第二十五話
カズヤのおかげでなんとか食事を採り終えてから、カズヤとイザークはこれからの工程に見直しを始めた。
元々予定にない寄り道をしているのだから、もっと早くにするべき作業である。
本来は水を汲んで帰るだけと言う楽な依頼だったのだ。
それが、志希が地下を見つけた事でがらりと変ってしまった。
無論、何があっても良いようにと予定日数よりも多めの保存食を持ち歩くのが冒険者としての常識である。
予定は未定という言葉があるように、道中何があるか分からないからだ。
アリアもミリアもその辺りはぬかりなく準備をしてきてはいたが、ここの広さが分からない以上いつまでも探索などしていられない。
そもそも、優先すべきは水を汲む事なのだから。
依頼の期限と手持ちの食糧を考慮し、今日と明日を使って探索して何もなければ引き返し、依頼を完遂するのと同時に冒険者ギルドに地下が現れた事を報告しに戻るで落ち着いた。
志希としては良かれと思って進言したのだが、結局は良い事ではなかったのかと落ち込みそうになったが、アリアが珍しく声を張って志希を元気づけた。
「ここに入るのを選択したのは皆です! 見つけたのは、とても良い事なのです! だから、落ち込んではいけません。むしろ、発見を誇るべきです!」
枯れた遺跡に新しい入り口があると知れば、皆喜ぶ。
これがもっと広ければ他の冒険者たちも探索に精を出せるし、何よりも魔術師として新たな発見が出来るかもしれないのだ。
枯れた筈の遺跡にも、まだまだ知るべき謎はある。
それを探索できる事こそが、冒険者をしている魔術師たちにとっては喜ばしい事なのだ。
志希には色々と追求したい事柄が多いが、それをして今のパーティとしての形を壊すのは良くないと理解している。
この先でまた戦闘があるかもしれない以上、お互いに溝を作るわけにはいかないのだ。
アリアはそう割り切ると同時に、志希の起こした出来事を内緒にする事も決めた。
また、クルトと言う精霊使いのパーティには、アリアが尊敬する魔術師のライルが居る。
塔の学院におけるライルの階位は高く、導師の資格すら有しているのだ。
その彼が志希の事を何一つ塔の学院に報告していない以上、秘するべき事なのだろうとアリアは解釈した。
ライルは魔術師としてよりも冒険者としての側面が強いが、それはやはり未知なものに触れる機会が冒険者の方が多いからだ。
一番に触れる事のできる知識の塊は、魔術師としては最も魅力的だ。
まして、報酬としてそれらの物を手にいれる事だって出来るのだ。
腕の良い魔術師の殆どが、冒険者となっている理由はここにあるだろう。
アリアもまた、未熟ながらも彼らと同じ道を目指して冒険者をしているのである。
ぐっと手を握りしめ、アリアは志希を見る。
「新たな知識に触れる事が出来るかもしれない機会を設けてくださり、本当にありがとうございます」
自身の考えで興奮してしまったアリアは、気も早く志希の手を握りお礼を言いだす。
「あ、アリアさんっ! まだ、まだ何も見つけてないよ!?」
志希は思わずそう突っ込みを入れると、アリアは至極真面目な表情で口を開く。
「分かっています! でも、もしこの先で新たな魔道具があれば……わたしが一番に触れるんですよ!? 構造を調べられるかもしれないんですよ!?」
真面目な表情で身を乗り出し、アリアは志希に言う。
「それにもしかしたら、ヴァンパイアに対する有効な物もあるかもしれない! そうなれば……」
「アリア!」
アリアの言葉をミリアが慌てて遮り、グイッと妹の体を引っ張る。
突然の事にアリアが驚き、咄嗟に志希の手を引っ張る。
「うは!?」
