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神凪の鳥  作者: 紫焔
凱旋と借金と……
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第二十七話

 志希達は無事に依頼を果たした上、戦利品を持って街へと帰りついた。

 本来の日程よりも三日ほど遅れての帰還に、受付のミラルダはかなりやきもきしていたらしい。

 依頼の品を持っていくなり、何故かカズヤが怒られていた。

 それを志希は生温い目で眺めてから、イザークについてギルド内を移動する。

 ミラルダの説教は長いらしく、付き合ってられないと言う事らしい。

 イザークが移動した先は、冒険者ギルド内の奥の方に位置する部屋だった。

「おや、いらっしゃい。久しぶりだね」

 おっとりと、その部屋の主らしい初老の男性がカウンターの奥で出迎えてくれる。

「ああ、久しぶりに魔法が掛かった物を拾った。鑑定を頼む」

 ああと頷く男性のカウンターに荷物を置きながら、イザークが振り返る。

「シキ」

 来いと呼ばれ、入り口にいた志希はおずおずとイザークの横へと移動する。

「おや、新入りかい?」

 初老の男性はイザークの置いた荷物を手に、志希を見る。

「ああ、今パーティを組んでいる精霊使いのシキだ。シキ、こいつは冒険者ギルドに出向している塔の学院の魔術師、ベネットだ」

 イザークに紹介され、志希は軽く会釈をする。

「よろしくお願いします」

「よろしく、わたしはベネットです。鑑定を生きがいにしている、冒険者ギルドに飛ばされたうだつの上がらない魔術師もどきだ」

 笑顔での自己紹介に、志希は引きつった表情を浮かべてしまう。

 それに気が付いたベネットは楽しそうな笑顔で、事情を説明する。

「鑑定専門と言うのは、中々珍しいのですよ。普通は鑑定後に術式を調べ、研究するのだから。けれど、わたしは鑑定だけしかしない。鑑定して満足する、と言う魔術師としてはかなり変人の部類に入るのだよ」

 そして、変人故にギルド内の物品鑑定師として出向させられたと言う話らしい。

「そもそも冒険者ギルド内に魔法物品鑑定師が必要になったのは、塔の魔術師たちが持ち込まれた品物を接収する事が多かったからでね。冒険者が持ち帰った品物を勝手に横領されぬよう護る為にと言う事で、塔の学院から魔法物品鑑定用の人材を派遣してもらう仕組みが出来たんだ」

 ギルド内に鑑定所がある理由を、ベネットが品物を鑑定しながら滔々と語る。

 志希は感心した声で相槌を打ちながら、ベネットの手元を観察する。

「もっとも、ここでは鑑定して証明証を出すだけだ。売る場合は魔法武具を取り扱う店に行くか、塔の学院に持っていくかになるのだよ。これは、どこの冒険者ギルドでも同じだから覚えておくと良い」

 ベネットは興味津々で眺めている志希に苦笑しながら、一言注釈を入れる。

「はい」

 素直に返事をする志希に、思わず優しい笑みを浮かべるベネット。

「良い返事だ。これから冒険者として様々な経験をするだろうが、命だけは失わないように気をつけるんだよ」

 まるで孫に言い聞かせる様な口調なのだが、不思議と志希は嫌な気持ちにならない。

「はい、気をつけます」

 思わず敬語で応えると、うんうんと頷きベネットは長剣を分解し剣身や柄の隅々まで調べる。

「これは良い剣だ。三種類の魔法を絶妙な技巧で調和させ、増幅させているみたいだね。剣身に刻まれた古代語で切れ味と対魔力を、柄で隠れる此処に軽量の魔法陣を刻んで軽くしてるのも凄いねぇ」

