第三十三話
ミリアに連れられて歩く志希は、思わず唖然とした表情を浮かべてしまう。
現在、ミリアと共に歩いている道は志希がいつも歩いている庶民派の店が並ぶ通りではない。
所謂上流階級、成功した商人や貴族たちが住む住宅街に足を踏み入れているのだ。
「み、ミリア。何でこっちの通り歩いてるの?」
志希の疑問に、ミリアは満面の笑みを浮かべて口を開く。
「それは、この通りにいつも利用している店があるからよ」
ミリアの返事に、志希は困った表情を浮かべる。
「いやでも、私そんなにお金持ってないよ?」
困惑した志希の言葉に、アリアがああと頷く。
「大丈夫ですよ。貴族街にあるお店ですが、凄く良心的なお店なんです」
笑顔で告げられるが、志希は激しく不安である。
一見さんである自分まで、安くしてくれるかもわからない。
それ以上に、手持ちのお金が激しく不安なのだ。
それじゃ無くても受けた依頼の一部は借金の返済としてイザークに渡しているのと、少しお金をためるべきだと思ってお金を手元に置いていないのである。
少し引き落としてから向かうべき場所なのではないかと戦々恐々とする志希を引っ張り、ミリアとアリアは目的の店の前に立つ。
重厚な木製の扉の横には、服屋である事を示す看板が掛けられている。
茶色いレンガと瓦で出来た店は落ち着いた雰囲気で、高級感をひしひしと感じられる。
見るからに立派な店構えの服屋に、志希は声なき悲鳴を上げる。
自分がこの店に入るのは間違っていると断言できるほど、物凄い品位を感じさせるのだ。
「ミリア、アリア。無理、絶対に無理」
志希は焦った声で訴えるが。
「大丈夫、大丈夫。ここの店は本当に物は良いけど、安めだから。それもきちんと理由あるから、変な店じゃないわ」
「そうですよ、シキさん。わたし達はここをよく利用しますけど、そんなに高いわけじゃないですから」
ミリアとアリアが笑顔で志希の手を引き、扉を開いて店内へと足を踏み入れる。
足を踏ん張って嫌がるの子供にしか見えないので、諦めて渋々中に入る。
瞬間、店員が一斉に開いた扉の方を見て丁寧に頭を下げた。
お得意様が来た、と言った彼等の様子に志希はますます体を小さくする。
「これは、お久しぶりでございます」
奥から来た女性店員は、恭しく頭を下げてミリアとアリアに歓迎の意を示す。
「そうね。ここ最近、こちらには寄らなかったから」
ミリアの言葉にアリアも頷き、口を開く。
「今日は、わたし達の分とこちらの方の服を数着と下着を見せてもらいに来ました。一緒に見せていただけますか?」
「はい、お任せくださいませ」
女性店員は笑顔で頷き、優雅に奥へと案内をし始める。
志希は初めて入る店内におどおどしながら、既製品として出来上がっている服や棚に置かれた生地を見て若干血の気が引く。
どれも、見ただけで分かるほど高級品だからだ。
下手に触ると汚れて、弁償しなくてはいけない羽目になりそうで怖い。
そんな志希の気など知らずに、ミリアはウキウキと話しかけてくる。
「ねね、シキちゃん。その首飾りと合わせて、正装を一着仕立てない?」
「姉さん、正装はまだ早いです。併せて着たのを見てみたい気持ちは分かりますけど、シキさんはまだ成長するんですから、必要になった時に仕立てれば十分です」
ミリアとアリアの言葉に、志希は思わず突っ込みを入れる。
「いや、そもそも正装なんて仕立てても使う場所ないって」
志希の突っ込みに、ミリアが人差し指を左右に振る。
「そんな事はないわ。有名になれば、貴族の舞踏会に招かれたりするのよ? もしかしたら、王族とも謁見したりするかもしれないし。持っておいて損はないわ」