志希は反動でアリアの方に倒れかかるが、イザークが志希の肩を掴んで防ぐ。
思ったより勢いよく引っ張ってしまったミリアはアリアごと後ろに転びかけるが、それをカズヤが支えて尻もちをつく。
「急に何やってんだよ……」
カズヤがぼやきつつ、己を見上げる双子を見る。
「取り敢えず、とっとと出発してから休む場所探そうぜ。やる事決まったんだからよ」
カズヤの言葉に、アリアとミリアはこくこくと頷き顔を赤くしながらわたわたと立ち上がる。
「ごめんなさい!」
二人が異口同音に謝罪し、カズヤは思わず苦笑する。
「まぁ、女の子同士親睦を深めんのは、別にかまわねぇンだけど……乱暴な事はすんなよ~」
カズヤはからかうように二人を注意してから、明かりを頭のすぐ上に浮かせる。
カンテラを使っても良いのだが、明かりの魔法の方が様々な面で便利なのである。
形状は白く発光する玉なのだが、宙に浮く事が出来る。
術者や、渡された人間の意思で操れるのだ。
ちなみに、この魔法はスクロールに刻まれて販売されてもいるが、使い捨てなのと少々値が張る為あまり売れていない。
魔術師が居ないパーティや、魔力を温存する傾向にあるパーティは基本的にカンテラを使うのである。
明かりを頭に乗せたカズヤが歩きだし、先ほどと同じ陣形で皆も続く。
しばらく歩くが後ろから何かが追ってくる気配も無く、長い廊下の途中で横道や部屋を見つけたくらいである。
横道の先にあった部屋や、廊下で見つけた部屋なども中に入ったが目ぼしいものは何一つなかった。
枯れた遺跡の地下は、やはり枯れているのかと皆が諦めかけた時に、長い長い廊下の行き止まりが現れる。
今までの部屋にあった扉とは違う重厚な木の板で作られた両開きの扉には、傷も痛みもみあたらない。
一目で保存の魔法が掛けられていると分かる扉を前に、取り敢えずカズヤが罠や鍵の有無と中に何かいないかを探る聞き耳をするとジェスチャーする。
イザークは頷き、カズヤに扉を任せながら大剣を肩に担いで待つ。
その間にカズヤは扉に聞き耳を立て、次いで鍵穴を鏡で少し見た後、己自身の目で鍵穴を覗きこみながらポーチから端が折れ曲がった小さな鉄の棒を取り出し鍵穴に挿し入れる。
その他の小さな鉄の棒を取り出し追加で挿し込み、カチャカチャと鍵穴をいじっていると、不意にかちんっと小さな音が鳴る。
思ったより音が大きく感じた志希は、思わず肩を跳ね上げる。
しかし、カズヤはいつもの事なのか鍵穴から鉄の棒を慎重に抜いて全てをポーチに収めて立ちあがる。
再びカズヤとイザークは身振り手振りでどうするかを相談し始める。
中に物音はしなかったが、盗賊の勘で中に敵がいる可能性が高いとカズヤは説明する。
この屋敷の主にとって大事な物が中にあるのであれば、番人が居るのは当然である。
ならばと声を出さずに身振り手振りで相談した結果、中に敵がいるのであれば先手を取られるのはまずいと言う事で、イザークが一番に突入する事になった。
中にいる敵はアンデッドの可能性もあるとミリアが異を唱えたのだが、傷を癒せる人間にもしもの事があるのは拙いという理由で却下した。
致死性の罠が無いとは言い切れないが、この辺りの扉の並び具合から可能性は低いと判断し、敵がいた場合は奇襲すると言う事で落ち着いた。
イザークは大剣を手にし、カズヤは扉の取っ手を掴みながら全員に見えるように指を三本立ててから拳を握る。
聞き耳をして中を探っても、全て聞き取れるわけではない。
中に何があるのか分からないからこそ、戦闘力と防御力、そして経験が長いイザークが一番に突入するのである。
その合図を、カズヤが取ると言う宣言だ。