 ベネットは感心した様な声を上げながら、手早く剣身に刻まれている古代語や魔法陣を手早く羊皮紙に書き込んでいく。

「名のある人物なのかな?」

 呟きながら、分解した長剣を手早く組み立ててカウンターの上に置く。

 さらさらと小さな羊皮紙に羽ペンを走らせ、長剣の鞘の上に置く。

 ベネットはそのままハルバートの表面に指を走らせ、表面に刻まれている古代語をなぞり始める。

 志希は黙ってその作業を見ていると、イザークが椅子を二脚持ってくる。

「座って見ると良い。ベネットも、構わないだろう?」

 イザークの問いかけに、ベネットは無言で頷く。

 それを確認したイザークは、カウンターで見上げてくる志希を促す。

「ありがとう」

 志希は態々動いてくれたイザークに礼を言い、素直に椅子に座りつつもベネットの作業を観察し始めた。

 イザークは特に興味も無い様子なのだが、それでもベネットの手元を見ているのは暇つぶしの為だ。

 鑑定品の数が多ければそれなりの時間がかかるので、大抵持ち込んだ人間は手持無沙汰になる事が多く、大概ベネットの仕事を眺める事となる。

 静かな空間に三人の息遣いと、ベネットが時折立てるペンを走らせる音ぐらいしか聞こえない。

 イザークは涼しい表情を浮かべているが、実は睡魔に襲われている。

 何せ遺跡から帰ってきてから、殆ど休みもせずにギルドに来て鑑定を頼んでいるのだ。

 かなり体力のあるイザークでも、若干の疲労は感じている。

 ベネットが最後の品物を取り出すのを眺めていたイザークだが、ふと志希が気になった。

 志希より遥かに頑強で体力のあるイザークでさえ眠くなるのだ、疲労困憊であるはずの志希が気になるのは当然である。

 志希はやはりカウンターに突っ伏してうたたねしており、イザークは苦笑を浮かべながら自身の外套を脱いで彼女の体にそっとかける。

「しかし、珍しい色彩のお嬢さんだのぉ。人間で金の瞳なぞ、自然に出来る物ではないぞ?」

 明かりの魔法を永続的にかけられたガラスの玉に指輪をかざしながら、ベネットが小さな声で語りかけてくる。

 アルフやアールヴは、その特徴的な耳の形から遠くの音を拾う事も出来る。

 それを知っているが故のベネットの声の大きさにイザークは眉を潜めるだけで、応えない。

 金の目はアルフやアールヴでさえ持っているのが、稀な色だ。

 人間でも現れる事はあるが、突然変異と言われる物でもう少し黄色がかっているのが主だ。

 しかし、志希の目は真実優しく溶けた黄金の色で、亜人の色味に似ている。

 本来は違う色を持っていたと言われても信じられぬほど、志希によく似合っていた。

「まぁ、どこかでアールヴの血を引いているのかも知れんがな……あまり派手な事はさせん様にしておけ。貴族の好事家が、何をしてくるかわからんからの」

 ギルドに所属する冒険者に対し、貴族はあまり良い顔をしない。

 ならず者の集まりだと断じ、下手をすると犯罪者扱いまでされてしまうほどである。

 無論、その様な事が無いようギルド側でも取り締まっているし、冒険者側に味方する貴族もいる。

 だがしかし、横暴な貴族が多いのも事実。

 亜人であろうとも見目の麗しい女性や男性を見染め、手を出そうとする輩は多いのだ。

 下手に断れば投獄される可能性もあり、アルフやアールヴは基本的に貴族が関係する依頼は受けたがらない。

 無論、冒険者ギルドの方でも手を尽くしているが、被害が無くならないのは貴族達の方がより巧妙だからであろう。

 被害にあった冒険者は他国のギルドへと拠点を移す事も多く、これがかなり高位の冒険者だと国としても困った事態になりかねない事もある。

 妖魔との戦の際の傭兵としての雇い入れ、大型の魔獣が出た際の退治を依頼するのは大概高位の冒険者だ。

 これが拠点を移っていたせいで依頼を受ける者がなかなか現れず、被害が拡大すると言う事もありうるのだ。

 国でもう少し冒険者を保護してくれたらとギルドの幹部達は働きかけてはいるのだが、中々上手く行かないのが現状なのである。

 組織としてはまだ新しい為、大半の貴族はその有用性に気が付かないのだ。

「分かっていると言いたいが……」

 苦い声で、イザークはベネットに応える。

「お前さん本人も、貴族に目をつけられやすいからのぉ」

 ベネットは小さく笑いながら、指輪をことりとカウンターの前に置く。

「まぁ、お前さんの後ろには千年アルフが居るからの。手を出す輩なぞいないか」

 楽しそうなベネットの言葉に、イザークは顔を顰める。

「クルトはただの親類だ。俺の事で、指一本動かすつもりはない。それより、鑑定は終わったのだろう?」

 イザークの問いにベネットは頷き、品物に付けた羊皮紙を示す。

「こちらに、品物に掛けられている魔法をわしの知る限り書いてある。見覚えのない古代語も魔法陣も無かったからの、信頼できるぞ」

「そうか」

 羊皮紙を一枚一枚手にとり、書かれている内容に目を走らせるイザーク。

「しかし、このお嬢さんは丸腰じゃな。何か、護身用に身につけさせておかねば危ないぞ?」

 ベネットの言葉に、イザークは羊皮紙から視線を外して苦笑する。

「珍しいな、ベネットが冒険者の心配をする等ここ二十年は無かったはずだ」

 イザークの言葉に、ベネットは小さく笑う。