ミリアの言葉に、志希は胡乱とした表情を浮かべる。
「いや、でもまだ冒険者の初心者だし」
「そうですよ、姉さん。早いったら早いです。それよりもまず普段から着ている服をもう少し女の子らしくするべきです」
志希の言葉に乗り、アリアが力説する。
「……まぁ、そうかもね。シキちゃん実用一辺倒なんですもの。髪も無造作に束ねているだけで、ちょっと勿体無いわ」
アリアの言葉に乗り、ミリアがうんうんと同意する。
そこに、前を歩いていた店員が足を止めて声をかけてくる。
「本日も、こちらの方でよろしかったでしょうか?」
店員が手で促した先は、やはり質の良い上等な生地とそれらで仕立てられた既製品が並ぶ一角であった。
しかし既製品は実用的な物で、ドレス等では無くごく普通のシャツやズボンが並んでいた。
「ええ、ありがとう。下着もいつも通りでお願いね」
ミリアは店員にそう声をかけ、志希の手を引っ張る。
「それじゃ、色々と見立ててあげるわね!」
「いや、自分で出来るって!」
志希は思わず抗う声を上げるが、ミリアは既に構っていない。
ウキウキした足取りで、楽しそうに服を選び始めている。
一方で、アリアは店員を呼びとめ何か交渉をしていた。
「ついでにリボンや髪飾りを何点か持ってきてください」
「かしこまりました」
人見知りをしがちなアリアが、店員にそう注文をつけているのが聞こえたがそちらを見る前にミリアから服を押し付けられる。
「これとこのセット、試着してみてくれるかしら?」
満面の笑顔で言われ、志希は思わず頭を上下に振る。
「あ、ついでに体のサイズを測ってもらいましょうね。綺麗な胸してるんだから、出来るだけ体に合った下着をつけるべきよ」
志希の意を介さず、そんな事を言い出すミリア。
正論と言えば正論なのだが質の良い下着は値段が高い為、志希には到底手が出ない。
「だから、私の手持ちはそんなにないんだよぉ~」
必死に訴える志希に。
「ご安心ください、お客様。こちらも様々な努力をしておりまして、現在こちらの品物を含めて低価格でご提供できるようになっております」
にっこりと笑い、店員が言う。
「あ、そうなんですか」
志希は思わず頷き、おずおずと長袖のシャツを一枚だけ手に取る。
さらりとした良い手触りに、志希は元の世界にあった絹やサテンを思い出すが微妙に違う。
さわさわと手触りを確認しながら、伸縮性を確認するように少しだけ引っ張ってみたりしていると。
「あら、シキちゃん良い物に目をつけたわね」
と、ミリアが笑いながら言う。
その手には色々と見回って帰って来たのか、両手一杯に服を持ちながら志希が持つ服を見て笑みを浮かべる。
「試着するなら、こっちに試着室あるからいきましょう? あと、悪いけどシキちゃんの体のサイズを測って頂戴ね」
「はい、かしこまりました」
志希に対するよりも若干緊張した仕草で、店員は頭を下げてミリアの手から服を受け取る。
「さ、お嬢様。こちらへどうぞ」
志希が手に持っていた服と、同じ形で色違いの服も手に持ち店員は試着室へと志希を案内する。
特に試着する気も無かったのに、いつの間にか試着する事になっていて志希は驚愕するが直ぐに諦める。
ご機嫌のミリアとアリアの二人は、楽しそうだ。
自分は若干疲れてきてはいるのだが、親睦を深めるのならこれも良いだろうと言う思いもある。
そこでふと、アリアが不思議そうな表情を浮かべて志希の額を見る。
「シキさん、額の布は取らないんですか?」
アリアの問いかけに、志希はぎくりと体を強張らせる。
額にあるのは、『神凪の鳥』の証し。
唯一、人と違うモノであると明確に知らしめるものだ。
