第二十九話
遅い昼食を食べ終わってから、持ち帰った戦利品の山分けをした。
カズヤは魔法が掛かった長剣を、志希はイザークに言われ身の丈よりも大きな長棍をもらい受けた。
ミリアは対魔力が上がる指輪を貰い、アリアは魔法の発動体にもなり更に魔力を上げる術式が刻まれた指輪を望んだ。
イザークは特に欲しいと思うものが無かったのだが、一人だけ何も貰わないと言うのも座りが悪かったので体力の回復が早くなる耳飾りを貰った。
他にも魔法が掛かった宝飾品なども二つほどあったのだが、必要無いと言う事で余った武器共々売却する事となった。
パーティ全員で一ずつ魔道具が手に入ったので、売却した分は頭割りをするという事で落ち着いた。
長棍と長剣は魔道具の中でもかなり高価なものではあったのだが、戦力が上がるので気にしない事にしたのだ。
その他にもアリアが持ち帰った研究資料らしきものがあったが、それにはやはり生命を弄ぶ危険な魔法実験が記載されていた。
アリアはそれを塔の学院でも最も常識的な人に引き渡し、禁書として扱ってもらう事にしたそうだ。
その際に、学院として引き取ると言う事になったのでそれにも謝礼が出たとアリアは持ち込んだお金をカズヤに手渡した。
カズヤは何故自分がと言いつつしっかり金額を確かめ、人数分に割って皆に分配してくれた。
皆がそのお金を受け取り思い思いに飲み物を頼んでいる最中に、志希は今回の冒険で入手した金額を計算し始める。
実は今回の冒険で、かなりの大金が手に入っている。
泉の水汲みで銀貨五枚。
枯れた遺跡の中で未探索区域を見つけた事で、プラス銀貨一枚。
そこで手に入れた物を持ちかえり、売り払った事で更に一人頭の銀貨がプラス八十枚。
「うん、これでイザークにお金を返せる!」
志希は喜色満面で言い、銀貨を五十枚数え始めるが。
「一気に返すつもりか?」
と言うイザークの問いかけに、手を止めて顔を上げる。
彼の声に、何かの含みがあるように感じたのだ。
「そのつもりだったけど……ダメなの?」
志希は感じた疑問をそのまま口に出すと、イザークが考えるように顎に手を当てる。
一方、ミリアとアリアは志希がイザークに借金をしていた事に驚愕した表情を浮かべている。
「シキちゃん、何で借金したの?」
「シキさん見かけによらず、お金の使い方が粗いんですか?」
何気に酷い台詞である。
「違う違う。私って、そもそも無一文だったの」
志希は手を振りそう言うと、今度はミリアとアリアの疑問がイザークに向く。
「一体何を狙って……」
「姉さん、それは失礼ですよ。でも……冒険者間で無一文の人にお金を貸すのって、あまり聞きませんよね」
二人の言葉に、カズヤが苦笑する。
「傭兵の仕事してる時に、シキに会ったんだよ。その時オレとイザークはクルトのパーティに参加してて、満場一致で保護したんだ。その時に、優秀な精霊使いだってのも分かってよ」
グイッとエールを一口飲み、カズヤは言葉を続ける。
「クルトのパーティには元々臨時で参加してるようなもんだし、盗賊と戦士二人じゃ不安な部分もあったから、シキも冒険者志望だって言うしそのまま一緒に組む事にしたんだ」
「そうそう、その時にはもう財産の一切合財を失っていたからイザークが立て替えてくれたの」
志希はカズヤの説明に乗って、言葉を重ねる。
事実ではあるが、真実を言っているわけではない事に志希の胸は痛むが、堪える。
志希は自分が『神凪の鳥』と言う種族である事を、未だイザークとカズヤ以外には言っていない。
クルト達にも言っても良かったのかもしれないが、どうしても気が進まなかったのだ。
付き合いとしては長い彼等に言っていない以上、知り合った日数も短いアリアとミリアに自分の正体を告白する事など考えられなかった。
それを見透かしたようにカズヤがうまく説明してくれて、志希は助かったと安堵する。
「成程……それで、今回の報酬で返せるのね」
ミリアは納得した表情で頷き、呟く。
「そうなんだけど、報酬の半分以上は消えるの」
かなりの大金を借りているという言葉に、アリアは目を丸くする。
「な、何でそんなに……」
思わず突っ込みを入れてしまったらしいアリアの言葉に、志希は苦笑する。
「着る物も何も本当に無かったからね。その時身に纏ってたのって、ボロボロの布だったもん。だから、服に下着、冒険者として必要な道具とか防具とかその他諸々の諸経費を借りたの」
志希の言葉にそれでも、アリアもミリアも首を傾げる。
今回の報酬は銀貨九十枚にも届きそうなくらい多いものだ、その半分以上渡さなければ返せないほどの金額で身の回りの物を買っても有り余るはずだ。
そう思ったミリアに、カズヤが口を開く。
「身の回りの物だけじゃ、足りねぇだろ。宿をとったり、飯食ったりするとかの金が必要になるのが普通だからな。しょっぱなから、こんな大金手に入れる方が稀だしよ」