「わしの孫娘が、これくらいでな。こんなあこぎな商売に手を染めなくてはいけない娘さんを見ていると、こう……何とも言えん気持ちになるのだよ」

 心配そうなベネットの言葉に、イザークはそうかと頷く。

「何はともあれ、暫くは俺達が付いている。それに、資質もあるからな……そう心配する必要はないだろう」

 イザークがそうベネットに言うと、彼は目を丸くして下から見上げてくる。

「いや、驚いた。君も大概、珍しい事を言っているよ? いつもはもっと、女性であろうと入ったばかりの仲間は突き放しているじゃないか」

 心底驚いたと言う声音で言われ、イザークは憮然とした表情を浮かべる。

「当たり前だ。仕事を甘く見て、パーティを危ない目にあわせかねない浮かれた人間に優しくしてやる道理はなかろう?」

 基本的に低位のイザーク達は、駆け出しの冒険者と組む事もある。

 少数パーティ故に来る者拒まず、去る者追わずと言ったスタンスだからだ。

 気に入ればそのまま長く組む事もあるが、大概は向こうの方から付いていけないと言われるほど、イザークはそっけないのだ。

 長く組んでいるのは、今のところカズヤ一人である。

「その理屈でいくと、この子は合格だったのかね?」

 興味津々と言ったように、ベネットがイザークに問いかける。

「ああ」

 言葉少なにイザークは頷き、カウンターの上に並べられている品物を見る。

「この長棍、珍しいな」

 イザークは羊皮紙に書かれた内容と、長棍を見比べながら呟く。

「ああ、面白い機能だよね。元々軽くて魔法を留め易いミスリル銀を使って作ってあるくせに、更に軽量化をかけつつ殴られた相手を一定の確率で気絶させる効果があるなんて。軽いおかげで振りも早くなるし、生け捕りを目指す分にはかなり良い品物だよ」

 ベネットはイザークの呟きに、上機嫌でその効果を滔々と語り始める。

「これを作った魔術師は、生物捕縛専用と考えていたのではないかな?」

「成程、天の采配と言うやつか」

 ベネットの説明を聞いたイザークは思わず呟き、長棍をマジマジと見る。

 華美な装飾などない実用一点張な外観は、ミスリル銀だと言うのに艶を消した黒一色である。

 黒の中に沈み込むように彫られている古代語は、渋い装飾にしか見えない。

「お嬢さんには大きすぎないかね?」

 ベネットの問いかけに、イザークはまぁなと頷く。

「シキに武器での攻撃を期待しているわけではない。それこそ、シキが歩く時の杖代わりになってくれれば良いだけだ」

 武器として全く扱う気の無いイザークの言葉に、ベネットが哀しそうな表情を浮かべる。

「せっかくの武器を……」

「護身用に棍術も教える予定だからな、全く使わないと言うわけではない」

 そう言いつつも、イザークは手近な指輪を手に取る。

「形状を変えられる魔法の品でもあればかなり楽なのだが……仕方がないか」

 嘆息交じりに呟きながら、イザークは指輪や宝飾品を一つ一つ確認しながら袋に戻していく。

「形状を変える魔法なぞ、高望みも良い所だ。あるとすれば、遺失魔法の類だろうな」

 ベネットはイザークの呟きに律義に答えて、ため息をつく。

「まぁ、そんな珍しい物が見つかればまた塔の学院が騒がしくなるな。煩わしい」

 新たな遺失魔法が見つかると、その利権をめぐって塔の学院と冒険者間で対立が起こる事がある。

 その際、不満のはけ口を探してベネットの所へ来て、態々愚痴や文句を言って行く人間が居るのだ。

 ベネットはただの出向魔術師でしかないと言うのに、取り成してくれとまでお願いされる事もある。

「鑑定依頼でなければ、叩き出しているのだろう?」

 イザークが小さく笑いながら問いかけると、ベネットはもちろんと頷く。

「わしの楽しいひと時を邪魔する輩に居座られても不愉快だからな」

 呵呵と笑い、仄かに光る水晶を一撫でする。

「では、俺達も早々に部屋を出るか。鑑定も終わったからな……カズヤ達を待たせるのも悪かろう」

 イザークはそう言って、志希を小さく揺らす。

「んぅ……?」

 寝ぼけた声を上げ、カウンターから顔を上げる志希。

「鑑定が終わった。カズヤ達の所へ戻るぞ」

「はぁい」

 欠伸交じりに返事をする志希は、どこかあどけない。

 ベネットはそんな志希に苦笑を浮かべて、志希の頭を撫でる。

「それじゃ、また生きて会える事を祈っているよ」

「はい……また来れるように、頑張ります」

 眠そうに眼を瞬かせながら、志希はベネットの言葉に頷いて椅子から降りる。

「あ、ああ」

 肩からずるずると布が落ちる感覚で、志希は声を上げて慌てて布を押さえる。

「忘れていたな」

 志希が押さえていた布をイザークが片手で持ちあげ、腕に掛ける。

「あ、イザークの外套だったんだ……ありがとう」

「気にするな」

 志希の礼にそっけなく返事をしながら、イザークは椅子を持ちあげ壁際に寄せる。

 それを見た志希は慌てて自分の椅子を持ちあげ、イザークの椅子の横に置く。

「シキ、こちらの小さい袋を持って行ってくれ。俺は、こっちの武器を持っていく」

 イザークの指示に志希は素直に従い、小さな袋を持ってベネットに頭を下げる。

「お邪魔しました」

「また来る」

 二人がそれぞれの退出の挨拶にベネットは手を上げて答え、二人の背中を見送るのであった。

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