「うん、まぁ……傷があるから」
志希は取り敢えず、そう誤魔化す。
傷があるから見せられない、晒さない。
女性で、しかも見えやすい位置に傷跡があるのなら普通は無理強いはしない。
「……わたしの力で、癒した方が良いんじゃないかしら」
ミリアの言葉に、志希は頭を振る。
「無理だと思うから、良いよ」
治癒魔法は、万能では無い。
余りにも酷い傷であった場合、跡が残るのも珍しい事ではない。
ただし、高位の治癒魔法にはそれらの跡を消しさる物もある。
その分神殿などに多額の寄付を納めなくてはならなくなる為、顔に傷があっても癒す事は貴族や王族、お金持ち以外には出来ないものだ。
「それに、私の技量が上がれば生命を司る精霊に消してもらう事も出来るから、安心してね」
それを目標としていると言う素振りを見せると、ミリアは渋々頷く。
「分かったけど……どうしても気になるなら言ってね。わたしは無理でも、侍祭様にお願いすれば直ぐにでも癒してくださるから」
ミリアの気遣いに、志希は笑みを浮かべて頷くと。
「それなら、ボトムに合わせた布を額に巻くのも良いとおもいますよ?」
アリアはそう言いながら、店員を促している。
「さ、お嬢様。採寸いたしますのでお召し物を脱いでただけますか?」
店員は笑顔で言い、志希はぶんぶんと頭を振って拒否を示す。
だがしかし。
「あら、ダメよシキちゃん。きちんと採寸しないと、体にぴったりした下着が作れないわ」
ミリアがそう諭し、隣にアリアがうんうんと頷く。
「そうですよ。恥ずかしいと思いますから、わたし達は他にも服を選んで来ますね」
満面の笑みで二人は店内へと去って行き、志希は引きつった表情で店員を見る。
「さ、お召し物を」
店員からの念を押す言葉に、志希は項垂れ諦めて服を脱ぐ。
「下着もお脱ぎください」
「……はい」
恥ずかしい訳なのだが、向こうはお仕事だと自分に言い聞かせて渋々下着も脱ぐと、女性店員は素早く採寸してくれる。
その後は素早く下着をつけ、ミリア達が手渡してくれる服を着る。
伸縮性に富み、素材は分からないが着心地は中々良いものだ。
良い素材の服を着るのは嬉しいが、試着して本当に良いのだろうかと疑問を覚える。
だがしかし、店員自ら持ってきてくれた服やアリアやミリアが持ってきた物もあるのだ。
更に、店員が気を利かせて下着も運んでくるので、早く試着をして買う物を決めなくては更に服を持ってこられ得るような気がしてくる。
「仕方ないかぁ……」
小さくぼやき、手早く服を着て試着室から出る。
「ああ、良いですね!」
「うーん、でも……もう少し明るい色の方が良いんじゃないかしら」
ミリアとアリアの反応の違いに志希は思わず苦笑し、首を傾げる。
「取り敢えず、試着してくるけどあんまり服は持ってこないでね。全部買えるわけじゃないからさ」
志希の言葉に、はっとした表情を浮かべる双子。
「あ、ごめんなさい」
慌てて頭を下げるアリア。
「でも、試着をするのはタダなんだから気にしないで着倒せばいいのよ。だから、似合うと思った服は持ってくるわよ?」
ミリアはにっこりと笑い、そんな事を言い出す。
志希は胡乱とした表情を浮かべるが、ミリアは楽しそうだ。
「……まぁ、そうですよね。ついでに、わたし達の服も選んで来ますから、あまり気にせず服を選んでください」
アリアは一瞬考えるようなそぶりを見せたが、直ぐに姉の意見に賛成して笑顔で志希に告げる。
「う、うん。分かった」
志希は頷き、次の服に着替える為に試着室を仕切るカーテンを閉める。
何着か置かれた服を見て少しだけ嘆息して、志希は着替えを始めるのであった。