カズヤの言葉に、納得する。
最初に大金を貸して、取り敢えずの生活基盤を整えさせたのだとやっと理解したのだ。
服や道具があっても、食事や寝床が無ければ辛い。
特に、街に住んで冒険者として登録しても、生きる為の食べ物も無い状態であれば仕事も出来ない。
「確かに、そうですよね……」
基本的に、衣食住は保障されている神官や魔術師である二人は、そこに気が付けなかったのである。
「シキ、返済は報酬の一割で回数を分ける形にしろ。少し金を貯めた方が良い」
イザークはミリアとアリアが納得したのを見て、志希に告げる。
「え? でも、一括で返した方がイザークも助かるでしょ?」
志希の問いかけに、イザークは頷く。
「まぁ、それはそうなのだが……基本的に、冒険者というのは厄介な揉め事も起こりえる」
唐突なイザークの言葉に、志希はきょとんとした表情で彼を見る。
「予期せぬ揉め事により依頼人から違約金を払えと言われた時、手元に纏まった金が無いという事態があり得る」
「そ、そうなの?」
「ああ。その際に再び借金をするよりも、俺に少しずつ返済していく方が気も楽だろう? それに、見も知らぬ人間に借りを作るのも後々厄介事の種になり易い」
イザークのどこか実感がこもった言葉に、志希はこくりと頷く。
また、イザークの言葉を聞いていたカズヤは何か心当たりがあるのか、渋面を浮かべている。
「そっか……そうだよな」
何かを納得した苦い声音に志希が小首を傾げていると、ミリアがにこっと笑う。
「まぁ、シキちゃんは気にしなくて良いのよ。その辺の苦労をするのはリーダーのイザークさんだしね。それより……遺跡から帰ってきて、お金の分配も済んだ事だしそろそろ次の段階に進まない?」
ミリアが明るい声音で話を変えて来た。
志希としては何故話を変えるのか不思議なのだが。
「そうですね。思ったより手間取って、四日も経っていますし……」
アリアも姉の言葉に同意し、眼鏡を指でずり上げる。
志希はアリアとミリアを見てから、イザークを見ると彼は小さく笑みを浮かべて口を開く。
「確かに、そろそろ骨休めは終わりにしても良さそうだな」
イザークはエールを片手に、静かに呟く。
「え?」
志希は何がどうなっているのか分からず素っ頓狂な声を上げるが、カズヤは物凄く嫌そうな表情を浮かべていたりする。
「四日も遊んでいたのだ、体も鈍る。シキもカズヤも、体の疲れは取れただろう?」
静かに問いかけられ、志希はこくりと頷くが、カズヤはぶんぶんと頭を振る。
「いやいや! オレはまだ疲れてるぜ、イザーク!」
焦った声音で言うカズヤだが、イザークはにやりと笑うだけで答えない。
「いや、本当だから! マジだから!」
必死に言い募るカズヤに志希は首を傾げて見ていると、彼は目で訴えてくる。
一緒に止めろと言ってくれと。
しかし。
「それだけまくし立てられるんだ、大丈夫だろう? カズヤ、この間の長剣を持って来い。志希もだ。長棍を持ってこい」
イザークはそう言って、席を立つ。
「え? ええ?」
きょとんとした志希は驚いているが、イザークに目で促されて慌てて立ちあがる。
「あら。今日から始めるの?」
ミリアがワインを飲みながら、イザークに問いかける。
「ああ、いつまでも遊んでいては体も鈍る。アリアもミリアに護身術程度は習っておくといい。魔術師だからと言って、体力が必要ないと言う事は無いからな」
イザークの言葉にアリアは若干考えるようなそぶりを見せてから、一つ頷く。
「はい。これでシキさんに追い越されちゃったら、先輩の立つ瀬ないですもんね」
志希の呑み込みの早さはかなりの物で、帰りの道中で疲れない歩き方と言うのを既に身につけていた。
無論、歩く距離は体力で決まる訳なのだが、歩き方一つで消耗度合いも変わるものだ。
その歩き方は普通一年ないし二年は冒険者として過ごさなければ身につけないものなのだが、志希はもう自分のモノにしているのである。
志希の成長の早さは、実は彼女自身が語った知識の泉と言うものが関係しているのではないかとイザークは感じていた。
それならば、実地訓練を積めばいいと考えたのである。
凄腕と呼ばれる必要は、無い。
だが、自身の身を守る為にはどうしても必要な事になると信じて。
「場所は冒険者ギルドの裏にある鍛錬所だ。初心者が何人かいるかも知れんが、気にせずやるぞ」
「うへぇ……勘弁して欲しいぜ」
心底嫌そうにカズヤは言いつつ、渋々席を立つ。
「なんでそんなに嫌がってるのかなぁ」
志希は首をかしげつつ、一度部屋へと行って長棍を持って戻ってくる。
カズヤもまた、嫌そうな表情のまま長剣を持って戻ってくる。
「それじゃ、行くぞ」
イザークの言葉に頷き、四人は食堂を出るのであった。