カズヤの指が一呼吸置くごとに一本ずつ立てられ、三本目が立った瞬間にカズヤが扉を開きイザークが突撃する。
瞬間、甲高い鉄がぶつかり合う音が響いた。
扉の中の暗闇に浮かんで見えるのは、鉄と鉄がぶつかり合い火花を散らしている様だ。
明かりを持って入らなかったと気がついた志希は、慌てて叫ぶ。
「光りを!」
志希の言葉に反応をしたのは魔法の明かりを持つカズヤでも、アリアでもなく光の精霊だ。
ふわりと志希の額から現れ、暗闇の中で煌々と輝く。
白い光に照らされて浮かびあがったのは、大きな騎士鎧が二体。
ハルバートを持つ鎧と、大盾と幅広剣を持つ鎧。
それらがイザークを殺そうと武器を振るい、イザークは幅広剣を弾きハルバートの攻撃を避けながら反撃の機会を窺っている。
「行くぜ、ミリア!」
カズヤは腰に差してある小剣を抜き、中に突撃して盾と幅広剣を持つ鎧に攻撃を仕掛ける。
鎧が幅広剣を上段から振り下ろそうとしているその腕に、カズヤは小剣を刺し込み全体重をかけて下に刃を振り切る。
人であれば、腕を切り落とされてもおかしくない攻撃だ。
しかし、鎧と鎧の隙間を覆う鎖帷子が切れただけで騎士鎧は全く痛痒を感じた様子も無く、イザークに向けようとしていた刃をカズヤに振りおろす。
カズヤは咄嗟に地面を蹴って大きく後退し、何とか刃の届かない所に逃げる。
同時に部屋に突入したミリアはカズヤに注意が言ったのを幸いに彼の反対側に回り、大鎌を横薙ぎに振る。
しかし、それを感知した騎士鎧は大盾でその攻撃を防ぎ、更に大盾を押しこみ体勢を崩しにかかる。
ミリアはそれに気がつき、素早くその場を離脱しカズヤと鎧を挟むようにして立つ。
やや遅れて部屋に入ったアリアは、声を張り上げる。
「これは、生ける鎧です。魔法によって命を吹き込まれた、怪力を持つ魔法生物です。気をつけて!」
アリアの言った生ける鎧とは、二種類ある。
一つは鎧に強力な魔法をかけ、命令を出して動かすゴーレムの系統。
一つは鎧に怨念や死霊が憑き、破壊衝動のまま動くアンデットである。
現在、イザーク達相手に戦っている生ける鎧は、魔法で動いている前者のものだ。
アリアの言葉に思わず顔を顰め、ミリアは呟く。
「アンデットなら、祓って終わりなのに」
アンデットキラーと言う特殊な資格を持つミリアは、戦闘しながらでも祝詞を唱えアンデットの力を弱める事が出来る。
「言っても仕方ねぇって、なぁ!」
アリアの呟きに応えながら、カズヤは先ほど攻撃した腕を覆う鎧の隙間に小剣を刺し込もうとする。
しかし、その小剣を盾で防ぎ、鎧は上段から幅広剣を振り下ろす。
カズヤはそれを咄嗟に右に飛ぶことで避け、そのまま間合いを開ける。
その分詰めようと前に踏み出す鎧だが、それを邪魔するように背後からミリアが大鎌で背中の鎖帷子部分を切りつける。
同時に、呟くように魔法を編んでいたアリアが声を張る。
「融かせ、炎よ!」
アリアの声に応じ、魔力が形を得る。
騎士鎧の胸部に炎の塊が現れ、そのまま鎧を巻き込み燃え上る。
だが、無機物である鎧には炎の熱さなど関係ないとばかりに背後のミリアの方を向こうとする。
「させるかよ!」
カズヤは鎧のその動きに合わせて素早く間合いを詰め、再度先ほど切り裂いた部分を狙う。
魔法で作られた生ける鎧であろうとも、切り落とされた部分は体の一部ではなくなるため術式が届かなくなる。
つまり、切り落とされた部分はただの鎧でしかなくなるのだ。
腕を切り落とせば、生ける鎧は攻撃手段を一つ失う事となる。
カズヤはそれを狙って、最初に切り裂いた部分を狙うのだ。
