第三十話
冒険者ギルドの裏手には、鍛錬所がある。
町中で鍛錬をして人に迷惑をかけぬようにと言う配慮で作られ、冒険者たちに変わらず使用されている施設だ。
初心者でパーティを組んでいない冒険者に時折戦闘の講座や、手先が器用な人間には鍵開けの講座などを開いている。
基本的にすべて実戦形式なので、鍛錬所はいつも誰かしら人が居る。
初心者達が集まり、講座を開いているギルド職員等を横目にイザーク達は広い鍛錬所の広場の隅に陣取る。
ちなみに、現役冒険者がここを借りる時は銅貨五枚を支払わなくてはならない。
講座を開いている時は邪魔をしないと言う条件もあるが、町中の空き地などで剣を振り回すよりも遥かに安全なのだ。
「さて、シキにカズヤ。それぞれ持ってきた物をこちらに渡せ」
持ってこいと言ったくせにと憮然とした表情でカズヤがイザークに長剣を渡すと、イザークは代わりの様に普通の長剣を渡す。
志希は素直に言う事を聞き長棍を預けると、志希の身長に丁度良い木で出来た無骨な長棍を渡される。
先ほどまで持っていた長棍はとても軽かったのだが、手渡された方はしっかりとした重さを感じる。
志希は手元の長棍をマジマジと見ていると、イザークが口を開く。
「最初から軽い物で慣れると、折角の効果を生かすのが難しくなる。二人には、まずこの重さに慣れてもらうぞ」
イザークの言葉に、志希はこくこくと頷く。
「カズヤは素振りを始めろ。シキはまず俺の型を見て、真似をしてくれ」
イザークは志希の長棍を使い、一つだけ型を見せてから二人を促す。
志希とカズヤはイザークの型があまりにも綺麗で見惚れていたのだが、慌てて指示された行動に移る。
カズヤは小剣と長剣の重さの違いに若干戸惑っていたが、直ぐにコツを掴んだのか楽に振り始める。
その事に、カズヤ本人が不思議な顔をしつつ長剣を見ていると。
「カズヤが戦士を目指した時は、体がきちんとでき上っていない時分だ。筋肉もしっかり付いていない状態で、いきなり長剣を振り回せるはずが無かろう」
あっさりと、カズヤの疑問に応える。
「えっ!? マジ!?」
「ああ。それに、カズヤは思考も体も柔軟だった。それなら、盗賊で業を磨く方が戦士よりもあっていると判断してそちらを勧めたのだが……当たりだったな」
満足げに、イザークは頷く。
「うあ、そんな前からオレは手のひらで転がされてたのか」
嫌そうな表情でカズヤは言うが、イザークはにやりと笑う。
「しなやかな筋肉を、無為に殺す必要はなかろう。俺の様な力一辺倒ではなく、技を磨く方がカズヤには遥かに有意義だ」
イザークの言葉に、カズヤは顔を顰める。
「何言ってやがる、万能戦士が。イザークが武器全般の業に精通してんの、知ってんだぞ」
「当たり前だ。俺はお前よりはるかに年を食っている。その分、学ぶ時間も多かった証しだ」
イザークの言葉に、カズヤは憮然とする。
「ほんと、イザークはアールヴらしくねぇなぁ」
「里で学ばぬ者と比べてくれるな。傭兵をしている人間であれば、基本的に俺くらいの業は身につけているものだしな」
あっさりとカズヤの嫌味に答え、イザークはもう一本持っていた練習用の長剣を手に取る。
「ミリア、悪いがカズヤと打ちあってくれないか?」
志希達の横で、アリアに発動体の杖を使った護身術を教えているミリアに声をかける。
「まぁ、良いけど」
ミリアは頷き、イザークの手から長剣を受け取る。
「ミリアとやんのか……」
複雑そうな表情のカズヤに、ミリアはにこっと笑う。
「ご不満そうだけど、わたしに勝てるかしら?」
自信満々の言葉に、カズヤはむっとする。
「そっちこそ」
「ふふ、やる気になったなら幸いだわ。女だからとなめられてもらっては、困るから」
艶やかに笑うミリアに、カズヤの背筋が慄く。
「カズヤ、アンデットキラーの資格を知っているか?」
イザークが、カズヤに問いかける。
「は? 法力だろ?」
思わずそう応えるカズヤに、にやりとイザークは笑う。
「法力だけでは、半人前だ。アンデットキラーは、単体で複数の敵を倒す事も想定されている。その為、戦闘技術が高いのも条件の一つなのだそうだ」
イザークの解説に、カズヤは顔を引きつらせる。
「そう言う事。わたしはまだまだ未熟だけれど、これでも剣技と大鎌の扱いを認められているの。カズヤが何処まで出来るか、楽しみね」
嫣然と笑うミリアに、カズヤは自分の言葉を後悔するがもう遅い。
挑発してしまう様な事を言ってしまった時点で、こうなるのは決まっていたのだ。
