待生で冒険者をする者などそうはいまい。俺達は運が良いな」
イザークがそう言い、ほんの少しだけ重くなった空気を軽くする。
志希はその事にほっと安堵の息を吐き、うんうんと頷く。
「そうだね。二人とも凄いよね」
ミリアの戦闘技術はかなりの物があり、イザークとそれなりに良い試合が出来るほどだ。
女性の身でありながら、ミリアはかなりの修練を積んでいるのが分かる。
「シキちゃんもイザークも、褒めても何も出ないわよ」
今度は本当に照れているのか、恥ずかしそうな声音で言われた。
「それに、アリアの方が絶対に凄いわ。技量の問題があるけれど、知識として既にほとんどの魔法はその頭に入ってるから」
ミリアは話題を変えたいと思っているのか、それとも妹自慢がしたいのかはわからないがアリアの事を口にする。
言われたアリアは恥ずかしそうな表情を浮かべ、ぶんぶんと頭を振る。
「知識は知識でしかありません! 新しい魔法を編みだしたりもまだできませんし……わたしはまだまだ未熟です」
アリアの言葉に、カズヤが何とも言えない表情で口を開く。
「いや、知識を蓄えられるってのも十分すげぇぞ? 応用するのも出来るみてぇだし、天才って奴なんだろ?」
カズヤの問いかけに、ミリアは頷く。
「ええ、学院では天才って言われているわ」
「ですから、そんなものじゃありません!」
アリアはミリアとカズヤに両手を握り、違うと力説する。
そんなアリアを胡乱とした表情で見ながら、志希は小さく嘆息する。
新魔法構築は一部の上級魔術師達でも難しいと言うのに、まだ出来ないと言う台詞はいずれ作る事が出来ると言っている様な物である。
素直に感心したいが、自分がまだまだ未熟であると分かっている志希は若干の羨ましさと妬ましさを感じる。
一度魔術に関する知識を掘り起こせば、アリアと同じくらいかそれ以上の知識を得られる事は知っている。
だが、一人で何でもできるようになると言うのは、実はとても寂しい事だと志希は思っていた。
一人で何でも出来るなら、パーティを組む意味がなくなる。
同時に、自身の特異性を前面に押し出す事になり、人付き合い自体が難しくなる。
人間とは基本、一人で生きていけるほど強くはない。
志希は既に人と言うには難しい存在になって入るが、その精神は未だ人の範疇に入っている。
だからこそ、自分が人と違う部分を隠して人との繋がりを求めるのだ。
殺されるのも、孤独になるのも嫌だ。
我がままと言われようとも、それが志希の本心なのである。
小さく嘆息し、膝を抱えてぼんやりと流れる景色を見る。
アリアが妬ましく思い、羨ましく見えるなら彼女と同じくらいの努力をするべきだと志希は思う。
そもそも、努力もせずに“力”と“知識”を手に入れている自分には他人を妬む権利は本来ないのだ。
しかしそれでも、きちんとした形で身につけているアリアやミリア、イザークやカズヤが酷く羨ましく感じる。
そうして、そんな事を考えてしまう卑屈な自分に志希の気持ちが落ち込んでいく。
志希のその気持ちを察知した精霊達は、志希の周囲に集い励ます様に慰撫するように触れてくる。
精霊達のその優しさに、志希は思わず涙ぐむ。
鼻を鳴らさないよう、自分が落ち込んでいる事を気付かれないようにしながら志希が息を吐くと。
「馬車から見る景色は、珍しいか?」
と、いつの間にか直ぐ側に移動してきていたイザークが問いかけてくる。
気配も感じ取れなかった志希は物凄く驚き、肩を跳ね上げる。
だが、振り向くのだけは堪える事が出来た。
今振り返ってしまえば、泣きそうになっているのがイザークにばれてしまう。
心配させたいわけではないし、自分が心を弱らせているのは知られたくない。
何より、ミリアとアリアに知られれば余計に自分が惨めになってしまいそうだ。
「う、うん」
なんとか頷き、志希はなんとか平静を装う。
「そうか……余り身を乗り出すな。落ちるぞ」
「うん」
イザークの言葉に頷きながら、志希はなんとか取り繕えた事に安堵をして息を吐く。
すると、彼はそんな志希の頭をポンポンと撫で、それからそのまま腕を組んで目を閉じる。
その仕草だけで、志希の気持ちに気が付いていた事が分かる。
同時に、言葉ではなく側にいる事で慰めてくれている事も、志希は理解した。
思いもよらぬ方法で慰められ、志希の眦から涙が零れる。
何故か胸が詰まり、衝動の様に溢れる涙に戸惑いながらイザークに感謝をする。
言葉にするだけが、慰めではない。
ただその仕草で、思い遣りで示す慰めもあるのだ。
ボロボロと溢れる涙を拭い、志希は気持ちを強く立て直す。
このままイザークやカズヤ、ミリアとアリアによりかかるだけの人間にならないように努力をして行かなくてはダメだと。
努力で手に入れた物ではないから、と言い訳だけするのではダメだ。
少しでも何かを学び、前に進んで行かなくては己が腐ってしまうと志希は直感する。
周りにいる人間は、それぞれの才を花開かせる為に努力をしてきている。
ならば、自分も自分が選んだ道の才能を花開かせて行かなくてはならないのだ。
ギュッと拳を握り、志希は頷く。
気合を入れて、これから自分が皆の役に立てる為に“知識”を少しでも引き出し、なお且つ精霊使いらしく成れるように勉強をしようと決意する。
また、アリアやミリアとももっと腹を割って話し合えるくらいの信頼関係を築けるように、自分からも努力をしようと誓う。
志希の慰めの為に集った精霊達も応援するように声を上げ、賑やかに騒ぎ始める。
彼等の励ましに応えるように、志希は大きく頷き。
「頑張るぞー!」
と、外に向かって大きく叫ぶ。
満足げにうんうんと頷く志希は、気が付かない。
直ぐ側にいたイザークはともかく、アリアとミリア、そしてカズヤが驚いて彼女を見ていた事に。
その後はやたらに微笑ましい物を見たと言う笑顔を向けられ、うんうん頷かれた事も気が付かないまま精霊達と外を眺めているのであった。