しかし、生ける鎧も頭は空っぽではないのかカズヤの攻撃を回避し、幅広剣を横薙ぎに振るう。
カズヤは咄嗟に頭と一緒に体を伏せ、その攻撃をなんとか避ける。
鎧はそのまま猛攻をかけるべく、幅広剣の軌道を変えて切りおろしてくる。
「くそっ」
カズヤは小さく呟きつつ剣の軌道から体を退けようとするが、無理な姿勢を取っていた為に反応が遅れる。
カズヤが斬られると思った瞬間。
「どこ見てんのよ!」
と、挑発の声を上げながらミリアが持つ大鎌の先端がカズヤのつけた鎖帷子の穴に潜り込む。
薄く細長い為に脆く見えるその刃では折れてもおかしくない筈なのだが、ミリアは躊躇いなく上へと刃を持ち上げる。
板金部分を掠り、金属と金属が擦れる耳障りな音を立てながら、大鎌の先端は刃毀れ一つせず鋭利な刃を鎖帷子の中から現す。
「あぁぁぁぁぁあ!」
雄叫びを上げ、ミリアは渾身の力を込めて刃を振り抜く。
鉄の輪で編まれた帷子を断ち切り、ミリアの大鎌は腕の鎖帷子の欠片をまき散らしながら腕の半ばまでの鎖帷子を破壊する。
断ち切るまでに至る事が出来なかったため、鎧は未だ幅広剣を持ち立っている。
だがしかし、腕を繋いでいる鎖帷子の数が減った事により若干右腕の動きがぎこちなくなっている。
「あの腕、切り落とすぞミリア!」
「了解!」
体勢を立て直したカズヤが叫び、ミリアが応える。
その二人に警戒をしているのか、騎士鎧は大盾を前面に構えて待ちの体勢を取る。
「わたしを、忘れてもらっては困ります!」
アリアが怒鳴りながら杖で鎧を指し、片手で印を切る。
「冷気よ、集いて……貫け!」
魔法を完成させた瞬間に鎧の真上に大きな氷柱が現れ、標的に突進する。
鎧は魔法を感知する事が出来ないのか氷柱をまともに胸に食らい、動きを止める。
氷柱が胸の板金部分を貫き、騎士鎧に多大なダメージを与えていたのだ。
「ナイス、アリア!」
カズヤはアリアの魔法の使い方に思わず歓声を上げるが、直ぐ様足を踏み出し騎士鎧に攻撃を仕掛ける。
前に進もうとする動きが止まってはいるが、騎士鎧はまだ戦意を失っていない。
金属が擦れる耳障りな音を立てながら、ゆっくりと幅広剣を振り上げようとしていたのだ。
殆どの鎖帷子がちぎれ飛び、僅かな繋がりしかない鉄の輪部分にカズヤは小剣を叩きつける。
それだけで、脆くなっていた鎖帷子は千切れ飛び籠手ごと幅広剣は音を立てて床に落ちる。
同時に、ミリアも素早く動き再びカズヤの反対側に回り、ガラ空きの背中に向けて大鎌を振るう。
先ほどの熱に加え、胸の穴から潜り込んだ氷柱が騎士鎧全体を冷やしているが故に、騎士鎧の全身は脆くなっていた。
特に、鎖帷子部分は小さな鉄の輪で連結している状態故に、強度はそれほど高くない。
ミリアの大鎌の一撃で背中部分の鎖帷子は切り裂かれ、鎖帷子の欠片をまき散らす。
攻撃手段を失ってしまった騎士鎧は、それでも大盾でなんとか応戦し様とするがそれより早くアリアの声が響く。
「冷気よ!」
再びアリアは氷柱を撃ち出し、騎士鎧の肩部分を貫通させる。
この攻撃で大盾を取り落し、完全に騎士鎧の武装その物が無くなった。
だがそれでも騎士鎧は体を動かし、侵入者を排除しようと腕を動かし近くにいるミリアに拳を振るう。
ミリアは動きの鈍いその攻撃を余裕で避け、大鎌を構え直して足を踏み出そうとする。
しかし、それよりも先に動いたのはカズヤだ。
「もう動くんじゃねぇ!」
カズヤは気合の入った声を上げ、なんとか体を動かそうともがく騎士鎧の最も脆くなっている板金の胸当てに思いっきり小剣を突き立てる。
その攻撃がとどめとなったのか、騎士鎧は一瞬震えてから動きを止め、ガラガラと音を立てて崩れさった。