「シキとアリアは、少し手を休めて二人の打ち合いを見ておけ」
息を切らし、ふらふらしている二人にイザークは声をかける。
二人は無言で頷き、並んで座る。
棒術だと軽く見ていたが、意外に体力を使うと二人は思い知らされていた。
上腕部分が発熱し、重だるい。
明日の筋肉痛は確実である事に、二人は同時にため息をつく。
それを合図としたように、長剣を構えたミリアとカズヤは動く。
様子見と言ったカズヤの軽い胴を薙ぐ攻撃を、ミリアが長剣の刀身で受け止める。
刃を潰しているとはいえ刀身は鉄で出来ているので、金属がぶつかり合う音が響く。
素早くカズヤは剣を返すがミリアはそれも剣で受け、弾く。
結構な力ではじかれたカズヤは体のバランスを僅かに崩してしまい、ミリアが好機と足を踏み込んでくる。
その真剣そのものの表情に、カズヤは無理やり体勢を整えながら袈裟がけに降ろされる剣を必死で防ぐ。
火花を散らせ、甲高い音を立てる刀身。
しかし、思ったよりも重い攻撃にカズヤは長剣を取り落してしまう。
「はい、終了」
ミリアは笑顔でカズヤに言い放ち、カズヤは悔しそうにミリアを見る。
「少し、握りが甘いわ。小剣じゃないんだから、もう少ししっかり持った方が良いわよ」
ミリアは苦笑して、そう注意する。
「なんか、すげぇ悔しい」
年下の女性に指導されたのが、どうやらカズヤの矜持に障ったようだ。
こう見えて、カズヤは意外にフェミニストだ。
女性に対してはある程度優しく接し、気に掛ける。
「それじゃ、頑張って腕を上げましょう? 冒険者としての訓練は皆一緒にするものだし……それに、カズヤは元々小剣使いよ? いきなり長剣を使って勝たれたら、わたしの立つ瀬が無いじゃない」
ミリアの苦笑した言葉に、カズヤはますます悔しそうな表情を浮かべる。
「それって結局、自分に言い訳してるようでやなんだ。だから、もう一本頼む」
カズヤの言葉にミリアは笑顔で頷き、剣を構える。
すっかり熱くなったカズヤも剣を構え、勢い良く間合いを詰めて切りかかる。
「甘いわ!」
ミリアの気合ののった声と同時に、その刃は彼女の持つ長剣に阻まれていた。
カズヤは舌打ちをし、更に打ち込み始める。
真剣なカズヤと、余裕のミリア。
すっかり周囲の事を忘れ、ひたすら打ち合いをする二人を志希とアリアは見ている。
二人の足運びの違い、動きの違い、体捌きの違いを観察する。
アリアは別の意味合いも込めて食い入るように試合を見ているが、志希は何となくイザークの言いたい事が分かった。
長棍や棒で得物を持つ人間と戦う時は、どうやって戦うのが良いかを見せる事で教えているのだ。
同時に、志希の“知識”が刺激される。
志希がこれから習うはずの棒術の知識が次々に浮かび上がり、カズヤと戦う際、ミリアと戦う際にはどう動けばいいのかシュミレーション出来る。
急速に棒術の業を“識る”訳なのだが、どう考えても志希は自分の体がその動きについていけないと直感していた。
基礎の基礎である型をなぞり、出来るだけ緩急をつけた動きを心掛けていたのだが長棍を支え続ける事が難しいのだ。
長棍を支える腕や手の力のみならず、体の軸を支える腹筋と背筋をある程度鍛えなくてはならないだろう。
志希は自分の体に、あまり筋肉が付いていないのを知っている。
むしろ、この体と同年代の貴族の少年少女よりもついていないと自信を持って言える。
王侯貴族であろうとも、美しい所作やダンスをする為にはある程度の筋肉が必要なのだ。
辛うじてなんとか同じと言えるのは、自分の今の脚力だけである。
それもまた情けない物があるとがっくりと俯き、志希は深いため息をつく。
「さて、そろそろ再開するか」
おもむろに、イザークが二人に告げる。
「あ、はい!」
志希は返事をしつつ練習用の長棍を握って立ち上がる。
アリアは若干腰が重そうだが、志希に続く。
「アリアは先ほどミリアに見せてもらった型をなぞって居れば良い。シキは……」
イザークは、志希への指示に考え込み始める。
何せ、筋力が殆ど無いのだ。
良くこれで、先の遺跡探索の時に歩き切れたと感心するほどだ。
「私も、型をなぞるよ。だって、動かないと筋肉付かないし……筋肉つける鍛錬するにしてもここじゃちょっとやり辛い」
志希の言葉に、成程とイザークは頷く。
「無理をするなよ。体を痛めるだけが、鍛錬ではないからな」
「はい!」
志希はイザークの言葉に元気に返事をして、堅い木で出来た長棍を構えて振り始めるのであった。